毒舌系金髪幼女はオレンジジュースがお好き。11
船内をさんざ歩き回ったあげくに足が棒になり始めて、いつまでも見つからないメアリの捜索を半ば諦めかけた頃、喉の渇きを潤すために立ち寄ったドリンクコーナーで私はようやく尋ね人を発見した。
「いったいどこを遊び歩いていたのです、あなたは。医務室にいない医者など、無価値にもほどがありますよ」
先ほどの倫理も論理も破綻した異次元の会話に比べれば、メアリの毒舌の方がまだ心安らぐというものだ――と、私は一瞬そう思ったが、さすがにそれは彼女に毒されすぎているような気がしてならない。
私はひとつ咳払いをして雑念をわきへ押しやってから、検査の報告と、ついでに先ほどの新婦のいい分をかいつまんで話してやった。
「くだらない話ですね」
メアリは即座に切り捨てた。しかしそれには私とて同意する他ないのでとりあえずは頷いておく。
「結婚とは、大人同士がするものでしょう。そんな、幼稚園児並みの――いえ、それは幼稚園児に対して失礼ですね。ともかく、それ以下の倫理観しか持っていない女性には、結婚生活など無理というものです」
辛辣だが、一理ある。
「まあ、今は、そんなくだらないことを論じるよりもっと大事なことがあります」
メアリは空き缶をゴミ箱に投げ入れると身を翻して歩き出した。
「確かに、腎臓には問題はなかったのですね?」
「ええ。――どこいくの? 医務室はそっちじゃないけど」
「デリカシーに欠ける人は嫌われますよ」
メアリは振り返らぬままで落雷のように鋭い言葉を叩きつけた。
「ついてこないでください」
「血尿の原因が尿路にあるのなら、吐血の説明がつきません」
トイレから出てくるなりメアリがいった。彼女は手にしていたハンカチを、これから手品でもするかのように広げて、種も仕掛けもありませんとばかりにひらひらと二度揺らし、そのまま丁寧にたたみ始めた。
「でも、十二指腸から上に異常は見られなかった」
「ふむ――」
それきりメアリはむっつりと黙りこんでしまった。
やがて医務室のある通路まで辿りつく。右手で点滴をぶらさげたいわゆるイルリガードル台を掴み、左手で扉付近の壁につきながら力なく歩く小さな背中が見えた。
「シェソンさんですね」
と、いうが早いかメアリは些か早足になってずんずんと進んでいく。私は出遅れながらもなんとか追いすがり歩き、それから、シェソンに声をかけた。
「どうしたの?」
シェソンは振り返り、申し訳なさそうに眉尻を垂れさげながらいった。
「あの、すみません。ちょっと、お腹がいたくて、トイレに――」
「なるほど。でもひとりで出歩くのは危ないわね。お父さんはいないの?」
「いないからこそ彼女はふらつきながらもひとりで歩いていたんでしょうに」
メアリは呆れ声で呟いた。あまりにも至極正論で返す言葉もない。
「それにしても、腹痛、ですか」
「どんな痛み? 刺すような感じ? それとも、じくじくと痛むような?」
シェソンは、私の問いに対する答えの確認のために、壁から離した左手を腹部へと持っていく。そうして、そっと、割れ物に触れるような慎重さで、患部と思しきところの、服の膨らみを押し潰した。
「いたっ」
呻き、シェソンは躰のバランスを崩す。彼女は咄嗟にイルリガードル台にしがみつく。金属の棒が揺れ、足元のキャスターが浮いて、さらにそれが廊下を叩く音とがひとつとなって谺する。
「大丈夫?」
「あ、すみません。なんだか、さっきより痛いようで」
「ちょっと、見せてね」
返事も待たずに私は彼女の服をめくりあげた。
「これは――」
「あざが――、いえ」
「内出血してるのよ」
その時である。
「あ」
というシェソンの小さな声が洩れたのと同時に、彼女の鼻から、たらりと血が流れ出た。
「ご、ごめんなさい」
シェソンは心から申し訳なさそうにそういった。
「大丈夫よ。ええと、ティッシュ、ティッシュ――」
白衣のポケットを探ろうと手を差し入れる。その時の、続くシェソンの言葉に私は耳を疑った。
「洩らしちゃった――」
「え?」
自らの間抜けな声と共に顔をあげる。同時に、シェソンが前のめりになって廊下に倒れこんだ。
「ど、どうしたの?」
「彼女のズボンを見てください」
メアリの言葉に従って視線を動かす。彼女の病衣のズボンの、ちょうどお尻のあたりに、どす黒い染みが描かれているのが見えた。
「これは――」
「おそらく、直腸からの出血ですね。それで、乏血性ショックを起こしたのでしょう」
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