第464話 キス、キス、キス①
どうやら最近、シュリの周囲ではキスがブームらしい。
シルバとリューシュの初々しいカップルぶりを見せつけられた為のようだが、正直前からキスは日常茶飯事で執り行われていた行事なので、シュリには今更キスのブームがくる理由がちょっと分からない。
分からないが、仕掛けてくる面々に言わせると前と今では全然違うらしい。
今流行っているのは、生々しい大人のキスではなく、ライトで甘々な初々しいキスなのだとか。
よく分からないなぁ、とこぼすシュリに、ジュディスが重々しく教えてくれた。
シチュエーションが大事なのです、と。
シチュエーションかぁ、とシュリは思いつつ、みんなが仕掛けてきたキスを思い出す。
確かにそれぞれ、趣向の違うシチュエーションだった、と。
◆◇◆
ジュディスに関して言えば、彼女は相手が甘えてくる感じが好みのようだ。
「シュリ様、どうぞ?」
招かれて、イスに腰掛けたジュディスの膝の上にお邪魔する。
向かい合うように彼女の腿に座り、これでいい? 、というように見上げると、何かをこらえるように鼻の付け根を抑えるジュディスの顔が見えた。
キスなんてもう数え切れないくらいしてるし、彼女の膝に座るシチュエーションだって何度もあるのに、ふと油断すると色々あふれ出てしまいそうになるらしい。
前に、愛の奴隷5人でそんな話をしていた。
それも結構な盛り上がりで。
そんな彼女達を仕方ないなぁ、と思いつつも、愛おしいなぁ、とも思う。
今も、鼻の付け根を抑える色気もなにもあったもんじゃないジュディスが愛おしい。
シュリにしか見せないであろうその姿が。
微笑み、ちぅ、とキスをする。
触れるだけの、いつもの彼女なら物足りないと感じるだろうレベルのキスを。
だが、今はこれがいいらしい。
不意打ちのようなキスに目を丸くするジュディスの顔を、上目遣いでじっと見る。
とろけた瞳の彼女の頬が赤く染まっていくのを見ながら、
「ジュディス、好きだよ」
ぎゅうっと抱きついてそう告げる。
今はやりの純愛風のキスでは、こうして告白することは必須なんだとか。
まあ、本当の気持ちだし、それを口にすることに抵抗は特に無い。
でも、やっぱり少し照れるなぁ、と思いつつ、
「ジュディスは? 僕のこと、好き?」
彼女の返事を促す。
ジュディスの気持ちなんて分かりきった事実ではあるけれど、こうして想いを告げあうのが大事らしい。
今はやってるキスのブームでは。
そんな訳で、ジュディスからの告白を受けるべく待機するが、中々彼女からの返答がない。
後に彼女は語った。
とにかくトキメキがもの凄いんです、と。
トキメキすぎて中々口が開けなかった、そんなふうに。
だが、それを現在のシュリが知るはずもなく、
「ジュディス?」
どうしたんだろう、と思いつつ彼女の返事を促すように名前を呼ぶ。
するとようやくジュディスが再起動した。
「私も、シュリ様が好きです。大好き」
「ほんとう? うれしい」
ささやくような返答を受け、シュリは心から微笑む。
分かってはいても、こうして言葉で気持ちを伝えてもらうって嬉しいものなんだなぁ、なんて思いながら。
「大好き、だよ」
「大好き、です」
言葉で想いを伝えあいながらキスをする。触れるだけのキスを。
いつもの大人なキスと違ってちょっとだけもどかしい。
でも、今はこれがいい、らしい。
◆◇◆
「はい、シュリ様。あーん、して下さい」
幸せそうなシャイナの顔を見ながら、シュリは求められるまま素直に口を開ける。
そこにとっても美味しい、シャイナお手製のケーキがつっこまれて、口の中に幸せが広がる。
「シュリ様?」
「ん?」
「今度は私にもいただけますか?」
「うん。もちろん。はい、あーん」
シャイナのおねだりに快く頷いて、シュリは彼女の口へケーキを運んであげる。
「美味しい?」
「はい。シュリ様に食べさせてもらうとなお美味しいですね」
シュリの問いかけに甘く微笑んで、彼女はまたフォークでケーキをすくい上げる。
そして再びシュリの口元に差し出してくれた。
「さ、シュリ様、どうぞ?」
「うん。でも、ちょっと多くない?」
「そうですか? 普通ですよ」
にっこり笑ってそう言うが、シャイナのフォークに乗っかってるケーキの量は明らかにさっきより多い。
これ、1回で入りきるかなぁ、と思いながら頑張って大きく口を開く。
が、案の定口の中はいっぱいになり、口の端にクリームがくっついたのが分かった。
飲み込んでからどうにかしよう、とむぐむぐ口を動かして幸せを堪能していると、シャイナの手が伸びてきて口元に着いたクリームを指で拭ってくれた。
そしてそのままパクリ。
「ふふ。美味しいですね」
指についたクリームをきれいに舐めとって、甘く甘く、シャイナが笑う。
こういうのって改めてやるとやっぱりちょっと恥ずかしい、なんて思いながらほんのり頬を染めてシャイナを見つめると、
「シュリ様も、美味しかったですか?」
「うん、美味しかった」
そう問われたので、シュリは即座に頷いた。そしてさらに続ける。
「やっぱりシャイナの作ったケーキが1番好きだな」
「それだけ、ですか?」
シュリの言葉に軽く目を見張った後、シャイナは物問いたげにじっとシュリを見つめた。
「えっと?」
きたな、とは思ったものの、あえて気づかない振りで小首を傾げて見せる。
シャイナはそんなシュリの目をロックオンしてじ~っと見つめ、
「ケーキだけ? 私のことは、どう、でしょうか?」
さらに問いを重ねた。
「シャイナの、こと?」
「はい。私のこと、です」
ちょっととぼけたふりで繰り返しながら、シュリは彼女の目を見て、その唇を見つめた。
シュリと違ってクリームで汚れていないその唇は、そんな余分なトッピングがなくても十分に艶やかで甘く美味しそうに見えた。
シュリは手を伸ばし、柔らかな彼女の唇にそっと触れ、そうしながらシャイナを見つめる。
「……好きだよ、シャイナ」
言葉と共に唇を寄せる。もちろんここでも触れるだけのキス。
そんなわずかな接触を楽しみ、至近距離から彼女の目を見つめ、
「シャイナ、好きだよ」
もう1度繰り返す。何度言っても照れるなぁ、と思いながら。
自分の顔が熱いのが分かる。でもそれ以上にシャイナの頬が赤くなっていた。
シャイナも照れてるんだなぁ、可愛いなぁ、なんて思いつつ彼女の熱い頬を撫で。
「好きだよ」
想いを込めた言葉と共に、シュリはもう1度シャイナの唇に己の唇を触れ合わせた。
◆◇◆
「シュリ君、これで汗を拭った方がいいですよ。そのままだと風邪をひいちゃいます」
「ん? ああ、ありがとう。カレン」
差し出された布を受け取って、流れる汗を拭う。
互いの鍛錬と、シュリの剣術の練習で剣を打ち合わせていたのだが、気がついたら結構な時間がたっていた。
2人とも汗だくで、訓練場にいくつか置かれたベンチに今は並んで腰掛けている。
自分の汗を拭ったシュリは、カレンの汗が流れるままになっていることに気がついた。
「あれ? カレンのはないの??」
「私はシュリ君の後で汗を拭わせてもらおうかと。うっかり1枚しか用意してこなかったもので」
「そうなの? 僕が後でよかったのに」
「いえ。シュリ君の使用済みの布はごほう……いえいえ、拭くのが遅れてシュリ君が病気になったら困りますから」
使用済みの布はご褒美だ、とつい本音がダダ漏れそうになったのをどうにか方向転換して、カレンがさわやかに笑う。
いや、僕は気づいてるからね?
でもまあ、今回は気づかない振りをしてあげよう。
シュリは寛容に微笑んで、布を持った手をカレンの首元に伸ばした。
「じゃあ、僕が先に使わせてもらったお詫びに、カレンの汗は僕が拭いてあげるよ」
言いながら、シュリは彼女の額や頬、首筋を流れる汗を丁寧に拭っていく。
そのままうっかり流れる汗が吸い込まれていく彼女の胸の谷間も拭いちゃいそうになったのだが、慌ててその手を押しとどめた。
今日はいつもと違うんだから、そこを拭くのは違うだろ、と己につっこみを入れつつ。
「拭けたよ。あとは、その、カレンが自分で拭いてね?」
いつもなら平気で拭いちゃうところなのだが、今日はあえて恥ずかしそうにちょっと目を反らしておく。
そんなシュリの演技に乗っかって、カレンがいたずらっぽく笑って、
「ここも、拭いてくれてもいいんですよ?」
シュリの目をのぞき込むように見る。
そのからかうような口調に、シュリは唇を尖らせた。
「またあおるような事を言うんだから。あんまりそういうことを言うと襲われちゃうよ? 危ないからやめた方がいいよ」
「心配、してくれるんですか?」
「そりゃ、まあ。僕は、カレンが大事だから」
演技の流れで出たものではあるが、真実でしかないその言葉に、シュリはちょっぴり顔を赤くする。
何ともいえずに照れくさくて。
「うれしい。ありがとうございます」
そんなシュリの言葉を受けて、カレンも頬を染めて甘やかに微笑む。
そして更に顔を寄せ、シュリの目をじっと見つめた。
「シュリ君、だけですよ?」
「え?」
「シュリ君にしか言いません。こんな事」
「そう、なの? でも、襲われちゃうかもしれないよ? 僕に」
「シュリ君になら、襲われてもいいなって思ってますから」
「そ、そう」
「シュリ君は?」
「え??」
「シュリ君は私を襲いたくないですか?」
「え、と。それは」
甘い甘いカレンの誘惑。
シュリは思わず唾を飲み込む。泳ぐ視線はカレンのうっすら開いた唇に引き寄せられ、段々と目が離せなくなっていく。
そんなシュリに気づいているのかいないのか。
カレンはまたほんの少し2人の距離を縮めた。
「襲って、くれないんですか?」
背中を押すようなその言葉にあらがいきれず、シュリは目の前の彼女の唇にそっと触れるだけのキスをした。
「うれしい。やっと襲ってくれましたね?」
頬を染めて微笑む彼女が愛おしくて。
シュリはもう1度彼女の唇に自分の唇をあわせる。
「好き、ですよ。シュリ君が大好きです」
「僕も、カレンが好きだよ」
先を越して告げた彼女を追いかけるように、シュリもずっと胸の内にある想いを告げる。
うれしい、ともう1度言って幸せそうに微笑むカレンが愛しくて。
シュリは再び彼女の唇にキスをした。
優しくて甘い、とびきり幸せなキスを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます