裏切らないのがお約束
でぶでぶ
第1話
「ほら、はじめまちて~」
「はい、こーんにーちわー」
彼と彼女、二人の出会いは珍しくもない、ただの両親のご近所付き合いから始まった。
「あらあら可愛いわねー、お宅のお嬢ちゃん」
「うふふふ、貴方のところのぼうやも」
とある高級新興住宅地に、二組の若い夫婦が越してきたのである。
どちらも歳若い夫婦には少々似つかわしくない規模の、立派な一戸建てであったが、おとなりでほぼ同時に引越し作業を行っていた2つの家族は、お互いの夫婦も子供も同世代ということも有り、非常に円満なご近所付き合いを始めたのであった。
「いやーん!可愛いっ!お持ち帰りしたい!」
「でしょー。しっかしうちの子に匹敵するようなのは中々いないのに、それが男の子なんてねぇ」
「いやあ、うちの息子可愛いなってずっと思ってたけど、やっぱ可愛いよね」
「うんうん」
くりっとしたお目々にくっきりとした眉に長い睫毛。すっきりとしたストレートヘアは指通りもよく、天使の輪がこれでもかというほどに輝いている。
男の子にしておくには惜しい、と言われる程の愛らしさは、たしかに稀有なものであった。
「うわー、お前んトコの息子より可愛い娘が居ると聞かされて見に来たけど、確かにこれは……」
「あれ?お前だけ?あいつは?」
「ああ、さっき子どもたち見て、いきなり写真撮ってSNSにあげようとしやがったから、アカウント消した上で携帯折ってやったら泣いて帰った」
「お……おう」
「これからのネット社会、自己防衛は大事だぞ?」
「……確かにそれは理解できるが」
「まさに外道!の赤さんみたいになるのもアレだろう?」
「うむ」
片や幼女の方はと言えば。つぶらな瞳に愛らしい桃色の唇、ふわふわと自然にカールした髪は、色さえ変えれば西洋人形かと思うほどの愛らしさであった。
「それにしても、二人揃ってる時の可愛さの破壊力の凄さと言ったらもうね」
「うーん、私も早く結婚して子供欲しくなっちゃう」
「だがこれほど可愛いとは限らない」
「うるさいだまれ」
両家が合同で開催したホームパーティにお呼ばれした独身組は、二人の赤ん坊を見て将来の我が子を夢想したり。
「まあまあ。自分の子供だときっとうちの子より可愛いって思うようになるさ。うちの息子も連れてくればよかったなぁ。似たような歳だからいいお友達になってくれるかもだし」
「そうよねぇ。折角こっちに越してきてご近所さんになったんだし、うちの娘も今度連れてくるわ」
同い年の子供が居る近所に住む夫婦達は、我が子らを連れてこれなかったことを残念がったりしていた。
なお連れて来なかった理由は、というと。
「なんで今日連れて来なかったのさ?」
「うちのトコはジジババが離さなくってなぁ。猫可愛がりし過ぎだって日頃から言ってんのにさぁ」
「私のところはクソ姑が『跡取り』だからって抱え込んじゃってて。サラリーマン家庭の跡取りってなによって話だわ」
どこも孫を巡っての舅姑との対立は無くせないようである。
「大丈夫?はちみつとか食べさせたり、やたら甘いもの食べさせたりするんじゃないの?」
「ああ、そのへんはもうとっくにシメ終えてるから。次やったら絶縁ですからねって」
「……お、おつかれ」
「まあ可愛い孫に会えなくなるって、ジジババにはかなりの痛手みたいだわなぁ。おれんトコも、粉ミルクしか飲ませないでくれって念押して、こっそりネット経由でカメラ仕掛けてきたし。ほれ、現在稼働中の自宅内監視カメラからのリアルタイム映像。ポケットWi-Fi様々だわ」
「なるほど、悪さしてないかちょくちょくチェックできると。……何か、ジュース飲ませようとしてるように見えるけど」
「あぁっ!アンの糞ババぁ!」
だがしかし、このネット情報過多時代、色々と対策は練ってはいるようである。
慌てて携帯で電話をかけだした友人を横目に、二人の親たちは自分たちの親らとの対応の違いを語り合っていた。
「うちの親は結構放置気味だけどなぁ」
「ウチもだわ。見せに行っても、「うむ」とかしか言わないもの」
「厳格なんだ」
「孫にデレデレのうちの両親とか、想像できないからまあいいんだけど」
「どこも同じなのかと思ったら、色々あるのねぇ」
「うちの子可愛いと思うんだけどなぁ。俺らの感覚が可笑しいのかなぁ」
「いやぁ、とびきり可愛いと思うぞ」
「うん、うちの子も可愛いと思ってたけど、流石にこの子たちと比べるのは気がひけるわ」
新居に招かれた両夫婦の友人知人達も、お互いどちらかの子供は見知っていたが、同レベルの愛らしさを高いレベルで保持する、しかも異性というちびっ子二人に、目尻を思いっきり下げまくっていた。
適当な子役事務所にでも登録すれば、間違いなく人気を博していただろうが、残念ながらというか幸いにもというかなんというか。
この両家は、共にそこそこ厳しいお家柄であったため、そちら方面からのお声掛かりはすれども承諾されることはなく。
むしろ顔が売れたら危険なんじゃないだろうかウチの子の可愛さ的に、という親バカな心配のおかげで、ごくごく普通の生活を送っていったのであった。
そして。
「かすみ」
「なあに?隼」
見目麗しい幼児達は、今や立派に少年少女へと成長し、ついにこの春、高校一年生となるまでに歳を重ねたのであるが。
「俺達も、もうすぐ高校生なわけだが」
「そうね」
かすみと呼ばれた少女は、隼と呼んだ少年の部屋で、部屋の主の寝床を占領して、寝転がった状態で彼所有の漫画に視線を落としていた。
そして当の部屋の主、隼と呼ばれた少年は、少女と同様に漫画を片手に椅子に座って足を組み、背もたれに体重を預けて弛んだ態度で視線を紙面に向けていた。
「振り返ってみればこの中学三年間、色恋沙汰はこれっぽっちも無かった」
「お互いにね」
そんな状態で、二人は視線を紙面から外さず、お互いの境遇を語り合っていた。
「……俺は、お前とだけは腹を割って話せると思っている」
「あら奇遇ね。私もよ?」
「ならその喋り方はやめてくれないか」
「あら、それをいうなら貴方こそ」
そこまで言ってようやく二人は手にした漫画を一旦置き、身体を起こしてお互いに顔を突き合わせた。
「……」
「……」
「ぶっちゃけ彼女が欲しい」
「私も彼氏が欲しいわ」
「……」
「……」
何をいきなりという感じであったが、どちらもお互いの発言に欠片も驚かず、どちらもが先を促そうと黙りこんでしまった。
「なあ」
「なによ」
どちらから先に口を開くか、先に口を開いたほうが負ける、という駆け引きのような二人にとっての暗黙の了解は、少女に軍配が上がった。
「幼馴染で彼氏彼女ってのは有りだと思うか?」
「物語なんかではよくあるパターンなんじゃないかしら。だけど現実的に考えて、そもそも男女の幼馴染が色恋沙汰を考える年頃まで長続きしてるっていうのは稀有よね」
実に有りがちな話を振ってきた少年に対し、ついさっきまで手にしていた漫画に視線を一瞬だけ向け、少女は自身の考えを口にした。
「なら何も問題はないな」
「あら、なにが?」
居住まいを正しながら改まった態度で床に正座する少年に、彼女は小首を傾げて追求したところ、即座に答えが帰ってきたのである。
「かすみ、いや、かすみさん」
「……なによ。大体想像つくけど」
「僕と付き合ってください」
実に直球な、分かりやすい告白の言葉であった。
「別にいいけど?じゃ、今から彼氏彼女ね。こんごともよろしく♪」
「付き合うというのはあれだぞ?剣道とかフェンシングとか空手で相手するという意味ではなく恋愛的にお付き合いって意味で……マジか」
まさか直球での告白を真正面から打ち返してくるとは夢にも思っていなかった彼は、まかり間違っても紆余曲折、歪んだ解釈に至らないように言葉を続けていたのだが、実にあっさりとした彼女の返事に驚愕した。長年の付き合いがあるからこその、驚きであった。
「嘘ついてどうするのよ」
「いや、ほら。こういうパターンだと、「身近過ぎて男女の関係とか考えられない」とかいう理屈で振られるとかあるじゃん?」
おまえは何を言っているんだ、とばかりに私が嘘つくわけがなかろうと淡々と返す少女。翻って少年の方はというと、こんなにすんなりと話が済むわけがないと予めシミュレーションでもしていたのだろうか、断られる可能性を自分から口走っていた。
「ああ、そういうのも無いとは言わないけれど、焦って男捕まえようとして変なのに引っかかるよりは、貴方だったら裏も表も知り尽くしてるわけですし?私も貴方もどっちの親とも仲良いし?変なこと仕出かしたら即言い付けられるわけだし」
否定される前提だった彼の言葉に、少女は実に現実的にその返事の理由を投げ返していた。確かに彼は彼女の両親らに対して非常に、ひっじょーに好感を得ている。おそらく彼氏彼女に成りましたと伝えたとしても、ウチの娘はやらん!等という状況に陥る心配はないであろう。そして彼女としても、少年の両親に対して非常に友好的な関係を気づいていると言って間違いなかったのである。
「くっそ、俺よりウチの親にウケが良いからって汚え……」
「貴方だってウチの親に「隼くんがうちの子だったらねぇ」とか言わせてる時点でどうなのよ、その外面の良さは」
「そのへんはお互い様だな」
要するに、お互いがお互いの両親に対して、とてつもなく高いハードルを自分で設置して楽々飛び越えてしまっているからこその現状であった。
「だわね。あと、少なくともお馬鹿じゃないって辺りは私としてもとても助かるし。まあ、私ほどじゃあ無いにしても」
「くっそ、入試トップの余裕か」
「うふふ、悔しかったら入試で凡ミスした自分を恨みなさい」
斯くして彼氏彼女として高校デビューを果たそうと画策した二人は。
「行ってきます」×2
「行ってらっしゃい、私達も後から行くからね」×4
「いってらっちゃい」×2
両親ズと、ここに越してから新たに増えたこれまた見目麗しい小さな妹弟に見送られて、高校生活第一日目の入学式を迎えたのであった。
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