第489話 成長④
「お帰りなさいませ、シュリ様」
「お帰りなさいませぇ、シュリ様」
お茶の支度を整えてくれていたシャイナとルビスが顔を輝かせてシュリを迎えてくれる。
はじめて出会ってから10年以上の月日は流れているのだが、2人とも年をとるのを忘れたようにつやつやで若々しい。
ルビスとアビスは、人より長い寿命を持つ魔人の血を引いてるし、まあ分からないでもない。
でも、ジュディスもシャイナもカレンも、ごく一般的な人類であり、お肌の曲がり角を迎えてもおかしくないお年頃、なのだが。
その気配は全くなく、むしろ出会った頃よりも若々しく艶のある女っぷり、なのである。
それは愛の奴隷の3人に限ったことではなく、シュリの恋人達にも言えることでもあった。
これは一体どういうことだろうと疑問を抱いたシュリは、ちょっと前にステータスの、あのスキルの欄を久し振りに熟読した。
そして、いつの間に増えたのか分からないその一文を見つけたのである。
そこにはこう記されていた。
愛の奴隷、ならびに恋愛状態にある対象の肉体年齢を最良の状態に保つ、と。
つまり、愛の奴隷と、シュリに恋した状態になった人は、最良の肉体年齢……つまり、若く美しい状態を保てるようになるらしい。
エルフは、成長が止まると、老齢期に入るまでは若々しい姿のままだというが、おそらくそれと似たような現象なのだろう。
因みに、肉体年齢は若い時点を保持できるが、寿命が延びるわけではないらしい。
ただし、愛の奴隷に関しては、主であるシュリと寿命を共有する、と書かれていた。
シュリが早死にすれば、愛の奴隷も道連れになるし、シュリが長生きするなら彼女達も共に長い時を生きることになる。
その一文を読んだシュリは思ったものだ。体に気をつけて長生きしなきゃなぁ、と。
そして、改めて思う。
[年上キラー]、とんでもないな、と。
この効能に関して、恋人達はともかく、愛の奴隷達にはきちんと説明をした。
本当に申し訳ない気持ちで。
彼女達の気持ちを縛っているだけでも申し訳ないのに、その命までも、なんて申し訳なさすぎる。
でも、彼女達の反応はシュリの想像とは全く違っていた。
「シュリ様と共にいつまでも生きていられるなんて素晴らしすぎます!」
ジュディスが顔を輝かせ、
「年をとってヨボヨボになってもシュリ様にお仕えするつもりでしたが、シュリ様のご迷惑になってはと思っていたので、若さを保てるのは正直ありがたいですね」
シャイナがうんうん、と頷く。
「確かに。シュリ君を護衛する身としては、肉体年齢を保てるのは助かる。まあ、老化したくらいで敵に後れをとるつもりはないけどね」
カレンは凛々しく微笑んで、
「私とアビスの寿命は長いけど、それでもいつかは年をとるし。それがなくなれば、いつまでもシュリ様のお情けを頂けるわぁ。さすがにヨボヨボのおばあさんに言い寄られるのは、シュリ様だって困るもんねぇ」
「シュリ様と共に生き、シュリ様と共に死ぬ。これ以上に幸せなことなんてありませんね。もともと、シュリ様のいない世界に生きるつもりなどありませんでしたが」
ルビスとアビスは嬉しそうな顔を見合わせた。
責められはしないまでも、ショックは受けるかなと思っていたのに、誰1人そんな様子はなく。
むしろみんな嬉しそうにしていた。
そのときのことを思い出しながら、シュリはシャイナの作ったお菓子を食べてお茶を飲む。
元々長命種の血が流れている上に、寿命や老化に影響を与える[神の気をまといし者]という称号を持つシュリの寿命がどうなるか、今はまだ分からないが、少なくとも愛の奴隷達5人だけは、シュリを置いていってしまうことはない。
そう考えると、なんだかすごく安心する気がした。
とはいえ、そういうことを考えるにはまだちょっと早すぎる気がするけど。
そうしてゆっくりお茶を楽しみ、ティータイムももうそろそろ終わるというころ、まるでその様子を見ていたかのようにぴったりのタイミングでジュディスが部屋に入ってきた。
それを追いかけるように、訓練を終えたのであろうカレンも駆け込んでくる。
そうなるだろうと予想していたシュリは、用意させておいた水をカレンに差しだし、そんな主の優しさに、ジュディスが目を細め。
そして、カレンが一息つくのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「シュリ様、本日は王都の視察、お疲れさまでした」
「別に視察ってわけじゃないけどね。僕はただ、街をブラブラしてただけだし」
「またまた」
「いや、ほんとに」
「我が主様はほんとに奥ゆかしくていらっしゃいます。では、そういうことにしておきましょう」
ジュディスがふふふ、と甘く笑い、彼女達のそういった誤解を解けた試しのないシュリは、早々に反論を諦めてあいまいに笑う。
そんなシュリにもう1度微笑みかけ、ジュディスはいつも持ち歩いている手帳を開いた。
「それでは、明日からの予定の確認をさせて頂きます。明日はフィフィアーナ姫様に会うため、登城の予定となっております。その際、王国騎士団と宮廷魔術師団に挨拶をお願いします」
「王国騎士団は分かるけど、宮廷魔術師団はなんで?」
「騎士団にだけシュリ様が所属するのはずるい、と宮廷魔術師団から横やりが入ったそうで」
「あ~……リュミ姉様、かな」
「恐らく」
「……王様に謝っとく。お会いできなかったらフィフィに伝えておくよ」
「そのほうがいいですね。あと、リュミス様の呼び方を気をつけた方が」
「そっか。だね。へそを曲げられても困るしなぁ。小さい頃から呼んでたから、今でもついうっかり出ちゃうんだよね」
シュリは苦笑し、頷いた。
「明日はお城でフィフィに会って、色々と挨拶周り、だね。分かった」
「よろしくお願いします。あ、それから」
「ん?」
「ヴィオラ様より、ラファルカ様が家を飛び出したからよろしく、と冒険者ギルド経由で連絡が届いております。恐らく、近々こちらにお着きになるかと」
「ラフィーが? 1人で!?」
「いえ、恐らく今回もエルジャバーノ様が影から見守っているのではないでしょうか?」
「あ~……なるほど。今までもそうだったしね。じゃあ、心配しなくて平気かな?」
「ラファルカ様お1人でしたら、ヴィオラ様ももう少し慌てるのではないか、と」
「ま、そりゃそうか。ラフィーはしっかりしてて大人っぽいけど、まだ10歳にもならないんだもんね。じゃあ、客室はおじー様も泊まれるように続き部屋のある客室を用意しておこうか。同じ部屋でもいいかもしれないけど……」
「いえ、ラファルカ様はお嫌かと」
「そうかなぁ? まだ9歳だよ?」
「9歳ですが、もう立派に親離れされていますから。ですから、続き部屋でギリギリ、かと」
「もう親離れ? 早くない??」
「シュリ様だって、7歳で親元を離れているではないですか。それに、ラファルカ様は1歳の年にはもう、ご両親の側よりシュリ様の側を選んでいらっしゃいました。更に言わせて頂くと、まだ目も見えない乳飲み子のうちから、どんなに泣いていてもシュリ様が抱っこするとピタリと泣きやんだものです」
「あれはほんとに不思議だった。はじめて抱っこしたときからそうだったもんね」
「シュリ様の輝きは、相手が生まれたての乳児であっても伝わる、そういうことですね」
ジュディスが言うと、他のみんなもうんうん頷く。
「ラフィーの受け入れに関してはみんなに任せるよ。他になにかある?」
シュリは苦笑しつつ、ジュディスに先を促した。
「明後日は冒険者ギルドで今後についての話をしたいとの申し入れが入っています」
「今後についての?」
「はい。シュリ様にお願いしたいことをご説明下さるとの事です。その際、今後の冒険者活動において、シュリ様と共に行動をされる冒険者様をご紹介頂けるとの事でした」
「一緒に行動する冒険者かぁ。本当は1人の方が楽なんだけど、こればっかりは仕方ないか。冒険者の育成に関してもお願いされてたもんね」
「そうですね。シュリ様と行動する冒険者様は、恐らくギルドが育てたいと思っておられる将来有望な冒険者様なのでしょう」
「だろうね~。といってもなぁ。僕もランクはアレだけど、冒険者としての経験はあんまり、なんだけどなぁ。せめておばー様に冒険者時代の経験談とか聞いといた方がいいかな?」
「ヴィオラ様に、ですか? ヴィオラ様は、なんといいますか。ランクこそはそれこそアレですが、冒険者としては、その、野性的すぎ……いえ、本能に忠実すぎ……というか、己の直感に従う天才型、ですので、意見を求めるにはちょっと」
「うん。言いたいことは分かる。僕も言ってみたけど、おばー様じゃ参考意見は出てこないなって思った」
「なので、そうですね。ヴィオラ様の冒険者仲間に頼るのはどうでしょう? ナーザ様やアガサ様、エルジャバーノ様でもいいかもしれませんし」
「あ、そうか。おじー様がくるんだもんね。来たらアドバイスお願いしてみるよ」
「そうですね。シュリ様に頼られたエルジャバーノ様がどこまで舞い上がってしまうかだけが心配ですが、ラファルカ様もいらっしゃいますし、大丈夫でしょう」
「ナーザとアガサにも時間を見つけて聞いてみるよ。といっても、明後日には間に合わないだろうけど、まさかいきなり依頼を受けて行ってこ~い、なんてことはないよね?」
「それは大丈夫かと。ギルドからは、2、3時間程度時間を貰いたい、との申し入れでしたので」
「そっか。なら大丈夫かな。明後日の予定は冒険者ギルドだけ?」
「今のところは。また追加の予定が入るようでしたら都度お伝えいたします」
「分かった。よろしくね、ジュディス。いつもありがとう」
にっこり笑って礼を告げ、その労をいたわるようにジュディスの頭を撫でる。
秘書の顔を崩さないようにしつつも、シュリに触れられた喜びに頬を染めるジュディスが可愛い。
そんな事を思いつつ、いつの間にか追加で用意してくれたらしいお茶を飲んだ。
少しのんびりしてた分、明日からは忙しくなりそうだな、と思いながら。
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