第493話 ちっちゃくて可愛い僕のおばさん
「た、ただいまぁ」
「おっかえりなさぁぁぁい。シュリ兄様ぁぁぁぁぁぁ」
疲れ果てた足取りで玄関をくぐったシュリの体を弾き飛ばしてしまいそうな勢いで、それはシュリのお腹に突進してきた。
たぶん、シュリじゃない普通の男の子なら、激しく吹っ飛ばされた事だろう。それくらいに威力のある体当たりだった。
それは……いや、それというのはちょっと違うだろう。
その子は、激しい衝撃にもびくともしないシュリのお腹に頭をぐりぐりとこすりつけ、これでもかというくらいに親愛の情を示している。
可愛い子だった。
肌は母親譲りの褐色で、ツインテールに可愛く結われた髪は父親譲りの金の稲穂色。
「た、ただいま、ラフィー。も、もう着いてたんだね……」
「うん。ちょっと前に着いたの。シュリ兄様に早く会いたくて、ラフィー、すっごく急いで来たんだよ。母様のシェスタが乗っけてきてくれたの」
「そ、そうなんだ。す、すごいね~?」
「うん! シュリ兄様への愛の力だね!!」
「そ、そっかぁ」
来るのすっかり忘れてたぁ、と決して口には出せないことを思いつつ、満面の笑顔の少女の頭を優しく撫でる。
こちらを見上げる瞳は母親に似て若干つり目。その色も母親譲りの蒼色だ。
シュリに抱きつくその女の子の名前はラファルカ。
シュリの母親であるミフィルカの年の離れた妹であり、シュリとの関係性は年下のおばと、年上の甥っ子。
でも明らかに自分より年下の子をおばさん、と呼ぶのは抵抗があるので、シュリは彼女の事をラフィー、と愛称で呼んでいた。
彼女の方も、シュリの事を兄様と呼んで慕ってくれている。
そんな小さなシュリのおばさんは、髪の色こそは父親であるエルジャバーノ譲りだが、全体的に見れば母親であるヴィオラの方に似ていた。
ただ、性格は若干エルジャバーノ寄り。
といっても、ヴィオラほど適当じゃないだけで、エルジャバーノほど色々細かいわけでもない。
あえて言うなら、姉のミフィーに似てる、のかもしれない。
ほんのちょっぴりラフィーの方が押しが強いかもしれないけれど。
見た目で言うなら、肌の色も違うし、顔立ちも父親似と母親似で、結構違いのある姉妹なのだが。
「シュリ様、ラフィー様。玄関先でお話しするより、お部屋へ戻ってゆっくりお茶でも楽しみながらお話しされてはどうですか?」
ラフィーと一緒に玄関で出迎えてくれたアビスの提案に、シュリは頷いて自分より小さな手を取る。
「そうだね。ありがとう、アビス。ラフィー、僕の部屋で一緒にお茶を飲みながらゆっくりしようか?」
微笑みかけると、小さなおばさんはぽっとその頬の色合いを濃くし、嬉しそうに笑って頷いたのだった。
◆◇◆
「おばー様は元気?」
シュリの部屋で仲良くお茶を楽しんだ後、甘えん坊な小さなおばさんをお膝で抱っこしながらシュリは何気なく問いかけた。
元気じゃないおばー様なんて想像できないけど、なんて思いつつ。
「お母さん? うん、元気だよ? ほとんど家にいなくて、お父さんとよく喧嘩してるけど」
「そ、そっかぁ。おばー様は有名な冒険者だから、中々家にいられないこともあるかもしれないね? 僕の母様も、結構寂しい思いをしてたみたいだし。ラフィーは寂しくない?」
ヴィオラらしいといえばらしいのだが、まだ小さいラフィーは寂しいんじゃないか、とシュリは小さなおばさんの頭をそっと撫でる。
が、ラフィーは勢いよく首を横に振った。
「全然! お母さんがいない代わりに、お父さんがうっとうしいくらい世話を焼いてくれるし。お父さんも、もう少し私の事を放っておいてくれていいんだけどなぁ」
「そ、そっかぁ。で、でも、おじー様も一生懸命なんじゃないかな? ラフィーに寂しい思いをさせないように、ってさ」
「ん~。かもしれないけど、正直、うっとおしいよ?」
鋭い矢が、エルジャバーノの急所にぶっすり刺さる様子が脳裏に浮かんで、思わずうめき声が漏れた。
泣き崩れる美しいエルフの姿が目に浮かぶようである。
「……それ、おじー様が泣いちゃうから言わないであげようか?」
脳裏に浮かぶ光景が余りに可哀想だったので、シュリはそっとお膝の上のラフィーに提案した。
心で思っても、口に出すのはやめよう、と。
だが、そんなシュリの言葉に、ラフィーは首を傾げた。
「そっかな~? でも、シュリ兄様がそういうならそうするね!」
それでも、大好きなシュリの言葉なら、とすぐに頷いてくれたのでシュリはほっとして口元をゆるめた。
いい子だね、とラフィーの頭を撫で、
「うん。それからたまには、お父さん、大好き、って言ってあげてね?」
我が子の為にと頑張っているエルジャの為に、更なるお願い事を小さなおばさんの耳に吹き込んだ。
「え~? それ言ったら、絶対、面倒くさくなるよ?」
しかし、シュリの提案に、ラフィーは乗り気じゃ無い様子で唇を尖らせる。
「め、面倒くさい……。そ、そうかもしれないけど、きっと、すごく喜ぶから、たまにはいいんじゃない? ラフィーだって、おじー様のことが嫌いな訳じゃないでしょ?」
「うん、まあ、そりゃあね? お父さんだし」
「なら、たまには言ってあげようよ」
「ん~~~~……。分かった。じゃあ、時々ね?」
シュリの説得に、最後には渋々ながら頷いてくれた。
シュリはそんなラフィーの頭を再び撫でながら、
(良かった。おじー様、喜ぶなぁ)
と脳裏に狂喜乱舞するエルジャバーノの姿を思い描いた。
◆◇◆
夕食の後、長旅で疲れたのか、うとうとと船をこぎ始めたラファルカを抱き上げて、彼女のために整えた部屋のベッドへ連れて行く。
「おやすみ、ラフィー。いい夢を見てね?」
ベッドに寝かせておでこにキス。
寝ているはずなのに、なぜかシュリのキスを感知したラフィーの、
「でゅへっ。でゅふふふふ……」
女の子にあるまじき笑い声が部屋に響いて、シュリは思わず苦笑を漏らした。
そして、シュリを逃すまい、としがみついてくるラフィーの手を優しく引きはがして、彼女の部屋を後にする。
廊下に出て、音を立てないように静かに扉を閉めて。
シュリは1日の疲れを吐き出すように、小さく息をついた。
そんな、疲れのにじむシュリの背中に、
「シュリ。ラファルカの相手、ありがとうございました」
背後から声がかけられる。
「あ、おじー様。もう来てたんだね?」
振り向いたシュリは、背後に立つ祖父と呼ぶには若々しすぎる美しい男を見上げ、にっこりと微笑みかけた。
孫より幼い娘を溺愛していようが、孫がいくつになろうが、いつだって愛する孫にめろめろなシュリのおじー様は、孫の笑顔の直撃を受けてその端正な顔をでれっと一瞬でとろけさせる。
「ええ、だいぶ前に到着してましたが、私が姿を見せるとシュリを独り占め出来ないラファルカが怒ると分かっていましたからね。私はこっそり陰から2人の姿を愛で……いえ、見守っていました」
こっそり愛でられていたのか、と思いつつ、シュリはあえてそれにはつっこまず、ただにこっとしておいた。
自由奔放なヴィオラと、甘やかされてわがままなラファルカに挟まれての生活は、きっと苦労が多いことだろう。
そんな彼のちょっとした癒しを許容することくらい、大した事ない、と自分に言い聞かせつつ。
「おじー様だけ? おばー様は??」
「ヴィオラはギルドの指名依頼で討伐に出ています。少々やっかいな魔物が出没したようでして」
「そうなんだね? おばー様は最近忙しいの?」
「そうですねぇ。ラファルカの産休があけてからはなんだかんだと家を空けることが多いでしょうか。そもそも、ヴィオラは子育てに向いてないんですよ。ミフィルカの時も、なんだかんだと理由を付けて子育てを周囲の人に押しつけてたみたいですし。ラファルカには私がいますが、ミフィルカには可哀想な事をしました」
しみじみと語るエルジャバーノの言葉にうんうんと頷きながら、シュリは脳裏に己の祖母の姿を描く。
確かに、自由奔放を絵に描いたようなヴィオラに、忍耐と献身を必要とする子育ては向いていないのかもしれない、と思いながら。
といっても、世の中、子育てに向いている人ばかりではない。
けれど、子供への愛情をエネルギーに、その大変さを乗り越えていくのが普通だ。
もちろん、ヴィオラに子供への愛情が無いわけではないだろうし、ヴィオラはちゃんと、自分の娘達を愛している。
ただ、小さな子供に対する接し方が豪快すぎるだけで。
ヴィオラもそれを自覚しているからこそ、小さくて脆い子供と密に接するのが怖いんだろうなぁ、とシュリは理解していた。
シュリだって、初めてラファルカに触れた時にはドキドキした。
ちゃんと自分の能力は制御出来ているとは思っているが、万が一の時の事を考えて、ラファルカと遊ぶときは高い高いとかの放り投げる系はやめようと心に決めていたし。
まあ、もしもの事を考えて、強い魔物の素材をふんだんに使った防御力増し増しベビー服を何着もプレゼントしたのは、今となってはいい思い出だ。
そのおかげ、という訳じゃないだろうけど、ラファルカは怪我も病気も無くすくすくと育ち、元気いっぱいな可愛い女の子に成長した。
シュリにとっては、目の中に入れても痛くないほどの、可愛くて大切なな妹分である。
元気いっぱいのラファルカの事を考えながら、シュリはちら、と傍らの祖父を見る。
おじー様は、いつ頃到着してたんだろう、と思いながら。
(ま、まさか、アレ、は聞いてないよね?)
アレ、とは、アレ、である。
ラフィーが、己の父親について素直すぎる意見を言っていた、アレ、の事だが、正直、娘ラブなおじー様に聞かせたい内容じゃ無かった。
聞いてないといいなぁ、と思いつつ、
「ね、ねぇ、おじー様?」
シュリは己の美しすぎる祖父に話しかける。
「ん? なんですか? シュリ」
「えっと、おじー様はいつくらいにこっちに着いたの?」
小首を傾げる祖父に、シュリはさりげない様子を装ってさぐりを入れた。
「ちょっと前ですよ? ラフィーの事は心配でしたが、あの子は鋭いので、あまり距離をつめられないんです。あの恐ろしいくらいの野生の勘は、きっとヴィオラに似たんでしょうね」
「そ、そうなんだね?」
「ええ。まあ、行く先はシュリのところと分かっていましたし、ヴィオラのシェスタを連れ出したのも分かってましたから、それほど心配はしてませんでしたが。本当に、家の娘はシュリが大好きで。忙しい所にお邪魔して、世話をかけませんでしたか?」
「ん? 大丈夫だよ? 僕も昼は色々用事があって出かけてたから、ラフィーの相手を出来たのも、夕方に帰ってきてからだし。お茶したりご飯食べたりしながらちょっとおしゃべりするくらいしかしてないよ」
「おしゃべり……そうですか。それで、その」
「どうしたの? おじー様」
「ラフィーは私のこと、何か話してたりしませんでしたか?」
「た、例えば?」
「例えば、そうですね? お母さんよりお父さんが好き~、とか」
「あ、なるほど~……」
(良かった。アレは聞かれてないみたいだ)
と内心ほっとしつつ、シュリは頭の中でラファルカとの会話を吟味する。
さて、どの辺りを切り取って話すのが正解だろうか、と。
その結果。
「えっと、おばー様がギルドの依頼で家を空ける事が多いけど、その分おじー様が一緒にいてくれるから寂しくない、って」
「うんうん」
それでそれで、と満面の笑顔で促され、シュリは祖父の顔からちょっぴり目を反らした。
「ラフィー、オトーサン、ダイスキ、ッテ、イッテタ、ヨ?」
「ラフィーがそんなことを? 私には面とむかっいて言ってくれたことがないんですが、ちょっと照れくさくて言えなかっただけなんですね、きっと」
「ウン、キットソウダヨ」
(う、嘘は言ってない。ラフィーだって、おじー様を嫌いな訳じゃないって言ってたし。嫌いじゃないってことは好きって気持ちもあるんだろうし!)
己に言い訳しつつ、その場を乗り切るために、シュリは己の顔に笑顔を張り付ける。
しかし。
感動です、と天を仰ぐ祖父を直視できず、シュリはやっぱり少しだけ大好きな祖父から視線を外すのだった。
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