第462話 シルバとリューシュ

 事態をおさめたもののまだ混乱の収まりきらない中、シュリへの感謝の宴を開くというアンドレアを振りきって、リューシュの事や学院のこともあるのでドリスティアへ急いで行きたい、というシルバを連れて、シュリは早々に獣王国の王都を旅立った。

 というか逃げ出した。


 王都の混乱を早くおさめようと奔走するローヴォや重臣のみなさんに申し訳ない気持ちもあったし、宴なんて面倒くさいという気持ちもあった。

 でも、それ以上にアンドレアの熱量がものすごく、このまま滞在していたら頭から食べられてしまうかもしれない、という危機感のほうが強かったかもしれない。


 逃げ出したといってもそんなに難しい事はなく。

 いつもの如く「助けて、○○えも~ん」的にオーギュストを呼び出して、シルバの部屋でシルバを拾って、次はドリスティアの王都へ。

 あっという間の脱出劇だった。

 黒もやを抜けると、王都のルバーノ家の屋敷の一室、という状況に、



 「あれだけの距離も一瞬とは、本当に反則レベルのスキルだな」



 シルバは目を見張ってそう呟く。

 その気持ちはよく分かる、と思いつつ、ようやく帰ってきた我が家に張りつめていた緊張がほぐれていく気がした。


 シュリの帰還を察知したのだろう。

 いろんな方向からこちらを目指す、5人分の足音が聞こえてくる。

 6人ではなく5人。

 シュリの専属かつ愛の奴隷の5人である。


 キキもシュリ専属ではあるが、あくまでごく普通の子なので、非人間じみてきた他の5人と同じという訳にはいかないらしい。

 それでも、他の使用人の人達よりはシュリの気配に敏感らしいけれど。


 それぞれの持ち場から駆けつけてきた為、到着の時間には若干のずれがあったが、早く着いても抜け駆けをするつもりはないらしく、部屋の前で立ち止まり息を整える気配が伝わってくる。

 でもそれほど待たずに、1番遠くから駆けてきたカレンが驚異の脚力で到着し、全員揃ったところであちらからドアが開かれた。



 「「「「「「シュリ様、お帰りなさ……うっ」」」」」」



 声をあわせての出迎えの挨拶は途中で止まった。

 なぜなら。

 うっかり解除を忘れて猫耳猫しっぽのままのシュリに、みんなの鼻から熱い情熱が吹き出してしまったからだ。

 っていうか、もう何回か見てるんだからそろそろ慣れようよ、と思わないでもないが仕方がない。

 シュリは苦笑しつつスキルを解除し、[無限収納アイテムボックス]から柔らかな布を取り出した。



 「ただいま、みんな。留守の間、ありがとう。リューシュは元気にしてる?」


 「はい。お食事もしっかりととられ、健康的に過ごされてます」



 鼻を拭いてもらいながら、ジュディスがきりっと答える。



 「夜は不安で少し眠りが浅いみたいだけど、そういう時は少し一緒にお話ししたり……」


 「温かいミルクやちょっとした甘味などを差し入れてリラックスしていただくようにしています」



 カレンもシャイナも元気そうだ。

 元気なせいか中々鼻の情熱が止まらない。



 「シュリ様もお元気そうで~。ねぇ?」


 「はい! なによりです」



 ルビスとアビスも嬉しそうににこにこしてる。

 3人分の情熱で許容量を越えた布を取り替えて、新たな布で仲良し姉妹の情熱もふき取る。


 帰ってきて最初の仕事が鼻血の拭き取り。

 何とも平常運転な日常に、シュリは思わず笑ってしまう。

 うちに帰ってきたんだなぁ、とほっこりと幸せな気持ちになりながら。

 だがいつまでもここで幸せな気持ちに浸っている訳にもいかない。

 愛しい相手に会いたくてうずうずしている人もいるし。



 「ジュディス。シルバをリューシュに会わせてあげたいんだけど、行っても平気かな?」


 「はい。では、先触れを。シャイナ、頼めるかしら?」


 「もちろんです。お任せを」



 シュリが小首を傾げて見上げると、ジュディスはすぐに頷いた。

 そのジュディスの言葉を受けたシャイナの姿が、返事の後にその場からしゅんっと消えて思わず目を瞬く。



 「き、消えた??」



 シルバが驚きの声を上げるが、正確には彼女は消えたわけでも転移した訳でもない。

 ただ、高速で移動しただけなのだが、シルバの目にはその場から消えてしまったように見えたようだ。

 シュリはその動きを問題なく目で追えたが、彼女の動きは以前よりも早くなっている気がした。

 シュリのいない寂しさを愛の奴隷同士の鍛錬で誤魔化していた結果なのだが、そんなことをシュリが知る由もなく。



 (シャイナ、中々やるなぁ)



 とシュリは素直に感心するのだった。

 程なく、シャイナは戻ってきて。



 「リューシュ様はお部屋でお待ちです」



 とのことだったので、今回のお礼はまた後で必ずと告げてから、他のみんなとはその場で解散し、シルバだけを連れてリューシュの部屋へ向かう。

 それほどかからずにたどり着いた部屋の前で立ち止まり、ノックして待つことしばし。



 「……どうぞ」



 ドアの向こうから聞こえたか細い声を確認してからゆっくりと扉を開いた。



 「リューシュ、ただい……」


 「リューシュ!!」


 「っっ! シルバ!!」



 和やかに帰還の挨拶を告げようとしたシュリなどいないかのように、シルバがリューシュに駆け寄り、立ち上がった彼女を抱きしめる。

 リューシュもそれに応えてシルバの背中に手を回し、恋人同士の熱い包容を、シュリは何ともいえない気持ちで眺めた。



 (うん。僕も良くなま暖かいまなざしを受けるけど、みんなこういう気持ちで見てたんだなぁ)



 うんうん、と心の中で頷きつつ、シュリは気配を消して部屋の片隅にあったイスによじよじと上って腰を下ろす。

 気がついて貰えるまで、2人の再会に水を差さないように大人しくしておこう、と思いながら。

 僕って気が利く男だな~、なんてにんまりしつつシュリが見守る前で、シルバとリューシュは熱く甘く見つめ合う。



 「リューシュは無事だと聞いていたが、それでもこうして自分の目で確かめるまでは不安だった。怪我は? 体調はもういいのか?」



 言いながら、シルバがリューシュの頬を撫でる。

 リューシュはくすぐったそうにしながらもその手から逃げることはなく、



 「私は大丈夫。ここの人達がとても良くしてくれたから、前より健康なくらいだと思う。シルバは? ひどいこととか、されなかった?」



 心配そうにシルバの顔を見つめた。

 シルバはそんな彼女を安心させるように微笑んで、



 「俺も大丈夫。リューシュが頑張って助けを呼んでくれたお陰だ」


 「そう。良かった。アンドレア様も?」


 「ああ。母上も元気だよ」



 大きく頷いてみせ、リューシュもホッとしたように表情を緩める。

 シルバはそんな彼女が可愛くて仕方がないと言うように、一層愛おしそうに見つめた。


 いちゃいちゃと、2人の世界を作りまくる2人を眺めながらシュリは思う。

 僕は一体なにを見せられてるんだろう、と。

 もういっそ、ちゅーしちゃえばいいのに、なぁんて心の中でけしかけながら。


 というか、これがシュリとシュリの周囲の誰か……特に愛の奴隷の誰かとかだったら、もうとっくにちゅーに突入してる。



 (僕の場合はいつもみんながぐいぐいくるから、ここはリューシュが積極的に動けば2人の関係も進展するのかなぁ。シルバも、そっち方面はあんまり得意じゃなさそうだし)



 周囲を肉食女子に囲まれたシュリの認識は少々ずれている。

 普通であれば、ここは男子であるシルバがガツンと動くべき場面だろう。

 でもまあ、リューシュが積極的に動いちゃいけない訳じゃないし、リューシュから働きかければ流石のシルバもお応えするだろうし、それはそれでいいのかもしれないが。

 といっても、シュリの周囲の肉食女子と比べると遙かに内気なリューシュから働きかけるというのはちょっと難しいだろうけど。



 (リューシュ、がんばれ!)



 ひっそり心の中で応援しつつ、彼女の様子を見守っていると、不意にばちっと目があった。



 「え? しゅ、しゅり??」


 「あ、うん。ただいま、リューシュ」


 「い、いつからそこへ?」


 「シルバと一緒に入ってきたから、最初から?」


 「さ、最初から……」



 シルバとのいちゃいちゃを、シュリにずっと見守られていたという事実に、リューシュの顔がみるみるうちに赤くなり。

 そんなリューシュの様子にやきもち心がわいたのか、



 「リューシュ。シュリなんか見てないで俺を見てくれ」



 シルバの手が再びリューシュの頬へ伸びる。



 「え? でも、シュリが見てるから、その」


 「シュリのことは気にするな。俺は気にしない」


 「そ、そんなこと言われても。あ、あの。し、しるば??」



 戸惑い目が泳いでいるリューシュにお構いなく、何かスイッチが入っちゃったらしいシルバは、じ、と彼女を見つめつつ、2人の距離を縮めていく。



 「シルバ、きょ、距離が近い、よ? シュ、シュリが見てるから。ね?」


 「シュリのことは忘れろ。俺は忘れる」


 「忘れる、って」


 「リューシュ」


 「な、なに?」


 「リューシュが好きだ」



 熱い告白と共に、シルバは2人の間の最後の距離をつめようとした。

 ナイス勇気である。

 ではあるが、しかし、シルバはリューシュの羞恥心を甘く見ていた。



 「ちょちょちょ、ちょっ!! ちょっと!? し、しるば!?」


 「好きだ」


 「っっっっ!! ちょっと待ってってばぁぁぁ」



 あと少しで唇と唇が触れ合う、そんなギリギリのタイミングでリューシュの羞恥心が爆発した。

 シルバをどーんと突き飛ばしたリューシュは、その勢いでシルバとシュリを部屋から追い出し、扉をばたんと閉ざしてしまう。

 扉の外へ追い出された2人は、少し気まずそうに顔を見合わせた。



 「えっと……邪魔してごめん、ね?」


 「いや、こっちこそ。暴走してすまない」


 「リューシュ、怒らせちゃったね。許してくれるかな?」


 「まあ、大丈夫だろ。あいつは昔から甘いものに弱いからな。甘い物を持って行けばすぐに忘れるさ」


 「そんなんでいいの?」



 シュリは目を丸くする。

 お菓子で良いなら、シャイナに頼めばすぐに焼いてくれる。

 シュリの為に腕を磨き続けているシャイナの腕は、最近ではプロも顔負けレベルなのだ。

 リューシュもきっと満足してくれることだろう。



 「昔から喧嘩の後はいつもそんな感じだからな」


 「じゃあ、シャイナに甘いお菓子を作ってもらうよ」



 リューシュに今まで出してないお菓子を作ってもらおう、そんなことを思いながら頷くと、シルバは助かったと表情を緩めた。



 「すまない。たすかる」


 「こっちこそ。せっかくのチャンスをつぶしてゴメン」


 「あ、ああ、それは、うん。そ、その、気にしないでくれ」



 少し照れくさそうな顔をするシルバを見て、シュリは良いことを思いついてしまった。

 リューシュに謝りに行くときは、シルバ1人で行ってもらおう、と。

 そして、再びあの甘い空気を再現して、今度こそシルバに男を見せてもらうのだ。

 といってもその場にシュリはいないわけだから、見ることは出来ないけど。



 「お菓子が出来たらシルバに渡すから、僕の分まで謝ってくれる」


 「シュリの分まで? 俺が1人で行くのか」


 「うん。頑張ってね!! 今度は邪魔しないから!!」



 シュリはにっこりいい笑顔でシルバを見る。

 思っていなかった事態に少しだけうろたえた様子を見せたものの、そこはやっぱり男の子。



 「っっ!! じゃ、邪魔って、あのなぁ」


 「なぁに?」


 「いや、うん。まあ、その……頑張ってくる」



 うろたえるだけでは終わらず、最後には凛々しい表情を見せてくれた。

 シャイナのお菓子が出来上がった後、それを持って好きな女の子の部屋を訪ねたシルバがどうしたか。

 好きな男の子の謝罪と誠意を受けたリューシュがどう応えたか。

 それは神のみぞ知る。


 だけど。


 リューシュの部屋から出てきたシルバの足取りは軽く、それからなお一層仲の良さを増した2人の様子を見れば、聞かなくても分かっちゃうことではあったけど。

 仲がいいのは良いことだなぁ、とにこにこ2人を見守るシュリを、自分もシュリと、と狙う複数の目が狙っている事には、全く気づけないシュリなのだった。


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