第5話「寂しくなんかねーよ」
葬式が始まった時にはツタンカーメン王の幽霊はいつものようにカラッとしていて、葬列に並ぶ厳粛な面持ちの人々に自分が見えないのをいいことにアッカンベーをして遊んで回った。
笑い顔を見咎められないように、カルブは両手で顔を覆って必死で泣いているフリをした。
ナイル川を船で渡って、ファラオの棺は夕日に染まる王家の谷の岩だらけの景色の中へと運ばれる。
幽霊は棺に馬乗りにまたがっていたが、自分のおしりが棺のふたに描かれた肖像の顔の部分に当たっているのに気づいてモゾモゾと位置をずらした。
カルブはアンケセナーメンの特別な計らいで、本来なら一般人ではありえぬことだが、墓所の入り口にまで行かせてもらえた。
ファラオの冥界への旅立ちを見送るために集まった貴族達の様子を見て、カルブは自分の前では笑ってばかりいた人懐っこいこの男に、生前は心を開ける相手がアンケセナーメン一人しか居なかったのだと思い知らされた。
「別に寂しくなんかねーよ。アヌビス神もトート神も迎えに来てくれてるし。それよりカルブ、約束、忘れんなよ」
「当たり前ですよ! ツタンカーメン様こそ!」
「ハハッ! 期待してろよ!」
大神官が祈りをささげ、墓所の扉がゴゴゴと開かれる。
重たい石の扉の奥に、下りの階段が伸びている。
ピラミッドという人工の山を石を積んで建てる風習は廃れ、この時代の墓所では、そびえ立つ自然の岩山にトンネルを掘って、死者の寝室や宝物庫を作る。
ツタンカーメンの幽霊は、棺とともに運ばれながら、最後まで笑顔で手を振っていた。
扉をくぐり、アイを先頭にした神官団が、階段の先へと棺を担ぎ込む。
カルブがついてきて良いのはここまでだ。
時間をかけて儀式を済ませて、戸口から神官達が出てきた。
扉が閉まる音が響いて、カルブのほほを涙が伝った。
第一部〔完〕
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます