第426話 家族の再会と甘い時①
色々あった帝国での滞在期間も終わりに近づき、いよいよ明日にはドリスティアに向かって帰るとなったその日、ジェスはシュリに連れ出されて帝都にやってきていた。
みんなにお土産を買うから付き合って、そう言われて連れ出されたのだが、目的がなんであろうが2人でお買い物など、デート以外のなにものでもない。
ジェスはどきどきわくわくしながら、手持ちの服で精一杯のおしゃれをし、シュリと一緒にお迎えの飛竜の背に乗った。
「……ずいぶん、ご機嫌ね。ジェシカ?」
「いやぁ。だって、シュリとデートだぞ!? ご機嫌以外のどんな感情が……って、エルミナ!? いつの間に!!」
「いつの間に、じゃないわよ。自分でナーシュにちゃんと乗り込んでたじゃない。私の挨拶には上の空だったけど。まったく、どれだけうかれてるのよ」
「そりゃあ、浮かれるだろう!! シュリとお出かけだぞ? 2人っきりだぞ? 滅多にある事じゃないんだぞ? ドリスティアに戻ったら、2人でお出かけどころか、数分2人きりになることだって難しくなるんだ。今を楽しまなくちゃダメだろ!?」
「……はいはい。じゃあ、帝都に送り届けたら私はさっさと退散するわ」
「え? あ、いや。別にエルミナを邪魔にしてる訳じゃなくてだな? その、お茶くらいどうだ? エルミナとゆっくり話をしたくない訳じゃないんだ。ただ……」
「気にしなくていいわよ。どうせ明日は私がシュリとあなたをドリスティアに乗せていくことになるんだし。話はその時にしましょ。今日はシュリとゆっくり楽しみなさい」
「そ、そうか?」
「そうよ。滅多にない機会なんでしょ?」
「う、うん」
エルミナは幼なじみに優しく微笑みかけ、ジェスはもじもじしつつもぽっと頬を赤くする。
そんな2人の会話を、
(全部聞こえてるんだけどなぁ)
と思いつつ、シュリは目を閉じたまま聞いていないふりをする。
ジェスがそんなに楽しみにしてるなら、いっぱい楽しませてあげないとな、そんな風に思いつつ。
ドリスティアで待つみんなにお土産を、なんていいつつも、今日は本当はジェスのための日なのだ。
2人で買い物をした後の食事の場には、彼女が絶対に喜ぶであろう人達を呼んであるのだから。
ジェスが喜んでくれればいい。ジェスが幸せであってくれれば。
だから。
(だから、僕はジェスの選ぶ道を尊重する)
帝都の街を2人並んで歩き出しながらシュリはそう自分に言い聞かせ、小さな拳をぎゅっと握った。
◆◇◆
みんなのお土産を手早く選び購入した後は、ジェスと2人、帝都の街を仲良く散策した。
彼女と手をつないで歩き、気になった店を気軽にのぞき込み。
でも、どんなに親密にしていても、
「お、坊主。姉ちゃんと買い物かい? いいねぇ」
残念ながら恋人同士とはいかず、せいぜい姉と弟に思われるくらいだったが。
まあ、母と息子に間違われなかっただけましだろう。
「い、いや、シュリは私の……」
「ジェス、何か欲しいものある? プレゼントするよ?」
「へ? いや、プレゼント、だなんてそんな」
「僕の方がずっと年下だけど、ジェスは大切な人なんだよ? 遠慮なんかしないで。ん~、そうだな。おじさん、これ、下さい」
露天で打っている商品なので、そんなに高価でも高級でもないものだが、シュリはシンプルだが丁寧に作られた髪飾りを手に取った。
値段を聞いて金を支払い、ジェスを手招いてかがんでもらうと、その髪飾りでジェスの髪を飾った。
そして、まだなにが起こっているか思考が追いつかないらしいジェスの頬をそっと撫で、
「うん。可愛い」
そう言って柔らかく微笑む。
次の瞬間、ぼんっとジェスの顔が真っ赤になった。
シュリは、そんな2人の様子をぽかんと眺めている露天の親父にも、
「いい買い物が出来たよ。おじさん、ありがとう」
そう言ってにっこり笑いかけた。
「たまげたなぁ。坊主はそんな小さいなりしてんのに、女の扱いだけは大人顔負けじゃねぇか。たいしたもんだねぇ」
「これくらい普通でしょ? 男に生まれたからには、大切な人のエスコートくらいちゃんとしないとね」
露天の親父からの驚きと感心の入り交じった言葉と視線に苦笑を返し、シュリはまだあうあうしているジェスの手を取り、再び歩き出す。
そんな一幕を見ていたヤジ馬達の口伝てに、この年の差カップルの噂は音速で周囲を駆けめぐり。
その日はもう姉と弟にも母と子にも間違えられるような事はなかった。
代わりに興味津々の視線にさらされる事にはなったが。
まあ、夢見心地のジェスにとっては、そんなのはもうどっちでも良かったのかもしれないけれど。
そして時は移り。
楽しみにしつつも恐れていた昼食の時間が近づき、シュリは微妙な表情で待ち合わせの建物を見上げた。
先方が指定したその場所は中々おしゃれなレストランで、かつて貴族令嬢だったジェスも気に入っていたところなのだという。
横に立つ彼女の顔をそっと見上げると、ジェスは驚きと懐かしさが入り交じったような表情を浮かべて建物を眺めていた。
思わずというように彼女の唇がほころぶのを見ながら、シュリもまた己の口元に微笑みを浮かべる。
そして、促すようにつないだままのジェスの手を引いた。
「入ろうか、ジェス」
「え? あ、ああ。そうだな。シュリ?」
「ん? なぁに?」
「その、ここのことは、エルミナに聞いたのか?」
「このレストランは、待ち合わせの相手の指定なんだ」
「待ち合わせの、相手?」
そんなやりとりをしつつ、レストランの従業員に名前を告げて。
ジェスの手を引きながら、従業員の案内でレストランの中を進む。
こちらでございます、と従業員が示したのは店の最奥にある比較的大きめな個室だった。
お連れ様はお待ちでございます、と告げて去っていった従業員を見送り、シュリは改めてジェスの顔を見上げた。
そして、今まで告げていなかった事実を告げる。
「ジェス?」
「なんだ? 入らないのか??」
「今回頑張ったご褒美を、僕は皇帝陛下から頂いたでしょう?」
「ん? ああ、確か、特別な身分証とか商売に関する権利とかをもらったんだったな」
「うん。でも、僕が本当に欲しかったのは別のものだったんだ」
「別のもの? それは貰えなかったのか?」
「大丈夫。皇帝陛下はちゃんと僕のお願いを聞いて下さったよ」
「そうか。なら良かった」
「ジェス?」
「ん?」
「ジェスの帝国民としての身分は元通りになった。ジェスはもうただのジェスじゃなくて、ジェシカ・スロゥスって名乗っていいんだ。帝国の男爵令嬢として。お父さんやお母さんや弟さんとも、なんの気兼ねもなく会えるんだよ」
「え?」
シュリの言葉に理解が追いついていないジェスに微笑みかけ、シュリは個室の扉を開いた。そして、ジェスの背中をそっと押す。
「さ。家族水入らずで食事を楽しんできて。僕は僕で食事をとってるから、気にせずゆっくりしてきていいんだからね?」
「え? あ、うん」
再起動が間に合わず、促されるままに足を踏み出したジェスの背中を、
「……望むなら、以前の職に戻して下さるって、皇帝陛下は約束して下さった。ジェスが望むなら、帝国に戻ってもいいんだよ」
シュリのそんな言葉が追いかける。
「帝国に戻って……ってシュリ!? ちょっと、待っ」
ちょっと待て、そう口に出す間もなく、背後の扉は閉まっていた。
釈然としない気持ちのまま、ジェスは再び足を前に踏み出す。
ここの個室には覚えがあった。
家族で食事をする時はいつも、この部屋を使っていたから。
扉をくぐった先には短い廊下とこの個室専用のクロークがあり、もう1つ扉をくぐればそこには。
日当たりがよく、店の喧噪から切り離された心地いい空間がある。
懐かしいその空間には、泣きたいほどに懐かしい人達の顔があった。
「ジェシカ!!」
最初に立ち上がったのは、記憶の中よりも少しだけ年を重ねた母だった。
駆け寄ってきた彼女に抱きつかれ、抱き留める。
「ああ、ジェシカ。どれだけあなたに会いたかったか。お母様によく顔を見せてちょうだい」
涙を浮かべた母の笑顔が目の前に広がり、ようやく混乱が落ち着いてきたジェスもつられたように微笑む。
「母上……じゃなくてお母様」
昔のように母を呼べば、母は嬉しそうに目を輝かせ、ジェスの頬を暖かい手のひらで両方から挟み込んだ。
「元気そうね、ジェシカ。ずっとずっと、あなたのことを心配していたのよ。あなたを切り離す判断をしたお父様を、ずいぶん恨んだものだわ」
「あれは仕方なかったんだ。私はやっかいな奴らに目をつけられて、あの時の私には、不本意な要求を飲み込むか、家を捨てて逃げ出すか、その2つの道しかなかった。父上は戦うと言って下さったけど、私は家族を巻き込みたくなかった。だからどうしても逃げると私が言い張った。悪いのは私なんだ。怒るなら私を怒って下さい」
「まったく、相変わらず無骨な話し方をするんだから。ほんと、誰に似たのかしらね」
「お母様……」
「久しぶりに再会した娘を怒るなんて出来ないわ。私はようやく娘を取り戻すことが出来たんだから」
そう言って彼女はもう1度ジェスを抱きしめて、自分の順番を待つ夫にその場を譲った。
「ジェシカ。お前が無事で良かった。お前を守りきる事が出来ぬ不甲斐ない父ですまない」
がっしりとした父親にぎゅうっと抱きしめられ、ジェスも抱きしめ返す。
「父上が格上の貴族に特攻してでも守ろうとして下さったのを断ったのも、出て行くのを決めたもの私なんだぞ? 父上は不甲斐なくなんかない。事前に災難を察知して回避できなかった私が未熟者だったんだ」
「そうだよ、姉様。姉様が早まって家を飛び出すから、俺達はなにも出来なかったんだぞ? もうちょっと落ち着いて行動してくれれば、帝国を出る必要なんてなかったかもしれないのに。あの最低な隊長が左遷されたから呼び戻そうとしても、連絡もつかないんだから」
口を尖らせた5歳年下の弟に肩を小突かれ、ジェスは困ったように笑う。
当時はとにかく家族に迷惑をかけないように、距離を置くしかないと思っていた。
とにかく帝国を離れなければ、と。
もう少し落ち着いて行動していれば、違った未来があったのかもしれない。
そう考えたジェスは、でも、と思う。
(でも、そうなっていたら、シュリと出会う未来は閉ざされていたんだろうな)
今となっては、シュリのいない生活など、想像も出来ない。
正直、辛くて大変な青春だったが、その全てがシュリと出会う未来に通じていると思うと、悪くないと思えるから不思議だ。
シュリの妻になれるなんて思っていない。
恋人になりたいと思うのだっておこがましい。
ただ側にいて、シュリの役に立ちたい。
そして時折、シュリにご褒美を貰えるだけで満足なのだ。
まあ、あわよくば、という気持ちもないわけではないけれど。
シュリを想い微笑むジェスを、父親がテーブルにつくよう促す。
そうして家族は数年ぶりに1つの食卓を囲み、和やかな雰囲気での食事が始まった。
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