第10話

「あだ名で呼びあう事くらい簡単でしょ」

「貴方がボブか」

「誰がボブよっ!ていうかボブって誰?!」


 お昼休み、中庭で二人きりでお弁当を開こうとしていたところに、例の四人組が追いかけてきたのであった。

 車座となって食事をし始めると、咲子が事もあろうに霞と隼に向かって「あだ名で呼び合うのなんて、異性を下の名前呼び捨てにするのに比べたら……」などと言い始めたのである。

 そもそもの大前提として、二人にはそれほど親しい間柄の同級生など居なかったからである。

 あれ、心が痛い。

 それはともかく、そう言った当たりが不自由な二人にとって、他人に気安い彼女はとても羨ましい存在であった。

 真似したいとは思わないようであるが。


「まあそれはともかく、私達いつも一緒に居たけれど、同じクラスの人たちは遠巻きにして事務的な会話をするだけで、友人関係と言った間柄にまで至ったことが無かったのよ」

「ほーん、なんでまた」

「別に、事さらに拒絶したことなんて無いのだけれど。積極的に関わろうとしてきた人の中には、あからさまに人を舐めるように見てくる男子とか、如何にも遊び慣れしてるという感じの女子なんかが居たけれど、そもそもそういった系統の方とはお友達になりたくはなかったし」

「あーわかる。なんか駄目な遊びに巻き込まれそうだもんねー」

「さっちゃんも色んな意味で駄目な事、多いけどね」

「うるさいわね!なんでもツッコミ入れりゃあいいってもんじゃないのよ!?」


 そんなふうに姦しく会話を続ける霞達を楽しげに見つめながら、男女比率が極端な現状に少々落ち着かない隼は、無言で飯をかき込むのであった。


「そのへんちょっと気になったんですけど、お二人ずっと同じクラスだったんですよね」

「そうね、何の因果か保育園から小中、高校に至るまで、奇しくも同じクラスだったわ」

「あー」

「そーれは」

「なにか?」

「いえ、もしかしてなんですけどー」

「うんうん。ねえ、桃」

「うーんと、ですねぇ。霞さん」

「あら、何かしら」

「お二人、中学校の頃って休み時間とか、あの、どんなふうに過ごしてましたか?」


 そんなふうに問いかけてくる桃子に、霞ははて、と視線を彷徨わせて記憶を掘り返した。


「……特にこれといったことはしていなかったはずよ?いつもそうね、だいたい隼と二人で会話してたぐらい」

「……あの、その状況を再現してもらっても?」

「それはかまわないけれど……隼」

「んあ?なんだ?」


 桃子に頼まれた霞は、中学の頃の休み時間を思い出しつつ、同様の行動に移ったのだが。


「うわ」

「え、なにそれ」

「……(真っ赤)」

「うっほー」


 他の四人から、どう見えるのか。

 霞と隼は不思議に思いつつも暫くそれを続けてみたのである。


「……堪能させていただきました」

「ごちでした」

「正統派は強いです」

「あのあのあのあの(おめめぐるぐる)」

「えっと……?」

「何がどうしたんだ?」


 桃子に言われて霞は、隣りに座る隼に更に近寄り、肩を寄せた。

 そうして何時もそうしていたように、隼の耳元に顔を寄せ、ボソボソとささやき始めたのである。

 まあ内容としてはたわいないものなのだが。


(ねえ隼)

(どした)

(桃子さんがね、私達が中学の頃の休み時間ってお互いどんなふうに接してたのかって聞いてきたの)

(うん聞いてた)

(だからね、それを再現してみようかって)

(再現って言ったって、何すりゃいいんだか)

(いつもの様に普通に内緒話して見せればいいんじゃないかしら)

(ふうん?まあいいけどよ)


 そんなことをただ普通に会話しているつもりの二人であったが。


「……(ごくり)」

「はわあ……」

「おおう……」

「ほええええ?(ぐるぐるめだまん)」


 霞と隼、無駄に見目麗しい二人が肩寄せあって、小声で内緒話をしている光景は、それはもう淫靡な雰囲気が溢れ出した、倒錯世界そのものを切り出した一枚の絵画のように思えたのであった。


「結論から先に言わせてもらうわ。あんたら二人して鈍感すぎ」

「失礼な。自分で言うのも何だけれど、私は不感むぐぅ」

「まて、それ以上口を開くな霞」


 咲子の指摘に反論と言う名の自爆をしようとした霞をインターセプトして、隼は話の先を促すことに成功した。


「正直に端的に言わせてもらうけど、あんたら二人、鏡見たことある?」

「だいたい毎日見てる」

「そうね、顔洗ったりするわけですし」

「……桃、どうしようこの二人」

「さっちゃん、駄目だよ諦めちゃ」

「道子ぉ、お茶分けてー」

「あ、うんちょっと待ってね小路っちゃん」


 ☆


「改めて言わせてもらうけれど」

「おう」

「どんときなさい」

「……あんたら、自分の容姿についてどう思ってる?」

「男前?」

「綺麗系」

「わかってはいるのね……余計厄介かもだわ」


 二人は並んで正座をし、咲子と桃の前で向き合っていた。

 道子と小路はそこから一歩離れたところでお茶をすすっていた。


「じゃあ想像してみようか」

「妄想なら得意技よ、隼の」

「俺かよ」

「いいから聞きなさい。さて、とある部屋に大勢の少年少女が居ます」

「うん」

「はい」

「その中に一組の超絶!美形!な大人っぽい男子と女子が居たとします」

「うん」

「はい」

「そんでもってその少年少女たちの中で!その男女は肩寄せあって相手の耳元に顔を寄せて何事かを呟いては薄く笑みを浮かべて! 腕に抱きついたり肩を抱いたりするわけだこんちきしょう!」

「うん……うん?」

「は……い?」


 どんどんと口調が荒れてくる咲子に首を傾げながら、二人はその内容も怪しくなってきていた事に眉をひそめた。


「純情可憐で純真無垢無垢な少年少女達はどう反応すればいいと思いますか!そこ!出席番号三番!おたぎかすみさん!」

「遠巻きに見て様子をうかがうわね」

「だわな」

「そういうわけよ!わかった!?って言うか分かれこのぼんくらどもめ!」

「隼、言い返さないと。ボンクラとか言われてるわよ」

「どもめって言ってるからお前も含めてのことだと思うぞ」

「まさかそんな」

「まさかでもそんなでもないわよ!あんたらがそういうことするとそういうふうに見えるって言ってんのよ!」

「そんな……」

「あー、それでか……」

「そんな楽しげなものを無償で提供していただなんて」

「そこか!?驚愕したと思ったらそこか!?」

「冗談よ。なるほど、それは確かに寄り付きたくはないわね」


 咲子の力説にようやく納得したのか、二人は考え込むような姿勢でしばし微動だにしなかった。


「ま、まあコレからはその辺を改善していけばいいわけだわ。そ、それにあれよ」

「うん、もう私達お友達だもん」

「……ありがとう桃子さん」

「わっ私は違うからとかいうんじゃないでしょうね!私だってもう友だちと思ってるんだからね」

「そんあ事は言わないわ。ありがとう咲子さん」

「さっちゃん、よ」

「こまったこまっちゃんでもいいのよ霞さん」

「困ったちゃんだからね」

「うるさいわね!」


 嬉しそうにはにかむ霞を横目に、「俺も男友達ほすい……」と呟いた隼の言葉は、中庭の空に消えていったのである。

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