第463話 肩すかしの女王陛下
「なに!? シュリ達がいなくなった、だと!? うちのバカ息子も共に?」
「はっ。申し訳ございません。部屋の前に監視も付けておいたのですが、気がついたら部屋がもぬけの空だった、との報告が……。た、担当の兵士を呼びましょうか?」
報告を聞いたアンドレアは一瞬色めき立ったが、報告にきた兵士が恐る恐る問いかけてくる様子を見て、己の心を静めた。
「……いや。よい。見張りの兵士にはご苦労だった、と伝えてくれ。そなたも、報告ご苦労だったな」
「はっ。もったいないお言葉にございます。で、では、私はこれで御前を失礼いたします」
そう言って頭を下げて報告の兵士が下がり、執務室には女王であるアンドレアと、宰相のローヴォが残された。
「くっ。こんなことならさっさと私の私室に連れ込んで、しっぽりねっとり一時も目を離すのではなかった」
「そんなこと出来る訳ないでしょう。諸々の事後処理で死ぬほど忙しいこんな時に」
己の欲望のままに後悔の念をこぼすアンドレアに、ローヴォが冷静につっこむ。
「こんな時のために宰相のお主がおるのだろうが。我が国がシュリを手に入れられるかどうかの正念場だぞ? 私の仕事くらい全部ひきうけて、快く送り出してくれれば良かったのだ」
「国のため、じゃなく自分のため、でしょう? シュリとの友好なら、シルバ殿下がしっかりと築き上げて下さっております。今更あなたの横槍など必要ありませんからね」
「むぐぅ。だ、だが、私だってシュリと仲良くしたい」
正論をぶつけられ、アンドレアが唸る。大層不満そうに。
そんな己の主を呆れたように眺めつつも、
「まったく。色ぼけするのも大概になさい。あの子に大人の欲はまだ早いですよ。無理矢理どうにかしたとしても、あの子の心は遠ざかるだけですよ? 体だけの関係を、お求めになっている訳ではないでしょう?」
ローヴォはそう進言する。
「それは、まあ、そうだな。シュリに嫌われるのは嫌だ」
そんな忠臣の言葉に、アンドレアは素直に頷いた。
「なら、気長に待つことです。あの子の心と体が成長するのを。あれだけの女性を虜にしていても、あの子はまだまだ子供です」
[年上キラー]の影響は受けつつも、まだシュリに堕ちきっていないローヴォは冷静な意見を述べる。
そんなローヴォの言葉に、アンドレアは少し不安そうに反論した。
「だ、だが、私もいい年だぞ? シュリが成長するのを待っていたら、シュリから見向きもされなくなるかもしれないじゃないか」
「今だってシルバ様を本当にお産みになったのかと疑うほどのバケモノなのですから、後数年たったところで変わりはしませんよ。心配なら、せいぜいご自身の美貌を磨いておくことですね」
「バケモノ……」
「十分すぎるほどお美しい、と、そういう意味ですよ」
「そ、そうか? なら、うん。頑張ってみるか。しかし……」
頑張ってみる、そう言ったものの、アンドレアはすぐにその表情を曇らせる。
まだなにかあるのか、と若干うんざりした表情をローヴォは浮かべた。
「まだ何か問題でも?」
「シュリのせいで火のついてしまったこの体はどうすればいいんだ!? シュリがいなければ鎮めようがないじゃないか」
なにを言い出すんだ、この女王は、と、ローヴォはしばし無言で彼女を見つめた。
だが、いつまでも黙っている訳にもいかない。
仮にもこの国の宰相であるのだから、どうにか女王を手助けする一案を出さねば、とローヴォは頭をひねった。
「……後腐れのない男娼でも手配しましょうか? 確か評判のいい男がいたはずです。若い方がいいなら、シュリとまではいきませんが、幼い容姿の者もいると思いますが」
「……いや。やめておこう」
「よろしいのですか?」
「シュリは私が生涯で2人目に愛した男。この熱は愛しい相手とでなければ治まらぬ。準備が出来ておらぬ者を愛してしまったのは私だ。この苦しみは、甘んじて受け取ることにするさ」
そう言ってアンドレアはほろ苦く笑う。愛しい少年のことを想いながら。
いつかこの想いを伝えられればいい、そんな風に思いながら。
それからしばらくの間。
未消化な熱を抱えたアンドレアから漏れ出る無駄な色気に当てられて、側近達の前屈み率が高くなり。
急に姿勢の悪くなった彼らの様子にアンドレアは首を傾げ、側近達からは1人平然としているローヴォに、女王をどうにかしてくれ、と苦情が集まったとか。
アンドレアの中の行き場のない熱がようやく治まって、側近連中がほっと胸をなで下ろした頃、獣王国中枢の立て直しも、ようやく目処がつくのだった。
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