第2話「慎重に」
狭く長いその通路は、ゆったりとした下り坂になっていた。
エジプトに限らず、古代の神話の冥界は、別に地獄というわけではなくても立地的に地下にあるとされることが多い。
その冥界のさらに地下深く。
通路はどこまでもどこまでももぐってゆく。
ふよふよと浮遊していたツタンカーメンは、下り坂が急にきつくなったのに気づかずに、角度のついた天井に頭をぶつけた。
そこにスイッチがあった。
ドン!
背後で物音がして、振り返るとそこには、通路を塞ぐほどの大きな玉が現れていた。
イ○ディ・ジョー○ズの存在を、ツタンカーメンは知らない。
ただ、ここが下り坂である以上、その玉が自分に向かって転がってくるであろうとは理解できた。
「ぎゃあーーーーーっ!!」
逃げる、逃げる、逃げる。
全速力で飛ぶ。
身を隠せるような脇道はなく、玉の高さは天井と変わらないので上にも避けられない。
息が切れる。
高度が下がる。
冥界の建築物は、地上の壁のようにはすり抜けられない。
ひざが床に接触し、引きずられて墜落する。
背後でまた別の音が響いた。
顔を上げると、ツタンカーメンのすぐ後ろの床に、大きな穴が開いていた。
玉はここに落ちたようだ。
落とし穴は、底が見えないくらいに深かった。
もしもここに来たのがツタンカーメンではなくて、誰か飛べない者だったなら、どんなに足が速くてもここでアウトだった。
(こうまでして守る書物……)
いったいどれほどのものなのだろう。
ツタンカーメンの額を汗が伝った。
罠はまだあるかもしれない。
(慎重に進もう)
通路の最奥の扉には、最初の扉と同じ文字が書かれていた。
『神に害なす意志のある者、この扉を開くこと叶わず』
ツタンカーメンがそっと押すと、扉は何事もなく開いた。
小部屋の中央の台座の上に、赤く塗られた木箱が載っていた。
箱のフタにも似たような警告文が書かれていた。
『神への害意を持ってこの箱に触れる者は炎に焼かれる』
開ける。
箱の中にはまた箱があった。
『神への害意を持ってこの箱に触れる者は雷に打たれる』
開ける。
また箱。
『神への害意を持ってこの箱に触れる者は水に飲まれる』
開ける。
ようやく巻物が出てきた。
(これが……セト神が言う、究極の秘蔵書……)
真っ赤な表紙には『縛り』と書かれていた。
(これがセト神の好み、か……)
きっと自分が見ても理解できない。
ツタンカーメンは巻物の中身を確かめずに持ち出した。
(それにしても……エッチな本って、こんなに厳重に隠さなくちゃいけないものなんだな……)
王宮で生まれ、神殿で育ち、九歳で政略結婚をしたファラオには、そのたぐいの書物の存在を、うわさに聞くぐらいはあっても、実際に触れる機会は与えられなかった。
それ故に、さすがにおかしいと気づけなかった。
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