第9話
「と言う訳なのよ」
「へえ、なるほどね。竹田さんお手柄だったのね」
改めて自信満々に先日の顛末を語る咲子。
であるが、ソレを聞いていた霞の賞賛は、職員室へ即座に通報した竹田道子へと向かった。
当然である。
「って私は!?物音に気付いたの私だから!」
「さっちゃんは場を引っ掻き回していただけじゃない」
「違うわよ!」
それでも自分が不審な物音に最初に気づいたからだと言い張るが、梅乃小路にバッサリだ。
「梅乃さんはよく周りを見ているのね」
「いやあそれほどでも」
「私はっ!?」
そんな小路をも褒める霞に、咲子は涙目になりつつも更に追随する。
そんな咲子の横から、桃子が申し訳なさそうに弁護するが。
「あの、さっちゃんは、その、空回りすること多いんですけど、悪気はないんです」
「何気に辛辣ね、桃子さん」
「桃にまでそんな」
弁護じゃなかった。
寧ろ追い討ちであった。
「貴方達四人は幼馴染なのね?」
「はい、みんな保育園のころからずっと一緒なんです」
「腐れ縁とも言う」
「腐ってない!」
「まあまあさっちゃん」
何だかんだと仲が良さそうなのを見つめながら、霞は微笑ましくおもった。
「羨ましいわ。私、同性の幼馴染は一人いるのだけれど、彼女一つ年上だから。昔は気にならなかったけれど、最近は一つ年が違うだけで何だか身構えてしまって」
「あー、わかるー。うちのお隣のお姉さん、公立に去年入学したんだけどさ、高校に一年通っただけでなんかもう大人って感じがしてさ―」
「うんうん、来年は私達があんな感じに下級生から見られるのかなって思うと今から心配になっちゃうよー」
なお、霞は今年学校見学に来る中学三年生に最上級生扱いされるのだがソレはおいておく。
「ふっふーん、それならさしずめ私なんて大人の女って感じになってるわね!」
「それはない」
「さっちゃん、ソレはないと思うな。寧ろ新入生だと思われるよ?今みたいに落ち着かないままだと」
「桃子が酷い!?」
そんな四人の掛け合いを見つつ、霞は(なにこれ。いつの間にかお友達な雰囲気に成ってる。これがリア充……)などと考え始めていた。
落ち着け、その四人から見れば寧ろ君がリア充だ。
「さて、ソレはソレとして。こないだの話の続きなんだけど」
「このあいだ?」
「中島くんとの馴れ初めよ、な・れ・そ・め」
「ああなるほど」
結局はそこに行き着くのかと内心苦笑する霞であるが、さてどうしようと小首を傾げた。
自分としては、別に今更のことなので言ってもいいとは思うのだが、なにぶん相手のいる話である。
向こうが嫌がったりした場合、文句の一つや二つは出てくることだろう。
「そうね、その件に関しては、もう一人の許可を貰ってから、もう少し余人を交えない状況でならかまわないと思うわ」
「っしゃ!」
言質を取ったと拳を握る咲子に、くすりと笑みを浮かべる霞。
コレほどに喜怒哀楽が表に出せれば、もっと違った人間関係が構築できたのではないかと今更ながらに思うのであった。
「きりーつ!」
「あ、先生来た、席つかなきゃ……あれ?」
「香椎先生じゃないね」
朝礼の時間になり、日直が起立の号令をかける。
席に戻りながら入口を見てみると、担任の香椎ではなく、いささか年若い女教師が代わりに入室してきていた。
「はーい席について下さーい、朝礼ですよー」
「なんというか」
「気合の抜ける声の先生だな」
「香椎先生おやすみなのかしら」
四人は各自の席へと散って行きながら、入室してきた教師に視線を送りつつ、そんな感想を口にしていた。
☆
「えっとですね、私はまだこのクラスで授業受け持ったこと無いから覚えてないかもしれませんが、英語を担当するキャサリン・石川です。よろしくお願いしますね」
「きゃさりん……」
「めっちゃ日本人なのにきゃさりん」
「コレがキラキラネームか」
自己紹介をする女教師のその名前に、生徒たちは一様に驚愕した。
どう見てもあからさまに日本人なのに、キャサリンである。
一体どんな当て字なのかと興味津々であった。
「あ、言っておきますけどー。私こう見えて国籍アメリカなので、キャサリンはキラキラネームではありませんからねー」
皆にそう告げる顔には、これまでにも何度となく聞かれたのであろうか、慣れのようなものが存在していた。
なお、改めて告げられたキャサリン先生の自己紹介には、そのあたりのことも含まれていた。
「はい、曽祖父母がアメリカに移民しまして、私は日系四世になります。ですが父も母も、血統的には純日本人だそうで、私はこの見た目に成っているわけです」
曽祖父母は日本人で、祖父も同じ二世同士で結婚。その後、日系三世の父は留学に来ていた純日本人である母と縁あって結婚、そしてキャサリン先生爆誕だとの事だった。
「ソレはソレとして、香椎先生の代わりに私が来た理由ですが」
そう言いつつ教室を見回し一息置き、皆の視線が集まるのを待ってから口を開いた。
「香椎先生はいまちょっと学園長に怒られてるので、ここには来れませんでした。変わりに担任を持っていなくて一時間目がちょうど私の受け持ちだということで、やって来たというわけです」
しん、と。
担任教師に何が起こったのかを理解するまで、沈黙が降りた。
「なお、別に悪いことをしたとかそういうことではありませんから。ちょーっと行き過ぎたというか、なんといいますか。個人的には撃っちゃえばいいのにと思いますけれど」
誰を!?何で!?という顔を浮かべる生徒たちを尻目に、以外に中身アメリカーンなキャサリン・石川先生は、授業開始の時間いっぱいまで、香椎翠のことを語り続けたのである。
☆
「なるほど、いきなりか。それは保護者から文句も来るって話か」
「個人的にはいいぞもっとやれ、という気持ちでいっぱいですわね」
ノリノリで一時間目を終わらせたキャサリン先生を見送って、二時間目までの短い休み時間の間に霞と隼は、互いに担任教師の件について語り合っていた。
「まあ昔から俺も思ってたよ。ドラマとか漫画とかで、それは『学校内の問題』で止めとくような話じゃないだろうと」
「ソレはそうよね。カツアゲとか校内暴力とか言うけれど、普通に恐喝だし、それに伴って暴力が振るわれたなら強盗よね」
普通の感覚だと、間違いなくそうなのだが、一体何がどうすれば問題をもみ消したり出来るのか不思議である。
「やっぱりアレなのかしら。社会人としての経験が、全て学校内で収まってしまっているから?」
「接触する相手が同じく教師と生徒、そしてその保護者だけ、と」
「世間が狭くなるということなのかしら」
「爺ちゃんが「虐められたら虐めかえせ」とか「殴られたら殴りかえせ」なんて言ってたけど、流石に無茶だろと思ってた頃がありました」
「相手は精神的に未熟な未成年だから、手段を選ばず際限無しよとウチのお祖母様も仰ってたわ」
うーむと考え込む二人であった。
校内暴力に国家権力がどうこうというのは昔からの問題なのだろうが、暴力を振るわれる方にしてみれば理不尽この上ないと思ってしまうだろう。何故に暴力を奮った側を学校が守るのかと。
「そんな時のためのスマホです」
「あら小松さん」
「のーのー、さっちゃんと呼んでくれていいわよ?その代わり霞って呼ばせてもらうわ」
「小松咲子でさっちゃん、か。羨ましいわね、あだ名で呼ばれるなんて」
「いやコレくらい普通でしょうに」
しゃしゃり出てきた咲子が、霞に向かってあだ名で呼ぶようにと告げてきたのである。
そのかわり自分も霞に対して下の名で呼ばせてもらうと。
事も無げにそういう咲子に、霞は憂いを帯びた表情で正直にその感情を吐露した。
「残念ながら、あだ名で呼びあうような事は無かったわね」
「ああ、お互い霞、隼って呼び合ってたし」
「自慢か!」
「まさか。事実を端的に伝えているだけよ」
「羨ましい」
そんな感じに話が斜めに進んでいくのを見て、隼が方向修正に口を挟んだ。
「んで、スマホがどうしたって」
「見知らぬ誰かに呼び出された時に!スマホが大活躍するからよ」
「見知らぬ誰かに呼び出され、って」
「そんな怪しい呼び出しになんか行かないわ」
「なんですと!?」
先日のラブレターin靴箱の件をそれとなく伝えると、咲子は大きくため息を吐いて「もったいない」とつぶやいた。
「何がもったいないのかしら」
「……いや、もういいです。すいません、ごめんなさい。その話題は私に効くから勘弁してください」
「さっちゃんってばラブレターで呼び出したのに肝心なところで意気地なしだから、罰ゲームでしたって言っちゃったことがあって」
「あらソレは酷いわね」
「それからその男の子とは空気が悪くなっちゃって」
「ココに入る一因になったんだよねー」
「うわーん!ソレは言わないでって言ったじゃない!なによもう!」
「あ、あの男の子には後でちゃんと説明しといたから。「さっちゃん、罰ゲームとか言ってたでしょうけど、実は本気で、恥ずかしくなってあんなこと言っちゃった」って」
「今ソレをいうか!もっと早く言ってよ!ていうかげんばでいってよ!もー!」
次の授業の教師が来るまでその話題で盛り上がった四人組を見ながら、霞と隼は(ガラケーなんだがどうなのだろう)(スマホ大活躍の件をはよ)と内心思いつつ、スマホの利用方法をあとで聞くことにしようと心に決めたのであった。
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