第3話「旅の果てに学んだこと」

 昼過ぎに、職人の集落の宿舎で目覚めて、カルブはまどろみの中で昨夜の戦いと早朝の決意を思い出していた。

(……葬式の時はあんなに大げさに別れたのに、なんか、今回はずいぶんあっさりだったな)

 予想よりも、はるかに早くに再会できて、慌ただしく去っていった。

(やたら簡単に『また』とか言っちゃったけど……)


 次に逢うのはいつになるのだろうか。

 カルブのほうから向こうへ行くのはできるだけ遅いほうがいいけれど、ファラオだって冥界で待っている人が居るのにそうヒョイヒョイとは出てこないだろう。

 あるいは冥界の暮らしが楽しければ、カルブのことなんかすぐに忘れてしまうかもしれない。

 それでもまた逢えるのだけは間違いない。

 二人がエジプト人である限り。


 シーツの中で身じろぎし、左胸に手を当てる。

 ツタンカーメンと取り替えっこした心臓が、力強く脈打っている。

 そろそろ起きよう。

 カルブにはカルブの務めが在る。

 工房ではホッマの遺体が、ミイラにされるのを待っている。

 死後の世界の永遠のために。


 ファラオのミイラを作ったカルブは、すでに一人前のミイラ職人だ。

 そしてこれから、世界一のミイラ職人になっていくのだ。

 ツタンカーメンとの約束を果たすため、二人で決めた夢に向かって、今は一人でも前に進もうと、心に誓って、目を開ける。

「なのに何で居るんですかあああああ!?」

 ニワトリよりもけたたましく声を張り上げ、カルブはファラオの幽霊をベッドから蹴り出した。


「てめー! ファラオになんてことを!」

「生温かいんですよ! 幽霊のくせに!」

「ひんやりしたら一緒に寝てもいいか?」

「ひんやりするなら……いや、ダメです!! じゃなくて何でここに居るんですか!? まさか一人じゃ眠れないとかいうわけでもないでしょうに!!」

「…………」

「何で目をそらすんですかあああ!?」

「護符がいっぱいあれば寝れるやい」

「そーですか。そりゃー良かったです。ツタンカーメン様は護符どころか神様本体と仲良くしてるじゃないですか。アテン神はかまってくれないんですか?」

「ああ……それがな……」

「?」

「ちょっと、窓の外を見てみろよ」

「???」


 日除け布をめくる。

「ん……?」

 日差しがいつもよりもまぶしいような……

「あれが見えるか?」

 そう言いながらツタンカーメンは後ろから掌でカルブに目隠ししてきた。

「何で?」

「もうちょい上」

 太陽のほうを向くようカルブにうながす。

 幽霊の半透明の掌は、未来でいうところのサングラスの役割を果たしていた。


 まばゆく輝く太陽の船の甲板には、アメン・ラー神と一緒に、アテン神も乗っていた。

 けれどそのアテン神の姿は……

「欠けてる! 食われてる! 明らかに一口、かじられている!!」

 太陽円盤には大きな歯型がついていた。


「命には別状ないみたいだし、そのうちもとに戻るらしいけど、神の力をアポピスに奪われちまってな」

「そんな!? それじゃアポピスは!?」

 神にあだなす邪悪な大蛇が、神の力を手に入れたとは……

 それはいったいどれほど恐ろしい事態を意味するのだろう……


「こーなった」

 ツタンカーメンがカルブを押して窓から身を乗り出させた。

「へ?」

 空がいつもより明るい理由が見えた。


 アポピスはいつものように太陽の船を追っている。

 その形相は怒りに満ちていた。

 アポピス自身も、太陽のように光っていた。

 体の一部だけが。

 かのアテン神体操と同じ効果であった。


「おれ、ヘビの○○○○○がしっぽの付け根にあるって初めて知ったよ。すげー勉強になった」

 ツタンカーメンは悟りを開いたような穏やかな顔をしていた。

「あの神には○○○○○を光らせる以外に力はないのですか!?」

 蒼穹おおぞらに、そして集落に、カルブの叫びが響き渡った。

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