第442話 お城のお見合いダンスパーティー①

 色々あった夏期休暇もあっという間に終わりが近づき。

 そろそろ休み明けの学校の準備をしておかないとなぁ、なんて思い始めたある日。

 一通の招待状がシュリの元に届けられた。


 それは、王家主催の舞踏会への招待状。


 ダンスも得意じゃないし行きたくないなぁ、というのが正直な気持ちだったが、商都や帝都での事に関するご褒美を用意しているから絶対に来るように、的なことが書いてあったため、お断りは難しそうだ。

 そんな訳で、気は進まないものの行かざるを得ない状況に、シュリはため息を付くことしかできなかった。


 だがシュリの気持ちとは裏腹に、お城の舞踏会に乗り気な周囲の思惑により、準備は急ピッチに進められた。

 御者のハンスさんは、舞踏会へ向かうシュリが恥ずかしくないようにと馬車を隅から隅まで磨き上げ、不具合のメンテナンスや古い部品の交換など、まだ日があるというのに忙しく働いている。

 舞踏会のシュリの服の新調は自分が、と張り切ったセバスチャンは、オーギュストを助手にあっという間に舞踏会にふさわしい正装を作り上げた。


 そして、愛の奴隷を筆頭とした、ダンスの心得のあるレディ達は、こぞってシュリのダンスの練習相手に名乗りを上げた。

 身長差があるため、ちゃんとした練習になったかは疑問ではあるが、とりあえずステップの練習にはなったから無駄ではないだろう。

 少なくとも、万に一つフィフィアーナ姫と踊ることになっても、彼女の足を踏んで怒られる羽目にはならないはずだ。

 まあ、彼女がシュリと踊ってくれるとは思えないけれど。


 そんなこんなで迎えた舞踏会当日。

 シュリはセバスチャン監修のもとしっかり着飾って、ぴかぴかに磨き上げられたハンスの馬車に乗り、気が進まない表情で王城へと連行されて行ったのだった。


◆◇◆


 王城に着いて舞踏会が開催される広間に案内されたシュリは、そこに集まった面々を見て目を丸くした。

 さすが王様主催の舞踏会。

 どこを見ても、目にはいるのは若く身分の高そうな貴公子ばかり。

 だが、その反面、年頃の淑女の姿は全く見えず。


 明らかに男女比がおかしいその状況を見て、シュリは察した。

 これはフィフィアーナ姫の為のお見合いパーティーに違いない、と。


 唯一の疑問は、自分がなぜここにいるのか、ということだけ。

 お姫様のお相手というには身分が低いし、お姫様自身には嫌われてるし、婚約者候補の女性も4人いる。

 どう考えてもお姫様のお見合いパーティーに参加するにふさわしいとは思えない。


 シュリは首を傾げつつも、きっと自分はご褒美をあげる為だけに呼ばれたのだろう、と己を納得させ、こそっと目立たないように壁際に避難した。

 フィフィアーナ姫はきっと怒ってるだろうなぁ、と愛らしいお姫様の顔を思い浮かべながら。


◆◇◆


 その日、フィフィアーナ姫のご機嫌は最悪だった。

 国王主催の舞踏会を開くのでこの国の姫として参加するように、と言われて気が進まないものの了承した。

 国王の娘の義務、と己に言い聞かせて。

 姫として、数人の貴公子とダンスをして、あとはにっこり笑って断ってしまえばいい。

 ダンスは他の、素敵な結婚相手を見つけに来ている貴族令嬢に任せてしまえばいいのだと。


 だが、ふたを開けてみれば、広い会場にいる年若い娘は自分1人。若い貴公子の姿は数え切れないほどいるというのに。

 女性の姿も無いわけではないが、若い娘といえる年齢の女性は1人もいなかった。

 彼女達は恐らく、既婚の身元確かな女性達、なのだろう。

 この、フィフィアーナ向けのお見合いパーティーを企画したのであろう父や母にも、これだけの男性をフィフィアーナだけに相手させるのは大変だと思うだけの配慮はあった、そう言うことなのだと思う。



 「さあ、フィフィ? 彼らはみんな君との婚姻を望む若い青年達だ。とはいえ、誰でも招待した訳じゃないぞ? 確かな身分と身元の貴公子だけを厳選してあるから、安心していい。今日は大いにダンスを楽しんで、気のあう相手を捜してみるのはどうかな?」


 「素敵な貴公子ばかりね、フィフィ。今回は急な話だったから、国外の王子様はいらしていないけれど、その名代で来ている方もいるから、色々お話を伺ってご覧なさい。きっと楽しいわよ?」



 にこにこしながらフィフィを促す両親に、悪気がないことは理解していた。

 彼らはいつだってフィフィアーナの幸せを願ってくれていることも。

 ただ、その向かう方向性が真逆だというだけで。


 フィフィアーナだって分かっている。

 この国の姫として生まれた以上、結婚は免れないということくらい。

 しかも現時点で自分はこの国で唯一の後継者なのだ。

 結婚しないという自由など、ありはしない。

 そんなこと、もちろん分かっていたけれど。



 (でも、流石に早すぎじゃない? こういうのはもっと大人になってからだと思ってたけど。油断したわ)



 奥歯をぎりっと噛みしめため息をかみ殺し、フィフィアーナは会場に集まる貴公子の顔を見回した。

 美しい顔立ちの青年、凛々しい青年、たくましい青年……様々なタイプが揃っている。

 更に、ここに集められるということは、身分が高く育ちがいいはず。

 仕草や立ち振る舞いも洗練されていて実に堂々としている青年が多かった。


 そんな中、こそこそと小さくなって隅に向かう小さな背中を見つけた。

 この場へ呼ばれるには少々身分が低いようにも思えるが、彼の祖母は最高ランクの冒険者ヴィオラ・シュナイダーだし、彼自身も国王夫妻のお気に入りだからあり得なくもないのだろう。


 フィフィアーナはシュリの事がキライだ。

 理由は単純。

 フィフィアーナお気に入りの専属護衛のアンジェリカの心をシュリが奪ったから。

 その事実を知って以来、フィフィアーナはずっとシュリをライバル視し続けていた。


 けれど。


 今日、見知らぬ男ばかりが集められたこの場所で彼の背中を見つけた瞬間、心が和らぐのを感じた。

 そんな自分の心の動きに、フィフィアーナは我が事ながら驚く。

 でもアンジェリカの事を抜きに考えてみるのなら。

 自分はそれほどあの少年のことを嫌っていないのかもしれない。

 そういう意味では、父と母の言うとおり、他の見知らぬ馬の骨を婿に迎えるよりはましなのかも。

 そう思いかけて、フィフィアーナははっとする。



 (っ!! ダメよ、フィフィ。お父様とお母様の思惑に乗せられては!!)



 己にそう言い聞かせて首を振り、フィフィアーナは父と母の思惑にようやく思い至った。

 これは彼らの作戦なのだ。

 有象無象の結婚相手をフィフィアーナに突きつけて混乱させて、シュリと結婚してしまった方がまし、と思わせるための。

 危うく、父と母の思うままに踊ってしまうところだった、と思いつつ、フィフィアーナはこっそり拳を握った。



 (お父様とお母様の思う通りに動いてなんかあげないんだから)



 そんな決意を胸に、フィフィアーナはうじゃうじゃいる結婚相手の候補達をきっと睨みつけるのだった。


◆◇◆

 

 (う~ん。やっぱりご機嫌ななめだなぁ)



 張り付けたような微笑みでダンスをこなすフィフィアーナ姫を見ながら、シュリは思う。

 そんなにイヤなら踊らなきゃいい、と思うのだが、お姫様という立場がそれを許してくれないのだろう。

 あんな作り笑顔のフィフィアーナより、いつもの、シュリに対して怒っている彼女の方がよほど生き生きしていて可愛い。

 そんなことを考えながら彼女を眺めていると、隣に人の気配を感じた。

 誰だろう、とちらりと横を見たシュリは、そこに知っている顔を見つけて目を丸くした。



 「アズラン? どうしてここにいるの??」



 思わず尋ねたシュリに、



 「どうしてもなにも。招待されたからに決まってるだろう? 僕を名指し、って訳じゃ無かったけど」



 アズランは疲れた表情を隠そうともせずに答えた。



 「そうなの?」


 「そうだよ。招待状は帝国に届いたんだ。で、国はドリスティアの後継の姫の結婚相手を品定めする為の舞踏会だろうって判断した。だから本当は、王位継承権から遠くてお姫様と比較的年の近い王子……つまりスリザールを送り込みたかったんだろうけど、急な話だったからな。準備にも移動にも時間が足りない。仕方がないからドリスティアにいる帝国貴族の中でも1番若くて身分の高い僕が送り込まれたんだよ」


 「へえ。そうだったんだね。アズランも大変だね。ファランは?」


 「招待されたのは男だけ、だからな。女のファランは留守番だよ。来たかったみたいで、男装しようとしてたから、説教して縛り上げて見張りをつけてきた」


 「そ、そうなんだ。大変、だったね?」


 「でも、まあ、ダンスもどうにか踊ってもらえたし、僕はそろそろ帰る。ファランの機嫌も心配だし。それにもう1度ダンスするのは難しいだろうしな。まあ、もう1回踊ってもいいっていわれても、出来れば遠慮したいけど」


 「え? どうして? フィフィアーナ姫、可愛かったでしょ?」


 「そりゃ、まあ、可愛かったけどさ。あんなに不機嫌につまらなそうに踊られたんじゃな。それにちょっと気が強そうで怖いし」


 「そ、そうかなぁ~? ふ、普段はもっと可愛いんだよ? ちょっとは怖いところもあるかもしれないけど」


 「そうなのか?」


 「僕はそう思うけど」


 「ふぅん」



 なんとなくフィフィアーナを養護してしまったシュリを、アズランはじっと見つめた。

 そして、



 「シュリは何で呼ばれたんだ? やっぱりフィフィアーナ姫のお相手として?」



 そんな質問をしてきた。



 「まさかぁ。僕はご褒美があるから取りに来なさいって言われたからそれで来ただけだよ。僕はお姫様のお相手としては身分が低すぎるだろうし、婚約者候補ももういるし」


 「でも、フィフィアーナ姫には会ったことあるんだろう? 普段はもっと可愛い、って言えるくらいには」


 「ん~。何度かね? でも、僕、嫌われてるし。王様と王妃様は優しくしてくれるんだけどね」


 「嫌われてるっていっても、あのお年頃だ。素直になれないだけかもしれないぞ? それに国王夫妻に気に入られてるんだろ?」


 「まあ、おばー様の関係でね」


 「シュリの祖母君は、かの有名なSSダブルエスの冒険者、ヴィオラ・シュナイダー殿、だったな。なるほどな」


 「なるほど、って??」



 アズランは1人納得したように頷き、なにも分かっていない顔のシュリにちらっと視線を投げかけると、その口元にかすかな笑みを浮かべた。



 「案外、本命はシュリかもしれないぞ?」


 「本命?? なんの?」


 「姫君の結婚相手としての、だよ」


 「ええ!? まさかぁ」


 「シュリがそう思うならそれでも良いけどな。じゃあ、僕はもう行くよ。これ以上遅くなるとファランが怖いから」


 「え!? 言うだけ言って帰っちゃうの!?」


 「どう思うかはお前の自由だ。でも、とりあえず……」



 言いながら、アズランはシュリの肩にぽんと手を置いた。



 「お前もお姫様と踊ってきたらどうだ? どうせまだ踊ってないんだろ?」


 「でも、僕はご褒美をもらいに来ただけだし」


 「いいから、踊っておけよ。お姫様とダンスをできる機会なんて、そうそう転がってないぞ」



 アズランはそう言って、にっと楽しそうに笑った。



 「じゃあな、シュリ。お前のおかげで、僕は思ってたよりファランに怒られないですむかもしれない」


 「え? そうなの??」


 「ああ。面白い土産話を仕入れたからな」



 その言葉を最後に、アズランはシュリの次の言葉を待たずにさっさと帰って行った。

 シュリはあっという間に見えなくなった友人の背中を呆然と見送って呟く。



 「面白い土産話、って、まさか、僕とフィフィアーナ姫の事?」



 お姫様の身分違いの恋の話、なんて確かにファランが喜びそうな話だ。

 そのお相手が友人のシュリであるなら、なおさらに。

 アズランが得意げにファランに話を披露する姿が目に浮かぶ。

 休みがあけたらファランに根ほり葉ほりあることないこと突っ込まれそうで怖いなぁ、と思いつつ、シュリはホールに目を向けた。


 ダンスのお相手として招待されたご婦人方をお相手に踊る人がちらほらいる中、その中心で艶やかに踊る少女を、シュリはついつい見つめる。

 彼女は会うたび会うたび、目を見張るほどに成長している気がする。

 今だって、お姫様らしい豪華なドレスに身を包んだ彼女は、シュリよりずっと大人びて見えた。



 (僕の方が、年上なのになぁ)



 羨ましいような、寂しいような。

 複雑な気持ちでフィフィアーナを見つめる。

 そして、改めて思う。

 僕が彼女の結婚相手なんてあり得ない、と。


 彼女が大人になる速度に、シュリはきっと追いつけない。

 彼女はどんどん成長して綺麗になって。でも、シュリは今のまま。

 そんなシュリが彼女の夫に選ばれたとしても、誰もシュリを彼女の伴侶だなんて思ってくれないに違いない。


 それはきっと、彼女にとってもシュリにとっても不幸な事だ。

 特に彼女は、この国の世継ぎを産まなければいけない。

 周囲からなるべく早くと望まれる世継ぎも、相手がシュリではそんなに早く与えてあげられるかどうか。


 彼女にはきっと、彼女と同じ速度で成長できる相手がふさわしい。

 彼女に追い越されたまま追いつけもしない、のろまなシュリなどではなく。

 だから。



 (アズラン。君の予想は外れだよ。僕がフィフィアーナ姫のお相手だなんてあり得ない)



 シュリは心の中で友人に話しかける。

 目で、踊るフィフィアーナ姫を追いながら。

 のびやかにしなやかに、これからも美しく健全に成長していくであろう彼女に、自分はふさわしくない。

 そう思った瞬間、ほんの少し、チクリと胸が痛んだ。

 シュリ本人も気づかないほどの痛みだったけれど。


 ダンスの曲が終わる。

 優雅なお辞儀でそれまでのパートナーと離れたフィフィアーナが、次の相手を見定めるようにホールを見回した。

 その目が、シュリの上に止まる。


 たくさんの求婚者が、次のダンスの相手に名乗りを上げる前に。

 なぜかこちらに向かってくる彼女を、シュリは複雑な気持ちで見つめる。

 自主的に動いた王女の姿に、周囲がざわめいていた。

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