第4話「誰の手の者だ?」

 岩場はうめき声にあふれていた。

 ミイラ工房へ続く道を悪意ある何者かが通った痕跡。

 まるで道しるべのように、見張りの兵士が血を流してそこここに倒れている。

 カルブとツタンカーメンが工房にたどり着くと、今まさに目の前で、見知らぬ男の手によって、馴染みのアスワドとアブヤドが切り伏せられるところだった。


 襲撃者は、カルブ達と変わらぬ年に見えた。

 特徴のない腰布に、鍛え上げられた体。


 顔を覆う布も砂除けと思えば然して珍しくはない。

 しかし手に持つ大振りのナイフは、肉屋だって道の真ん中で抜き身にはしない。


 男はカルブに気づけど無視して工房の戸口へ足を進める。

 カルブはツタンカーメンと顔を見合わせ、王の真剣な瞳を見て、怯えを捨て、走ってきたそのままの勢いで襲撃者に駆け寄って壷を投げつけた。

 粘り気の強いハチミツが飛び散り、襲撃者の全身に降りかかる。

「!?」

 顔にかかったハチミツを拭おうとして余計に広がる。

 流れ落ちたハチミツが足と床をくっつける。

 その隙にカルブは素早く戸口の日除け布を引きはがし、襲撃者の全身にかぶせ、グルグルと巻きつけ、ハチミツで貼りつけて包み込んだ。


「ッ!! ッ!!」

 襲撃者がもがくが、両腕を押さえる布は破れもはがれもせず、一緒に包まれているナイフもハチミツでベタついて布を切るなどとてもできない。

 ほっと息をついて、カルブは作業所に入った。

 乾燥のためのナトロンに埋もれたツタンカーメンの遺体の前で、アンケセナーメンが震えていた。


 王の遺体の前で王妃を殺す。

 それはあまりにできすぎた話で、カルブの脳裏に一瞬だけ、王妃が自らそれを望んだのではないかという考えがよぎった。


 王が襲撃者に向き直った。

「誰の手の者だ?」

「誰の手の者だっ!?」

 幽霊の言葉を、襲撃者にも聞こえるようにカルブがくり返す。

 返事はない。

「答えろ! 誰が仕向けた?」

「答えろッ!! 誰が仕向けたッ!?」

 ファラオの声には威厳があるが、それを伝えるカルブの声はどうしても上ずったものになってしまう。

 返事の代わりに、布が内側から切り裂かれた。


 先ほどのよりも小振りだが鋭く輝く二本目のナイフが、アンケセナーメン目がけて振り上げられる。

 振り下ろすには距離があるが……

(投げつける気だ!)

 カルブは襲撃者の腕にしがみついた。

 襲撃者の手を離れた刃は、王妃に届くことなく床に落ちた。

 そしてカルブは襲撃者の腕だけを抱えてたたらを踏んだ。


 腕だけだった。

 胴体はついてきていない。

 襲撃者の腕は、つけ根から切り落とされていた。

 次いで襲撃者の首が飛んだ。


 襲撃者の胴が倒れ、その後ろに立つ、角ばった顔の大柄な男を月光が照らす。

 カルブは目を見張り、慌てて膝をついて頭を下げた。

 中年とは思えぬほどに引き締まった体を包む、金の装飾の鎧を見れば、首都テーベに住む者ならば名乗られずともその名はわかる。

 ツタンカーメン王の側近、ホレムヘブ将軍であった。

「おれにはそこまでしないくせに」

 幽霊がカルブを見下ろして、ふてくされてつぶやいた。

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