第四→五部 婚約した後の色々なお話
第477話 婚約後のアレコレ①
あの後、フィフィアーナと一緒に王様に報告に行き。
諸々の契約の文書を整え調印してから、婚約を正式に発表する、という事になった。
契約の書類の他に、ルバーノ家に対しての文書も作ってもらうようにお願いした。
ルバーノの4姉妹とシュリとの間に出来た子供を、後のルバーノの後継者として認める、という文書を。
ルバーノの娘達がそれを望むのであれば、という注釈つきだが。
シュリとしては、4人のお姉様方がそれぞれ好きな相手を見つけて結婚してくれるのが1番いいとは思っていたが、きっとそれは難しい。
近々、シュリは用意してもらった公式な文書を携えてそれぞれの元婚約者達ときちんと話さなければならないだろう。
彼女達が納得してくれるまで、しっかりと。
まあ、その前に、今日これから屋敷に帰って、シュリの帰りを待ちかまえているであろうジュディス達愛の奴隷やイルル達にお話しするところから始めないといけないだろうけど。
(……きっと大騒ぎだろうなぁ)
その騒動を思ってシュリは苦笑をこぼし、それに気づいたフィフィアーナがどうしたの、と問うように視線を向けてくる。
シュリはなんでもないよ、と首を振り、話を続ける王様の顔を再び見上げた。
婚約の発表はおおよそ1ヶ月後。
その間にシュリは周囲への説明と説得をすませておかなければならない。
王様は国の使者を送って説明させると言ってくれたのだが、それはシュリがお断りした。
シュリの口から、シュリの言葉で、みんなが納得してくれるように話をしたかったから。
王様も、そんなシュリの気持ちをくんでくれて、国の使者はシュリが説明を終えた後に、そう約束してくれた。
そんな諸々の話を終え、王の前から退出する。
息子になるんだからそんなに堅苦しくなくてもいいのに、と王様は言うが、そういう訳にもいかない。
今はまだ、姫と正式に婚約発表したわけでもない、一介の下級貴族にすぎないのだから。
近々、また夕食にでも誘うよ、とにこにこしながら、王様はシュリに別れを告げたが、フィフィアーナは見送ると言って付いてきてくれた。
言葉少なに、一緒に廊下を歩く。
そうして少しだけ共に廊下を歩いてから、シュリはフィフィアーナにも別れを告げる。
見送りありがとう、と微笑んで、婚約者らしく、彼女の手を取りその甲に唇を落とした。
「これからよろしくね、フィフィ」
「ええ。説明と説得、頑張りなさい。あと、今後はアンジェへの誘惑だけは控えめに。いいわね」
「えっと。誘惑してるつもりは全くないんだけど……」
「ふぅん。ま、いいわ。アンジェも私への忠誠心よりあなたを優先させるほどには誘惑されてないみたいだから。こっちの戦いは、長期戦を覚悟してるわ。望みのない恋には慣れてるしね」
「望みのない、恋?」
「そう、望みのない……ってなに言ってるのかしら、私」
「フィフィ?」
「……なんでもないわ。気にしないで。じゃあ、気をつけて」
「あ、うん」
少し混乱した様子でシュリに別れを告げたフィフィアーナの、その小さな背中を見送ってから、シュリもまた王城を後にした。
フィフィアーナの、ちょっと変な様子に、少し引っかかりを覚えながら。
◆◇◆
シュリに別れを告げ、王である父に挨拶してから部屋に戻ったフィフィアーナは、少し疲れた、と人払いして1人部屋にこもった。
望みのない恋。
その言葉を胸の中で反芻しながら、ドレスのままでベッドに寝ころぶ。
あとで怒られるかもしれないが、今のフィフィアーナにはどうでもいいことだった。
脳裏に描くのは、顔の分からない、でも誰よりも愛おしい存在だった友人。
そう、友人。
時折蘇る記憶の断片の中で、フィフィアーナと彼女は友人として過ごしていた。
そんな彼女を想い焦がれる気持ちだけは、最初からフィフィアーナの中にあったもの。
転生したての頃は、赤ん坊であることをいいことに良く泣いていた。
2度と会えない彼女を思って。彼女が誰かも分からないまま。
少しずつ蘇る記憶はどれも幸せで楽しくて。
顔が分からないのに、フィフィアーナは再び彼女に恋をした。
たぶん、それがフィフィアーナの初恋だ。
それからフィフィアーナはアンジェリカに出会った。
アンジェは記憶の中の彼女にどこか似た雰囲気をしていて。
フィフィアーナは彼女の代わりをアンジェに求めた。
そんな、始まりだった。この世界での彼女の恋は。
きっと。
フィフィアーナは捕らわれてしまっているのだろう。
記憶の中の、誰よりも愛おしい友人に。決して恋人にはなってくれないあの人に。
そんなことを考えながら、フィフィアーナは苦い笑みを口元に浮かべる。
だって、フィフィアーナは知っていたから。
踏み出さなかったのは、記憶の中の自分自身。
手をつなぐことが出来なくても、彼女の体に触れることが出来なくても、ただ隣を歩けるだけで幸せだった。
告げることでそれを壊してしまうくらいなら、友達のままでいい。
そう、思ってしまったのだ。
友人のまま、付かず離れず、お互いが年をとっても1番近くにいられたらそれでいいのだ、と。
そう自分に言い聞かせていた。
そんな未来がやってこないことを、知らないままに。
「……っっ」
不意にやってきた痛みに顔をわずかにしかめる。
彼女を失った事実を考えようとすると、いつも頭が痛くなる。
それ以上、思い出してはいけないと、フィフィアーナに教えるように。
それにあらがうことなく、フィフィアーナは再び楽しいだけの彼女との思い出を反芻する。
『さくら』
記憶の彼女がフィフィアーナを呼ぶ。きっとそれが、フィフィアーナの前の生での名前なのだろう。
彼女の声で名前を呼ばれるのは、この上なく幸せで、でも少しだけ切ない。
「あなたが、好きよ。瑞希」
小さな声で告げる想い。
決して届かないと分かっている今だからこそ、声に出していえる言葉。
記憶に残る、その名前を声に出すだけで、これ以上なく幸せだと、感じる。
『私も、さくらが好きだよ』
脳裏に描く彼女が答える。
無邪気に残酷に、彼女はフィフィアーナに告げる。
友人としての好き、を。
「違うのよ、瑞希。私はあなたを私だけのものにしたい。あなたの身も心も全部私で染め上げて、あなたの瞳に映るのは私だけにしてしまいたい。私の好きは、そんな好きなの」
ささやくように、伝える。脳裏の彼女は答えない。
ほろ苦く笑い、フィフィアーナは両手で顔を覆った。
「……好きよ、瑞希。もう1度、あなたに会いたい」
誰にも届かない、想いを告げる。
頬を一筋、涙が伝った。
それから少し眠ったのだろう。
誰かの手が頭を撫でている事に気づいて目を開けると、そこにはアンジェの顔があった。
「……人払い、したつもりだったけど?」
「ノックしましたがお返事が無かったので、入ってきてしまいました」
悪びれず微笑む彼女に、少しだけ見惚れる。
「ほんと、アンジェは無駄に顔がいいわよね」
「無駄に、って。何気にひどいですね。姫様がお好きな顔ですよ。小さな頃から、姫様は私の顔が好きでしたよね~」
にこにこしながら答えるアンジェ。
他愛ない会話だが、今はそんな会話が有り難かった。
アンジェの手のひらの感触を感じながら、フィフィアーナは再び目を閉じる。そして、
「もう少し、眠るわ。夕食の時間になったら起こしてもらえる?」
「ええ。ちゃんと起こしますから、ゆっくり休んで下さいね」
アンジェの声を子守歌代わりに、フィフィアーナは再び眠りに落ちていったのだった。
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