第2話
『新入生代表、挨拶。新入生、起立。代表、一年一組、
「はい」
入学式。これから始まる三年間の新入生の、高校生活の第一歩である。
その新入生代表として、愛宕霞は挨拶をする事となっていた。
入学式は開式の挨拶から国歌斉唱、入学許可、校長の式辞に来賓の祝辞と滞り無く進み、残すは新入生代表の挨拶のみとなっていた。
名前を呼ばれ、入学式が行われている講堂全体に響くように声を上げる。
その凛とした、涼し気な響きと共に立ち上がった彼女には、講堂に集まる新入生とその保護者、教師達と、そして入学式に駆り出されている在校生――生徒会役員たち――の視線が集まった。
その彼女の姿を見て、方々からざわついた声が上がる。
新入生代表となるのは、この学校では入試に於いてトップの成績を獲ったものが担う役目である。
そして、その視線には、好成績である事への羨望や妬みに嫉み、そして彼女の容姿に対しての、同様の意志が混ざったものが込められていた。
壇上に上がり、校長と相対した彼女は、一礼するとピンと背筋を伸ばした姿勢を崩すこと無く手にした式辞用紙を広げ、そこに自身で書き上げた挨拶文を読みはじめた。
『暖かな日差しの指す今日のこの善き日に、私たち新入生一同はここ私立蒼空学園の入学式を迎えることが出来ました――』
マイクを通して響く彼女の声は、高く低く、まるで歌うように、それを聞くすべての人達に染み渡り、盛大な入学式とその歓迎の意への感謝、これからの三年間が希望に満ち溢れた素晴らしいものであることへの祈り、高校生活における目標とそれに対する努力と決意、そしてこれからの友人たちとの交流といった全ての事への期待を告げ、挨拶の締めくくりとした。
『――四月五日、新入生代表、愛宕霞』
そうして広げた式辞用紙を元の通りに折りたたむと、目の前に立つ校長との間に置かれた演壇上にそれを置き、一礼。
そのまま元居た席へと、戻ったのである。
『一同着席』
そして、閉式の言葉が告げられ、入学式は滞り無く終了したのであった。
「良い挨拶だった。感動した」
「かすみ、入学おめでとう」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
「うんほんとうに良い挨拶だった」
「ええ、本当に。おめでとうかすみちゃん」
「ありがとうございます、おじさま、おばさま」
「おねえちゃんおめでとー」
「おめでとー」
「ありがとね、ふたりとも」
入学式を終えたかすみは、式場を出たところで両親と弟、お隣の夫婦にその幼い娘に囲まれ、改めてお祝いの言葉をかけられていた。
その横で、先に式場から出て既に両親ズ他からのお祝い攻撃を受け終えていた隼は、にこやかな笑みを浮かべたまま、佇んでいた。
俺の時と親たちの対応がまるで違う、と内心ボヤきながら。
自分の時はあんな風に和気藹々とした感じではなく、親からは力任せに背中を叩かれたり、チビ達からはぶつかり稽古めいた祝福とは違う何かだと声を大にして言いたくなるような、もうちょっとこう、他にやりようが有るだろうという感じのものだったのにと。
そしてそんな隼の表情にこれっぽっちも出していないはずの感情は、かすみに即座に看破されるのである。
「なに?どしたの、拗ねた顔して」
先に帰って入学祝いのパーティーの準備をしておくからと言い残して親たちが去っていった後。
他人にはわからない微妙な表情をした隼の顔を覗き込んで、かすみは微笑みながらそう言った。
「別に拗ねてるわけじゃ……いや、まあ、そうなのかな?でも正直、親からの祝いの言葉なんてそんなにあらたまって頂戴したくないから、あれはあれで良かったのかもしれんが」
拗ねてるの?と問われて、目をパチクリさせた隼は、先の親達の対応の違いを簡潔に伝え、それに伴う自身の心境も正直に答えたのである。
「うん、わからなくはないわね。正直こっ恥ずかしかったし?でもまあ親孝行だと思えば」
「それもそうか……っと、そろそろ教室に行かないと」
「そうね。担任の先生と生徒の顔合わせと、教科書配って終わり、だったかしら」
歩き出した二人に、周囲の生徒たちは若干身を引いて、その進路を譲る。故に。
「今日のところはな。明日は楽しい楽しい自己紹介の時間だ」
「嫌になるわ。鬱になるわ。明日が来る前に世を儚んで入水しない?一緒に」
二人肩を寄せあい並んで話すその会話内容は、幸いにして余人の耳に触れることはなく。
「俺を道連れにするな。俺は畳の上で子や孫に囲まれて老衰で死ぬことを人生の目標に掲げてるんだ」
「初耳ですわ」
「今考えたからな」
「知ってる」
笑顔で交わされる会話は、傍から見るとこれからの高校生活への期待に満ちたものであるかのように見え。
「ついさっき入学式で新入生代表で挨拶した人間が、教室で自己紹介するのを嫌がるとか謎だな」
「それはそれ、これはこれよ」
「その線引き、何気に恐ろしい気がする割り切り方だと思うんだけど」
睦まじ気に会話しながら進む二人は、周囲から羨望の眼差しで見られる事となるのだが。
「こんなことなら主席入学なんてするんじゃなかったわ。……もしかして貴方」
「ノーノー、実力ですよ実力。まさか入学試験でわざと手を抜くなんてそんな」
「……了解、わざとなのね。抜かったわ、そこまで先を見ていなかった私の敗北ね」
「勝ち負けとか気にしない。ほら、時間も押してるんだし教室行って、貰うもん貰って帰ろうぜ」
「まったく、その抜け目のなさは正直羨ましいわ」
「……お前さんのその生真面目さが、俺にとっては垂涎の的なんだけどな」
「あげないわよ」
「貰っても困る」
そんなことは露とも気にしないままに、教室へと歩みを進める二人は、にこやかに微笑むのであった。
そして周囲の面々は、そんな二人の姿を目にし、羨むような、或いは射殺すような視線を向け、その場を後にするのであった。
翌日。
「貴方が愛宕霞さん?」
「……はい、そうですけど?」
嫌な嫌な自己紹介を終えた後、早速通常の授業体制に移行するのは流石に進学校と言うべきか。そんな事を思いつつ午前の授業を終えたかすみの元には、見覚えのあるような無いような、喉元まで出かかってるんだけど、と言う微妙に関係性の薄すぎる人物が訪れていた。
はて、この人はどちら様だったかしら?とかすみが内心首を傾げていると、相手はさも言うことを聞くのが当然であるかのように上から目線でこう彼女に告げたのである。
「放課後、生徒会室まで来て貰えるかしら」
「え、嫌です」
当然のごとく了承されるであろうと思われていた言葉に対して、あからさまな拒絶。
そんな言葉を返された方は、まさか拒否されるとは思っても居なかったのか、目を見開いて硬直していた。
「おーいかすみ、待たせたな。飯にしようぜ……ってなんだ?」
「知らない。放課後生徒会室に来いって言われて嫌だって言っただけなんだけど」
「ふーん」
かすみの机の前で、硬直しているおそらくは年長の、更におそらくは生徒会役員であろう女性生徒。
成績優秀文武両道を掲げる校風にマッチした如何にも優等生でございますといった感じの、しかしながら若干鼻持ちならない雰囲気を醸し出すその人物に、かすみは最大限の警戒心を発揮させたのである。
「って何断ってるのよ貴方!」
「あ、復活した」
「復活した、じゃないわよ。あまりの事に脳が現実を拒絶しちゃったじゃない!」
「生徒会室に呼び出されるのを断るのがそんなに異常ですか。脳が処理できなくなるくらいに?」
「生徒会室に呼び出されるとか、かすみお前さんなにかやらかしたのか?」
「さあ。人様に迷惑をかけないようにって日頃躾けられている私がそんなことするわけないじゃない」
「なるほど、俺は人様じゃない、と」
「私に迷惑かけられるのはお嫌かしら」
「いやいや、光栄でございますとも」
そう言いながら、鞄の中から弁当箱を取り出して立ち上がるかすみ。
その手にもつ弁当箱は、大小2つ。
「はい、隼の分よ」
「お、ありがたい。それじゃ行くか」
「ええ、学校見学に来た時から、中庭でお昼を戴くと気持ちよさそうだなと思っていたのよ」
「ちょっとまだ肌寒いかもだけどな」
そう言って教室を出ようとする二人であった。
が。
「ちょっと待ちなさいよ。何ナチュラルに私をスルーしてくれるわけ?」
「え、と。もうお断りさせていただいたからですが」
「うん、まあ用は済んでるよな。その流れだと」
「この時期にっ!生徒会室に新入生が呼び出されると言えば!」
「今日のおかずは何?」
「開けてからのお楽しみよ」
「話を聞けぇ!」
あくまでもマイペースな二人に激昂した先輩生徒会役員(仮)は、もう既に何が言いたいのかよくわからない状態へと陥っていたのであった。
「……話を聞けと申されましても」
「放課後に生徒会室へ来い、嫌です。終了、って事だもんなぁ」
「そもそも、これこれこういう訳だから、放課後に生徒会室へ顔を出すようにと言われるなら伺うのは吝かではありませんが」
「いきなり「来い」だとなぁ」
汎用人型決戦兵器に無理やり乗せられたりしたら死ねるよね、と心の中だけで突っ込む隼。彼は立派にヲタク成分を配合されているのであった。
そして半ば寝食を共にするレベルで人生を歩んできた彼女である。「だが断る」と言いたげにしているのを、隼だけは理解できていた。「言葉」ではなく「魂」で。
「う……ま、まあ言いたいことはわかったわ。こちらの言葉が足りなかったのも事実。では改めて。愛宕霞さん。新一年生の次期生徒会役員候補として貴方が推挙されています。その本人の意思確認のために本日放課後、生徒会室に来てちょうだい」
「なるほど、生徒会役員になるために必須な、生徒会役員候補として、生徒会に所属する事を了承するか否かを問われるということですね?」
「ええ、そういう事になるわね。将来生徒会役員になれなくても、進学に有利な内申点が」
「お断りするのにも生徒会室へ顔を出す必要が?」
「……へ?」
「ですから、お断りするのにも生徒会室へ伺う必要があるのでしょうか、と」
「……そ、そうね。断るのであれば、失礼のないように直接そう言いに行ったほうがいいかもね」
「わかりました。それでは失礼します」
それだけ言い残して、隼の手を引き足早にその場を後にしたかすみであった。
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