第7話
「もうっ!何なのよあの二人!」
誰もいない教室で、喚いているのはポニーテールがよく似合う気の強そうな女子生徒である彼女は、今朝方霞の前に立ちはだかった四人組のリーダー格の人物である。
「さっちゃん、そんなにキレなくっても」
「キレてないわよ!私をキレさせられたら大したもんよ!これは憤ってるのよ!」
「おんなじなんじゃ……」
「ソレはそれとしてさっちゃん」
小松咲子、それが彼女の名前である。
愛称、さっちゃん。
名字の小松を縮めてこまっちゃんと呼ばれていた頃もあったが、親しいものには現在、下の名前を縮めて呼ばれている。
なのでこまったちゃんではない。断じてない。はずである。
「なにっ?」
「愛宕さんと中島君とがくっついてるのが分かったんだから、もういいんじゃないかな」
「あんた何言ってんのよ!桃子がひっさびさに自己主張したのよ!ちったあ手伝ってやりたいじゃないのよ!」
「いや、だからもう決まった人が居るんなら残念だったね、で終わりなんじゃないの?」
縁無しメガネを掛けた少女が咲子に告げたのは、当然の内容ではあった。
「あの、さっちゃん。私はあの人かっこいいねって言っただけで……」
「ほら見なさい!桃子が知らない男子をかっこいいとか言うなんて金輪際なかったことよ!」
「いや、だからさっちゃん……」
「あんたは何の心配もしなくていいからね!あの霞ってのが中島君とくっついてるのは何か訳でもあるのよきっと!桃子の良さを知ったらきっとあんな女捨てて桃子に告白しに来るんだから」
「いや、だからさっちゃん……」
「いいからいいから私に任せておきなさいってバフうッ!」
「いい加減にしなさいこのこまったちゃんが」
放課後の教室に居残って駄弁っていた彼女ら咲子と仲の良い三人は、皆保育園から続く仲良し四人組である。
牽引力のある咲子を先頭に、内気で皆の後をついていく事の多いの岡山桃子。
眼鏡におかっぱ頭の竹田道子。
影の薄いもう一人、一本おさげの梅乃小路。
四人そろって同じ学校に行きましょうと約束した彼女らは、希望どおりにこの学園に進学出来たのであった。
「いった、何すんのよ小路!あと困ったちゃんって言ったわね!」
「言いましたとも。だいたい何すんのよじゃないでしょ!またあんたは一人で突っ走って!桃子の言うことちゃんと聞いて上げなさいっていつも言ってるでしょうが!」
梅乃小路はこのグループの中では特に影の薄い少女である。
であるが、唯一咲子に対してストッパー役を務めることが出来るという稀有な存在でもあった。
ただし、ブレーキをかけるのが常に遅いという難点があるが。
「あの、さっちゃんも小路ちゃんも喧嘩しないで……」
「いや喧嘩じゃないからね。これが喧嘩だったらいざ喧嘩になった日には周囲が焦土と化すわよ?」
「そうね、さっちゃんが言う事聞かいてくれなかったら私も覚悟を決めて自爆特攻くらいするだろうし」
「そんなにッ!?」
冗談に決まっているのだが、そのあたりのリアクションは桃子にとっては自然と出てしまうのである。
ともあれこの四人組にとって、今朝の出来事はその程度のことでしかなかったのである。
「んじゃそろそろ時間よね。行こっか」
「そうね、いつも悪いわね道子」
「お父さんが好きでやってることだからねぇ」
そう言いながら教室を出た四人は、下足場へと向かう途中で耳慣れない物音を聞いたのだった。
「……ねえ、今の音なに?」
「え、なに?聞こえなかった」
「なんか聞こえたけど、あっちかな」
そう言いながらいつものルートから外れた廊下へと足を進めた先には、通路の奥に余り人の通わなそうなトイレが存在していた。
「あそこから聞こえた、のかしら」
「ここって特別教室棟だっけ」
「ここって何の教室だったっけ」
授業中以外はほぼ人の居ない、特別教室と言えば、理科室や音楽室などがあるが、部活に利用されることもあるため放課後には結構人が居たりする部屋もある。
だが今彼女らが目にしているのは、その気配は毛ほども感じない静まり返った教室と、その通路の突き当りに存在しているトイレだけであった。
「一階のココは工作室だったかな……」
ぼそぼそと、桃子が他の三人にそう告げる。
性格はアレだが、彼女は記憶力は確かなのである。
「工作室か……二階が理科実験室で三階が視聴覚室、四階が音楽室だったっけ」
「う、うん。学校見学の時に全部見たから」
となると、である。
「部活で使わなさそうだもんなぁ、人が居ないからヤンキーな人たちのたまり場になってるのか」
「こんな良いとこの高校でも不良とか居るんだ」
「そりゃ居るっしょ。馬鹿でも勉強できるなら入れるし。あ、素行不良じゃアウトなはず……」
「それっくらい取り繕ってんでしょ。ってことはアレね、この奥では喧嘩かイジメかはたまたタバコ吸ってたりシンナーでラリってたり変なお薬キメてたりするかもってことよね!」
「あ、蒼空学園ですか?一年一組の竹田道子と申しますが、職員室につない……あ、香椎先生?今工作室に行く廊下なんですけど、突き当りのトイレで変な物音がして……切れちゃった」
「……即決で先生呼ぶとか、道子すげえ。いつの間に電話番号仕入れてたのよ」
咲子が今にも突撃しそうな雰囲気をまとい始めたその時、おかっぱメガネの道子が携帯片手に職員室へと一報を入れていたのである。
電話を受けたのは偶然にも担任の香椎であった。
それが途切れるや、彼方から素早い足取りで複数の足音が彼女たちの耳に届いたのだった。
「通報ご苦労!あの奥だね?あんたらはさっさと帰りな」
「香椎先生、あの……」
「隠れてタバコ吸う馬鹿用に炎センサー設置したってのに、どうやってごまかしてるんだか……他の先生方の準備が済んだみたいね、んじゃ、行ってくるわ。さっさと帰りなさいよ」
香椎と共にやって来た教師たちは、通路の先に続く逃げ道を塞ぐため分かれ、準備が整うまで香椎は四人組に声をかけ帰るように促していた。
すると本当にすぐに彼女の携帯が振動し、連絡が届いたようである。
それとともにダッシュした香椎の背を見送って、四人はしばし呆然とした後、気を取り直して動き出した。
「……か、帰りましょっか」
「うん、うん?」
「ちょっと離しなさいよ小路」
「あんたが先生と一緒になってダッシュしようとするからでしょ」
「もー!ちょっとぐらい良いじゃない!」
「うるさい黙れ」
「あ、お父さんからメール来た。いま校門前だって」
そうして四人組は、道子の父の送迎によって恙なく帰宅したのであった。
☆
その少年は、この春に入学した新一年生である。
頑張って難しい私立の高校を受験して、見事合格。
親たちにも応援されて、意気揚々とこの高校に入学して。
「てめえ、何?俺はあの女を呼び出してねってお願いしたよね?」
「痛ッ、ら、罰ゲームだからってラブレターを書けって言ってたから、ちゃんと書いて靴箱に入れ痛っ!」
「ばっかかお前!ココまで越させてやっと俺のお願いを聞いたって事になんだよ。行間を読みましょうねって言われるだろ?な?」
少年は、速攻でイジメの標的と成ってしまったのである。
何かを彼らが言うたびに蹴られ、何か口を開こうとすれば蹴られ、殴られ。
「ココまで連れてきて、なにを」
「何をってナニに決まってるだろ。今は便利だからなぁ、やってる最中を録画しときゃ、あとは言いなりに出来るだろ?足つかないようにちゃんとお前のスマホ使ってやっから」
「マスクとサングラスまで用意したのによぉ。とんだ無駄金じゃねえか、まあお前の金だけどな、元は」
「う、ぐ……」
「何だその目ぇ。良いんだぜぇ、いうこと聞かなくってもよぉ。お前の姉ちゃん、三年生だっけか。あんま美人じゃねえけど、遊んであげても良いんだぜぇ」
「姉ちゃんに何する気だ!」
「だからぁ、ナニする気だって。それくらいわかるだろ、いくら馬鹿でも、よっ!と」
跡が見えるところに残らないように、足や胴体を陰湿に攻めてくる。
どんな学校にも、質の悪い輩は居るもんである。
多少無茶しても、今なら計画的な複数殺人でもしなければ未成年ならば大丈夫、とでも思っているのだろうか。
「ほお、ナニする気なんだ?馬鹿だからわからん私にお教え願いたいもんだねぇ」
「……げぇ!香椎!」
「やっぱりお前か。貴様、もう簡便ならん」
「なんだあ?先生様がナニをどうするって?」
「あ、警察ですか。傷害の現行犯で私人逮捕しましたのでお願いします」
「ちょ!?待てよ!」
いきなり携帯片手に通報した香椎であった。
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