毒舌系金髪幼女はオレンジジュースがお好き。15
医務室の扉を開け放つ。
「――っ、かっ」
カーテンの向こうに声ならぬ音が聞こえた。それはまさに正月に餅をのどに詰まらせた老人が顔を紫色に染めながら苦しげに発するそれだった。
引き裂くようにしてカーテン開ける。ベッドの上のシェソンは眼を見開いた必死の形相で喉に手を遣りながら、ブリッジの体勢になって悶え苦しんでいた。その彼女の唇の端から、赤い筋がスッと引かれ落ちている。
「シェソン! 生きてた!」
ホーはその事実に歓喜し叫び、
「ですが、死にそうです」
メアリの言葉で現実に引き戻される。私は吸引チューブを手に取りシェソンの顎を掴み唇を強引に開く。
「わっ」
赤に浸食された歯を見て思わず声が洩れた。が――、
「あれ、出血はそんなでもない?」
見た目はひどいが、口腔に溢れ返るほどではない。つまり、シェソンが現在進行形で窒息しているその原因が、血をのどに詰まらせたのではないという可能性が浮上した事実が、私を逡巡させた。チューブを投げ放して喉頭鏡に手を伸ばすべきなのだろうか――。
「ハイムリック法」
メアリが呟くようにいって、続けて叫んだ。
「早く。その子を殺すおつもりですか?」
ハイムリック法は、喉に詰まった異物を除去する方法のひとつである。つまり、メアリはこの窒息の原因を、喉に異物を詰まらせたせいだと判断したのだ。
「血液なら、吸引を――」
「それじゃダメなんです、早く、お願いします。まさか、子供のわたしにやらせるおつもりなのですか? そうですか、それならばわたしがやりますよ」
メアリは有言実行とばかりに私を押しのけるとシェソンの躰に手を伸ばした。その真剣な表情を見て、今度は私が彼女を押しのけた。
「私がやるわ」
「まったく、最初からそうすればいいんですよ。余計な駆け引きをさせないでください」
シェソンの躰を抱きかかえてベッドからおろす。彼女の背後から両わきの下に腕を通し、上腹部に当てた握り締めた左拳を右手で包む。そしてそれを自らの方向へ引っ張りあげるようにして、圧迫する。
ひゅっ、と空気の突き抜ける音がして、シェソンのその口から勢いよく飛び出した小さななにかが、床を鋭く叩き飛び跳ねた。
激しく咳きこむシェソン。額に脂汗を滲ませながらひゅうひゅうと荒い呼吸を繰り返している。私とホーはその背中をさすり撫でながら、彼女の口から飛び出した、粘性の液体にまみれた〈なにか〉を拾いあげようと身を屈めるメアリに向かっていった。
「そ、それはなんですか」
娘を殺しかけた元凶を、ホーは殺意に満ちた眼で睨みつけながら問う。
「歯、ですよ」
こともなしにそういって、メアリはそれを拾いあげた。
「先ほど口を開いた時に、彼女の奥歯が一本ないことに気がついたのです」
「だからハイムリックを――」
「そうです。あなたも医者ならば、もう少し注意深くならなければいけませんよ、ドクター?」
その彼女の言葉は決して嫌味ではなく、正当な忠告として私の胸に響いた。
「乳歯じゃない、永久歯です。生え代わりで抜けたのではありません」
「歯周病が原因?」
いえ、とメアリは首を振る。それから、どこかもったいぶったような動作で先ほど購入したオレンジジュースを取り出すと、私に手渡した。
「これが、彼女の治療薬です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます