第3話「教えてください」

 太陽の船はわずか一時間で西の山の門へと消えて、門が閉じると辺りは再び闇に包まれた。

 死者達は棺の中へと帰り、足もとの花々も霞のように消えていく。

 ツタンカーメンと話していた老人も、棺のふたを閉めてイビキをかき始めた。


「もう終わり?」

 取り残された感じになって、ツタンカーメンが目をぱちくりさせた。

「次のエリアの人達が待っていますからね。……クエーッ!

 死者の眠るアメンテトの大地はとても広く、十二のエリアに区切られています。

 太陽の船は、夜の十二時間の間に、十二のエリアを一時間ずつ順番に回り、アメンテトの死者は一日に一時間だけ目覚めることができるのです。……クエーッ!」

「確かメンフィス出身の人はプタハ・ソカル神を信仰してアメンテトで、ヘリオポリス出身だとオシリス神を信仰してアアルの野へ行くんでしたよね」

「昔はそうでしたが最近ではそういう分け方はなくなりましたね。どの土地でも地元の神を一番に考える人が多いのは確かですが、エジプトの神は信者を独り占めしようなんてしませんし、私とオシリス君の区別がついていない人も珍しくありませんし。……クエーッ!」

「……先王の宗教改革の際には、アメンテトとアアルの野のどっちも『ない』ってことにされちゃったんですよね……この冥界全体も、アテン神以外の神々も……」

 ツタンカーメンが王位に着く前にファラオを務めたアメンホテプ四世は、アテン神だけを異常に崇拝し、その名をアクエンに改名。

 他の神々は存在しないものとして、古くからある神殿を破壊し、神官達を追放した。


「一部の人間が勝手に目を閉じたからって、本当に消えてなくなったりはしませんよ。……クエーッ!」

「先王は……」

「早くアアルの野へ行きましょう。みんなが貴方を待っています。……クエーッ!」

「待って。飛べません。さっきから力を入れているんですけど……」

「歩きなさい。……クエーッ!」

「杖がないと無理です」

 ツタンカーメンは生まれつき足が不自由なのだ。

「ではこの頭巾の中に手を入れてください。……クエーッ!」


 言われるままにしてみる。

 指先が何かに触れたのでそれを引っぱると、お墓に納められていた、生前に愛用していた木の杖が出てきた。


「アアルの野に着いたら、また飛べるようになりますよ。……クエーッ!」

「アアルの野では母上がおれのことを待っているんですよね?」

「そうですよ。……クエーッ!」

「……父上も、ですか……?」

「…………クエーッ!」

「ねえ、プタハ神……おれの父親って誰なんですか? 神様なら知っているんでしょう?」

「……私が聞いたところではアテン神君だと。……クエーッ!」

「先王のアクエンアテン様はそう言っていたし、だからおれはファラオになったわけだけど、でも違うのはわかっています。おれは神の子なんかじゃない。

 アクエンアテン様は、おれが大人になる頃にはおれのこの生まれつきゆがんだ足は消えてなくなって、生まれつきイビツな頭蓋骨から直接手が生えてアテン神そっくりになるって言っていたけれど、そんなのありえない」

「では先々代のファラオでアクエンアテン君の父親の、アメンホテプ三世君。彼は実にい人間でした。……クエーッ!」

「養父のアイにはそう聞かされたし、神殿の壁にそう書かされました。でもその人は、おれが生まれる何年も前に亡くなっています」

「…………」

「母上は王家の生まれでアテン神の巫女で……神殿で働いている間は異性と関わっちゃいけないのに、相手が誰か明かさないまま、おれを生んですぐに死んじゃって……誰も最後まで本当のことを教えてくれませんでした」

 十八年で終わった人生の最期まで。

「教えてください。やっぱり先王アクエンアテン様が、おれの実の父親だったんですか? アテン神を崇めてたくせにアテン神の巫女に手を出して、それがバレるのが嫌で隠してたんですか?」

「……それは私の口から言うべきではありません。……クエーッ!」

「父上はアアルの野に入れたのですか?」

「旅が終われば自分の目で確かめられますよ。本人に会えるかどうかは……君次第です。……クエーッ!」


 ツタンカーメンは何か言いかけてやめて、それからしばらくは互いに言葉もなく進んでいった。


 マスクは宙を飛べるけれども、着いてくるツタンカーメンの歩みは遅い。


「疲れましたか? ……クエーッ!」

「いえ」

「私は疲れました。……クエーッ!」

 黄金のマスクがツタンカーメンの頭に再びかぶさった。

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