ツタンカーメン様は雲の上で大蛇アポピスと戦います

第1話「アメン・ラー神」

 風がうなる。

 ツタンカーメンとネフェルテム神を乗せたスイレンは、大蛇アポピスの視界を避けつつ、地上を目指して高度を下げる。


 太陽の船は西へ飛び、ナイル川を越えようとしている。

 はるか右手にはメンフィスの都。その向こうにギザの三大ピラミッド。

 左手のこちらも遠くに、思い出深きテーベの都と王家の谷。


 ツタンカーメンは掌でひさしを作った。

 船尾では筋骨たくましきアメン神が仁王立ちになり、全身からまばゆい光を発して船を守っている。

 甲板には過去のファラオ達が居並び、霊力を送って船を動かしている。

 けれどその中央には、もっとも重要な太陽神ラーの姿はなかった。


「ラー神はどちらに?」

「アメンおじさんの頭の上」

 ネフェルテム神に言われ、ツタンカーメンがそちらに目をやる。

 大気の神であるアメン神の冠には、大きな羽が二本、生えている。

 本来ならそれだけのシンプルな作りのはずなのに、今はその羽を押しのけて、太陽をかたどった大きな飾りが顔を出していた。


「アメン神の冠とラー神の冠が合体している……?」

「アメンおじさんとラーおじいちゃん合体しているんだよ。アメン・ラー神。君も祭りで崇めてただろ? 本当に勉強していないんだな」

「あううっ」


 大蛇アポピスが巨大な牙を太陽の船に目がけて振り下ろす。

 アメン神の強靭な肉体からラー神の老練ろうれん霊力カーがあふれ出し、もとの腕の何倍にも膨らんだ炎の両腕が、真正面からアポピスの牙をガッシリと掴む。

 押し合い、睨み合い、アポピスの闇とアメン・ラー神の光がぶつかって爆発を起こす。


 アポピスは体をくねらせて、体勢を整えるのと同時に、その尾を太陽の船に打ちつけた。

 アメン・ラー神がとっさに炎のシールドを張るが、太陽の船は大きく揺らぐ。

 過去のファラオ達が息を合わせて、霊力カーを放ち、太陽の船の転覆を防ぐ。

 シールドに弾かれて、アポピスのうろこが数枚、煙を上げながら飛び散って、けれどその傷はすぐに再生していった。



 自分の名前、ツタンカのもとになった神の戦いを、少年王は息を呑んで見守っていた。

「こ、これを……神々は毎日くり返しているのか……!?」

「いつもはここまで激しくないよ! 今日のアポピスは飛び切り荒れてるんだ!」

「何で!?」

「君のせいだぞ!」

「え……?」

「未来から防護服を持ってくるためにトート神が時空をいじっている間、プタハ神僕のパパは防護服なしで君を守ってたんだ! その際に、記憶の一部をアポピスに消化されて吸収されて……奪われてしまったんだよ!

 そのせいでパパは……僕のパパは……昨日の晩御飯が何だったか忘れてしまったんだ!!」

「え、ええっと……」

「パパのところには毎日たくさんのお供え物が集まってくるんだ! アポピスはその、お供え物を食べたって記憶だけ喰らって、でも実際には食べてないから食欲が爆発しているんだ!!」


 ネフェルテム神が叫んだせいで気づかれたのか、アポピスが尾の先を、二人を乗せたスイレンに向けて振り回した。


 距離はじゅうぶん取ってある。

 そう思ったのがいけなかった。

 アポピスの胴体は長大なのだ。


「!」

 風圧でスイレンが錐もみ状態に陥る。

 ネフェルテム神が巧みな操縦で立て直す。

 必死でスイレンにしがみついていたツタンカーメンが顔を上げると、ネフェルテム神のつぶらな瞳はギラギラと妖しく輝いていた。


「……アイツ、ムカツク……」

「へ?」


 幼神ネフェルテム。

 父は穏やかな豊穣神兼冥界神プタハ。

 しかしその母セクメトは、古代人のツタンカーメンから見てもさらに古代の頃に、人々の不敬に怒り、人類を絶滅寸前まで追いやった灼熱の女神なのである。


「ブッコロスッ!!」

「えええええ!?」


 可憐なスイレンの花が、ガチャンガチャンと金属的な音を鳴らして変形していく。

 細長い花びらを円く並べた形から、前方をとがらせてナイフのように。

 よりスピードが出るように。

 もっと鋭く攻撃的に。

 吊り上がったネフェルテム神の口もとは、楽しそうですらあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る