第5話「一任された」
ツンツンツンツンツン!
「しゃしゃしゃしゃしゃしゃ!?」
燃える槍は空を飛び、逃げる大蛇を追いかけ回して突っつき回す。
ツタンカーメンの周りをぐるぐるぐるぐる走り回る。
「あのー……敵が一任されたってのは、おれにじゃなくて槍にってことなの?」
つぶやいても誰も答えてくれない。
背中、脇腹、しっぽの先。
大蛇はもだえて槍の狙いをかわし続けてきたが……
「しゃアーーーーーーーッ!!」
ついに穂先が急所を捉えた。
槍は大蛇の肛門にぶっ刺さった。
「うわあ」
ツタンカーメンは思わず顔を覆った。
くねくねとうねっていた大蛇の体が、ピンと一本の棒になった。
ぽんっ!
大蛇の口から、豪華そうな服を着た老人が吐き出され、お尻から煙を上げて転げ回った。
大蛇は、槍は抜けたが、すっかりシュンとなって、すごすごと去っていった。
槍から火が消えて、ただの木の杖に戻る。
ツタンカーメンは「うええ」と、すごく嫌そうな顔をしながら、困った汚れのついた杖を手に取った。
だってこれがないと歩けない。
一方、老人は、自分が大蛇の胃袋から出られたと気づいて、大蛇が落としていったカツラをかぶり、天に向かって感謝の祈りを捧げた。
古代エジプトでは裕福な者は、ハゲていなくてもわざわざ髪を剃って高価なカツラをかぶる。
老人は裕福かつ天然のハゲであった。
老人は、見える場所にはない太陽を、何度も何度も拝み、称えた。
信心深き姿は美しい。
頭を下げる度にヅラがずれるのも、古代エジプトにおいては、決して笑うような光景ではない。
おれさまが助けてやったんだぞ、と、大げさに言うのも上品でないし、そもそもあれは太陽神ラーの力である。
ツタンカーメンは静かな誇りを胸に杖をつき、黙って立ち去ろうとした。
「おーい! つーたん!」
「つーたん! 大丈夫!?」
ファジュルとガサクが駆け戻ってくる。
「ったく。振り返ったらお前が居ないし、何か変な光が見えるし」
「つーたんが蛇に食べられちゃわなくて本当によかったーっ」
「「ところで」」
汚れた杖にすがるツタンカーメンを、二人はすごく嫌そうな顔で見た。
「せっかくラー様の加護で助けられたというのに、今度は何じゃい、汚いガキがゾロゾロと」
老人がようやくツタンカーメン達に気づいた。
「ああ、寄るな、寄るな! その臭い杖をわしに近づけるんじゃない!」
鼻をつまむ。
ツタンカーメンは老人を助けたことをほんのちょっとだけ後悔した。
「おじいさん、蛇のお腹の中に居たの? 大丈夫なの?」
「お供え物は……持ってないみてーだな」
ファジュルとガサクが老人を取り囲む。
「わしゃ、ラー様の護符が守ってくだすったおかげでケガ一つないぞよ。しかし持ってきていた供物はぜーんぶ、蛇めの胃液で溶かされてしまったわい」
その護符も、一部は溶け始めている。
もう少し出逢うのが遅ければ危ないところだった。
腰紐につけられていたゆがんだ護符からレリーフがはがれ、同時に腰紐が切れて、老人の腰布がハラリと落ちた。
「イヤーン!」
老人の下着があらわになる。
ツタンカーメンは老人を助けたことを割りと本格的に後悔した。
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