第478話 婚約後のアレコレ②

 「お帰りなさいませ、シュリ様」


 「うん、ただいま」



 城から帰ったシュリを玄関で出迎えてくれたのは、愛の奴隷の誰か、ではなく執事のセバスチャンだった。



 「……みんなは?」


 「シュリ様からお話があると、ジュディスが女性達を食堂に集めております。シュリ様にもそちらに来てもらうように、と」


 「あ~、了解。じゃあ、食堂に向かうね」


 「ナーザ様もそちらでお待ち頂いております」


 「分かった。ありがとう、セバス」



 にっこり笑ってそう告げて、シュリは足早に食堂に向かう。

 別に念話で報告したわけでもないのに、ジュディスは何かを察してるみたいだ、なんてことを思いながら。

 扉の前で1度深呼吸。それからゆっくり、食堂へと続く扉を開けた。



 「シュリ、無事だったか。話は聞いていたが、姿を見て安心した」



 最初に駆け寄ってきたのはナーザだった。

 彼女の宿からシュリが拉致された事を、責任に感じていたのだろう。



 「だから言ったでしょう? シュリには傷1つ付けていない、と」



 その後ろから歩いてきたのは大人の人型形態のシャナだ。

 たぶん、ナーザが混乱しないようにこっちの姿でいるのだろう。

 彼女はシュリを見つめると、嬉しそうに目を細めた。



 「おかえりなさい、シュリ」


 「うん、ただいま。みんなと挨拶出来た?」


 「はい。問題ありません。暖かく迎えて頂きました」


 「それは良かった。ナーザにもちゃんと謝ったの?」


 「もちろんです。シュリが無事なら許していただける、との事でしたが」



 言いながら、シャナはちらりとナーザを見た。

 その視線を受けたナーザは、



 「シュリが受け入れているのに、私が許さないのもな。許してやるから、今まで通り働きに来い。うちは人手不足なんだ」



 そう言って軽く肩をすくめた。

 彼女の言葉を受けて、シャナは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた後、



 「シュリ、働きに出てもいいでしょうか? シュリがダメというなら断りますが」



 そっとシュリを見て、伺いをたてる。

 そんな彼女の問いかけに、シュリはすぐに微笑み頷いた。



 「シャナがそうしたいなら、したいようにしていいよ? 僕はシャナの主だけど、だからといって自由を制限するつもりはないし、シャナが好きなようにしてくれた方が嬉しい」


 「そう、ですか?」


 「うん。がんばっておいで。ジャズやサギリにも謝るんだよ?」


 「はい。許してもらえるよう、心を込めて謝罪します」


 「ナーザも、シャナを許してくれてありがとう。うちの子をよろしくね?」


 「任せてくれ。しっかりとこき使ってやる」


 「お手柔らかにね」



 冗談混じりに返したナーザに、シュリは苦笑しつつもお願いをしておく。

 シャナはそんな主の優しさに感謝を示しつつ、ぐっと拳を握ってみせた。



 「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。シュリ。しっかりと働いて稼いできます。ですから、あの」


 「ん? なに??」


 「お給料が出たら、一緒にどこかへ出かけませんか?」



 やる気をみせた彼女の口から次に飛び出したのはデートのお誘いだった。

 可愛い眷属ペットのお誘いだ。デートくらいならまあいいか、と頷いて返そうとしたシュリだが、その行動を起こす前に、



 「そろそろよろしいでしょうか。シュリ様から我々に伝えることがあるのではないかと推測しましてみんなを集めておいたのですが」



 ジュディスが言葉を挟んできた。

 絶妙なタイミングである。

 私の先走りでしたら解散させます、そう言うジュディスを、



 「いや、ジュディスの推測通りだよ。ちょうど話したいことがあったんだ」



 ありがとう、とねぎらって、シュリは改めて集まっている面々を見た。

 ジュディスが集めてくれた面々は、シュリがこれから話すことにばっちり関係のある者ばかりだった。

 といっても、屋敷の中の者達だけだったが。


 愛の奴隷達に、シュリ専属見習いのキキ、眷属であるイルル達やオーギュスト達。[月の乙女]からはジェスとフェンリー、[砂の勇士]からはキルーシャだけ。[月の乙女]の小隊長格や[砂の勇士]の副隊長カップルの姿はなく、シュリとの関わりの深さが足りないために呼ばれなかったと推察される。

 例外は、ちょうど屋敷を訪れていたナーザだが、彼女に話が伝わる分にはまあ、問題ないだろう。

 あとは、キキがここにいることに少々引っかかりはあるが、ジュディスの判断だし、今から仲間外れも可愛そうだから何も言わないでおくことにした。

 シュリはみんなの顔を見回して、それから大きく息を吸い込む。

 そんなシュリに先んじて、



 「これからシュリ様がおっしゃることは他言無用です。いいですね?」



 またまたジュディスが口を開く。

 これからシュリの話すことがわかってるんじゃないかな、と思うような発言だが、まあ、ジュディスだから分からないでもない。

 ジュディスだけに限らず、最近の愛の奴隷達の察しの良さは、心を読まれているんじゃないだろうか、というレベルなので、もはやシュリも驚きはしなかった。



 「他言無用か。ジャズとサギリにも伝えたらダメか?」



 ジュディスの発した注意事項に、困った顔をしたのはナーザだ。



 「キャット・テイルには我が家のシャナも世話になりますから、例外として認めましょう。ただ、情報規制の徹底はお願いします」



 そんな彼女に、ジュディスは応用に頷いてみせる。



 「それは助かる。2人意外に漏らすつもりは無い。安心してくれ」


 「信用します」



 ナーザはほっとした様子で返し、ジュディスは再び軽く頷いた。



 「シュリ様、お待たせしました。お願いします」



 注意喚起を終えたジュディスは、シュリの方を振り返る。

 そんな彼女に、シュリは分かった、と頷き、小さく咳払い。

 そして。



 「今日、王様から、これまでの功績への褒美として、フィフィアーナ姫の婚約者になるように、とのお言葉を頂きました」



 重大発表を、みんなに告げた。

 みんなの反応は様々だ。

 危機感を覚え顔を強ばらせている者、訳が分からずきょとんとしている者、通常運転で平然としている者。



 「シュリが姫君の婚約者……」


 「シュリ様が。シュリ様ほどの器だ。そうなって当然、だな」


 「姫君の婚約者、ともなれば今まで通りにつきあう、という訳にはいかないだろうな」


 「そう、だろうな」


 「キルーシャはまだいい。シュリの奴隷なのだから、離れる事はないだろう? 私はただの雇われだからな」


 「それだってわからないさ。もし、姫君が奴隷の存在を良しとしなければ」


 「だとしても、シュリが見捨てるわけないだろう?」


 「ジェスの言う通りだと、分かっては、いるんだがな」



 ジェスとキルーシャはわかりやすくショックを受けていた。

 2人で顔をつき合わせて、なにやら深刻な顔で言葉を交わしている。

 大丈夫だ、と安心させてあげたかったのだが、



 「ほほ~。この国の姫の婚約者とは、シュリもやるのぅ。この国の王とやらも中々に見る目があるのじゃ。のう、シャナ」


 「そうですね。シュリは素晴らしいオスですからね。他の国にとられる前に手を打ったこの国の王は、抜け目のない良き王のようですね」



 イルルとシャナののほほんとした掛け合いに空気をさらわれ、シュリはタイミングを見失う。



 (ま、後で誤解を解けばいいか)



 そう思い直し、主の玉の輿を誇らしげに語りあう2人を眺めていると、



 「シュリ様、フィフィアーナ姫とのご婚約、おめでとうございます」


 「「「「おめでとうございます」」」」


 「あ! えっと、おめでとうございます」



 ジュディスを筆頭に、シュリ専属のみんなが祝いの言葉を述べてくれた。

 出遅れてわたわたしているキキにほっこりしながら、



 「ありがとう、みんな」



 シュリはにっこり微笑む。

 そんなシュリに、ジュディスが代表して問いかける。



 「フィフィアーナ姫とのご婚約、とのことですが、公式な発表はいつ頃になるのでしょうか?」


 「大体1ヶ月後くらいかな」


 「妥当な線ですね。その間に、アズベルグに顔を出して、今回の婚約の件を報告しなければなりませんし。他に国王陛下からはどのようなご提案が?」


 「えっと、僕に婚約者候補が4人いたことを考慮して下さって、国の後継者をフィフィアーナ姫との子供に限定した上でなら、他の女性と子供を作っても構わない、と言って下さったよ。婚約解消という形にはなっちゃうけど、ルバーノの姉様達との間に子供を作って、その誰かをルバーノの後継者にすればいいだろう、って」


 「なるほど。想定内ではありますが、賢明なお考えですね。と言うことは、他の女性と関係を持つことに関しても?」


 「うん。国の跡継ぎはあくまでフィフィアーナ姫との間に出来た子供だけだから、非公式に他の女性を囲う分には構わないって。これはフィフィ……フィフィアーナ姫も同意してくれてるから、問題はないと思う」


 「……素晴らしい。最高の条件です」



 シュリの言葉を最後まで聞いてから、かみしめるようにジュディスは言った。



 「ルバーノのお嬢様のどなたかお1人とご結婚の予定ではありましたが、そうなるとシュリ様を独り占めしたいという欲望に、我々を含む他の女性を全て排除される恐れがありました。ですが、フィフィアーナ姫様は賢明にも、シュリ様を独り占めするおつもりはないと表明して下さった。素晴らしいお考えです。我々はシュリ様にお仕えするのと同じ熱意で、フィフィアーナ様にもお仕えする所存です。みんなも、異論はないわね?」


 「「「「異論はございません!!」」」」


 「あっ。わ、私も異論はないです……」



 ジュディスの熱い語りに、他の4人の愛の奴隷達が声を合わせて同意する。

 またまた1人出遅れたキキだが、シュリの胸がほっこりしたので、ある意味正解だ。

 シュリと専属達とのそんなやりとりに、周囲も今回の婚約に付随する利点に気づいたらしく、



 「ほほぅ。浮気は全て黙認する、ということか。剛毅なことだな。こちらとしては有り難いが」



 ナーザがにんまりしつつ頷き、



 「えっと、じゃあ、私はシュリの側にいても大丈夫、なんだな?」


 「そう、だな。そういうことみたいだ」


 「それどころか、子作りもOKみたいだし、みんなで励んじゃおうか? キルーシャも入れて4人で寝室にこもるのも、私は問題なし、よ!! キルーシャ、美人だし」



 ジャズとキルーシャが胸をなで下ろし、フェンリーが欲望丸出しに口元を緩める。

 当然の事ながら、眷属ペット達も盛り上がっていて、



 「ほほ~。他の女との子作りも許容するとは、これまた中々出来た国王と姫じゃの。妾達としては好都合じゃが」


 「まあ、禁止されたところでそれを素直に聞く道理はありませんが。我らは最強種。禁じられたとて、己のしたいようにするだけです」


 「はう~~。シュ、シュリ様と子作り、でありますか。て、照れるであります」


 「子供が出来たらシュリと子供と3人でお昼寝……。いい」



 イルルとシャナがうんうん、と頷きあい、ポチが悶え、タマがうっとりする。



 「子作りか。悪魔である我らにはあまり関係ないことだが、シュリと体を繋げることには興味があるな」


 「こくこく」


 「ちょっと照れるけど、シュリとならそういうことをするのも、まあ、なしではないわね」



 オーギュスト、ブラン、レッドもそれなりに盛り上がっていて、場の空気は熱くなる一方だ。



 (……まあ、変に暗い雰囲気になるよりはいいかな)



 そんなことを思いながら、シュリはそれぞれ未来の妄想をたくましくする面々を見守った。

 そんなシュリの側に、すすす、とジュディスが近づいてくる。



 「シュリ様」


 「ん? なぁに??」


 「アズベルグに出向いて説明は確定としまして」


 「うん。そうだね」


 「現在、王都にいらっしゃるフィリアお嬢様への説明はどうしましょう? 先になさいますか?」


 「あ~。そっか。そうだったね。ん~……うん。先に説明しちゃおうか。忙しいフィリア姉様をわざわざアズベルグに連れて行くのもどうかと思うし」


 「かしこまりました。では、そのように手配いたします。王立学院へも、アズベルグへの帰省のスケジュールを立てた上で、休みの連絡をしておきます」


 「うん。その辺りのスケジュールに関してはジュディスに任せるよ」



 シュリは鷹揚に頷き、熱気あふれる室内に、再び視線を戻す。

 みんなシュリとの子作りを含めた未来への展望に、熱意を溢れさせている。ここにいるだけでも結構な人数なのに、シュリとの未来を望む女性はここ以外にもまだまだいて。

 恐らくその全員が、シュリとの秘め事に非常に前向きとくるのだから恐ろしい。



 (……僕、体がもつのかなぁ)



 来るべき未来を思い、盛り上がる周囲とは裏腹に、シュリはひっそりと額に冷や汗を浮かべるのだった。

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