第488話 成長③

 そんなこんなで、この10年程ですっかり腐に染められたメイド達が熱く見守る空間を抜けだし、屋敷の中へ帰り着く。

 中では、



 「お帰りなさいませ、シュリ様」


 「お、お帰りなさいませ! シュリ様」



 余裕の表情のセバスチャンと、若干で遅れたのかちょっと息の荒いシュリの専属執事を自負するアビスの姿。

 愛の奴隷の能力補正で色々超人なアビスを凌駕するセバスチャンの姿には、いつもすごいなぁと感心する。



 「上着をお預かりします」


 「あ、うん。ありがとう」


 「はい、確かに。では、後はお任せしますね、アビス」



 シュリの上着を恭しく受け取る仕事は譲らないが、他はちゃんとアビスに譲ってあげるところも大人だなぁ、と思う。

 こうしてセバスに預けておけば、次に出かける時には新品かなと思うくらいにぴしっとした状態で着ていくことが出来るからありがたい。


 上着以外にも、シュリのワードローブはセバスの管理下にあり、少し小さくなった服のサイズ調整からほころびや破れの修復まで完璧に管理されている。

 時折見たことがない服が入っていたりするが、セバスの手作りの服やシュリに似合いそうだと思った服を個人で求めたりしたものをこっそり入れておいてくれるらしい。


 そんなセバスだが、自分が引退する時のことも視野において、最近はオーギュストに仕事の見学をさせたり、服飾の知識を改めてたたき込んだりしてるんだとか。

 元々セバスの弟子のようなオーギュストだが、すっかり下着に特化してしまったため、彼の求める水準に到達するにはまだまだ時間がかかりそうだ、と淡々とぼやいていた。

 とはいえ、シュリに関する仕事なので、それなりに楽しくこなしているようだが。

 あ、こんなところにほころびが、などと楽しそうにもらすセバスをその場に残し、シュリはアビスの差し出した手を取り、歩き出す。



 「今日は、みんなは?」


 「シャイナとルビスは、シュリ様のお部屋でお茶の準備を整えております。カレンは、[月の乙女]と[砂の勇士]の合同訓練に参加してますね。キキは、今日は休養日ですので、おそらく孤児院の手伝いに行っているかと。ジュディスは、お茶が終わる頃に、今後の予定について報告しにくる、とのことでした」


 「わかった。ありがとう。姉様達は? みんな仕事だよね?」


 「フィリア様は高等魔術学園の試験期間でお忙しく、今日も遅くなられるようです。リュミス様とアリス様は、近々行われる宮廷魔術師団と王国騎士団の合同演習の準備のため、泊まり込みとの連絡がありました。ミリシア様は、商会の仕事で王都を数日留守にする、とのことでした」



 アビスの報告に、シュリは頷く。

 この10年の間に、シュリの周囲の人達の状況も色々と変わっていた。

 ルバーノ四姉妹に関していえば、現在彼女達は全員、王都に居を移している。


 長女のフィリアは、高等魔術学園を優秀な成績で卒業した結果、学園の教師として働きつつ、魔術の研究室をひとつ任されている。

 学生時代から仲の良かったリメラもそこで研究員をしていて、マイペースながら優秀な彼女を、フィリアは頼りにしているらしい。


 次女のリュミスも姉のフィリアと同様、高等魔術学園を優秀な成績で、しかも歴代で数えてもかなりの好成績で卒業したが、彼女は学園に残らずに宮廷魔術師団に所属することを選んだ。現在ではそのトップとして、それでいいのか、と思うほど自由気ままにその才能を活用している。


 三女のアリスは、王立学院の騎士養成科を卒業後は王国騎士団に所属。

 現在は1個師団を任される程になり、厳しくはあるが公正で、部下からの信頼も篤い人気の師団長なのだとか。


 四女のミリシアは、シュリの助けになりたいとの思いから王立学院の商人養成科を卒業。

 国外での活動を主眼においたシュミリー商会という商会を立ち上げ、商都や帝国、獣人国でシュリから仕入れた[悪魔の下着屋さん]の商品や、その他交易品の販売を行っている。

 国外で手広くやっている反面、ここドリスティアの国内での商売は控えめで、シュリの[悪魔の下着屋さん]の商売の邪魔にならない程度の小さな店舗を構え、国外の珍しい交易品を細々と扱うのみに止めていた。


 シュリとしては、面倒な商売はシュミリー商会に一任して[悪魔の下着屋さん]は裏方として製造業だけを行ってもいいと考えていたが、その申し出はミリーから激しく拒否された。

 ミリー曰く、世の腐女子を敵に回すのは得策じゃない、らしい。


 そんな訳で、シュリの[悪魔の下着屋さん]は今日も元気に営業中、である。

 オーギュストは日々新作下着の考案と制作でレースにまみれ、忙しくも楽しそうだし、レッドとブランもそれを手伝いつつ、男の子な自分をそれなりに楽しんでいる様子だし。

 まあ、これはこれでいいのか、とミリーの商会を便利に使わせてもらいつつ、上手に共存させて貰っている。


 商会といえば、ルゥのお父さんも商人だが、地方のアズベルグに拠点を置きつつも、王都や他の主要な街にも支店を持つかなりのやり手だ。

 そんなお父さんの手伝いをするために、ルゥもミリーと同様に王立学院の商人養成科で学び、今では王都支部の支部長をしている。

 本人曰く、いずれお父さんの跡を継ぐための勉強中、らしい。


 因みに、商人養成科を卒業したのはミリーとルゥだけでなく、何故かリアも商人としての勉強をおさめ、今ではシュミリー商会の会長・ミリーの片腕としてバリバリ働いている。

 どうやら、ミリーから一緒に商会を運営して欲しい、と誘われてのことなのだとか。

 まあ、昔から2人は仲が良かったし、分からないでもないけれど。


 ナーザの経営する美人のお宿[キャットテイル]は相変わらずの人気ぶりで、料理人のサギリとシュリの眷属ペットであるシャナが働いているがそれでも手が足りず、もう1人住み込みの従業員が増えた。


 それは誰なのか。


 美人のお宿で雇うのだから、もちろん女性。

 しかもかなりの美人。

 お客さんには、若干高圧的な接客が意外と受けており、一部のマニアからは陰で女王様、と呼ばれているらしい。

 まあ、実際に元女王様、なのだが。


 数年前、息子のシルバに王位を譲った獣王国の女王様アンドレアは自由になったのをいいことに、獣王国での留学期間を終えたシュリにくっついてドリスティアの王都への移住を半ば強引に決定してしまった。


 元女王の権力に頼ることなく、身分を隠して一般人として生活する、という約束をドリスティア王と勝手に交わし、移住の許可をもぎ取った彼女は、シュリの恋人という立場も持ち前の押しの強さでもぎ取った。


 ほくほく顔でシュリに同行するアンドレアを前に、母を止められなくて申し訳ない、と土下座でもしそうな勢いで落ち込んでいるシルバを責めるわけにもいかず。

 気にするな、とシルバを慰め、それでも浮上しきれなかった彼を、王妃となったリューシュに任せ、獣王国を後にした。


 王都にやってきて数日は、ルバーノの屋敷で押し掛け女房と化していたアンドレアなのだが、噂を聞きつけたナーザが乗り込んできて彼女を引き取ってくれた。

 獣人として、獣王国の王族がシュリにべたべた……いや、迷惑をかけているのが許せなかったらしい。


 この女王様は私に任せろ、男(?)らしくそう言いきったナーザは渋るアンドレアをひきずるようにして連れ帰り、店の従業員として働かせはじめた。

 ナーザ曰く、美人を無駄に養ってやれるほどうちは暇じゃない、らしい。

 最初は嫌々働いていたアンドレアだが、美人のお宿のファンなお客さん達にちやほやされているうちに、段々給仕の仕事が楽しくなってきたようで。

 偉そうな口調も態度もそのままだが、今では楽しそうに働いている、と同じく宿で働くシャナが教えてくれた。


 少し前から、それまで結構な頻度で宿の手伝いをしていたジャズが冒険者としての活動に力を入れはじめたため、宿はずっと人手不足だったらしく、アンドレアの存在はかなりの助けになっているようだった。


 そのジャズだが、順調に冒険者としての実績を積み重ね、現在のランクはB級。

 若手冒険者の中でもかなりの有望株として注目されているらしい。

 そんな彼女はもっぱらチームを組んで活動しており、そのチーム名はジャズ&リリィ。

 チームの相方はなんと、シュリを追いかけてそのまま王都に移住してしまったエルフのリリシュエーラである。


 高等魔術学園で学ぶことを学んだ彼女は、魔術の研究員や教員の誘いを蹴って冒険者になったらしい。

ちなみに現在のランクはA。

こちらも異例のスピードでランクアップをした為、かなりの注目を集めているようだ。


 シュリの恋人であり冒険者、と言うことだけを接点に距離を縮めた2人は、今ではかなり気のあった相棒として様々な冒険をしているらしい。

依頼の合間に再会する度に、2人は競って自分達の冒険について熱く語ってくれた。


 各地を転々とする生活を終えて王都に戻ってきたことだし、もう少し落ち着いたら、2人を誘って一緒に依頼を受けるのも悪くない。

 今度、2人に相談してみよう、なんて思いつつ、シュリはアビスが開けてくれた扉をくぐり、自分の部屋に戻った。

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