第4話「力ある言葉」
呆然とするファジュルの手を引き、ガサクが逃げ出す。
置き去りにされたツタンカーメンが大蛇と向き合う。
護符はない。
プタハ神やソカル神もそばに居ない。
助けを求めるか細い声は、大蛇の腹の中から聞こえ続ける。
大蛇がファラオに踊りかかった。
ツタンカーメンが大蛇に槍を投げつける。
ひょろひょろと飛んできた槍を、大蛇は余裕でパクッとくわえてニヤリと笑う。
その隙にツタンカーメンは、ファジュルが落としていった死者の書に飛びついた。
バッと広げ、汚れていない部分を探す。
「『冥界において敵に対抗する』の章!」
挿絵では冥界を旅する死者が、蛇を槍で突いている。
それはまさに今のツタンカーメンの状況だった。
「われは天を切り裂けり! われは地平をつんざけり! われは果てしない時を、力ある言葉とともにあり!」
突然の祝詞に大蛇がたじろぐ。
ファラオは続きを読み上げる。
「われはわが口をもって食い、わが顎をもって食物を砕く! それらの物が、わがために、絶えることなく間違うことなく減らされることなく捧げられ……って、これ、お供え物の話かよ!? 何だよ天を切り裂くとかって!? 攻撃魔法じゃないのかよ!?」
大蛇が槍をくわえたまんまブフーと笑う。
と、同時に槍が光を放った。
太陽のようにまばゆく、なるほど、地平をつんざくような光である。
大蛇が目を見開く。
ツタンカーメンは死者の書の続き、次の祝詞を唱え始めた。
「『冥界において、もろもろの敵に対抗するために現れる』の章! なんじ、自らの腕を喰らいしモノよ! われはなんじに従うことなし! わが敵は全て太陽神ラーの暁光によりて退けられし! われは供物をなせりが故に……って、結局、お供え物かよ!? ……なせりが故に、わが手は冠の主のごとくなり……冠の主って、ファラオだよな!? まんま、おれだよな!?」
これが古代エジプト人の信仰である。
かつてはファラオしか行けなかった特別な楽園であるアアルの野に、それ以外の人間も行けるようにと作られたのが、ファジュル達の死者の書なのだ。
大蛇がペッと槍を吐き捨てて、改めてツタンカーメンに向けて牙を剥く。
その鎌首が振り下ろされるより早く、ファラオの唇が祝詞を紡ぐ。
「われはホルス神のごとく立たん! われはプタハ神のごとく座せん! われはトート神のごとく強く、アトゥム神のごとく強く、わが両足をもって歩まん!」
槍が、まるで透明な誰かの手で掲げられたかのように空中に浮き上がる。
「太陽神ラーにより、敵はわれに一任されたり! 敵はわれより
太陽のごとく輝く槍が、大蛇に飛びかかった。
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