第5話

「あの、愛宕さん」

「はい、なんでしょう」


 隼と共に登校して、教室の自分の席につき授業の用意をしていると、クラスメイトの女性数人が彼女の机を取り囲んだ。

 何事かと思った霞であったが、ソレを表に出すことはしない。

 内心では「もしやこれは……イジメの前兆?出る杭は打たれるの言葉通り、入学式で目立った私に対して『チョーしくれてんじゃねえぞゴラァ』と脅しにかかってくるというパターンなのかしら」等というどこの番長が支配する荒廃した学園漫画なのかという駄目妄想を働かせていた。

 まあ同時に「ありえないシチュエーションは置いておくとして。私に声をかけてくるクラスメイトが出現するなんて、コレが高校……」というボッチと中二病を拗らせたような思考をしていたりもするが。


「あの、愛宕さんって中島君と仲良いの?」

「中島……ああ、隼がどうかしたの?」

「いつも一緒に登校してきたりしてるみたいだから気になって……」


 霞を取り囲むのは四人のクラスメイトと思しき女子生徒。

 思しき、というのはただ単に霞がクラスメイトの顔を未だ把握していないからであるが。

 その四人のうち、左右の端に立つ二人が順に声をかけてくる。

 気の弱そうな顔つきをしているな、と霞は思うが外見と中身が一致しないの自分を始めよくある事だと考えながら残る二人をそれとなく観察する。

 真正面に陣取る気の強そうなポニーテールの同級生は、口を開かない。

 その斜め後ろに控えておどおどとしている娘などは、こちらだけではなく他の三人の様子すら伺っているようであった。

 敵対するために問答を仕掛けてきた、訳ではないようなのだが、はてと首を傾げつつ問い返す。


「隼と私の仲がどうしたのかしら」

「え、その……」

「あの、愛宕さんは彼とどういう関係なのかなって」

「隼と私の関係?まだ親しくもなっていない方にプライベートを開示する趣味はないのだけれど」


 そう突き放した言い方をすると、あからさまに目の前に立つ女生徒のポニーテールが揺れ、眉間に深いシワが刻まれた。

 その背後に隠れる少女などは、ビクリと体を震わせて既に涙目になっている。

 なんだか囲まれている自分のほうが悪者になりそうね、などと当事者らしからぬ事を考えていると。


「どした、霞」

「あら、噂をすれば影と言うやつね」


 霞の背後に立ったのは、話題のもう一方の当事者であった。

 高校一年生にしては高身長の一八〇に若干足りない背丈、顔の方は、まあ人それぞれの好みがあるだろうが霞としては手入れも何もしないくせに自分よりもつやつやな黒髪がムカつく、先日恋人同士になったばかりの人物だ。


「噂も何も、教室どこでも聞こえてましたが」

「あら、ソレは失礼。騒がしくしてごめんなさいね」


 気安く会話を続ける二人に、目の前の四人は一瞬呆けた後、気を取り直したのか再び口を開いたのである。


「あの、中島君は愛宕さんとどういった関係なんですか!?」

「うおう、直球!?」


 既に多くの生徒が登校済みのこの教室内で、そんなことを聞くのかと驚く隼に、更に矢継ぎ早に問いかけてくる女子生徒。


「同じ中学だった子に聞いたんですけど、愛宕さんと中島君はお隣りに住んでて幼馴染だって」

「それで、小学校からずっと一緒だったって」

「あらやだ、隼と私の関係が一般公開されてるわよ。大音響で」

「ひとの個人情報を漏洩したやつぁどこのドイツだ全く」


 別に隠し立て仕様のない事実なのでこれと言って困りはしないため、それ自体はかまわないのだが、こうも派手にひけらかされると正直なところ引く。

 常識的に考えて、そういうことは本人に聞け。

 いや、たしかに今現在本人に聞きに来ていたわけだが、聞き様というものがあるだろう。


「まあなんだ、その情報微妙に間違ってるな」

「そうね、流される情報も正しくなければ意味はないわね。意図的に歪んだ情報を流したいならともかく。のんべんだらりと流されるのも困りものだけれど」


 そういう二人に、囲んだ四名のみならず、教室の全員が聞き耳を立てているのはどうなのだろうか。


「間違ってるって、ど、どのあたりがですか?」


 霞から向かって左側の、肩のあたりで切りそろえられた髪型の、縁無し眼鏡の娘が問い返してくる。

 ソレに対して霞は(なんていう名前だったかしらこの子。小中学校の頃は名札があったから便利だったけど、この学園は無いのよねぇ)などと考えながら、応えた。


「小学校からずっと、ではなくて」

「ああ、何歳だっけ。一歳かそこらからだよな、あそこに引っ越してからずっとだし」


 まず、彼らの情報から修正し始めたのである。


「そんなに昔から……」

「うちは新興住宅地ですけどね。そのおかげで同時期に越してきてお隣さんになったの」

「流石に同じ病院で生まれましたレベルの幼馴染じゃあないけどな」

「それはウチの弟と貴方のところの妹ね」


 なにげに次の代の幼馴染ペアが存在していた。


「あ、あの、それで」

「ええと、なんでしたっけ?私と隼の関係?」

「は、はい。そうです。同じ中学校の人たちは、幼馴染だとしか知らないって言ってましたけど!」

「そのあたりを詳しくってことか?」

「まあ幼馴染なのは間違ってないけれど」


 間違ってはいない。

 そこから先に進んだ情報が――この春入学する前に、二人の間だけでしか共有されていない情報が――知られていないだけの話である。


「霞とは」

「隼とは」


 二人の口からほぼ同時に告げられた言葉に、周囲の面子はグビリと喉を鳴らし。


「恋人同士という間柄になるな」

「お付き合いさせていただいてるわね」


 続く言葉で、次の瞬間、阿鼻叫喚とも言える悲鳴のような、歓喜のような叫びが響き渡ったのである。


「何だ今の」

「黄色い悲鳴と言うやつか」

「絶望に包まれた男どもの悲鳴が混じってたようにも聞こえたが」


 その大音声が届いた別の教室では、そのような事が語られたりしたが。

 当の二人のいる教室では。


「愛宕さん!おっ、お友達からそういったお付き合いに至る経過っていうのをぜひ聞きたいんですけれども」

「愛宕さん愛宕さん!どっ!どこまで行きましたか!?当然最後まで行っちゃってますか!?」

「いつからお互い意識しあってたんですか!?」

「ちょっ……あなた達落ち着いて、押さないで」


 最初の四人組以外の女子生徒達からの猛プッシュを喰らい揉みくちゃにされはじめた霞と。


「中島っ!おれたち、ともだち!だよな!」

「中島君!今度君の家にお邪魔してもいいかな!うん、別にやましい気持ちはないんだ!」

「中島君、君には失望した」

「嫉妬で人が殺せたらッッ!」

「爆発しろ」

「チッ、ノンケか」

「おいちょっと待て押すなっ!っていまどさくさに紛れてケツ叩いたの誰だ!あと最後の奴、お前男子校行け!」


 男子生徒から揉みくちゃにされはじめた隼の姿があった。


「ホレ席につけェい!」


 そんな騒々しい教室に、スパーン!という出席簿が黒板に叩きつけられる音が響き、女性教師の声が響き渡るまでソレは続けられたのであった。



「で?」


教壇に立つ女教師が、席についた生徒たちを睥睨し、恫喝かと思えるような声を発し威圧感を隠そうともせずに問いただし始めた。

しかしながら「で?」と言われてもどう反応すれば良いというのか。

誰か代表で生贄となって説明をしてくれるやつは居ないのかとお互いが牽制し合う状態であった。


「……まあいい。朝礼が始まるまでは少々騒ごうが別に構わんが、もう既にチャイムは鳴って、教師が教室にやってきていると言うのにだ。席についてる者はほぼおらず、挨拶の号令もかからんとは何事か!日直!」

「はいっ」

「はい」


呼ばれて立ち上がる、本日の担当者の男女二名。


「何が有ったか簡単に説明しなさい。えー、川西」

「はっはい」


立ち上がった男子は、今時珍しい七三分けの髪型でなおかつ分厚い瓶底メガネを付けていた。

出席番号順に当番が回ってくる日直にたまたま今日当たった彼は、この名字を決めたご先祖様を割と本気で恨んだりしたがソレは割愛する。

焦りはしていても、ここの学校には入れているだけの能力はあるだけに、少々逡巡しつつも時系列順に自分のわかることだけを淡々と語り始めた。


「えっとですね。自分が教室に入った時にやけに高緊張した空気と言いますか、奇妙な感じだったんです。誰も無駄口叩いていないといいますか」

「ほう、あんなに騒がしくなる前の話か」

「はい。で、自分は特に気にせずに職員室から持ってきた学級日誌をそちらにおいてですね、着席したわけですよ」

「ふむ、それで?」


教壇に確かに置かれているまだ真新しい学級日誌に一旦目を落とした女教師は、続きを促した。


「で、授業の用意をしていたところそちらの方で何やら会話が有ってですね、その、内容に反応したのかみんながいきなり大声を張り上げた次第でして」


そう言いながら、自分と同様に立っているもう一人の日直の方を指差し、自分の理解している範疇だけを語り終えた彼であった。


「ふむ、わからん」


日直の男子生徒、川西の説明では状況が把握できなかった女教師は、続けてもう一人の日直――愛宕霞――へと視線を向けたのであった。

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