第5話「それはわかってる」

 王の幽霊は工房の外で待っていた。

 アンケセナーメンの泣き顔を見ていられなかったのだ。

 王妃が名残惜しげに工房を振り返っている隙に、カルブはツタンカーメンに話しかけた。

「マアト女神の羽ですが、あれは生前の罪しか計らないはずです。それにほら、アナタの心臓は、アナタが悪さしている間もずっとここにありました。あの心臓はアナタの死後の罪には関わっていません」

「…………」

「ザナンザ王子はきっと大丈夫ですよ。一国の王子様がちゃんとした道案内を連れていないはずありませんから」

「…………」

「オレは、アナタはピュアな人だって思っています」

「それはわかってる」

「おいっ」




 それからカルブは、アスワドにもアブヤドにも見つからないようにこっそりとアンケセナーメンを王宮まで送っていった。

 なんと王妃はナイル川を渡るのに、渡し舟ではなく、王墓建設の資材を運ぶための貨物船に紛れ込んでいたそうだ。

「だって渡し舟のチケットをどうやって手に入れればよいのかわからなかったんですもの」

 帰りの船も、貨物船しかない時間帯だったので同じ方法を使うことになった。

 いざ船内に忍び込んでみると、王宮がらみの貨物船は庶民向けの渡し舟なんかよりもはるかにしっかりとした造りで、乗り心地も快適だった。

「それにしても王妃様、いくらお忍びでも護衛の一人もつけないなんて無用心すぎますよ」

「わたくしについてきてくれる人なんて居ません。みんな止めようとするだけです。一人だけ、貨物船のことを教えてくれた侍女が……でも……その人、わたくしに話したいことがあるって言ったまんま突然居なくなってしまって……誰に訊いても何にも知らないって……」

 エジプトは昼夜の温度差が激しい。

 川面を流れる、凍えそうに冷たい夜風が、カルブの首筋をなでた。

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