第427話 家族の再会と甘い時②

 ジェスが帝国を出てどう生きてきたか、ジェスがいない帝国で家族がどう過ごしてきたか。

 そんな話をしながら食事を終え、そろそろシュリの元へ戻ろう、とジェスが家族へ別れを告げようと思っていたとき、その話題は飛び出した。



 「皇帝陛下からお許しも頂けた訳だし、ジェシカはいつ戻ってくるんだ?」



 父親から当然の事のようにそう問われ、ジェスはしばし固まってしまう。

 その隙をつくように、母も嬉しそうな声をあげた。



 「出来るだけ早い方がいいわね。ジェスももういい年頃だし、すてきな結婚相手を見つけてあげないと」



 両親の嬉しそうな声を聞きながら、ジェスは困った顔で2人を見つめた。

 2人ともすっかりジェスが帝国に戻ってくると思っているらしい。



 (こ、困ったな。私はシュリの元を離れて帝国に戻るつもりなんてないんだが……。どう伝えたものか)



 家族に会えたのは素直に嬉しい。

 父母や弟の元気そうな顔を見ることが出来て、本当に良かったと思う。

 けれど。

 自分には[月の乙女]の団長としての責任があるし、何よりシュリから離れるつもりなど全くなかった。

 もしシュリが帝国に居を構えるというのなら共に移り住んでもいいが、シュリの家族も帰る場所もドリスティアにあるから、そんな可能性はあり得ない。

 ということは、ジェスが帝国に戻る可能性もないということだ。

 無邪気に喜んでいる父と母にどう伝えるべきか、しばし悩んでからジェスは口を開いた。



 「その、さっき話した通り、私は傭兵団の団長を務めてるんだ。私を頼りにしている団員を放り出す訳にはいかないし、それよりなにより、私はシュリに雇われている身だから、勝手なことは……」


 「あら? シュリナスカさんからは、あなたの希望と幸せを優先したいって伺っているわよ? だから、あなたがこちらに戻りたい、と一言いえばそれで許して貰えるんじゃないかしら」


 「え?」


 「ああ。彼は本当によくできた少年だな。お前に関しての許しを皇帝陛下から得ただけでなく、我々に快くお前を返して下さるというのだから。お前が望むなら、傭兵団の副団長には彼から説明をして下さるそうだ」


 「私を、返す……」


 「まあ、今後帝都に出店する予定もあるらしいし、たまには会えるだろ? とにかく姉様は嫁き遅れる前に貰い手を探さなきゃ。ま、どうしても見つからなかったら、うちにいればいいけどさ。家を継ぐのはどうせ俺だし、姉様の面倒くらいは俺が見てやるから」


 「たまに、会える、だと?」



 奥歯をぎゅっとかみしめる。握った拳がわなわなと震えた。

 ジェスが望むなら帝国に戻ってもいいんだよ。

 別れ際にシュリが言った言葉が、耳の奥によみがえる。



 (……今日共に過ごしたのも、コレをくれたのも。別れの餞別のつもりだったのか?)



 震える指先で、シュリから買って貰った髪飾りに触れる。



 (こんなに簡単に私を手放そうなど、許さないぞ、シュリ!!)



 家族と共に暮らすのがジェスの幸せだろう。

 シュリがそう思ったのであろう事は想像できる。

 それがシュリの優しさであり思いやりであることも、理解は出来る。

 だが、許容することは断じて出来なかった。



 (シュリに思い知らせてやらなければ)



 がたん、と音を立ててジェスは立ち上がる。



 (私の幸せが、どこにあるのか、を)



 急に立ち上がったジェスを、家族が驚いたように見上げた。



 「シュリと、話をしてくる」



 押し殺した声でそう告げて、ジェスは家族を置き去りに個室から飛び出した。

 背後から家族の声が追いかけてくるが、そんなのは気にしている場合じゃない。

 この店のどこかに居るであろうシュリを見つけだして、ジェスを手放すのは間違った判断だと教えてやらねばならないのだから。


 個室を出て、店内を見回す。

 込み合った店内の中、不思議なくらいすぐに、シュリの姿を見つけだすことが出来た。


 食事はもう終わっているようだ。

 ジェスを待っていてくれるのか、ゆっくりと紅茶のカップを傾ける姿をしばし見つめる。

 そして思う。

 やっぱり、自分はどうしようもなくシュリが好きで。

 例えもし、シュリがもうジェスをいらないと言ったとしても、シュリから離れる事は出来ないだろう、と。

 紅茶を飲んでいたシュリが、ふと顔を上げる。

 その瞳がジェスを認め、ジェスを追いかけて個室を出てきた家族が追いついてくきた。



 「あ、ジェス。もう食事は終わっ……」


 「ジェシカ、待ちなさい。どうしたん……」



 そんな家族の目の前で、ジェスはシュリの襟をつかんでぐいっと持ち上げる。



 「あ、あの、ジェス?」


 「ジェシカ!! シュリナスカ君になにを!! なにがあったかは知らんが乱暴は良くな……」



 ジェスの暴挙を止めようとした父親の言葉が終わるより前に、ジェスはシュリの唇にかみつくようなキスをした。

 家族や店の客が見守るその前で。

 襟をつかんだ手がシュリの首を絞めてしまわないように気をつけながら、思いを込めて甘く舌をからめる。

 シュリの手がそっとジェスの手に触れるのを感じて、唇を離して至近距離から愛しい少年を見つめた。



 「……分かったか?」


 「分かったか、って……え??」


 「まだ分からないか。なら……」


 「じぇ、じぇしかぁぁ!! シュリナスカ君はまだ子供だぞぉぉ!!」


 「そっ、そうよ、ジェシカ! 確かにシュリナスカ君はすごく可愛くて魅力的だけど、そういうことは大人の男性となさい!!」


 「分かるまで続けるだけだ」



 父や母の制止の声を無視して、ジェスは再びシュリの唇を奪う。

 甘く、強引に、想いを込めて。

 シュリのいない人生など考えられない。シュリが全てなのだと。



 (私ひとりのものにしたいなんて言わない。だけど、私の想いだけは、知っていて欲しいんだ。シュリ)



 切ない想いを心が叫ぶ。

 それが届いたのか、そうじゃないのかは分からない。

 だが、次の瞬間、シュリの手のひらが優しくジェスの頬を包み込んだ。

 シュリの舌がジェスのキスに応え、立っているのが辛くなって膝を折る。

 そしてとうとうジェスが床に座り込み、シュリの足が床に届いた。

 気がつけば。ジェスが主導したはずのキスはシュリ主導となり。

 甘く熱く、ジェスを翻弄する。


 そうして周囲の者が照れくさくて直視出来ないほどの熱々なキスをぶちかました後。

 シュリはゆっくりとジェスの唇を解放してその瞳をのぞき込んだ。



 「わ、分かったのか? 分からないなら……」


 「ちゃんと分かったよ。ごめん」


 「ほ、本当に分かったのか? なら」


 「うん。ジェスにはずっと僕の側に居て貰う。家族の元に帰った方がいい、なんて言わない。里帰りだって許可制だから、覚悟してよ?」


 「シュリがいくなというなら、里帰りだって必要ない。家族だって、分かってくれるさ」



 その家族は、甘くささやきあうシュリとジェスの姿に、口をぱくぱくさせているのだが、そんな姿もジェスの目には全く入ってこない。

 今のジェスの瞳に映るのは愛しい少年の姿だけだった。



 「ねぇ、ジェス?」


 「なんだ? シュリ」


 「ジェスが居なくても平気な訳じゃなかったんだよ? ただ」


 「ただ?」


 「ジェスに自由でいて欲しい、って思ったんだ」


 「……そういうシュリの優しさはもちろん好きだ。だが、私は自由よりもお前の束縛が欲しいんだ」


 「束縛かぁ。僕はそういうの、苦手なんだけどなぁ」


 「わかっているさ。だが、望むのは自由だろう?」


 「そう、だね」



 シュリはちょっぴり苦笑して、言ってやったぞ、と言いたげな顔をしているジェスの頬を撫でる。

 それから、そろり、と周囲を見回した。

 客もジェスの家族も従業員までもが2人の周囲を取り囲んでいる。

 いまだフリーズしたままのジェスの家族に、ごめんなさい、と心の中で手を合わせつつ、



 「そ、そろそろ帰ろうか。ジェス? ご家族にちゃんと挨拶して?」



 ジェスにそう提案する。

 その提案にジェスも異論があるはずもなく、こくこくと頷くと、



 「そ、そうだな。ちょっと目立ちすぎたな。早く帰ろう。あ~、その。父上、お母様、それにディリオ」



 固まったままの家族にそろりと呼びかけた。



 「そんな訳だから、その、な? 私は帝国には戻らない。まあ、たまに里帰りくらいはする、かもしれない。けど、ジェシカという娘はもういないと思って貰ってもかまわない。私は家の為に生きることをすてるのだから。これからの私はシュリのためだけに、ジェスとして生きていく」



 ジェスははっきりとそう宣言したが、まだ固形化から回復していないご家族にどれだけ言葉が届いているか微妙だな~、とシュリは少し遠い目をする。

 でも、うやむやのうちにご家族からジェスを奪っちゃうのもどうかと思うので、



 「あの、後日ちゃんとご挨拶に伺いますので」



 そう声をかける。帝国から帰還するのは明日なので、この滞在期間中に行うのは難しいだろうけれど、近々きちんと挨拶にいこうと決心しつつ。

 そんなシュリの言葉に、



 「「え? それは嫁入りの??」」



 ジェスのご両親はそろってそんな返事を返し、



 「姉様の結婚相手がこんな子供だなんて認めないぞ!!」



 ジェスの弟君は激しく反発し、



 「ばっ!! なにを言うんだ。私がシュリの嫁なんて……嫁、なんて」



 ジェスはまんざらでもなさそうに頬を赤くした。

 そんな反応をされると、期待に応えてあげたい気持ちになってしまうが、シュリにはすでに婚約者候補が4人いる。

 簡単に、お嬢さんをお嫁に下さい! 、なんて言える状態ではない。

 なので、シュリはちょっと小さくなって、



 「あの、嫁、は、その、色々と諸事情がありまして、ちょっと、その」



 しどろもどろな情けない返事を返す。

 それを聞いたご両親は、



 「やっぱり嫁は無理か」


 「そうよね。年が違いすぎるものね」



 がっくりと肩を落とし、弟君は、



 「お前、俺の姉様のなにが不満なんだ!!」



 たいそうお怒りのご様子。



 「ディリオ。そう怒るな。シュリにも色々事情がある。私もそれに関しては納得した上でシュリの側にいることを望んでいるんだ」



 そんな弟君の肩にぽんと手をおいて、ジェスはまじめな顔で彼を諭した。

 それでもまだ不満そうな顔の弟に苦笑しつつその頭に手を乗せ、それからしょんぼりしている両親をみてちょっぴり困った顔をし、それからシュリの方をちらりと見て、頬をぽっと染め。



 「で、でも、まあ、そ、そうだな。嫁は無理でも、こ、ここ、子供くらいは授かれるように努力してみるさ。シュ、シュリだって今はまだ無理でも、もう少ししたら協力してくれるんじゃないかな? いや、してくれるはずだ。そ、そうだよな? シュリ」



 とんでもない暴投を投げてよこした。

 まさかの発言にシュリの表情筋がびしりと固まる。



 (その問いかけに、どう答えろと?)



 反射的にそう思ったが、結局許される答えは1つしかないような気がした。

 そろり、と様子を伺えば、ジェスのご両親は期待に満ちた顔でこっちを見ているし、弟君は姉を不幸にしたら殺すと言わんばかりの顔をしている。

 ジェスはちょっぴり不安そうな顔でシュリを見ていた。



 (そんな顔、させたいわけじゃないんだ。いつだって幸せそうに笑ってて欲しいと思うのに)



 ままならないなぁ、とシュリは思う。

 でも、ジェスのその表情を見て、シュリの心は決まった。

 シュリは小さく息を吸い、ひきつりそうになる笑顔を出来るだけ自然な笑顔に近づけるように努力しつつ口を開く。



 「ど、努力、してみます」



 出てきた言葉はそんな言葉。

 情けなさ満載の言葉だったけど、でもジェスはうれしそうに微笑んでくれた。その微笑みにほっとしつつ、ジェスの手をぎゅっと握ってシュリもまた彼女に微笑みかけるのだった。


◆◇◆


 「ねぇ、シュリ?」


 「ん? なぁに?? エルミナ」


 「どうしてジェシカの顔はそんなにゆるみきっているの?」


 「さ、さあ? ど、どうしてだろうね??」


 「ナーシュに乗ったそばから、ずっとべたべた暑苦しいのはなんで??」


 「さ、さあ~? ぼ、ぼくにもさっぱり」


 「耳を澄ますと、子作り子作りってずーっとぶつぶつ言ってる浮かれた声が聞こえるんだけど?」


 「き、気のせいじゃないかなぁ?」


 「ふぅん?」



 シュリの無理のある誤魔化しに、エルミナは半眼でシュリをじと~っと見てくる。

 その視線が痛くて、シュリはさりげなく目をそらした。

 そらした先にジェスの顔があり、シュリの視線に気づいたジェスがにへらっと笑って、ゆるみきった顔が更にゆるみ。

 シュリはあわてて反対側へ顔を向ける。

 そして流れる雲と青い空を見ながら、背中を伝う冷や汗を感じた。



 「ま、そう言うのは本人達の自由だし、いち幼なじみの私が口を出す事でもないけど……」



 ため息混じりのエルミナの言葉に、シュリは小さくなりつつ耳を傾ける。



 「ジェシカがこんなにゆるみきるなんて、夕べはどれだけしたのよ? 若いからって励みすぎないようにね? あんまり頑張りすぎると馬鹿になるって言うわよ?」


 「誤解だよ!? 僕まだ励めないよ!! まだ子供だよ!?」


 「え~? 最近の子供は早熟だっていうし……」


 「他は他! 僕は僕!! 少なくとも僕はまだなの!!」


 「そうなの?」


 「そうだよ!!」



 エルミナの盛大な誤解に、きゃんきゃん言い返してきちんと誤解は解いておく。



 「そう、なの? でも確かに、年の割には幼いものね」


 「ちっさいいうな!! 僕は僕のペースでゆっくり成長してるだけなの!! もうすぐ僕にも成長期が来るんだからね!!」


 「ふぅ~ん。そっかそっか。ま、頑張んなさいな」


 「ほ、ほんとにすぐにおっきくなるんだからね!! 次に会うときはエルミナよりおっきくてたくましい男になってるんだから!!」


 「うんうん。そうね~」


 「その適当な返事はやめてってば。絶対に絶対にすぐに大きくなってやるからね!!」



 青空に、シュリの叫びが大きく響く。

 それを追いかけるようにエルミナの明るい笑い声が響き。



 「ん? え?? なにがそんなに楽しいんだ??」



 エルミナの笑い声に驚いたらしいジェスのきょとんとした声が爽やかな空気の中に響き。

 わけが分からない、といったように首を傾げるジェスの様子が、その場にさらなる笑いを呼び寄せるのだった。

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