第443話 お城のお見合いダンスパーティー②

 「シュリ」



 名前を呼ばれ、彼女の顔を見つめる。

 今日の彼女はいつもみたいに怒ってはいない。

 でも、感情を抑えているせいか表情が乏しく、シュリはいつものいきいきと怒っている彼女の方がずっといいのに、と心の中で思いながら、



 「はい。フィフィアーナ様」



 彼女の呼びかけに応える。



 「ダンスは踊れるのよね?」


 「フィフィアーナ様の足を傷つけない程度には踊れます。上手か下手かで答えるなら、下手です、って答える他はないですけど」


 「そうなの? あなたにも不得意な事があるのね。いい気味だわ」


 「いい気味……ひどいです」



 唇を尖らせて見せると、フィフィアーナは楽しそうに笑った。

 それまでとは違う、自然な笑顔で。



 「なんだか気分がいいわ。知らない相手と踊るのにも疲れたし、次の曲はあなたと踊ることにする。いいわよね?」



 いいわよね、と問われたが、姫君からそう言われてしまえば、シュリから断ることなど出来ようはずもない。

 出来れば踊りたくなかった、そんな気持ちを隠したまま、シュリは差し出されたフィフィアーナの手をとり、ダンスフロアへ進み出た。

 身長はもう追い越されていたが、組んでダンスできない程の差はなく、そのことにシュリはほっとする。

 なめらかにステップを踏みながら、シュリは無理無くフィフィアーナ姫をリードする事が出来た。



 「……ちょっと」


 「なにか?」


 「ぜんぜん下手じゃないじゃない」


 「はい??」


 「ダンスよ。下手どころか、むしろ踊りやすいんだけど」



 だまされた、と言わんばかりに唇を尖らせるフィフィアーナの様子に、シュリの口元に笑みが浮かぶ。



 「それは僕が上手いんじゃなくて、フィフィアーナ様と僕の身長差があんまりないからですよ。僕じゃなくても、身長差が開きすぎていない相手なら、そこまで踊りにくくはないんじゃないかと」



 言いながら、シュリは素早く周囲の貴公子達を見た。

 招待された貴公子達は、姫君のお相手にふさわしく、みんな見目麗しくスタイルもいい。

 つまり身長が高い。

 対して、シュリから見れば成長著しく見えるフィフィアーナも、彼らが普段ダンスしている令嬢と比べればはるかに幼く体も小さくて。

 彼らとしても勝手がつかめないのだろう。

 幼い妹がいて、常日頃その子のダンスのお相手をしているなら別だろうけど。



 「なるほどね。私がダンスを踊るには、誰も彼もひょろ長すぎるってことね。だから誰と踊ってもなんだか振り回されてる感じがしたのね」


 「とてもお上手に踊っているように見えましたけど?」


 「端から見てればそうなのかもね。でも踊ってる方は大変よ。相手のリードに必死に合わせてたんだから」


 「それは……大変でしたね?」


 「そう。大変だったのよ。今の私にはシュリくらいのサイズ感がちょうどいいのね、きっと」


 「でも、きっとすぐに窮屈になりますよ。僕のリードじゃ」



 シュリでちょうどいい、と言うフィフィアーナに、ついついそう反論してしまう。

 ばかだなぁ、素直に頷いておけばいいのになぁ、と思いつつも。

 そんなシュリを、珍しいものを見るようにフィフィアーナが見つめた。



 「驚いた。あなたにもコンプレックスってあったのね?」


 「ありますよ。コンプレックスだらけです。背だって早く伸びてほしいし、筋肉のきの字も無いような子供体型から早く抜け出したいし。早く成長して、筋肉ムキムキのたくましくて男らしい男の中の男になりたいです」


 「筋肉ムキムキ……。たくましくて男らしい男の中の男……」



 フィフィアーナはシュリの言葉を吟味するようにリピートし。

 吹き出しそうな笑いをどうにか我慢しようとしているのか、シュリから目を反らしてぷるぷるしていた。



 「笑いたいなら笑ってもいいですけど?」


 「た、立場をわきまえて我慢しているのよ。ダンスの最中にお姫様が爆笑してたら変でしょう?」


 「別に、僕は良いと思いますけど? 生き生きしていて可愛いと思います」


 「そう? そんなふうに思う変わり者はあなただけだと思うけど。でも、まあ、ありがとう」


 「どういたしまして。本心ですから」


 「だけど、あなたのは無理だと思うわよ?」


 「無理、って??」


 「筋肉ムキムキも、たくましくて男らしい男になるのも」


 「む、無理じゃないです!! これから頑張って努力を重ねればきっと!!」


 「……大丈夫。世の中、筋肉ダルマだけが人生じゃないわ。無駄な努力はやめなさい。私、筋肉あんまり好きじゃないし」



 フィフィアーナの慰めと忠告を受け、姫の好みは聞いてないです、とシュリは肩を落とす。

 そんな彼を面白そうに眺め、



 「大丈夫よ、シュリ。筋肉はともかく、背はもうすぐにょきにょき伸びてくるわよ」



 更に慰めの言葉をかけると、シュリは困ったような顔をして苦く笑った。



 「きっとにょきにょき大きくなるのもまだ先です。おじー様がエルフ、おばー様がダークエルフ、体に流れる長命種の血のせいか、僕は人より成長が遅いみたいですから。フィフィアーナ姫は僕を追い抜いてどんどん大きくなっちゃうんでしょうけど」


 「成長が、遅い?」


 「そうですよ。今だってもう、姫の方が僕より大きいし、その差はどんどん広がっていくんでしょうね。僕が置き去りにされる形で。だから、僕のリードで姫が踊りやすいって思ってくれるのも、きっと今だけですよ」


 「成長が遅い……なるほど。それはそれで、良いかもしれないわね」


 「良くないですよ。僕は早く大きく男らしくなりたいのに」



 不満そうにシュリは唇を尖らせたが、フィフィアーナはその後もしばらく、シュリの成長が遅い事に関して、1人でぶつぶつ言っていた。

 よほど興味深いことだったらしい。

 そして曲の終わりまで無難に踊り終え、フィフィアーナは国王夫妻の方へと戻っていった。


 彼らの元へ行ったフィフィアーナが、2人を見上げて一言二言言葉を交わし、それを受けた国王夫妻が満足そうに微笑んでからしばらくして、本日の舞踏会の終わりが告げられた。

 姫と踊れなかった貴公子もいたようだが、さすがに国王に文句を言う者はなく、舞踏会はお開きとなった。

 突然の閉会に首を傾げつつ、シュリも大人しく帰路につく。

 そんなシュリが、そう言えばご褒美はどうなったんだろう、と気づくのはのんびり馬車に揺られて屋敷へ戻った後だった。


 ◆◇◆


 シュリとダンスした後、フィフィアーナは父と母のところへ戻って2人に告げた。

 シュリナスカ・ルバーノは結婚相手として、そう悪くはないかも知れない、と。

 娘の心が思惑の通りに動いた、と喜んだ父母は、これ以上の本命以外とのふれあいは無用とばかりに舞踏会の終わりを早め。

 貴公子達は若干の不満をにじませながらも大人しく帰って行った。


 その流れに乗ったシュリの姿も気がつけば会場から消えており、国王は褒美を渡し忘れたと困った顔をしたが後の祭り。

 まあ、褒美と言うのも舞踏会に呼び寄せるためのエサみたいなものなので、形ばかりの勲章を用意していただけのようではあるが。

 でも、与えるといったものを与えないのも良くないだろう、とシュリを呼び戻す、あるいは、別の日に再度召還しようかと悩む父を見かねてフィフィアーナは告げた。



 「私と踊ったことがご褒美。それでいいじゃないかしら?」



 そんな風に。

 確かに、シュリの身分からすると、一国の姫君とダンスを出来る機会など普通は滅多にあることではない。

 そう考えれば、フィフィアーナとのダンスがご褒美でも問題はなさそうだ。

 そう判断した国王は娘の言葉に頷き、シュリに渡す予定だった勲章はまた次の機会に渡す、ということになった。


 次の機会……つまり、シュリがまた何か、予想外の功績をたてたときに。

 あんな子供がそう何度も手柄を立てられるはずがない、シュリを知らぬ者ならばそう言うだろう。

 だが、国王は確信していた。

 シュリは近く、また何かやらかすに違いない、と。


 なにしろ、あの少年は希代の冒険者ヴィオラ・シュナイダーの孫なのだ。

 腕利きの冒険者だったのと同様に、トラブルメイカーとしても有名だったヴィオラの孫が、平穏無事な生活を送れるはずがない。

 国王は心の奥でそう確信し、少年の活躍をこっそりひっそり楽しみにしていた。


 国王も王子時代、冒険者をしていたこともある。

 ヴィオラやシュリを見ているとその冒険者の血が不思議と騒ぐのだった。

 彼が娘婿になれば、日々わくわくして過ごせそうな気がする。

 そして万が一何かが起こったとしても。彼が側にいてくれれば、なにがあろうともフィフィアーナを守ってくれるに違いない。

 根拠のない確信だが、そう信じさせる何かが、あの少年にはある、国王はそう感じていた。


 そんな父親の内心を知ることなく、フィフィアーナはフィフィアーナで、ある思惑を胸に動いていた。

 長命種の血をひくせいで成長が遅い。

 シュリはそう言っていた。

 と言うことは、フィフィアーナが大人になってもシュリは少年のままの可能性が高いと言うことだ。

 そうなれば、もし彼と結婚したとしても、すぐに子づくりだの何だのと騒がれないですむかもしれない。


 この国を守るため、いずれは子を産み育てなければならないことは承知している。

 でも、できることならば。

 そのときを少しでも先延ばしにしたい。

 フィフィアーナはそう思わずにはいられなかった。



 (いっそ、私が男でシュリが女の子だったら、話はもっと簡単だったのかもね)



 フィフィアーナは思う。

 彼女の恋愛対象は昔も今も変わらず女性だけ。

 シュリが少年でなく少女であったならば、今とは違う感情を抱いていたかもしれない。

 もしそうなったとしても、それまでとは違う性別の体に戸惑うことになったのかも知れないけれど。


 フィフィアーナは密かに笑い、思考を断ち切る。

 どんなに夢想したところで、自分は女性に生まれ、女性の身でありながら女性を愛すると言うことになんの不満もない。

 一国の姫に生まれ、両親からは愛され、なに不自由なく暮らしてこれたことにも。


 唯一の不満は、自分の立場上、男性と婚姻関係を結んで子供を作らねばならないということだけ。

 別に子供が嫌いなわけでもないし、産みたくないわけでもない。

 自分1人だけで子供を作って産めるのならなんの問題もないのだが、子供は1人で作れない。


 どうせ結婚しなければならないし、子供を得るために肉体関係も結ばなければならないなら。

 今日ダンスをしたどの貴公子よりも、まだシュリの方がまし、と思わないでもない。


 アンジェリカを巡るライバルではあるが、彼が悪い人間でないことは知っているし、意外と憎めない人間であることも分かっている。

 想う相手が想っている相手と思うと腹立たしいが、それに目をつむりさえすれば彼は結婚相手として悪くないのでは。

 今日の舞踏会でフィフィアーナはそう考えるようになった。


 とはいえ、まだ諸手をあげて彼を婚約者として受け入れようという気持ちになるまでは、まだ時間はかかりそうだったが。

 父と母に暇を告げ、そんな事を考えながら自室へ向かう。

 前よりはシュリを受け入れる気持ちになりつつも、



 (お父様とお母様の思惑通り、というのはちょっと腹立たしいわね)



 なんとなく素直になりきれず、フィフィアーナは唇を尖らせる。

 だが、その不満な気持ちも、



 「あ、お帰りなさい、姫様。シュリ君とのダンス、どうでした?」



 自室の扉の向こうで屈託なく笑うアンジェリカの顔を見た瞬間霧散するのだから、我ながら現金だと思う。

 心の中で自嘲しつつも、



 「ただいま、アンジェ。シュリとのダンスなんて思い出したくないわ。口直しに踊るわよ」



 反射的にシュリをけなし、アンジェにダンスを強要する。



 「ええ~? 思い出したくない、なんて素直じゃないんですから。でも、まあ、頑張ってたくさんダンスをした姫様が望むなら、踊りましょうか。でも、疲れてるでしょうし、1曲だけですからね?」



 優しく柔らかく彼女が笑う。

 その笑顔を見ていると心穏やかになれた。

 彼女は自分にとって最高の薬だ。

 この世に生まれ落ちた自分の側にアンジェリカを配してくれた神に、フィフィアーナは感謝している。

 彼女がいてくれたから、自分はこうして健やかに育つことが出来たのだと思うから。


 アンジェリカの手を取り、彼女のリードにあわせてくるくる踊る。

 彼女の顔を見上げながら、その脳裏に結婚相手の最有力候補の少年の顔が浮かんだ。



 (シュリならきっと、アンジェのことも大切にしてくれる。アンジェを邪魔にしたり、私の側から遠ざけることなく)



 あのお人好しなら、きっとそう。

 そう思ったフィフィアーナの中で、シュリとの婚約が、また少し現実に近づいた。 



*************************


次の話は1週あいてしまうかもしれません。

出来るだけ頑張ってみますが、アップできなかったらすみません。



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