第2話「太陽の船」
太陽の船から降りそそぐ光が大地を照らす。
ツタンカーメンは息を呑んだ。
大地には無数の棺が見渡す限りに並べられていた。
光を浴びた順番に、棺のふたが開き、死者が次々と這い出してくる。
寝起きの死者は、起立して両手を挙げて、船に向けて礼拝のポーズを取った。
ツタンカーメンもよろよろと立ち上がり、皆と同じように両手を挙げて、すぐにまたしゃがみ込んだ。
(あれ?)
腰布を通してお尻に伝わる感触が、さっきまでのように硬くない。
見ると闇の中では荒れ果てていた地面は、日が射して一瞬で生えてきた花々に覆われていた。
太陽の船が近づいてくる。
甲板に立つ人々が、寝起きの死者達に向けてパンをまく。
パンは羽のようにフワフワ浮かんで、死者の手もとへ飛んでいく。
「うーん、母君が居るかもと思ったんですが、今日は当番ではないようですね。……クエーッ!」
マスクが甲板を見上げてつぶやいた。
「プタハ・ソカル神は船に乗っていなくていいんですか?」
「この時間帯は別の神の担当です」
パンを受け取った死者達は、食事と、周囲の仲間との会話を楽しむ。
気難しそうな老人が、ツタンカーメンに話しかけてきた。
「そこの若いの。新入りかえ?」
「え? ええっと……」
「いえ、アアルの野へ向かう途中です。……クエーッ!」
それを聞いて老人は顔をしかめた。
「近頃の若いモンは贅沢でいかん。あそこは神々が暮らす場所じゃ。
アアルの野に入ろうとするモンは、オシリス神の審判を受けねばならんのじゃろ? 受かればいいが、落ちれば地獄行きじゃぞ。そんな危険な審判なら最初から受けずにここで暮らした方がええ。
そりゃファラオとかならどうしても行かにゃならんだろうが、お前さんみたいなガキがうかうかと目指すような場所ではないわい」
ツタンカーメンと黄金のマスクは、顔を見合わせて苦笑いした。
太陽の船が通り過ぎていく。
「船を引いておるのは、アアルの野で暮らす死者どもじゃ。生前は神官だったやつらじゃな。アアルの野は楽園だとか何とか言っとるけれども、あそこへ行ったモンは死んだあとでも働かにゃならん。本人達は生前に恋焦がれた神々をじかに見られて幸せらしいが、わしにゃあ理解できんよ。
甲板におるのもアアルの野の死者じゃが、あちらは貴族や王族じゃ。ここだけ見ておると楽そうじゃが、地上から神々へと送られてくるお供え物や、冥界で育てられた農作物を、わしら冥界の住人にどう配るか管理する、地味で面倒くさい仕事もやっておる」
「生前の仕事とあんまり変わらないですね」
「生前と同じ暮らしが続いていくのがアアルの野じゃ。生前に裕福だったモンはその続きを享受できる。
しかしそれだけではないぞ。王族の責任は死後にも続く。特にファラオは、太陽神様を食べようとする悪ぅい蛇めと戦わにゃならん。まったく大変な仕事じゃよ」
やれやれと老人は首を振った。
「ファラオってのは崇めるべきモンじゃ。自分がなりたいなどと軽々しく思ってはいかん」
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