第8話

「ねえじゅん

「なんですか」


 ベッドにごろりと寝転がる隼に、霞は憤りを隠そうともせずにキツめの口調である。

 その程度毎度の事だと受け流す彼に、霞は冷たい視線を送りため息を付いた。


「きゃー!わはー!」

「つぎぼく、ねえつぎぼくだからね!」


 ベッドの上で寝転がりながら、隼は脛の上の妹を座らせ、上下に動かしてあやしていたのである。


「彼女と二人きりの予定だった筈なのにお邪魔虫が二匹も入り込んでいて彼氏はそっちの相手に忙しいというこの状況は、私正直拗ねても良いんじゃないかと思い始めているのだけど」

「買い損ねたものがあるからって言われてお使いに行くのと子どもたちの面倒見ていてって言うのどっちとるかって言われたら子どもたちの面倒とらね?」

「……微妙なところね」


 隼の妹は可愛い。超可愛い。

 自分の弟だって可愛い。超可愛い。

 その相手をするのだって別に文句はない、どころか正直ありだ。

 だがしかし。


「微妙なんだ……買い物のほうが良かったのかぁ」

「考えても見なさい。貴方がおば様に頼まれて買い物に行く、じゃあ私もとなるでしょう?」

「ふむふむ」

「二人で夕焼けに照らされる道をスーパーマーケットまで歩いていく」

「ふむ。オレ一人なら自転車で……」

「自転車に二人乗りというのも捨てがたいわね。なにその青春謳歌してますって感じ。正直むかつくわね」

「なお俺の自転車は荷台がないから乗れないぞ」

「使えない自転車ね」

「うちのクロスバイクさんは色々なトコロ走れて便利な子ですからね!」

「じゃあ今後があるとして、その時は私の自転車で二人乗りをして買い物に行くというのはどうかしら」


 そんなことを話しながらも、脛の上の妹を霞の弟武蔵に変えて、再びあやし始める隼。

 妹は兄のお腹の上にまたがり現在上下運動を堪能している幼馴染を見上げていた。

 何だかんだ言って結構な懐かれようである。


「自転車に二人乗りするのはまあ法的にどうかという点以外は構わんのだが」

「なに?それ以外に何か問題でも?当然私が後ろに乗って、貴方の腰にしがみついて上げる予定なのだけれど」

「いいのか?その、男性的に喜色満面な行為だから俺としてはいつでもウエルカムですけれど」

「それは当然『当ててんのよ』と言うがために決まっているでしょう?」

「っしゃ!何か他にも買い忘れしてるのを祈るぜ」


 喜びの声を上げる隼に(そんなに嬉しいのか)と軽く目を見開く霞。

 つい数年前まで一緒にオフロに入って洗いっこした仲である。

 少々形が変わろうが、大したことではないだろうにというのが彼女の感覚であった。

 まあそれももう暫くの間だけであるが。


「ま、おば様が戻られる時間に更に買い忘れと成ったら……」

「ふむん?なったら?」

「なったらー?」


 兄の腹の上で二人の会話に興味を惹かれたのか、妹が割り込んでくる。

 そんな姿を『かわええ』と思いつつ、霞は言葉を続けた。


「流石に私は夕飯の支度をお手伝いする方が重要になってくるんじゃないかしら」

「む、それは確かに……」

「たしかにー」

「かにー?」


 興味を惹かれた妹たちが、語尾だけを真似るのを再び『かわええのう』と思いつつ、霞はほうとため息を吐いた。


「彼氏と二人きりでお買い物、それも近所のスーパーマーケットに。これはもう腕を組んで二人してアレかしらコレかしらと品定めをしつつ買い物かご片手に売り場をうろつき回るのよ」

「ぬう……おぬし、できる」

「周囲に見知った方がいらっしゃったら「あらまあ若夫婦みたいねぇ」なんて言われちゃったりなんかしちゃったりして」

「何という妄想の捗り方」

「買った商品の袋を持つ私に、「重いだろ?俺が持つよ」なんて言われておずおずと差し出す私」

「いやそこははなっから俺に押し付けるだろお前」

「失礼な。シチュエーションを再現するためならば多少の労力は些細なものよ」


 そう力説する霞に、隼は(ああ、こいつなら全力で無駄な事をヤリそうだ)と納得した。

 その際の無駄はだいたい後で自分に跳ね返ってくるので彼としてはできれば抑えてほしいところであった。


「ただいまー。ご飯すぐ出来るからねー、霞ちゃん食べてくでしょー?」

「あ、はーい、おば様!お手伝いしますわ」


 床に転がって漫画を読みながらの今までの会話を打ち切って、霞は起き上がり階下のキッチンへと向かったのである。


「お手伝いー?」

「しまうまー?」

「おにいちゃんが手伝う隙間なんかないんだよ、残念ながら物理的にな」


 身長百八十の隼がキッチンに入ると邪魔で仕方ないため、料理のお手伝いは常にノーサンキューと言われていたのであった。


 ☆


「なんか騒がしいな」

「そうね。何かあったのかしら」


 翌日。

 二人が揃って登校すると、教室がやけに騒がしい。

 それも、例の四人組がその騒々しさの中心であるようだった。


「あら、あの人達」

「ああ、昨日の……なんて名前だっけ」


 人目を引く容姿と他者垂涎の能力を持ちながらも意外とボッチ気質の二人であるが、人様の名前を覚えるのが苦手というわけではない。

 ただ単に、興味がわかない人物の名前をすぐ忘れてしまうだけなのである。


「まあ私たちには関係なさそうだけれど」

「そりゃそうか」


 どうやら今回の騒ぎも興味がわかなかったようである。

 そう言いながら各自の机に分かれた二人であったが。


「ちょっと愛宕さん聞いた?」

「なにかしら」


 席につくやいなや、件の騒がしさの中心人物が霞のもとにやって来たのである。


「昨日ね、昨日、この私のお陰で一人の生徒が救われたのよ」

「先生呼んだのはさっちゃんじゃないけどね」

「はあ」

「私達も詳しくは知らないんだけど、今朝になって先生からよくやったって言われちゃって、顛末を教えられてさー」

「そうですか」


 何が何やらわからない。

 伝えたいことは端的に、要点を絞って簡潔にしてほしいものだとそう考えつつ、授業の準備をし始める霞。

 そんな横で胸を張って殊更に話しかけてくるのを聞き流しながしていると。


「あの、さっちゃんがうるさくて、その、ごめんなさい……」

「あら、確か桃……桃……」

「あ、あの、岡山桃子です、ごめんなさい」

「そうそう、お名前に何かの果物がついているとは記憶していたのだけれど、ごめんなさいね。私人の名前を覚えるのが苦手で……」


 苦手というよりも、億劫なだけなのだが。

 ソレはそれとして、引っ込み思案で咲子の背後に隠れていた桃子が一念発起して前面に立ったのには、他の三人のほうが驚いていた。


「桃子が……」

「桃ちゃんが自分から……」

「いや、桃ちゃん別に見知らぬ人とでも話せるけどね?まあビクビクしながらだけど。だいたいさっちゃんのせい」

「私のせいなの?!」

「自分でやろうとすると横からさっちゃんがしゃしゃり出てきて済ませちゃうんだから、いつ何時あんたが出てくるかと戦々恐々なだけだから」

「うそーん!」


 そんな事をくっちゃべっているのを視界の端で捉えつつ、霞は桃子との会話を続けていた。


「あの、昨日はご迷惑をおかけしてすいませんでした」

「あら、何かあったかしら」

「え、あの、私達が朝から話しかけたせいで騒ぎがおきちゃったから……」

「ああ、そういえばそういうこともあったわね。でもアレくらいは生きていれば稀によくある事よ」

「……稀なのによくあるんですか?」

「やだこの娘純粋」


 微妙にヲタに染まっている霞からすれば、初歩の初歩とも言うべき言葉遊びが通じない桃子に、好感が有頂天であった。


「改めて、愛宕霞よ。よろしくね」

「は、はい。岡山桃子です、仲良くしてくださいね!」


 そう言ってニッコリと笑う桃子に、霞は(ああ、なんか癒やされるわー)と非常に気に入っていた。


 ☆


「なんだかんだでうまくやってるっぽいな」


 そんな様子を自分の席から見ていた隼はと言うと。


「なあ、中島君」

「そろそろ部活決めてみないか?」

「いや、帰宅部に決めてますけど」

「そこをなんとか!」

「先輩にせめて仮入部体験ぐらいには連れてこいって言われちゃったんだよ!頼むよ!」

「知らんがな」


 別の問題に巻き込まれているようであった。

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