第425話 帝国の友

 「そんなわけで、シュリにご褒美をあげたいって皇帝陛下がおっしゃってるから、帝城に来てくれるかな?」



 そんな風に告げられたのは、ファラン・アズラン誘拐事件から数日たったある日のことだった。

 その言葉を告げたのは、ティータイムの真っ最中に乱入してきたファランとアズランのお父さん、ルキーニア公爵。

 シュリは柔らかな太股にちょこんと座ったまま、なんとも気まずい思いでにこにこしているルキーニア公爵を見上げた。

 何で気まずい気持ちなのか。

 その理由は、シュリのお尻の下の、魅力的な足の持ち主にある。



 「あら、お兄様がシュリにご褒美を? 良かったわね。シュリ。欲しい物があったらなんでもおねだりしてみるといいわよ? 腐っても一国の主だもの。シュリの欲しいものなら何でもくれると思うわ。もし渋ったら私におっしゃい。文句を言ってあげるから」



 そう言いつつシュリを後ろからむぎゅっと抱きしめてくれているのは、目の前に立っているルキーニア公爵の奥様。

 誘拐されたファランとアズランが心配だったのか、娘と息子のいる別荘にすっかり入り浸っている彼女は、シュリの事もお気に入りで、常に膝の上から離してくれない。


 公爵との夫婦仲は良好なようで、[年上キラー]の影響からは逃れているようだが、娘と息子の友人であり、2人を救ってくれたシュリへの好感度の上昇は著しく。

 更に、年頃になってきて昔ほどべたべたしてくれなくなった子供達への寂しい気持ちもあるらしく、その矛先が可愛がりやすいお年頃のシュリに向けられた結果がコレだった。


 しかし、やましい気持ちは何1つないが、旦那さんの前で奥さんの膝に座っている現状は何とも居心地が悪く。

 シュリはちょっぴり困った顔をして、もぞり、とお尻を動かした。

 それを敏感に察知した、母性本能全開の公爵夫人が、シュリの顔を横からのぞき込んでくる。



 「どうしたの? シュリ、トイレかしら?」


 「えっと、あの……だ、だいじょうぶ、です」


 「そう? トイレに行きたかったら遠慮なくおっしゃいね? お母様……じゃなかった。おば様が連れて行ってあげるわ」



 すっかり母親気分の公爵婦人に甘やかされながら、シュリは小さくなる。

 そんなシュリに全く気づく事なく、公爵もにこにこして更にシュリに話しかけてきた。



 「シュリが落ち着かないと思って、当日謁見の間にいるのは皇帝陛下と皇太子殿下、皇子殿下達、それから宰相である私だけということにしてあるからね。皇帝陛下にははじめて会うから緊張するかも知れないけれど……」


 「もしお兄様にいじめられたら私におっしゃいな。私がちゃんとやり返してあげますからね」


 「大丈夫だよ、ミレニア。皇帝陛下は、威圧感はあっても本当は優しいお方じゃないか。それに、いざとなったら私がちゃんと守ってみせるよ。私を信じて任せてくれるね?」


 「あなた……。もちろんよ。いつだって私はあなたを心から信じているわ」


 「ミレニア……」


 「あなた……」



 熱く見つめ合う公爵夫妻。

 その隙をついて、シュリはようやく公爵婦人の膝から逃げ出すことが出来た。

 ファランとアズランの後ろにこそっと隠れ、シュリはようやくほっと息をつく。



 「シュリ、お母様がごめんなさいね。お母様、スキンシップが大好きなのよ。なのに最近はアズランが恥ずかしがるものだから」


 「さすがに僕が母様の膝に乗って甘えるのは色々違うだろう!? 僕の尊厳はどうなるんだよ!? それを言うなら、ファランが甘えてあげたっていいじゃないか」


 「ええ~? 私ももうそういうお年頃じゃないし……」


 「僕だってそうだよ!!」



 じゃれ合う2人が微笑ましくて、にこにこしながら見ていると、ファランがシュリの後ろに回ってむぎゅっと抱きしめてくる。



 「でも、こうしてシュリを抱っこすると確かに和むのよね~。お母様の気持ちも分かるわ。ねえ、シュリ? 色々優遇するから私の弟にならない?」



 シュリの頭に顎を乗っけたまま、ファランがそんな風に問いかけてくる。

 色々優遇って、と思わず苦笑しつつ、



 「だめだよ。僕にだって大切な母様がいるんだから」



 緩やかにでもきっぱりと首を振った。



 「そうよねぇ~。でも、まあ、いいか。もしかしたら本当の弟か妹が出来るかもしれないしね?」


 「ん?」


 「はあ? なに言ってるんだよ、ファラン」


 「だってほら、お父様もお母様もあんなにラブラブだし。2人とも、まだまだ若いし」


 「ばっ、おまっ、なにっ」


 「ばか、おまえ、なにいうんだよ、って? そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。もう子供じゃないんだから」


 「子供じゃないから恥ずかしいんだよ!! 親のそういうの、想像したくないだろ!? それにシュリだっているんだぞ!?」



 ほっぺたを赤くしながら、アズランはちらっちらっとシュリを見る。

 ええぇぇ、ぼくぅ? 、と思いながら、シュリはどういう反応をすべきかしばし悩む。

 でもすぐに、いまさら猫をかぶっても仕方がないという結論に達し、



 「僕? 僕は大丈夫だよ。このくらいで恥ずかしがるほど子供じゃないし。僕よりアズランの方が顔が真っ赤じゃない?」



 からかうようにそう言うと、



 「ばっ!! シュリ、お前なぁ!!」



 アズランが怒ったような声をあげて、シュリにつかみかかってくる。

 シュリはそれから逃れるようにファランの腕の中から抜け出て、彼女の後ろへ。



 「ファラン、助けて」


 「任せなさい、お姉ちゃまが守ってあげるわ!!」


 「おい、こら!! シュリ、ずるいぞ!!」


 「お姉ちゃま、助けてー」


 「アズラン!! 弟をいじめて恥ずかしくないの!?」


 「誰が弟だよ、誰が!! ファラン、目を覚ませ!!」



 そんなふうに子供達がじゃれ合う様子を、いつの間にか2人の世界から戻って来ていた公爵夫妻がうっとりと眺める。

 そして。



 「子供達がああいう風にじゃれ合っている姿っていいなぁ」


 「そうね、あなた」


 「……そろそろ、アズランとファランに弟か妹ができてもいい頃かもしれないね?」


 「ええ。また双子でも、いいかもしれないわね」



 甘い空気をまき散らしながら、そんな会話を繰り広げた。

 ルキーニア公爵家の双子に弟か妹が出来る日も、そう遠くはないかもしれない。


◆◇◆


 「シュリナスカ・ルバーノよ。他に何か望みはあるか?」



 そう問いかけたのは皇帝陛下。

 シュリに対するメインのご褒美の授与を終えた、その後のことである。

 ちなみに、メインのご褒美は、帝国で商売をする商業権と格安の税金で交易出来る、特別交易権、いつでも帝国へ入国可能な通行証だった。


 それだけでも十分にすごいご褒美なのだが、まだ何か望みを聞いてくれるという。さすが大国。太っ腹である。

 まあ、願い事はあるので、もし聞いてくれなくてもお願いをするつもりだったけど。


 そんなことを考えながら、シュリはこの場にいないジェスの事を思った。

 彼女の汚名を晴らして、いつでも故郷に帰り家族に会えるようにしてあげること。

 今回シュリが張り切って頑張ったのは、その為といっても過言ではない。

 もちろん、アズランとファランの為でもあったけど。


 人の少ないがらんとした謁見の間で、シュリはひざまずいたまま、正面の玉座に座る皇帝陛下を見上げた。

 さて、どうやって切り出そう。そんな風に思いながら。



 「望みは、ないのか? ならば……」



 シュリの沈黙を誤解したのか、皇帝陛下が再び口を開く。

 それを聞いたシュリはあわてて言葉を発した。



 「あります!! あります、願い事!!」



 そんなシュリの様子がおもしろかったのか、皇帝陛下は少しだけその口元をほころばせた。

 そして。



 「願い事、か。ならばその願い、申してみよ。叶えてやれるかは、聞いてみないと何とも言えぬがな」



 いたずらっぽい口調で言葉を結び、じっとシュリを見る。

 さすがは国のトップ。視線が強いなぁ。

 なぁんて思いつつ、シュリもまた真っ直ぐに皇帝陛下を見返した。

 そして譲れない願いを言葉に変えた。



 「僕が共に帝国へ連れてきた護衛は、元帝国貴族なんです。でも、スヴァル公爵家の子息と上司に逆らって罪を問われそうになり、家に迷惑をかける前に出奔したそうです。彼女の名前はジェシカ・スロゥス。スロゥス男爵家の令嬢です。彼女の名誉の回復を。僕が望むのはそれだけです」


 「ふむ。そんなことがあったのか。スヴァルの馬鹿息子が関わっている時点でその女性の無罪は立証されたようなものだ。奴らの罪が明らかになった今なら即座にそう断じる事が出来るが、当時はそうもいかなかっただろう。公爵家という最上位の貴族に対して罪を問える者など、ないに等しかったからな。スロゥス家とその令嬢にはつらい思いをさせた。令嬢の名誉の回復については、すぐに手配をさせよう。宰相、手続きを」


 「は。シュリから聞き取りをし、すでに準備は進めております。後はこちらに皇帝陛下のサインを頂ければ手続きは終了です」


 「さすが我が宰相。仕事が早い」



 己の腹心にちらりと笑いかけ、皇帝陛下は差し出された書類にサインする。



 「……これで令嬢の名誉は回復された。そなたの護衛に伝えて欲しい。この先は堂々と帝国貴族としての名を名乗られよ。望むなら、出奔する前の職へ戻すことも可能である、とな」


 「ありがとうございます。ちゃんと伝えます」


 「うむ。令嬢が前の職を望むようなら、宰相に伝えよ。我が宰相が滞りなく計らってくれるだろう」



 大きく頷きそう言って、皇帝陛下は再びシュリをじっと見つめた。次の言葉を待つように。

 しかし、シュリの口から次の言葉が出ることはなく、



 「他に、望みは?」



 皇帝陛下は短くシュリに問いかけた。



 「今のお願いを聞いていただけただけで十分です。それに、もう過分な程のご褒美を頂いていますから」


 「帝国の美姫や領地、貴族の称号、金銀財宝……そなたが望むなら与える準備はしてあるぞ?」


 「帝国の美しい姫君達は、僕みたいな子供が相手じゃご不満でしょうし、領地も貴族の地位も、ドリスティアの一貴族の身に余ります。金銀財宝も、いつかそれが必要になるときのために大切にしまっておいて下さい。僕はいりません」


 「いらないのか? 本当に?」


 「はい」



 心底不思議そうな顔での問いに、シュリはにっこり微笑んできっぱりと頷く。

 皇帝陛下はそんなシュリをまじまじと見つめた。



 「欲のない子だ。そなたは変わっているな」


 「えっと、そう、でしょうか? 僕自身はそんなに変わっているとは思っていないんですけど」


 「だが、周りからは言われるだろう?」


 「ま、まあ。時々は。いつもじゃないです。本当にたまにです。たまに」


 「そんなに必死にならずともよい。しかし、本当に不思議な子だな、そなたは」


 「は、はあ」


 「初対面なのに、するっとこちらの懐に入り込んでくる。我が息子達や我が宰相がすっかりそなたの虜なのは何故かと疑問に思っていたが、こうして会ってみて少し分かった気がするぞ」



 皇帝陛下に見つめられ、シュリは少し居心地の悪い思いで身じろぎをする。

 この国で1番偉いその人は、そんなシュリを眺めて面白そうに口元に笑みを刻んだ。



 「他に望むものはない。それでよいか?」


 「はい。望みはもう叶えていただきましたから」


 「ならば、この場の目的は達したな。華美な催しは好まぬだろうと、宰相や皇子達から聞いておるから、宴の類は準備しておらぬ。代わりに食事の場を用意した。私が居ると落ちつかんだろうから私は遠慮するが、皇子達とゆっくり歓談するが良い。ではシュリナスカ・ルバーノ……いや、私もシュリと呼ばせてもらうか。かまわぬかな?」


 「もちろんです、皇帝陛下」


 「うむ。ではシュリよ。最後になるが、そなたに特別な身分証を用意してあるから持っていくといい。宰相、シュリにあれを」



 皇帝の言葉を受け、ルキーニア公爵がなにやら薄い板のようなものをシュリの元へ持ってきた。

 受け取って見たが、名刺大のただの金属版のようにしか見えない。



 「さ、シュリ。後は君の魔力登録だけすればいいだけになっている。魔力を通して君の所有者登録を。そうすれば、もう他の人には使えない」


 (なるほど。冒険者ギルドのギルドカードみたいなものか)



 内心頷きつつ、薄い板に魔力を流す。すると、板の表面に光る文字が現れた。光る文字で記された己の名前を見ていると、裏返してごらん、とルキーニア公爵に促された。

 促されるままに裏返してみると、そこにもまた光る文字が浮かび上がっており。

 短く簡潔に、帝国の友、と記されていた。

 帝国の紋章と、皇帝陛下の名前と共に。

 口をあんぐり開けて、驚きの表情のままに見上げると、皇帝陛下もいたずらが成功した子供のような顔をしてこちらを見ていた。



 「特別に作らせた身分証だ。私の名が入っているから、帝国内では結構な無茶が出来るだろうが、そうはしないと信じて用意させた」


 「信じて、って僕に会ったこともなかったのに」


 「我が皇子達と宰相の目を信じたのだ。今では私も信じている。シュリよ」


 「はい」


 「これからも我が皇子達の良き友として仲良くしてやって欲しい。そなたがそなたでいる限り、帝国もそなたの良き友であることを皇帝の名の下に誓おう」



 そう言って、皇帝陛下はいい笑顔で笑った。

 最後の最後に、便利ではあるが少々重たい贈り物をもらってしまった。

 いりません、と言えたらいいのだけれど、コレは返却不可能な品物だろう。

 そう思って諦め、シュリは若干ひきつった微笑みを皇帝陛下に返し、手の中の重たい贈り物を、無限収納アイテムボックスへそっと収納したのだった。

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