レーズンパンは宇宙だ
食べ物の好き嫌いはあんまりないよな、と考えていたら、あった。
そういえば僕はレーズンパンが苦手だ。
でもレーズンは好きだ。もちろんパンも好きだ。であればレーズンパンも好きなはずなのに、なぜかレーズンパンは好きじゃない。
なんていうんだろ、井上陽水は好きだし奥田民生も好きだけど、井上陽水奥田民生になるとあんまり好きじゃない、みたいな。
布袋寅泰も吉川晃司も嫌いじゃないけど、コンプレックスはあんまり好きじゃない、みたいな。
町田康も佐藤タイジも好きだけど、心のユニットは好きじゃないみたいな。いや心のユニットは大好きだ。
まあ、よくわからないけれど、そんな感じでレーズンパンが苦手だ。
嫌いな理由として、
1、食感が変
2、味が変
3、見た目が変
という3つが挙げられる。
食感が変というのは、いわずもがな、パンの中にレーズンが入っているが故に、パンのもちもちサックリを味わっているさなかに急にグニっという食感が入ってくるあの感じが嫌なのです。階段を下りているときにあと一段あるのを見誤って足をぐねってしまうあの感じによく似ている。
味に関しては、混ざっているくせに味がバラバラでまとまっていない。これにつきる。カレーライスはカレーとライスが見事に融合し、ライスという固形の存在を内包しながらも「カレーライスは飲み物」という名言を生み出すに至った。それに比べレーズンパンの体たらく。どれだけ頑張っても「レーズンとパンを組み合わせただけ」である事から抜け出しきれていないのだ。
最後に見た目。レーズンバターロールを思い浮かべてほしい。あなたはそこから何を連想するか。僕には風の谷のナウシカにでてくる王蟲にしか見えてこない。腐海の主的なあいつだ。レーズンロールだけではない。普通の食パン型のレーズンパンの見た目も結構アレだ。真っ白いキャンバスに浮かぶ紫色の斑点。それはまさにマリメッコのテキスタイルだ。食べ物ですらないじゃないか。
これだけのマイナス点を持つレーズンパンを、僕はどうやったら好きになれるのだろう。
それぞれに苦手意識はないのであれば、レーズンをほじって食べればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、それは逃げである。想像してほしい。「僕レーズンパン好きやねん」といいながらレーズンだけをほじって食べていたら、確実に嫌われるだろう。その食べ方がみみっちく汚らしいからだ。僕は友達を増やす為に、好きな物を増やしていこうと頑張っているのだ。それで嫌われてしまったりすれば本末転倒ではないか。というわけで、レーズンパンそのものを優雅に食べられるようにならなければならない。
しかし、僕がこれだけ苦手に感じているレーズンパンであるが、多数の人間から愛されているのもまた事実である。東京にはレーズンパンに特化した店もあるらしいし、職場の近くにある喫茶店のモーニングは何十年もトーストかレーズンパンの2択でやっている。
なぜこれほどまでにレーズンパンがもてはやされるのか。そこにはきっとなにか隠された真実が潜んでいるはずだ。
レーズンとは何か。言わずもがな、干した葡萄である。パンとは何か。小麦粉とイースト菌を混ぜて寝かして焼いたものである。
レーズンパンとは、その二つが合わさったものである。ただし、前述した通りこの二つは混ざっているように見えて実は混ざり合っていない。ということは、この混ざり合っていない状態を皆は楽しんでいるということになる。パンの中に点在するレーズンを楽しみながらも、レーズンを包み込んでいるパンも楽しむ。
僕はここにいたって、1つの発見をする。
太陰大極図、というものをご存知だろうか。白と黒の勾玉みたいな形を組み合わせた、霊幻道士のガウ道士がかぶっていた帽子に描かれていたあれである。
太陰大極図は太極、すなわち万物の根源を差し、そこには陰と陽があり、そこから世界がうまれた、という道教の思想を象徴したものである。すなわち、二つの異なる性質をもったものの混在から、森羅万象全てが生み出される、という考え方である。
陰と陽の組み合わせ。先ほどの発見とはこれである。
まさにこれは、パンとレーズンではないか。
陰は収縮の性質をもつという。これはすなわち、干されて縮んだレーズンである。
陽は膨張の性質をもつという。これはすなわち、発酵して膨らんだパンである。
これらが組合わさったレーズンパンは、すなわち宇宙の始まりである。これを読んだあなたは、そんな大げさな、と思うかもしれない。いや、大げさではないのだ。
宇宙が産まれる前、
レーズンパンの中には、天と地が詰まっている、ひいては地球、いや、宇宙そのものを内包しているといっても過言ではないのだ。レーズンはレーズンにあらず、レーズンと言う名の
もうこうなると、レーズンパンを好きだ嫌いだと言っている自分が恥ずかしくなってくる。だれが宇宙を好き嫌いで語るのだ。そんな次元の話をしている場合ではないのだ。
そう考えた僕は、宇宙と道教の思想を一挙に体内に取り入れるためにスーパーへと急いだ。パンコーナーに向かい、レーズンパンを探すと既に売り切れていて。
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