男性目線と女性目線

 ホラー映画が苦手だ。

 僕が唯一見られるホラー映画がアダムスファミリーだといった時点で、どれほどホラーが苦手なのか分かっていただけるだろう。どれだけ貞子が可愛かろうが、呪いのビデオが興味をそそろうが、ジャックニコルソンの顔が面白かろうが、苦手なものは苦手なのである。


 さりとて苦手だ苦手だとはいってられない。もしかしたら、かわいい子から逆ナンされて今から一緒にホラー映画見てくれたらそのあとホテルで何でもしてあげるよ、という状況が起こるかもしれない。

 まあ、そんな状況になるほうがある意味でホラーなんだけれども。


 アメリカの脳科学では、恐怖と快感が密接にかかわり合っているからホラーを楽しめる、という説があるらしい。となると、僕もそれにならって好きになってみようかな。というのが今まで好きになる為の方法論だったのだが、これ、改めて考えるとばからしくないか。

 快感と密接に結びついているのであれば、それはもうすでに快感じゃないか。恐怖なんて必要ないじゃないか。恐怖と快感をわざわざ脳が結びつける意味が分からない。もし本能がそうさせる、なんていうことであれば、それは本能の方が間違っている。本当にそれが本能だというのならば、人間もそのように進化していなければならず、快感の最たる性行為に恐怖が付随するような進化を遂げているはずだ。

 それがどんな様相になるか、以下に書き記しておく。

 

 ホテルに入って服を脱がす。ブラジャーを取る為に女性の背中に手を伸ばしホックを外す。刺繍で彩られたブラジャーがするりと落ちると、そこにはおぞましい風景があった。乳首の周りには漆黒の毛が絡まり合って乳首を隠し、先端への到達を阻害してくる。乳房周辺への愛撫をしようとすると、その毛がまるで王蟲の触手のように指に絡み付き、乳房の攻略をあきらめざるを得なくなる。しかたなしに下半身の本丸に手を伸ばす。先ほど取ったブラジャーとお揃いの刺繍がついた下着を脱がすと、死臭が充満している。刺繍の奥に潜む死臭。乳頭を守っていた漆黒の毛と同様の眷属が此処にもいた。しかも、悪臭を放って。臭いを我慢しながら恐る恐る眷属をかき分けると、奥にざわざわと蠢く赤茶色の物体が見える。その物体の奥からは白濁した粘液が溢れ出し……。

 

 だれがこれで興奮するのか。こんな世界あってはならない。本能が恐怖と快感を繋げることを是としていないのは、上の文章から明らかだ。

 恐怖と快感は一緒にしてはならない。アメリカの科学なんぞ信用できん。これが本当に快感だというのか。これに快感を覚えるなんて、アメリカの男性諸君はなにを考えて生活しているのだ。普段の生活によっぽど刺激がないのか、いや、刺激がありすぎてこれくらいの恐怖がなければ興奮しないようになってしまっているのか。銃社会の弊害だ。そうであれば、アメリカという巨大国家が崩壊してしまうのも時間の問題だ。

 

 と考えたのだけれども、もしかしたら、これは男性目線で書いてしまったのがダメだったのかもしれない。と思いなおして。

 よし。女性目線で書けば何か分かるかもしれない。


 彼のベルトを外し、ジーンズの釦に手をかける。釦を外すと、頭上から何か音が聞こえる。洞窟の奥深くから鳴り響くようなうめき声。その音に気を取られないよう、ジーンズのジップを慎重に下げる。ジップの奥には、一枚の布を隔てた向こう側に巨大なミミズやウナギを思わせるシルエットが浮かび上がっている。かすかに動くそのシルエットに怯え、呼吸を整える。ジーンズがベルトの重みで自然と下がっていく。私の押し殺した呼吸に呼応するように、布の奥で巨大ミミズが蠢く。何に反応したのかは分からないが、ふとした瞬間、布の切れ目から私の顔めがけて襲いかかる。巨大な軟体動物を思わせるその物体は口と思われる場所から透明な液体を吐き出し、何かを探すように動いている。


 ん?


 これは?

 

 これは興奮できるかもしれない。

 

 どういう事?


 男性目線であれば興奮の兆しは全くなかったのに、女性目線になるとなんとなく興奮できる。これはもしかすると、性別による目線の違いによって恐怖心が左右される、ということなのか。という事は、僕が男であるがゆえに、恐怖と快感を脳の中で繋げる事ができずにホラーを怖れているという結論になる。

 となると僕がホラーを好きになるには女の子にならないといけないということか。


 とてもじゃないがそれは現実的なアイデアではない。もしも僕がお湯をかぶることで性別が変わるような呪いを受けていたとしたらなんとでもなるんだろうが、残念ながらそんな羨ましい呪いは受けていない。

 となると、男性のままで女性目線を勉強することが一番の近道になるんでは、と考え、早速奥さんに相談する。


「ホラー映画を好きになる為に、女の子の気持ちを知りたいから、今から僕が布団にいて、正常位で下になる状態で待ってるから、こう、なんか、入れてもらうような感じで、覆いかぶさってくるような感じで、あの、その、してもらっていい?」


と聞くと、猫の世話で忙しそうにしていた奥さんは、猫のトイレを掃除する箒の柄を持ってこう言った。


「これ、尻の穴にいれてあげようか」


笑いながらそういう奥さんは、まるでジャック・ニコルソンみたいだった。


 僕の家は、すでにホラーで溢れている。

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