第492話 王国騎士団と宮廷魔術師団②
騎士団長室での、色々残念な対面を終え、シュリは疲れ果てた気分で次の場所を目指した。
正直、このまま帰ってしまいたい気分なのだが、次の場所で待つ相手の機嫌を損ねると後が面倒くさい。
早く終わるといいなぁ、なんて相手が聞いたら絶対にすねて大変なことになりそうな事を考えながら、シュリはたどり着いた部屋のドアをノックした。
「シュリ!」
中から漏れ聞こえるのは、打てば響くような喜色満面なリュミスの声。
「リュミス様、落ち着いて。さっきから何度同じ事を繰り返す気ですか? きっとまた別の人物ですよ。ルバーノ氏はこちらの約束を忘れてしまったのでは? 今日は来ないかもしれないですよ?」
「ああ、お可哀想なリュミスお姉様。礼儀知らずな子供のせいでさっきからぬか喜びばかり。あんな子供はお姉様にふさわしくないと思います。他の男性……たとえばうちの兄とか、リュミス様に相応しいくらい優秀な魔術師は、他にたくさんいますよ。うちの兄なら、リュミスお姉様にこんな辛い思いなんてさせないし、兄とお姉様がご結婚すれば、私の本当のお姉様になっていただけますし、きっとすごく優秀な魔力を持った子供も産まれるに決まってます」
続いて聞こえた男女の声は、リュミスを慰めながらなんだか微妙にシュリを貶している。
なんだかますます面倒くさくなってこのまま回れ右してしまいたくなったが、
「シュリ……」
微妙に落ちこんだ風のリュミスの声が聞こえてきてはそうもいかず。
シュリは意を決して中に向かって声をかけた。
「シュリです。遅くなってごめ……」
「シュリ!! 待ってた!!!」
言葉を最後まで言い切る前に、ものすごい勢いでドアが開き、シュリはぎゅううぅぅっと抱きしめられていた。
成長率は若干アリスに負けているが、それでも十分にお育ちになった胸に顔が埋まり、再び息苦しさを感じたが、幸い腕の力はアリスよりリュミスの方が劣っていた。
シュリは、リュミスが痛くないように気をつけながら顔を動かし、どうにか無難におっぱい締めから抜け出して顔を上へ向けた。
助かった、と思ったのも束の間、今度は唇がリュミスの唇でふさがれた。
とはいっても、唇がダメなら鼻で息をすればいいじゃない、ということで呼吸困難になることはなかったが。
しかし、ここは一応、宮廷魔術師団の団長という要職を拝命しているリュミスの執務室である。そんな場所でこんなことをしていいのだろうか。
……とは思うものの、シュリの唇をこじ開けるように入ってきたリュミスの舌がシュリを味わい尽くすまでは離してもらえそうになかったので、せめて時間短縮を目指すために、シュリも積極的にお応えする。
結果、ようやく歓迎のキスが終わった頃には、リュミスの瞳はうるうるだし鼻息も若干荒いし、という状況が出来上がってしまった。
「シュリ……」
「な、なに?」
「隣に鍵のかかる小部屋がある。行こう?」
「え? 行かないよ!?」
「大丈夫。こっそり行けばバレない。1時間くらいなら気づかれない」
「バレるよ!! ってか、もうバレてるよ!?」
リュミスの肩越しに見える、さっきの声の主であろう男女の形相が正直怖い。
視線だけで人を殺せるなら、もう殺されててもおかしくない。
男の人の方は銀色の髪に琥珀の瞳、女の人の方は栗色の髪に青い瞳。
色合いこそは違うが、顔立ちはどこか似通っていて、おそらく兄妹なのだろう2人の額に浮かぶ青筋が見えるようだ。
シュリはちょっぴり青くなるが、リュミスはそんなことお構いなしだ。
「大丈夫。怖くない。ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「ちょっとだけ、ってなに!? ダメなものはダメ!! わがまま言うならもう帰るよ?」
「むぅ。シュリ、つれない。騎士団のとこでアリスといちゃいちゃしてきたくせに」
「なに人聞きの悪いこと言ってるの!? してないよ、いちゃいちゃなんて!」
「してないならどうしてこっちに来るのがこんなに遅いの?」
「別にそんなに遅くないでしょ? それに、時間の約束もしてないし」
「朝からシュリだけを待ってたのに……」
「朝から待たれても、僕にだって予定ってものがあるからね!?」
理不尽だ、と思いつつも、むぅ、と唇を尖らせるリュミスがなんだか可愛く思えて、シュリは苦笑しつつも彼女の頭に手を伸ばす。
「でも、まあ、待たせたのは事実か。待たせてごめん。待っててくれてありがとう」
言いながら彼女の頭を撫でる。
リュミスは嬉しそうに目を細め、そのままシュリの手に頬をすり寄せた。
「で?」
「で??」
「誰といちゃいちゃして遅くなったの?」
「だから、誰ともいちゃいちゃしてないから! 騎士団長に挨拶したり、今度僕が配属される第1師団の師団長に挨拶したりしたから遅くなったんだよ」
「ふぅん。私とシュリの時間を邪魔するとはいい度胸。呪っとく」
「呪うってなに!?」
「大丈夫。私の得意は魔術だけじゃない。呪うのも得意」
「得意とか関係ないよ!? 呪わなくていいから! 呪いは禁止!!」
「え~?」
「え~、じゃないの。無闇に人を呪うような人、僕は嫌いです!」
「呪いは永遠に封印された。私は清廉潔白。呪いとは無縁な人間」
大丈夫? 私を嫌いにならない?
そんな風に目で訴えてくるリュミスに、
「呪わないなら嫌いにならないよ。もうしないでしょ?」
再び浮かぶ苦笑を隠さずに伝える。
「絶対にしない」
「ならいいよ」
生真面目に返すリュミスに、今度は普通に微笑んでシュリは頷きを返した。
「好き?」
「大丈夫。ちゃんと好きだよ」
「……隣に鍵のかかる小部屋が」
「ダメだよ。仕事中でしょ?」
「ちっ」
リュミスの舌打ちを合図にしたように、
「……クソうらやましいイチャイチャ合戦はもう終わりましたか?」
「……イチャイチャが妬ましすぎてダメージがもの凄いので、そろそろお帰り頂いたらいいんじゃないですか?」
シュリを呪い殺しそうな目で見ていた2人が、言葉を挟んできた。
リュミスは唇をほんのり尖らせて2人を振り返り、
「ダメ。まだ来たばっかり」
きっぱりとそう言いきる。
でも、シュリとしてはあんまり長居するのも悪いと思っていたので、
「でも、仕事の邪魔をしたら悪いから挨拶したらもう帰るよ? あの2人は?」
そう返して、リュミスに2人の紹介を促した。
「2人とも魔術師団長補佐。背が高い方がランド、背が低い方がノア」
「リュミス様の補佐をしております、ランドルフ・リューディガーです。さ、挨拶を受けるのにそんなにくっついてるのはおかしいですから。席にお戻りください」
「リュミスお姉様の補佐をしてる、ノアリア・リューディガーよ。さ、お姉様、それを離して。席に戻りましょ。ほら、さっさと離して」
「いや。離れたくない」
リュミスから非常にシンプルな紹介があり、2人もそれぞれ名乗ってくれる。
リュミスとシュリを、どうにか引きはがそうとしつつ。
あまりに必死な2人の様子をただ見てるだけなのも忍びなく、
「初めまして、シュリナスカ・ルバーノです。えっと、リュミス?」
自己紹介しつつ、リュミスに声をかける。
「なに? シュリ」
「普段の、魔術師団の団長としてりりしく働いてるリュミスもみたいな」
「っっ!! 任せて!!」
2人の手助けになればと発したシュリの言葉に、リュミスは音速で己の執務机に戻った。
立派ないすに座り、きりり、と表情を引き締めるリュミスは凛々しくも美しく、そうしてすましていればきちんと宮廷魔術師団を率いる団長に見えた。
そんなリュミスを中心に左右に分かれてリューディガー兄妹が立つ。
左右を守る兄妹の美貌も相まって、その様子は一幅の絵のように美しかった。
「ようこそ、宮廷魔術師団へ。これでシュリは今日から宮廷魔術師団の一員。私の特別補佐に任命する」
「そんな役職いらないよ!?」
「でも、宮廷魔術師団には入る、でしょ? 宰相様から連絡はもらってある」
「まぁね。といっても、なんちゃって宮廷魔術師だよ? 騎士として出仕した時に、こっちにも顔を出す程度の。だから、1番下っ端でいいんだけど」
「シュリは甘い。甘すぎる。頭の先から足の先までぺろぺろ舐め回したいくらい」
「甘い、かなぁ? ってか、僕を舐め回す妄想をしてにやにやするの止めてね?」
「むぅ。妄想くらい好きにさせてくれてもいいと思う。今からちょうど、シュリのあんな所やこんな所をぺろぺろするところだったのに」
「ちょっとぺろぺろから離れようか、リュミス。で? 僕のなにがそんなに甘いの?」
「え? シュリはどこを舐めてもあま……」
「リュミス様はこうおっしゃりたいのです。魔術師など、1番下っ端が1番忙しいものだ、と」
「あ、なるほど」
「それ故の、リュミスお姉様の特別補佐なのだわ。あなたをリュミスお姉様のお側に置くのは正直これ以上なく腹立たしいけど、お姉様の直属なら勤務形態が不規則でも問題ないし」
「そっか。そういうことか。ただリュミスが僕といちゃいちゃしたかっただけじゃないんだね」
「そう。シュリの勤務形態から考えると、私の特別補佐、という立ち位置が1番いい。受けてもらえる?」
「色々考えてくれてありがとう、リュミス。特別補佐のお話、お受けします」
リュミスの補佐達や、リュミス自身の言葉に納得したシュリは、ぺこりと頭を下げてリュミスの申し出を受けることにした。
「よかった。じゃあ、特別補佐就任のお祝いに、隣の小部屋で2人っきりに……」
「行かないからね?」
「むぅぅ。シュリの対応が塩い」
「ランドルフさんも、ノアリアさんも、僕が時々顔を出すことでご迷惑をおかけすると思いますけどすみません。これからよろしくお願いします」
「ランドとノアでいい。長い名前、面倒だから」
「いや、それってリュミスがいう事じゃないよね?」
「リュミス様がおっしゃるなら仕方ありません。ランドと呼んでいいですよ。こちらこそよろしくお願いします。リュミス様のお願いは断れませんから」
「リュミスお姉様のいうことは絶対だし、ノアって呼んでいいわ。でも心を許した訳じゃないからいい気にならないでほしいの? 私の心はリュミスお姉様だけのものなの」
「えっと、じゃあ、ランドさんとノアさんって呼ばせてもらいますね? 僕のことはシュリって呼んでください」
なんだか微妙だが、愛称呼びの許可を頂けたので、シュリは再びぺこりと頭を下げた。
リュミスはそんなシュリを見つめて甘く微笑んで、
「挨拶も終わったことだし、この後は鍵のかかる部屋で2人っきりで打ち合わせを……」
性懲りもなくそんな発言。
だが、それにつきあう義理もないし、もうすっかり疲れ果てていたシュリは、リュミスの欲望まみれの提案をばっさり切り捨てた。
「え? もう帰るに決まってるでしょ? なんだかすごく疲れたし」
「そんな!?」
「ランドさん、ノアさん、次は騎士団に正式に所属する1週間後に来ますね。何か服装の規定はありますか?」
「服装規定は特にありません」
「宮廷魔術師のローブの支給があるから、普段の服装の上にそれを着用すればいいのだわ」
「教えてくれてありがとうございます。じゃあ、1週間後にまた」
シュリはぺこりと頭を下げて、ささっと部屋を後にする。
「ああっ、シュリ。せめてお茶だけでも!!」
「うん、それはまた今度ね」
追すがるように声をあげるリュミスをさくっと切り捨てて。
分厚い扉を閉めて、ふぅ、と息をつく。
「……ここのところのんびりしてたせいか、なんだか濃い1日だったなぁ。早くうちでゆっくりしたい。帰ったらシャイナにお茶入れてもらおう」
疲れ果てた様子で、シュリはのろのろと家路につく。
家に帰ればゆっくり出来る、そう信じて。
そんなシュリは忘れていた。
疲れた体には少々荷が重いほどに元気いっぱいな小さなおばさんがやってくる、という事実を
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