毒舌系金髪幼女はオレンジジュースがお好き。12

 ひと通りの処置を済ませてようやく人心地つく。混乱のすぎ去った医務室は静かなものだ。ただ、椅子に座りうつむいたメアリのなにやらぶつぶつ呟く声と、ベッドに横になったシェソンの、パパ、パパと繰り返す声があるのみである。私は空いたベッドに腰かけて、その両者を交互に眺めていた。今、考えるべきことはたくさんあったのだ。しかし、私は、今すぐにホーを探し出して娘の傍にいさせることを優先したいと思った。

 立ちあがる、するとすぐにメアリは反応し顔をあげた。彼女が口を開くよりも早く私はいった。

「シェソンちゃんも今は落ち着いているみたいだし、ホーさんを探してくるわ」

「私も同道します」

 いって、メアリは椅子からおりた。

「歩き回った方がいい考えが浮かびそうなので」


 シェソンのズボンを汚したのは、メアリの見立て通り直腸からの出血によるものだった。しかし、直腸を簡単に調べてみたがやはり傷らしきものは見当たらず、また、腹部の出血は内臓からのものではなく、皮下出血のようだった。

「複数箇所から同時に出血があったということは、患者が出血しやすくなっている状態にあるということ。ならば、――血小板減少性紫斑病か、血友病、白血病、いや、シェーンライン・ヘノッホ紫斑病の可能性は――」

 メアリは先ほどからこの調子で考え得る病名を何度も何度も並び立てては否定することを繰り返している。しっくりとくる答えがまとまらないのは、彼女も私も同じことだ。

「しかし、それらしい兆候は――、なにかを、見落としているような気がします、なにかを――」

 なにかを探しているという時は大抵、それとは関係のない別のものが見つかるものである。ホーを探して船内を彷徨い歩く私たちが見つけたのは、今時珍しい堅固な貞操感を持った新郎だった。とぼとぼと足元を見つめながら歩いていた彼は、私たちの気配を察し顔をあげてその姿を認めると、足早に近づいてきた。

「先生、その、ご相談が」

「どうされました?」

 私が問うと、彼は勢いこんで口を開いたが、すぐに閉ざし、それからもごもごと唇を動かしながら、上目遣いになって、ようやく言葉を発した。

「あの、彼女が」

 私は新婦の顔を脳裏に描きながら、ええ、といって頷いた。

「これを」

 そういって彼が差し出したのは、トイレットペーパーに包まれた、なにやら棒状のものである。私はそれをそっと開き中身を覗く。

「妊娠検査薬――、陽性ですか」

「は、はい。先ほど、部屋に戻ってきた彼女が急に吐いて、それから慌ててバッグの中からこれを取り出して、それで――」

 新郎は見る見るくしゃくしゃになった顔を隠すように両の手で覆った。

「ぼくは、どうすれば」

「新婚旅行先にそれを持ちこんだ意味を考えれば一目瞭然でしょうに」

 メアリはいった。その声は鋭い。

「今回、彼女はわたしに浮気を暴かれたからこそ、開き直ってそれをあなたに見せたのでしょうが、もし、そうでなかったら、どうしていたか。あの小賢しい女性と長らく付き合ってきたあなたなら、答えはもうわかっているはずです」

 辛辣。だが、やはりメアリの言葉は正しいのだ。

「でも、ぼくは――」

 新郎は、情けなく嗚咽混じりに言葉を詰まらせながらも、明瞭にいった。

「彼女を、愛しているんだ」

「あなたの人生です。どうぞ、お好きにしてください。これから一生をかけて、自分のではない他人の子供を育てていく覚悟がおありなら、そうすればいいと思いますよ。彼女は、それをあなたに見せたのです。堕ろすという選択肢がないことは、聡明なあなたにはおわかりでしょうね」

 そこまで一気に捲し立てると、メアリは私の白衣の袖を掴んでぐいと引き、

「私たちは大事な用があるので失礼しますよ。決めるのは、いつだって自分自身なんです。後悔なきよう」

 といって私を引きずりながら、床板を踏み抜きそうな勢いで足音荒く歩き出した。

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