第494話 冒険者ギルドへ行こう

 「ラフィーとおじー様はまだ寝てるの?」


 「はい。お疲れもあるでしょうから、ゆっくりお休み頂こうかと」


 「うん。そうしてあげて。僕は今日、冒険者ギルドだから、僕がいない間、ラフィーのこと、よろしくね?」


 「お任せください。遊び相手としてイルルを呼ぶつもりですが、よろしいでしょうか?」


 「実年齢はともかく、精神年齢は近いからいいかもね? あ、でも、一応シャナにも同席してもらおうか。イルルだけだと、ほら、変に暴走しかねないし。シャナがいればフォローしてくれるだろうし」


 「そうですね。では、そのように手配します。シュリ様?」


 「うん?」


 「本日は護衛はどのように?」


 「僕の護衛は今日もいらないかな。ギルドへは1人で行く。馬車もいらないから伝えておいて。でも、ラフィーにはお目付役もかねて護衛をつけてもいいかも」


 「かしこまりました。ではカレンにそのように伝えておきます」


 「よろしくね?」



 朝食の席でジュディスとそんな会話を交わし、シュリは食後のお茶を飲み干した。

 部屋に戻り、今日行く場所に合わせて、なるべく冒険者らしく見える格好を選んで身につける。

 最後に剣を装着して、



 「それじゃあ、行ってきまーす」



 元気よく屋敷を後にした。

 並んで見送ってくれる専属6人(愛の奴隷達+キキ)に手を振って。

 そんなシュリは知らない。

 シュリの姿が見えなくなるまで見送った後、



 「シャイナ?」


 「はい」


 「シュリ様に気づかれないように隠密で影護衛を。出来るわね」


 「もちろんです。お任せを」


 「元々お可愛らしい上に、最近は可憐さと妖艶さの合わせ技で魅力が限界突破しているシュリ様に、良からぬ思いを抱く者も多数出るでしょう。大人しくしている者はいいですが、思いあまって行動を起こす者がいてもいけません。その時は……」


 「シュリ様に気づかれる前に、素早く速やかに排除します」


 「ええ。よろしく。シュリ様が、護衛をいらない、と言ったことを忘れないように」


 「シュリ様が帰宅されるまで、気配すら悟られないようにします」



 ジュディスとシャイナの間でそんなやりとりがあったことを。

 なにも知らないシュリは、



 (ん~、今日はいい天気で歩くのが気持ちいいや)



 なんてのほほんと考えながらのんびり道を歩く。

 シュリに気配を気取られないように距離をおいてついてくる、隠密な愛の奴隷の気配に気づくこともないままに。

 

◆◇◆


 シュリが歩く姿を視界におさめながら、シャイナは極限まで気配を消して後をついて行く。

 油断は出来ない。

 彼女の主の気配察知力はハンパないのだから。



 (さすがは私のシュリ様です)



 己の愛する主の能力の高さに思いを馳せて頬を染めるが、そんな優秀な彼の気配察知に引っかからないシャイナの隠密力もえげつない。

 能力の総合力は当然の事ながら主であるシュリには適わないが、愛の奴隷補正を受けた彼女達の能力はかなりのもの。

 更に、それぞれの得意とする能力の伸び率は、シュリでも油断できないレベルとなっていた。


 隠密メイド、と自称するだけあり、シャイナの場合は隠密に関する能力がずば抜けている。

 なので、シュリが護衛をいらないと言うときは、シュリに内密の影護衛をシャイナが任されることが多かった。


 ジュディスだってシャイナだって、他の愛の奴隷達だって、本来の意味での護衛がシュリに必要ないことくらい分かってる。

 彼の身の内には5人の上位精霊が宿っているし、すぐに召還できる眷属も上位古龍から悪魔まで非常に強力でバラエティ豊かだ。

 シュリ自身の強さももの凄く、肉体的に彼を傷つける者など、そうはいないに違いない。

 それなのになぜ護衛をつけるのか。


 理由の一つとしてあげられるのは、シュリが貴族だから、ということ。

 貴族というものは、基本一人歩きをしないものなのである。

 もちろん他にも理由はある。

 表の護衛は無駄な争いを避けるための抑止力になること。

 そして裏の護衛の仕事は、シュリの邪魔をする面倒事を極力排除すること。

 乱暴すぎず、だが2度と事を起こす気にならないよう徹底的に。

 それをシュリに気づかれないようにこっそり行う。

 例えば。



 「おい、見たか? 今、ギルドに入っていったお坊ちゃん」


 「見ない顔だが、新人か?」


 「だろうな。の割には中々質のいい装備だから、どっかのボンボンに違いねぇ」


 「確かにそんな感じかもしれねぇな」


 「よぉし、ギルドの入り口みはっとくぞ」


 「あ? 見張ってどうすんだよ?」


 「きまってんだろ? 可愛い後輩にちょっと教育してやるんだよ。ゆだんしてるとどうなるか、な。その礼にお駄賃をいただくくらい、誰でもやってんだろ?」


 「お前も悪だなぁ。ギルドに目を付けられないように、程々にしろよ?」


 「そう言いながら、お前だってつきあうんだろ?」


 「まあなぁ。楽に小金を稼げるうまい話を放っておく手はねぇしな」


 「よし! んじゃ、あの辺りの建物の影に」



 悪い顔で笑いあう、あまり柄のよろしくない古参の冒険者の姿に、シャイナの目が細められる。

 そして。



 「……ギルティ」



 判決は下された。



 「あ?」


 「ん?」


 「お前、なんか言ったか?」


 「いんや? お前じゃなかったのか?」


 「我が主に対するたくらみ、すべて聞かせてもらいました。判決はギルティ。あなた方は有罪です」


 「有罪? なんのことだよ!?」


 「つーか、誰だよ、てめぇ? 姿を見せやがれ」



 騒ぐ2人の襟首を、シャイナはまとめてひっつかんだ。

 そして、子猫を持ち上げるように軽々と、彼らの体を宙に浮かせる。



 「うぐげっ。しまっ、しまっでる! しまっでるからぁっ」


 「い、息が! 息があぁぁ」



 騒ぐ2人を、苦労する様子もなく物陰に引き込み、そして。

 密かに速やかに教育的指導を行い、結果、斬新なオブジェが出来上がった。



 「中々な仕上がりです。ですが、少々目障りですね……」



 自分の作品を眺めながらシャイナはしばし黙考し、傍らの木から拝借した木の葉を2枚、己の作品に付け加えた。



 「これならその粗末なモノで人様を不快にさせずにすむでしょう。誰かが気付き、通報されるまでここで己の所行を深く反省していなさい」



 おそらく意識のない教育対象にそう告げ、木に縛り付けたぴくぴくしている全裸の男2人を置き去りに、速やかにその場を後にした。

 むき出しの股間を申し訳程度に木の葉で隠された見苦しい男達の首にかけられた木札にはこう記されていたという。

 未来有望な若者を食い物にしようとする悪徳冒険者に天誅を下し、さらし者の刑に処す。悔い改めよ、と。


 例えばこのように、主に危害を加えようする相手の先手をとり、無力化&再教育をしたり。

 またある時は。



 「ああ、シュリたん。どうして君はシュリたんなんだい? どうしてどうして、いつまでたっても僕をお抱えの魔術師にしてくれないんだい? 愛する君のために宮廷魔術師団で魔術の腕を磨いている、この僕を。シュリたん。なんてつれない人なんだ。今日こそは君に、僕を雇うと言わせてみせ……へぶっ」


 「……シュリ様への熱いパトスは理解できますが、愛情の押し売りは迷惑です。一応はシュリ様のお知り合いですから、さらし者にするのは勘弁してあげましょう」



 1発で意識を刈り取った主の某知り合いを、やれやれと肩をすくめつつ草むらに投げ捨て。

 次に、通り過ぎたシュリに一瞬で魂を捕まれたらしい過剰な色気を発する女性に目を付けた。



 「はぁぁん。なぁにぃ、あの子。可愛すぎる。成長途中の少年らしさが最高だわ。こうなったら帰りを待ち伏せて、私の魅力でメロメロにしてお持ち帰りしちゃうしか……はうっ」


 「……あなた程度の魅力でメロメロになって下さるなら、私達だってこんなに苦労はしておりません。恋心を抱くだけなら許容して放置でしたが、実力行使に出ようとするのが早すぎです。強制キャンプで未熟な精神を鍛え直してもらうといいでしょう」



 可愛らしい少年に目を付けた色気ムンムンな女性を片手にぶら下げたまま、シャイナは軽く周囲を見回す。

 そして、周囲にとけ込むように佇んでいる女性に目を付けた。

 その人の背後にすすす、と忍び寄り、



 「シュリ様推しの、ユズコ倶楽部の方、とお見受けします」


 「は、はひっ!? だ、だれ!? ……ってシャイナ氏ではないですか。ご無沙汰しております。私めになにか?」


 「シュリ様を手込めにしようと画策した不届きものです。ユズコ倶楽部にて強制キャンプをお願いしたく」


 「シュリたまを手込めに、とは強者ですな。しかし全く分かっていない。新しい会員にもよく教授するのです。シュリたまは、遠くで眺め、愛でるもの、と。そう言いますように、シュリたまはちょっと距離を置いて眺めているだけで至福の時を下さるというのに。そんなことも知らぬとは、哀しい女性です。いいでしょう。彼女の事はユズコ倶楽部会員ナンバー12のルリタマがお引き受けいたしました。必ずや、清く正しいシュリたま推しに育ててみせましょうぞ」


 「お願いします。シュリ様推しの良さを、とことんたたき込んでやって頂きたい」


 「でゅふっ。お任せを。つい最近有望な新人候補を見出だしたばかりですから、その者共々、立派な猛者に育ててあげてみせます」


 「頼もしい限りです。では、この者はあなたにお任せします、ルリタマどの」


 「安心してお任せを。となると、本日のシュリたま観察はここで打ちきりとして急ぎ戻りましょう」



 黙っていれば清楚で真面目な美人にしか見えないその女性は、非常に残念な感じにでゅふでゅふ笑いながら、シャイナが預けた害虫を背負い、去っていった。

 それを見送り、シャイナは再び周囲を注意深く見回す。

 すでに4匹の害虫の排除は終わったが、それでもなお、数匹の害虫が目に付いた。

 そんな彼らを目を細めて見つめ。



 「全く、我が主の魂の輝きに引き寄せられる害虫のなんと多いことか。影護衛も楽ではありませんね。ですが、まあ」



 シャイナはやれやれ、と肩をすくめて。



 「シュリ様の為の苦労ほど甘美な労働を、私は他に知りません。シュリ様が用事を済ませて出てこられるまでに、どれだけの害虫を排除出来るか。これぞ腕の見せ所、です」



 その口元に甘い笑みを浮かべ、シャイナは再び気配を消して動き出す。

 シュリの本日の影護衛の仕事は、まだ始まったばかりだった。

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