第441話 ミフィーの楽しい王都の一日④
お城のお茶会が終わって外に出る頃には、日はだいぶ西に傾いてきていた。
おいしいお茶もお菓子ももう十分に頂いたので、王都で人気のカフェでお茶をするという項目はスルーして、今日のメインイベントといえるべき場所へ向かうことに。
向かう先は[悪魔の下着屋]さん。
今日はミフィーに、素敵な下着を見繕ってプレゼントするつもりだった。
「悪魔の、下着屋さん?? 下着のお店なの??」
「うん。うちのオーギュストがデザインして作った下着を売ってるんだよ」
「オーギュスト、さん??」
「ああ、そうか。母様はまだ会ったことなかったね。王都に来てから出会って、僕に仕えてくれてるんだ。後で紹介するよ」
そんな会話を交わしながら店の扉をくぐると、
「いらっしゃいませ、シュリ様、ミフィー様」
従業員が揃って出迎えてくれた。
シュリはねぎらうような笑みをみんなに投げかけて、
「みんな、出迎えてくれてありがとう。僕と母様はこれから下着を見て回るけど、終業時間になったら気にせず帰っていいからね?」
そう言うと、ミフィーの手を引いて店の奥へと向かった。
売場では、下着の説明やフィッティングを女性の従業員が引き受けてくれたので、シュリのやることはほとんどなく。
求められたときだけ、
「母様にはこっちの色の方が似合う気がするな」
とか、
「こっちのデザインの方が母様らしいんじゃない?」
とか、そんな風に意見を述べるのみ。
シュリの意見を聞きつつ、ミフィーは従業員に勧められるまま、着せかえ人形と化し。
最終的には複数枚の下着を購入し、今はご機嫌なほくほく顔だ。
その顔を、うちの母様は可愛いなぁと、シュリもまたほくほくして見上げつつ、
「お買い物の後はちょっとお茶をしよう。オーギュストもカフェスペースにいるはずだから」
ミフィーを誘って2階のカフェスペースへと向かう。
近々、アズベルグへオーギュストを送り込み、あちらの女性陣にも下着をプレゼントするつもりだったので、その顔つなぎという意味でも、ミフィーにオーギュストを紹介しておくつもりだった。
後に、その下着の贈り物が、シュリに恋愛的な好意を抱く女性達にあらぬ誤解を抱かせることになる。
下着を贈るってことはそういうことだよね!? 的な誤解がアズベルグで猛威をふるう事態におちいる羽目になるのだが、女性に関しては非常に鈍感なシュリがその事に思い至れるはずもなく。
(うちの下着は画期的だからなぁ。オーギュストのデザインも素敵だし。みんな、喜ぶだろうなぁ)
なぁんてのんきに考えてにこにこしていると、
「シュリってば、なんだかご機嫌ね? どうしたの??」
ミフィーの指がシュリのほっぺたをむにっとつつく。
シュリはそんな母親の手を捕まえて手をつなぐと、
「母様にぴったりな下着をプレゼント出来たからね!」
そう答えつつ、近々ミフィーにもオーダーメイドの一点物な下着をプレゼントしよう、と心のメモに書き込んでおくのだった。
閉店間近のカフェスペースにお客様の姿はなく、シュリとミフィーを待っていたオーギュストだけが端のほうのテーブルに腰掛けていた。
だけ、というのは少々語弊があるかもしれない。
オーギュストの傍らには、最近すっかり彼とセットになっているレッドとブランの姿もあったから。
そんな彼らの姿を視界に捉えたミフィーが感嘆の声をあげる。
「うわぁ。かっこいい男の子達だねぇ。あの子達もシュリのお店の従業員の人?」
「そうだよ。黒い髪の人がオーギュスト。みんなはノワールとも呼ぶから、呼び方は母様が好きな方で良いからね。で、赤い髪の子がレッド、白い髪の人がブラン。2人ともオーギュストの仕事を手伝ってくれてるんだ」
「ほへ~。そうなのねぇ。最近は男の子が女性の下着を作っちゃったりするんだぁ」
「ん~。下着に限らず、服を作る人も女性ばっかりとは限らないよ?」
「そう、なの?」
「貴族の女性のドレスの採寸をしてくれる人は女性だと思うけど、裏に入れば男性だっているんじゃないかな」
「そっかぁ。それはそうかもしれないわね。対応してくれるのが女の人だから、女の人ばかりだって思いこんでたけど」
小声で話しながら歩いて、3人の前までやってきた。
ミフィーは3人の顔を順繰りに見てからにっこり笑い、
「初めまして。シュリのお母さんのミフィルカ・ルバーノです。シュリがいつもお世話になってます。どうか気軽にミフィーって呼んでね?」
彼女らしい自己紹介をした。
ミフィーの挨拶を受けた3人はさっと立ち上がり、非常に好意的な笑顔をミフィーに向ける。
「初めまして、シュリの母上。俺はオーギュスト。ノワールとも呼ばれているが、どちらでも好きな方で呼んでほしい。前々から貴女には会いたいと思っていた。会って、感謝の気持ちを表したいと」
「へ? 感謝?? 感謝って言われても、今日が初対面なはずだけど」
「貴女の言うとおり、会うのは今日が初めてだが、ずっと感謝の念は抱いていた」
「え、えっと、それはどういう??」
「我らに素晴らしき主を与えてくれた事に対する感謝だ。シュリをこの世に授けてくれてありがとう。シュリをこんな素晴らしい少年に育ててくれたことにも感謝の気持ちしかない」
オーギュストは熱くミフィーを見つめ、ずっと胸にあった思いを伝えた。
会話の内容を知らなかったら、愛の告白の真っ最中かと思う程の熱意である。
「ちょっとぉ、ノワール。抜け駆けだよ。僕だってミフィーには感謝してるんだから」
そんな2人の間に、唇を尖らせたレッドが割り込む。
そして、ミフィーの手を両手でぎゅっと握ると、甘い視線で彼女をからめ取った。
「ミフィー? 僕も貴女に感謝してるんだ。シュリがこの世に存在して、僕らの主になってくれたのは全て貴女のおかげ。本当に、ありがとう」
言いながらレッドはミフィーの手の甲に唇を落とす。
そしてそのまま上目遣いにミフィーを見上げ、とっておきの笑顔で彼女を赤面させた。
それを見ていたオーギュストが負けじとミフィーのもう片方の手に唇を押し当て、ミフィーの顔がさらに赤みを増す。
どこの三角関係だと突っ込みたくなるような光景を見せつけられながら、シュリはどのタイミングでミフィーを助けようかな、と思案する。
だが、シュリが介入するより先に、白いたおやかな手が、赤と黒の手の内からミフィーを助け出した。
ブランはミフィーを至近距離からじいぃぃっと見つめる。
目は口ほどにものを言う、とは言うが、目の力だけで何かを伝えるのは難しい。
ブランも見つめているだけでは自分の気持ちを伝えられないと察したらしく、
「シュリを生んだ。貴女は偉大。貴女は素晴らしい。神にも等しい」
口を開いて言葉を伝える。
でも、その賛美はミフィーには届いていないだろう。
キスでもするのかな、という距離感に、ミフィーの混乱は最大に達していたから。
だが、そんな彼女の状態にはお構いなしに、黒と赤も参戦する。
美男3人に取り囲まれたミフィーが頭から湯気を出すのをシュリは冷静に眺めた。オーギュスト達に悪気も下心も無いことは、よーく分かっていたから。
分かっては、いたけれど。
でもなぁ、とシュリは思う。
(いつまで見てたらいいんだろう、このメロドラマ)
苦笑しつつ、赤くなってあわあわしているミフィーの混乱具合を眺める。
眺めながら、まあいいか、とシュリは笑みを深めた。
困ってるミフィーも可愛いし、と。
ミフィーはなにをしてても可愛いからなぁ、とマザコン的な思考でにこにこしつつ、シュリは母親出演の四角関係なドラマを見ている気分で、少し冷めてきたお茶を飲むのだった。
◆◇◆
夜になる。
王都の1日の終わりがくる。
寂しさからか、ついつい夕食の席でのお酒がすすみ。
ミフィーは可愛いらしい酔っぱらいさんと化した。
「しゅりぃ?」
「ん? なぁに? 母様」
「えへへぇ。だいすきぃぃ」
「僕も母様が大好きだよ」
「えへへへへぇ」
べろんべろんなミフィーをベッドに寝かしつけつつ、シュリは柔らかく微笑む。
真っ赤な顔のミフィーのまぶたは、もう半分くらい閉じていて。
眠りに落ちるのもきっと時間の問題。
(ミフィーが寝たら、アズベルグのミフィーの部屋のベッドに寝かせてあげよう)
そんなことを考えながらミフィーの髪の毛を撫でていると、ミフィーの瞳はすっかり閉じて。
目を閉じたまま、ミフィーがふんにゃり笑う。
「しゅりぃ?」
「なぁに?」
「かあさま、おかね、ためるぅ」
「うん」
「おかね、ためてぇ」
「うん」
「また、しゅりに、あいにくるからねぇ」
「うん。待ってる。でも、どうしても会いたくなったら手紙に書いてね? また、迎えに行くから」
「ん。かくぅ」
ふにゃっとミフィーがまた笑い。
言葉が止まったなぁ、と思ったらすぐに寝息が聞こえてきた。
シュリはしばらく愛おしそうに、気持ちよさそうに眠る母親の顔をただ見つめた後、
「オーギュスト?」
忠実な黒の悪魔の名を呼んだ。
「ここにいる。そろそろ送っていくのか?」
「うん。送っていこう」
シュリは微笑んで、もう1度母親の頭をそっと撫でた。
そしてオーギュストのどこでも○○な空間を通り抜け、母親をアズベルグの彼女の部屋へと送り届け、ベッドに寝かせて楽な格好に着替えさせ、それまで着ていた服をクローゼットにしまいこみ。
全く起きる気配の無い母親の額にキスを落としてから、
「じゃあ、母様。またね」
小さくそう声をかけ、王都の自分の部屋へと戻っていった。
そんなことに気づきもせずに、ミフィーは気持ちよく眠り続け。
窓から差し込む朝の光に目を覚ましたときは、シュリと過ごした王都の時間は全て夢だったと思った。
楽しくていい夢だった、と。
幸せだった夢を反芻しながら立ち上がり、着替えようとクローゼットを開けたミフィーは思わず固まった。
そこにかけられた、見覚えはあるけれどここにあるはずのない服を見つけたから。
それは王都でのデートの為にシュリが買ってくれた服。
はっとして下着をしまってある引き出しを開ければ、そこにはシュリと一緒に行った下着屋さんで買い求めた下着がきちんとしまってあった。
それを手に取り、目の前に広げ。
「夢じゃ、なかったんだぁ」
小さく呟き、じわじわわき上がる幸福感に微笑む。
ミフィーは早速新しい下着を身につけ、できあがった谷間に目を見張り、そのつけ心地に満足しつつ、適当に選んだ普段着に身を包んで着替えを終えた。
朝食の準備が出来たと呼びにきたメイドの声に応え、ドアに手をかけたミフィーはふと自分の部屋を振り返り、
「仕事、探そ。自分で頑張ってお金を貯めて、シュリに会いに行かないと」
冒険者ギルドの受付業務とか、なにか私が出来そうな仕事があると良いなぁ、なぁんて呟きながら。
ミフィーは軽やかな足取りで部屋を出ていくのだった。
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