第487話 成長②

 毛についてのあれこれを考えながら、ぼんやりと街を歩いていると、



 「あの! これ、受け取って下さい」



 顔を真っ赤にした女の子が駆け寄ってきた。差し出されるのは1通の手紙と可愛くラッピングされたプレゼント。

 シュリはそれを一別し。それから冷たくぷいっと顔を背ける。



 「悪いけど、そういうの、間に合ってるから。正直、迷惑、だよ」



 心を鬼にして冷たく告げる。

 ここで優しくしたら、その子の運命を狂わせかねないことを、よく分かっていたから。

 表情を消して冷ややかに、断固としてシュリは彼女の想いを切り捨てる。


 子供らしさを脱ぎ捨て、少年らしい凛々しさをまとい始めたシュリに惹かれる女の子は多く、シュリは彼女達への優しさは毒になる、と一貫して冷たく接することを心に決めていた。

 そんなシュリは知らない。

 冷たく女の子を振ったシュリがその場を立ち去った後に、



 「レナ、大丈夫?」


 「相変わらずの塩対応だよね」



 振られた女の子のところへ、友人が駆け寄る。

 彼女達は顔を見合わせて、



 「「でも」」


 「「「そこがまたいいんだよね~!!」」」



 今まさに振られた女の子も参加して、3人分の声が路地にこだまする。



 「クールな表情もいいよね!!」


 「うんうん。で、身内の人といる時の甘えた表情とか笑顔とのギャップがまた、何とも言えないし」


 「そうそう。あの塩対応を見たくてアタックしてるといっても過言じゃないわよね」


 「「だよね!!」」


 「シュリ様はあたし達には確かに冷たい。でも、逆を言えば、常に甘い表情しか見ていない身内が知らないシュリ様を見れてる、とも言える!」


 「「ある意味おいしいよね~!!」」


 「非常においしい!! 甘いシュリ様もきっと素敵だけど、冷たいシュリ様も正直最強だと思う」


 「それにさぁ」


 「「ん?」」


 「冷たくしておきながら、申し訳なさそうな目をしてるシュリ様、最高に可愛いよね!!」


 「っ!!」


 「た、確かに!!」


 「は~。命の洗濯したわぁ。振られた甲斐があるわよね。手紙だけは出来れば受け取って欲しかったけど。万が一シュリ様が受け取ってくれた時のことを考えて、奮発して高級な素材で作ったお菓子、みんなで食べちゃお」


 「いいね~」


 「ごちそうになるわ。で? どんな力作を書いたわけ??」


 「ん? んっとね~。シュリ様の周りには素敵な人がいっぱいいると思うけど、ノワール様の献身と愛は本物だと思うので、どうか応えてあげてください、って」


 「ああ~。あんた、ノワール様推しだもんね。ノワ×シュリだっけ?」


 「ん~? シュリ×ノワ。王道でしょ?」


 「いや、超少数派でしょ。王道は、シュリ君総受けじゃない?」


 「いやいや、やっぱ純愛カップリングが王道よ!」


 「まあ、といっても」


 「シュリ様をからめた濡れ場は書けないけどね~」


 「残念だけど仕方ないよね」


 「そういう決まりだからね」


 「でもさ、こっそり書けば平気じゃない?」


 「それがね? ほんとか嘘かわかんないけど……」


 「「うんうん」」」


 「決まりを破って書いた原稿は、どんなにこそこそ隠したとしても、何故かいつの間にか燃やされて灰になっちゃうんだって」


 「え! そうなの!?」


 「なるほどね~。だからシュリ様をヒロイン(?)に据えたドージンシの数が思いの外少ないのかぁ。濡れ場がかけないって結構なデメリットだもんね。ま、私は縛りがある方がやりがいがあるって思えるから良いけど」


 「まあ、でもさぁ」


 「うん?」


 「書けないなら、頭の中で妄想すればいいだけのことじゃない? 頭の中は自由だしね」


 「「だよね~」」



 うふふふふふ、と3人の娘は笑い会う。



 「貴族様なのに身分とか関係なくちゃんと言葉を返してくれるところもシュリ様の尊いところよね」


 「ね~! お姫様の婚約者なのに、お高くとまる様子も全くないし」


 「あ~、それね。それは確かに。でもさぁ」


 「なぁにぃ?」


 「シュリ様、いつかはお姫様のものになっちゃうんだね」


 「まあ、そりゃあね」


 「それは、仕方ない、というか」


 「うん。それは私も分かってる。っていうか」


 「「っていうか??」


 「私気づいちゃって」


 「「だからなにに??」」


 「お姫様を男の子化して疑似BLも悪くない、って」


 「「!!??」」


 「でも、気づいたのはそれだけじゃないの……」


 「「え!? もっとあるの!?」」


 「女の子化したシュリ様とお姫様のカップリングも悪くないんじゃないか、って。むしろアリ、でしょ、って」


 「たっ、たしかに!!」


 「そっ、それは美しいわね!! 推せる!!」


 「でしょう? わたし、シュリ様のおかげ(せい)で、なんだか新たな扉を開いちゃったみたい……」



 薔薇の花だけかと思いきや、ちゃっかり百合の花がほころびかけている、そんなことはいざ知らず。

 そろそろ屋敷に帰ろうかなぁ、なんて思いつつ歩いていると、



 「あれ? シュリ君??」



 誰かに名前を呼ばれたシュリは、ゆっくりと声の主のほうへと顔を向けた。



 「あれ? ユズコ先生」



 そこにいたのはシュリと同じ世界からの転移者でありBL作家のユズコだった。



 「もぉ~。先生はやめてってば。ユズコでいいから」


 「やぁ~、でも、やっぱり、ほら? ベストセラーの作家先生だし」


 「作家とか言われても、マイナージャンルでのことだし。最近は商業ベースより同人活動に力を入れてるくらいだし。それより、シュリ君、いつこっちへ? ジュディス氏とシャイナ氏からは特に通達が無かったけど、今回は一時帰国?」


 「いや、もう外国生活は終わりでこっちに戻ってきたんだよ。まだ戻ってきたばかりでジュディスもシャイナも忙しいから、それで連絡出来なかったんじゃないかな」


 「ほぉほぉ。なるほど。なら、近々会合を開く必要があるわね~。ジュディス氏とシャイナ氏が外の国を転々としている間に新たな会員も増えたから顔合わせもかねて。リアルシュリ君をまだ知らない層に向けて、S規約をちゃんと徹底するように通達する必要があるし」


 「S規約??」


 「まあ、平和に生きるためには色々とあるのよ。規約を破るとジュディス氏とシャイナ氏がとにかく怖いからね~」


 「ジュディスとシャイナが怖い?? あ、なるほど。Sってそういうことかぁ。えっと、なんだか2人が迷惑をかけてごめんね?」



 Sがなにを指すのかをなんとなく察したシュリが頭を下げると、ユズコは気にするなと首を横に振った。



 「あ、いいの。気にしないで。規制の範囲内でどれだけ攻めきれるかってのも腕の見せ所だしね」



 彼女はそう言っていい笑顔を浮かべ、ジュディス氏とシャイナ氏によろしく、と言い残して歩き去っていった。

 シュリがオーナーの商店[悪魔の下着屋さん]の方へと。

 今日もあそこでイケメンウォッチングでもするのだろう。

 オーギュスト達がいつもいるとは限らないのに、熱心な話である。

 そうして通う度に、きちんと買い物もしてくれるのでありがたい話でもあるが。


 そんなユズコを見送って、シュリは再び歩き始める。

 そして今度こそは誰に呼び止められることなく、うちに帰り着いた。



 「ただいま、タント」


 「お帰りなさいませ、シュリ様」


 「も~、他人行儀だなぁ。いつもの感じでいいんだよ?」


 「いえ、これが普通、ですが?」


 「またまたぁ」


 「私はルバーノ家の門番。門番はお屋敷の顔ですから」


 「僕はやんちゃなタントも好きだけどね~」



 シュリとは違い、年相応の立派な青年に成長したタントは、若干頬をピクつかせつつも、平常心の範囲内で受け答えをする。

 立派になったなぁ、とは思うが、昔のキャンキャン突っかかってくるわんこのような彼も好きだった、なぁんて思いつつ、彼の前を通り過ぎる。

 真面目に仕事をしている彼を、あんまり構い過ぎるのも良くない、と自分に言い聞かせながら。

 昔は会う度にキャンキャンだった彼もすっかり大人になり、今はすっかり理性的になってしまった。



 (この間じゃれてくれたばかりだし、次は3日……いや、2日後くらいかなぁ。タントの限界は)



 そんな風に思われているなどつゆ知らず、背筋をぴんと伸ばしたタントは、今日も門番を頑張っている。

 その姿は、彼の望むとおり、お屋敷の顔と言える姿だった。

 そんな彼をもう1度ちらりと見て、ふふっと笑い、シュリは玄関へと向かう。

 そんな2人を腐ったメイド達がこっそり見てハァハァしていることに気づくことなく。


 シュリ×タント、あるいはタント×シュリ。

 このカップリングはルバーノ屋敷に勤めるメイド達の間では王道的な人気を誇っているのだった。

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