第461話 解決のお時間です④

 「アンドレア。謁見室のバルコニーにあの人を追いつめて。仕上げにはいるよ」


 「っっ。んっ……ああ。了解だ」



 耳元でささやかれるシュリの言葉に、わずかに身を震わせた後、小さく頷くアンドレア。

 彼女の反応に首を傾げるシュリを腕に抱いたまま、アンドレアは己の立ち位置をわずかに変える。

 反逆者となった弟を追いつめ、引導を渡すために。


 ゼクスタスはシュリの思惑通り、アンドレアに誘導されるままにバルコニーへと追いつめられていく。

 そこに、宰相のローヴォに追いつめられたロドリガも合流し、2人は揃ってバルコニーへと追いやられた。

 その瞬間。



 「謀反人が出てきたぞ!!」


 「女王様もご無事だ!!」


 「女王陛下万歳!!」


 「どうか反逆者にふさわしい罰を!!」



 広場に集まっていた人々の声が押し寄せた。



 「な、なんだ。この民衆達は」


 「ひ、ひい」



 呆然とした声がゼクスタスの口からこぼれ落ち、ロドリガの顔色が一瞬で青くなる。



 「私の治世を望み、お前の治世を望まぬ民達だ。どうする? ゼクス。多勢に無勢だぞ?」



 弟と裏切りの大臣を追ってバルコニーに出てきたアンドレアが、悠然と答え、問いかける。

 そんな彼女の声を聞きながら、シュリはイルルとタマにも合図の念話を送った。

 次の瞬間。



 「おお~っと。足がすべってうっかり扉を壊してしまったのじゃ」


 「え、謁見室の扉が……」


 「こ、粉々……」


 「……イルル様、乱暴」



 若干説明臭いイルルの声が響き、驚きのどよめきと、タマの責めるような声が聞こえてきた。



 「にゃっ!? 中に入れたんじゃからいいじゃろ!? 結果オーライなのじゃ!! ほ、ほれ! 悪の親玉とお主達の主が対決しておるぞ!! 急いで加勢せねばならんじゃろ? 妾を責めたところで、扉は元には戻らんのじゃ!!」



 イルルの慌てたような声が聞こえてきて、シュリは思わず口元を緩める。

 次いで、イルルの言葉に促されたように、ばらばらと駆け寄ってくる足音が聞こえた。



 「陛下!!」


 「陛下、ご無事で良かった!!」


 「遅参して申し訳ございません!!」


 「あっさり捕らえられ、何のお役にもたてず、陛下の足かせとされるとは。情けない限りです」



 駆け寄ってきた人達が口々に言いながら、振り向いて迎えたアンドレアの前で膝を折る。

 きっと彼らが、監禁されていたという重臣の人達なのだろう。

 アンドレアは彼らの顔を見回してその無事を確認し、



 「よい。気にするな。お主等が無事で良かった。我が弟が、迷惑をかけた」



 そう言ってホッとしたように目を細めた。



 「お、お前達は閉じこめていたはずだぞ!? ど、どうやって!!」



 ロドリガが叫び、その声に促されたようにアンドレアの目線が再び2人の方へ戻っていく。

 彼女は片腕に抱いたシュリを揺すり上げると、もう片方の手に持った剣を弟へ向けた。



 「さあ、更に劣勢だぞ? そろそろ降参しておくか? 我が弟よ」


 「……あの小娘どもにはここに籠もる前にも邪魔をされた。中々の戦力が手元に残っていたではないか。姉上」


 「彼女達は私の駒ではないよ」


 「では、誰の?」



 弟の問いに、アンドレアは黙って腕の中の少年に目を向けた。

 姉の目線を追ったゼクスタスが、驚愕に目を見開く。



 「まさか、その子供の?」


 「そのまさか、だ。私のシュリはすごいヤツなんだぞ」


 「……それほど幼くしてあれほどの人材を手にしているとはな」



 頬を染めたアンドレアが誇らしそうに答え、ゼクスタスはまじまじとシュリを見つめた。

 そんな弟の態度に気を良くしたのだろう。



 「彼女達だけではない。街へ散ったお前の駒を刈り取ってまわったのもシュリの配下だ」



 彼女は更に得意げに胸を張ってそう言った。

 あ、アンドレア、それは……と思うがもう遅い。

 シェルファにマイク(?)を切れと指示を出す前に、アンドレアの発言は全国放送(?)されてしまった。

 今頃、広場に集まった人はざわざわしていることだろう。



 「え? 俺達助けてくれたのって、あの子供の配下なの? 女王様のじゃなくて?」



 とかなんとか。

 あれはアンドレアのお手柄にしておきたかった、と目立ちたくないシュリは思いつつ、諦めのため息をかみ殺す。

 そして、もうバレちゃったものは仕方ない、と開き直り、こっちを見てるゼクスタスの目をまっすぐに見返した。



 「子供とは思えない強い目をしている。お前に手を伸ばしたのは悪手だったようだな。お前に手を伸ばしている暇があったんだから、さっさと姉上を斬り殺しておくべきだった。いやむしろ、最初に捕らえた時点で姉上もシルバも殺しておくべきだったのだな。王の証を手にしたいという欲に目が曇っていた。そういうことか」


 「私を斬り殺す? 無理に決まっているだろう? 私は強いぞ? お前などに負けはせぬ。まあ、最初に捕らえたときに殺しておけば、という点はその通りだと思うがな。だが、お前の欲のお陰で救いの手は間に合った」


 「無理かどうかはやらねばわからんだろう? こう見えて、昔よりずいぶん強くなった。だが、そうだな。それほどに己の強さに自身があるなら一騎打ちをしないか? 私が勝ったら、無罪にしろ、とまでは言わない。ほんの少し、罪を減じてくれればいい」


 「なんだ? 勝ったら王位をよこせとかではないのか?」


 「くれるならもらいたいものだがな。どうせ、そんなつもりはないのだろう?」


 「そうだな。流石に王位はやれん。負けるつもりはないが、もし私が死んだら、我が息子が次の王としてお前を捕らえるだろうしな」


 「だろうな。まあ、今更逃げられるとは思っていないさ」


 「そうか。ならばお前が勝てば罪を減じ、こちらが勝ったらお前は生涯を牢の中で過ごす。それでいいな?」


 「構わない」


 「万に一つもないが、もしお前が勝ったとしても無罪放免は無理だ。以前と同様、地方の領地で蟄居して過ごす事になる」


 「ああ。虜囚となるよりはましだ」


 「よし。ならば、やるか」



 頷いた弟にそう返し、アンドレアはシュリを片腕に抱いたまま剣を構えた。



 「……その子供を抱いたまま戦うのか? ハンデのつもりか?」


 「いや。不思議とシュリをこうして抱いている方が身体が軽くて調子がいい気がしてな」


 「ふん。その選択を後悔するなよ」


 「お前こそ、油断するんじゃないぞ?」



 そんな2人の言葉を合図に、勝負は始まった。

 まず仕掛けてきたのはゼクスタス。

 鍛えていた、というのが嘘ではない鋭さで剣先がせまる。

 アンドレアに、じゃなくて、シュリに。

 それに気づいたアンドレアは、若干慌てつつも危なげなくその攻撃を避け、シュリを弟の急襲から守る。

 シュリの髪が2、3本、はらはらと落ちる程度のギリギリさではあったが。



 「シュリを狙うとは卑怯な!!」


 「そんなあからさまに弱点をさらけ出しているんだ。狙わない方がバカというものだ」


 「くっ!? なぜシュリが弱点だと!?」


 「わからないわけあるか!! むしろ、何でバレないと思ったかが不思議すぎる」



 決闘中とは思えない言葉の応酬を交わしつつ、2人は激しく剣を打ち合わせる。

 最初こそは、弱点シュリを狙われたアンドレアが受けに回っていたが、徐々に体勢を建て直し、今はアンドレアの剣をゼクスタスがどうにかしのいでいる、という状況に変わってきた。



 「確かに、腕を上げたようだな」


 「そう言う姉上こそ、相変わらず化け物じみた強さだな。子供1人腕に抱えてるとは思えない」



 2人は言葉を交わす。

 それだけを聞いていたなら、普通の姉と弟の会話に聞こえてきそうな、穏やかな声音で。

 だがそうではないことを、激しくぶつかり合う剣戟の音が周囲に知らしめていた。

 そんな形でしかふれ合えない、姉弟の時間にも終わりはくる。

 激しくなる一方の姉の剣に、弟の剣が遅れ始め、そして。

 かん高い音を立てて弟の手にあった剣ははじかれ、彼の首元に姉の剣先が突きつけられた。



 「さあ、私の勝ちだ。お前は大人しく縛につき、牢の中で己の罪にしっかりと向き合え」


 「……流石だなぁ、姉上。流石は、父上の自慢の娘だ。もう少し、いい勝負が出きると思ったんだが、これまでか」



 憧れと憎しみと。

 相反する感情を同じ分だけ混ぜ込んだような複雑なまなざしで、ゼクスタスは勝者となった姉を見上げた。

 その、次の瞬間だった。

 彼はかすかな笑みをその口元に浮かべると、突きつけられた剣先に倒れ込んだ。

 止まる間もなく。


 アンドレアは慌てて剣を引こうとしたがそれすらも間に合わずに。

 大きな血管を傷つけられたのであろう首の傷から大量の血を流しながら、ゼクスタスはその場に倒れ伏した。



 「ゼクス!!」



 剣を捨て、アンドレアが駆け寄り抱き起こす。



 「なぜだ! ゼクス。なぜ……」

 「……ろう、のなか、で、とじこめられたまま、くち、はてるなど、ごめんだ」


 「ゼクス!」


 「あね、うえのうで、のなか。あお、ぞらの、したで、しねる。その、ほうが、よほど、いい」



 言葉が途切れ、ゼクスタスの身体から力が抜ける。

 だが、まだかすかにだが呼吸はつながれていた。

 まだ、助けられる。

 そう思ったシュリは特製の回復薬を取り出した。

 しかし。



 「……シュリ、もういい。牢獄につながれるよりは死を。そう望んだ弟の意志を尊重してやりたい。甘いのかも、しれないが」



 彼女はそう言って、薄く開いたままの弟の瞼を閉じてやった。

 そこには確かに姉弟としての愛情が感じられ。

 きっと、色々こじれる前はそれなりに中のいい姉と弟だっただろう事を思わせた。


 かつて、傲慢で身分の低い人を人と思わず、己の気分で暴力を振るい、人の命を奪った彼は、王位継承の権利を奪われ、地方へ流された。

 だがそれを己の罰として受け止めることができず、理不尽だと恨みを募らせた彼は姉である女王への謀反を企て。

 女王を捕らえ王子を捕らえ、半ば成功したかに思われたが、それはたった1日程度の時間で覆され。

 己の敗北を突きつけられた彼は、罪を己の命で購うことを選んだ。


 きっと納得しない人はいると思う。

 でも、もう失われてしまった命を前に、これ以上の罪を問うことはできない。

 シュリは永遠に動きを止めた胸を見つめた後、静かに目を閉じた。

 しばし落ちる沈黙。



 「……陛下。そろそろ」


 「おい、ローヴォ。もう少しくらいいいじゃないか」


 「殿下。母上を思いやるお気持ちは分かりますが……」


 「大丈夫だ。分かっている」



 沈黙を破るローヴォの冷静な声。そしてそれをとがめるシルバの声。

 その声に応えるようにアンドレアの身体が動くのを感じたシュリは目を開いた。



 「国民に無事な姿を見せねばな。それが女王の勤めだ」



 国民の前に姿を見せる女王に、変なオプションはいらないだろう、と彼女の腕からぬけだそうとしたのだが、なぜか更にがっちりと捕まってしまったシュリは、困った顔でアンドレアを見る。

 そんなシュリにアンドレアは疲れた笑顔を見せた。



 「すまない。もう少しつきあってくれないか。シュリが腕の中にいるとなぜか力がでる。その力がないと、もう1歩も前に進めそうにないのだ」



 その笑顔と言葉に、彼女は身体も心も疲れ切っているのだ、と察したシュリは大人しく彼女の腕の中で小さくなった。

 目立ちたくはないが、シュリがなくては動けないと彼女が言うなら仕方がない。

 外部バッテリーになったつもりでもう少し頑張ろう。

 なるべく、目立たないように。

 だが、そういう場合のシュリの願いは叶わないことが多い。

 案の定、びしばしと突き刺さる好奇心の視線から逃れるように気配を殺しつつ、



 (みんな、僕を抱っこすると力が出るとか、体が軽くなるとか言うけど、明らかに思い荷物を持ってるのにそれって変だよねぇ?)



 不思議そうに首を傾げながらそんなことを思うシュリは知らない。

 ずいぶん前から[年上キラー]の説明文に加わった、


・恋愛度MAX特典として、対象と密着している時に限り疲労回復、精神安定、全能力微上昇の効果が与えられる。


 という1文の事を。

 あまりにさりげなくひっそりと付け加えられていたため、ずいぶん先までシュリが気づくことはなく。

 ようやく気づいたときには、なるほどなぁ、と納得の気持ちで手を打ち合わせる事になるのだが、それはずっと先の話。

 今は疑問を疑問として胸に抱いたまま、シュリはアンドレアの声に耳を傾けた。


 大きすぎず、小さすぎず、落ち着いた声音で堂々と話す彼女の声は耳に心地良い。

 彼女は今回の反乱の首謀者である弟の死を告げ、その共謀者である大臣・ロドリガに関しては、協議の上で刑を決定し、後で報告することを民に約束した。


 シュリは民に語りかけるアンドレアの横顔を、彼女の腕の中からじっと見上げる。

 立派な女王っぷりにちょっぴり感動しながら。

 それでもやはり疲れた顔を隠し切れていない彼女を、少し心配しながら。


 広場に集まった民の、歓声が聞こえる。自分達の女王を称える声が。

 罪人ではあったが己の弟の死を悼む暇もなくその声に応えるアンドレアは、笑顔を浮かべていてもどこか辛そうに見えて。

 シュリは広場の国民達に気づかれないように気をつけながら、そっとアンドレアを抱きしめる。

 身体の大きさが違うから、抱きしめる、というよりは、抱きつく、という感じにしかならなかったが。


 そんなシュリに気づいた彼女の目が、こちらを見る。どうした? 、とでも言うように。

 まっすぐなその瞳を見返しながら、シュリはなんと答えるべきか考える。

 ゼクスタスの事は残念だった、よく頑張った、元気を出せ、言いたい言葉は色々浮かんだけど、そのどれも違う気がした。

 結果、



 「アンドレアが女王様で、この国の人達は幸せだね」



 シュリはその言葉を選び、彼女にだけ届くようにそっと告げる。

 彼女はシュリを見つめたまま目を見開き、



 「そう、思うか?」


 「うん。思うよ」



 短い言葉を交わした後、その目元を柔らかくした。

 そうか、とどこか嬉しそうに呟いた彼女は、シュリの身体を少し高く抱き直し、その額に己の額をこつんとぶつける。

 そして、



 「シュリに、そう思って貰えたなら、それ以上に嬉しいことはない」



 目を閉じ、どこかホッとしたようにそう言った。



 「そっか。よかった」



 そう言って微笑むシュリの顔を、アンドレアが間近からじっと見つめる。

 シュリを支えていない方の手が伸び、シュリの頬を愛おしそうに撫で、



 「シュリ」



 熱をはらんだ声がシュリの名前を呼んで。



 (あ。これはちょっとまずい、かな)



 一瞬で変わった空気を察したシュリが身を引こうとするが、捕らわれの身でそれがかなうわけもなく。



 「愛してるぞ」



 少しかすれたようなささやき声と共に、最後の距離は一瞬でつめられた。

 柔らかな唇がシュリの唇に触れ、すぐにその触れ合いを深くする。

 シュリは半ば反射的に、ぬるりと入り込んできた熱い舌を受け入れてから、しまった、と思うがもう遅い。


 許されたアンドレアは、歓喜と共にシュリの中を思う存分味わいつくし、我を忘れたそのキスシーンを、国民はそれなりの時間見せつけられて。

 それは、あまりのことに呆然となったシルバとローヴォが我に返って2人を引き離すまで続いた。

 そんなキスを目の前で繰り広げられた広場の人々の間では、



 「なあ? あの子は女王様の新しいお子さまかな?」


 「お前さぁ。自分の子供とあんなキスするか? ほっぺにちゅっとかいうレベルの可愛いヤツじゃないんだぞ?」


 「確かに、自分の子供とあんな濃厚なのはしないよなぁ。じゃあさ、あの子は女王様のいい人なのか?」


 「ないとは言わん。だがなぁ、お前。あの子供は、明らかに王子様より幼いし、ぶっちゃけ幼児といってもいいレベルだ。お前なら、自分の子供より遙かに幼い子供に恋心を抱けるのか?」


 「うーん。普通は無いよな」


 「だろう?」


 「じゃあ、あの子は女王様のなんなんだよ?」


 「さぁなぁ? なんなんだろうなぁ」



 そんな風な会話があちこちから聞こえたと、シュリは後で広場組から聞かされ、顔を引きつらせる事になるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る