第424話 罪と罰

今回、シュリの出番はありません。

ちょっと真面目な話なのですが、必要だと思って書きました。

でも読まなくてもそれなりに話は繋がると思うので、固い話はちょっと、と言う方は読まなくても大丈夫だと思います。


********************


 龍の瞳の双子は助け出され、皇太子の座を狙う第二皇子一派の悪事は暴かれた。

 その情報は当然の事ながら、皇帝陛下の耳へも届けられ。

 第二皇子とその母親の二妃は皇帝の名の下に裁かれる事となり、そして企てに加わっていたスヴァル公爵の現当主と後継の長子も共に裁きの場へと引き出された。


 皇帝陛下と元気になった皇太子に宰相、上位貴族の重鎮達が居並ぶ謁見の間で、スヴァルの当主とその息子は手を縛られたまま、ひざまづかせられている。

 そんな彼らを、皇帝は冷たく睥睨した。



 「長年お前達の忠信を疑ったことは無かったが、この国の次代の芽をつもうなどとは、大それた事を考えたものだな。我が世継ぎの命を脅かした罪は軽くないぞ」


 「陛下。ですが我らはただ、オリアルド殿下をお慕いし、お助けしたいと思っていただけで……」


 「オリアルドを助けたいだけならば、素直に金だけを使っていれば良かったのだ。その程度の助力であれば、ルキーニアに成り代わりたいというお主等の野心も見逃してやったものを。欲をかきすぎたな」


 「陛下、私は……」


 「言い訳はもう十分だ。お主等の罪状の報告も受けている。本来であれば、公爵家を取りつぶしても文句がないほどの罪であるが、喜ぶがいい。お前達2人の首と関わった者達の処刑、領地の大幅な削減で許してやろう。次の領主は、お前達の息のかかっていない遠縁の者からもう選出済みだ。少なくとも、スヴァル公爵家は続くことが許された。安心してあの世へ行くが良い」


 「陛下っ!? ご慈悲を!! 我らはずっと陛下の御為に……」


 「私の為? 馬鹿め。すべてお主等の利益の為、だろうが。それを私が見逃してやっていただけだ。お前達は一線を越えた。許しを得られるとは思うなよ?」


 「陛下ぁぁぁ」


 「見苦しい。下がらせよ。決して逃がすではないぞ」



 兵士達に引きずられるようにして、スヴァル公爵親子の姿が謁見の間から消え、それを追うように、



 「陛下っ。酷いですわ。お兄様は私と私達の可愛いオリーの為に……」



 二妃の金切り声が響く。

 皇帝はその声にわずかに顔をしかめつつ、宰相であるルキーニア公爵に合図を送った。

 合図を受けたルキーニア公爵は、二妃と第二王子の周囲を固める兵士達に頷きかけること指示を出し、兵士達は二妃と第二王子を皇帝の前へと引き出した。

 スヴァル公爵達と違い、二妃と第二王子の手は拘束されておらず、ひざまづくことも強要されはしなかった。

 二妃はこれを幸いに皇帝陛下に文句を言おうとしたが、第二王子はすすんで膝を床へ落とし、立ったままの母親を見上げた。



 「母上。皇帝陛下の御前です。ひざまずいて下さい。我らは罪人なのですから」



 それまでの彼を知る者なら目を疑うほどに、第二王子は静かな瞳で母親を見つめる。



 「オリー、何を言っているの!? あなたが罪人? そんな訳ないでしょう? あなたは当然の権利を主張しただけ。皇帝の息子に生まれた者としての当然の権利を。そうでしょう? 陛下。この子は陛下の尊い血を引く子。この子には皇帝の位を目指す権利があるはずです」


 「確かにオリアルドは我が血を引く者であり、我が息子である。だが、だからといって何をしても許される、ということではないのだ。皇帝の位を目指す権利ももちろんあった。私が皇太子を定める前までは、だがな。しかし、皇太子が定められた以上、それをもり立てて支えるのが皇太子の弟としてのオリアルドの勤めであったのだ」


 「でも、皇太子がいなくなればその次はオリーでしょう? だったら邪魔者を排除したっていいじゃない!!」



 言い聞かせるような皇帝の言葉に反発するように、二妃は声を高くした。

 そのまま皇帝の隣に立つ皇太子をきっと睨み、指を突きつける。



 「お前なんか、さっさと死ねば良かったんだ。お前がいるから私のオリーは皇太子になれない。今すぐ死ね死ね!! 死ね、死ね、死ね!!」



 狂ったように叫ぶ二妃を、立ち上がったオリアルドが後ろからそっと抱きしめた。



 「母上。もういいのです。俺のために狂うのはやめて下さい」


 「オリー?」


 「さ、一緒に皇帝陛下にひざまずきましょう」



 息子に促され、今度こそ二妃も、床に膝を落とした。

 悄然とした様子の彼女を背にかばうようにしながら、オリアルドは皇帝陛下に向かって深々と頭を下げた。



 「皇帝陛下……いえ、父上。若くして妃になった母の支えは俺しかいなかった。俺にとって、母しかいなかったように。父上からの寵愛の薄かった母と、父上の関心を得られなかった俺。俺達には互いしかいなかったのです。故に狂ったままとうとうここまで行き着いてしまった」


 「私を、責めているのか? オリアルドよ」


 「いえ。ただ事実をお伝えしたかっただけです。その上で父上にお願い申しあげます」


 「よかろう。申してみよ。父として、1つだけ、願いを聞いてやろう」


 「……己の罪を減じて欲しいとは申しません。俺はしてはならないことをした。そのことはしっかりと理解しております。ただ」


 「ただ、なんだ?」


 「母は幼いまま母となり、成長できぬままにここまで来てしまった。母に罪がないとは俺も申しません。ただ、命だけは許して頂けないでしょうか? どこか静かな場所で、母上が心静かに穏やかに過ごせるように温情を」


 「母のことだけか? 己のことは願わぬのか?」


 「俺の事はいいのです。母上の事だけを、お願い申しあげたい」


 「……よかろう。お前に免じて二妃の命を取ることはすまい。帝都を追放の上、王家直轄領のいずれかにて蟄居とする。兵士の監視は外せぬ故自由はないが、田舎の屋敷で穏やかに心静かに過ごせるだろう」


 「ありがとう、ございます」



 ほっとしたようにかすかに微笑み、オリアルドは再び深々と頭を下げた。

 皇帝はそんな彼をはじめて見る者のように見つめた。



 「お前は、少し変わったか? もっと傲慢な性格だと思っていた」



 その不思議そうな声音に、オリアルドはかつての己を思った。



 「父上のおっしゃる通り、今までの俺は傲慢な人間でした。俺こそが皇位を継ぐべき人間と、何の疑いも無く思っていた」


 「傲慢な人間だった、か、今は、どうなのだ、オリアルド。今でも己が皇位を得るべき、と思っているのか?」


 「いえ。ヘリオール兄上こそ次代の皇帝にふさわしい。死に至る毒すら克服した兄上は強いお方です。更に、頼りになる片腕もお持ちだ」



 言いながらオリアルドは皇太子の傍らに立つ第三王子レセルファンの顔を見た。

 今まで憎いとしか思わなかった龍の瞳を持つ弟の顔を。

 その顔を見ても、もう感情が乱される事は無かった。

 己でも驚くほどに穏やかな気持ちで、オリアルドは父の顔を見上げた。



 「……惜しいな、オリアルド」


 「……なにが、でしょう?」


 「お前がもう少し早くその境地に至ってくれていれば、私は息子に罪を問う必要も無かっただろうに」


 「俺は……俺は負けねばならなかったのです。負ける事を知れたからこそ、これほどに穏やかな心持ちになれたのです。きっと正しい相手に正しく負ける必要があったのだと、思います。そうでなければ、俺は今でも傲慢でダメな人間のままだったでしょう」



 自嘲の笑みを浮かべる息子を、皇帝は複雑な気持ちで見つめた。

 愛する正妃の元に生まれた最初の息子と、押しつけられた側妃の生んだ2番目の息子を、隔てなく愛せたかと問われると、素直に頷けない己がいる。

 もっと気にかけてやっていたら、何かが変わっていたのだろうか。

 もはやどうにもならない事と分かってはいても、そう思わずにはいられなかった。

 わき上がる親心に、皇帝は顔をしかめる。

 今更この息子を惜しんだところでもう遅い。

 犯してしまった罪は無かった事には出来ないのだから。



 「オリアルドよ。私はお前にも罰を与えねばならない」


 「お受けします。どんな罰でも。俺は罪人なのですから」


 「とはいえ、皇太子暗殺に主に関与していたのは二妃とスヴァル公だということは分かっている。まあ、お前が無関係だとまでは言わぬがな。お主が主導で行ったのはルキーニア公爵家の双子の誘拐監禁だが、人死には出ておらぬ。それらの事実を判断材料として、お前の罪に見合った罰を与えよう」



 皇帝の言葉に、その場が静まりかえる。

 オリアルドは、すっかり大人しくなった母の肩を抱いたまま平伏し、皇帝が再び口を開くのを待った。



 「命は取らぬ。お前の母親と同様にな。だが、皇位継承権は剥奪とし、帝都からは追放する。ただ、母親と共にあることだけは許そう。だが、お前を閉じこめたりはせぬぞ。お前は己の力と裁量で、帝国のごく一般的な民と同様に日々の糧を稼ぎ、母親を養って生きていくのだ。我らからの援助など、あるとは思うな」


 「……寛大なお言葉に感謝いたします」


 「誤解するなよ、オリアルド。私はお前に自由を与えたわけではない。これからのお前の人生には常に監視がつきまとう。故にお前に援助をくれてやろうなどという者が出てくることもないだろう。お前は、お前だけの力で、母親と己の命を守って生きていくのだ。母子揃って飢えて死ぬことがないよう、精々励むことだな」


 「誤解などしておりません。母と私の命を許していただけた。それだけで十分に寛大なご処置なのです」


 「死ぬよりも辛い生もある。懸命に生きてみよ。それが出来なかったとき、いつかお前は私を憎むことになるだろう。私は、そうなるのではないかと思っている。だが、そうならなければいい、とも思っているのだ」


 「懸命に……懸命に生きます。母と、一緒に、ただ懸命に」



 オリアルドは心からの言葉と共に、再び頭を下げた。

 皇帝は、そんな息子を惜しむようにしばし見つめ、感傷を断ち切るように瞠目する。



 「罪人を連れて行け。そしてそのまま帝都から流刑の地へと放逐せよ。監視の目を忘れずにつけて」



 再び目を開けてそう命じたその声は厳しく、父親の情を殺した皇帝の仮面がその顔を覆い尽くしていた。

 オリアルドはそんな父親の……いや、皇帝の顔を見上げ、最後にもう1度頭を下げると、うなだれたままの母親を促して両脇を固める兵士と共に、謁見の間から出て行った。

 その姿を見送った後、



 「監視者に伝えよ。監視者は、罪人を逃がさぬことと最低限死ぬことがないようにだけ心を配るように。過剰な救済は不要だ」



 皇帝は残った兵士にそう告げ、再び送り出す。

 そうしてすべての審議を終えた皇帝は、臣下の者共に気取られぬように、小さく小さく息をついた。



 「これにて、此度の騒動の罪人の裁きの決定は下された。不服のある者は?」



 臣下を見渡し、皇帝が問う。

 沈黙が答えとなり、皇帝は重々しく頷いた。



 「よかろう。では、罪人に関しての話はこれで終わりとしよう。次は今回の功労者達への褒美を考える時間だ」



 気分を切り替えるようにそう言った皇帝がまず最初に目を向けた先は、己の3番目の息子だった。



 「まずは我が息子、レセルファンへの褒美を。兄である皇太子を助け、同じく道を踏み外した兄を捕らえた手腕は中々のものだったな、レセル。その労に報いたいとは思うが、私はお前の喜ぶものがよく分からない。どこかの美しい姫を嫁にもらってやるのがいいか? とはいえ、未婚の皇太子を差し置いてという訳にもいかぬし、まずは皇太子の嫁探しから始めることになるだろうが」



 父親の言葉に苦笑しつつ、彼の前に膝をついたレセルファンは恭しく頭を垂れた。



 「父上。俺は自分の妻になる人は自分で見つけたいと思っています。俺のことはいいですから、兄上にふさわしい女性を捜すことに全力を注いで頂きたく」


 「ふむ。嫁はいらぬか。ならばお前の求めるものはなんだ? 領地か? 金か? それとも城の宝物庫に眠る宝剣のたぐいか?」


 「領地も金も宝剣も、俺には必要ありません。ただ1つだけ、お願いがございます」


 「願いか。申してみよ。よほど無茶のある願いでなければ叶えてやろう。お前はそれだけのことを成したのだからな」


 「ありがとうございます。では、1つだけ。我が龍アマルファを、我が永遠の友として認めてもらいたい」


 「アマルファをお前の永遠の友として? アマルファはもうすでにお前のものだろう?」


 「俺はずっとアマルファを飛竜だと思って接してきました。しかし、彼女はもっとずっと高貴な存在だったのです。だが、彼女は俺の元にあることを望んでくれた。だから俺もその想いに応えたいのです。彼女に価値を感じた者達から彼女を守り、常に彼女の傍らにいられるように」


 「アマルファが飛竜ではない、とは初耳だな。だが、まあ、いいだろう。アマルファをお前の友として認め、お前とアマルファの許可のない者共の干渉を禁じる。これでいいか?」


 「はっ。ありがとうございます。父上」


 「ではこれを我が息子レセルファンへの褒美としよう。宰相」


 「はっ」


 「この旨、後で文書として記録に残しておくように。この場にいない貴族達へも周知しておいてくれ」


 「かしこまりました。そのように手配いたします、陛下」


 「レセルよ」


 「はい」


 「お前は後で、私と皇太子にアマルファに関する説明を」


 「はい、必ず」



 神妙に三番目の息子に頷きを返し、皇太子の隣に戻る姿を見送った。

 そしてその後、立て続けに今回の事件で手柄を立てた人物の名をあげ、その褒美についての話をした。

 といっても、功労者達は、皇子であるレセルファン以外はこの場におらず、後ほど改めて褒美を与える場を設けることになるのだろうが。



 「これで主だった者への褒美は決まったか。後は、噂の少年への褒美、だが」



 噂の少年の名前はシュリナスカ・ルバーノ。

 隣国ドリスティアの貴族の少年で、宰相であるルキーニア公爵の子供達のドリスティア王立学院での友人であるという。

 少年は学院の夏休みを利用して、友人であるルキーニア公爵家の双子と友に湖畔の別荘に滞在しているところに、今回の事件が起こった。


 少年はそれに巻き込まれた訳だが、そんな中、彼はまだ幼い少年の身でありながら驚くほどの活躍を見せた。

 さらわれたルキーニアの双子を救うべく敵地へと乗り込み、後発のレセルファン率いる部隊が到着する前にほぼその場を制圧していたという。

 実際にオリアルドを取り押さえたのはレセルファンだったが、



 「シュリがいなければ、味方にけが人が出ていたでしょう。オリアルド兄上が集めていた戦力の規模は思っていたより大きなものでした。シュリと彼の手の者が密やかに迅速に現地を制圧してくれたからこそ、オリアルド兄上に応援を呼ぶ猶予を与えることもなく、故に被害も最小限に抑えられたのだと思います」



 その当人がそう証言していた。

 実際、オリアルドとスヴァル公爵家の後継を捕らえた後、別の場所に集められていた戦力も制圧したが、想定していたよりもずっと人数を集めていた、と報告を受けている。

 もしオリアルドに応援を呼ぶだけの余裕を与え、その予備戦力がすべて現地に投入されていたら、現場はかなり苦労することになっただろう、と。


 そうしてあがってきた報告もふまえて考えると、迅速に現場の戦力を無力化してくれたシュリナスカ・ルバーノという少年の功績はかなり大きい。

 更に報告によれば、双子がさらわれた事に最初に気がついたのも彼だし、その情報をレセルファンの元へ届けさせたのも彼、双子の護衛として共にいた竜騎士と騎竜の怪我を癒し命を救ったのも彼、双子がさらわれた痕跡を追わせその場所を突き止めたのも彼だという。


 更に更に、皇太子からも驚くべき報告を受けている。

 皇太子の身を蝕む非常に珍しい毒を特定し、彼の身からその毒を取り除いたのも件の少年なのだとか。

 その全てを、10歳に満たない年頃の少年が行った事だというのだから驚きだ。

 いったいどんな風に育てばそんな少年が出来上がるのか、己に自由が許される身であれば、隣国へ行って少年の両親に尋ねてみたいものである。


 皇帝はしばし腕を組み、考えた。

 それだけの事をしてくれた者に対して、なにを与えるべきだろうか、と。


 能力だけを考えてもかなり将来有望な少年だ。

 与えるべきものは惜しまず与えて、友好的な関係を築いていくべきだろう。

 もし娘が何人かいるのなら、そのうちの1人を与えて取り込むのも悪くはないが、残念なことに彼の子供は息子ばかりだった。


 ならば貴族の称号と共に領地を与えるか。

 今であれば、スヴァル公爵家から取り上げる予定の領地や、オリアルドの皇子直轄領が宙に浮いた状態だ。

 いずれは皇帝の直轄地になるか他の貴族に与えられる予定のものではあるが。


 そんな考えを何気なく口にしたら、この場に参加している有力貴族達は、たかが子供にそれだけの者を与える必要などない、と声高に訴え、不満を露わにした。

 ではシュリナスカ・ルバーノという少年を直接知る者はどうか、と様子を伺えば、そちらはそちらでなんだか浮かない顔である。

 どう思うか、と問えば、彼らはそれぞれ、思案深げな顔で意見を口にした。



 「褒美で縛るような思惑は、あの少年に関してはあまりいい結果を生まないような気がするのです」



 宰相のルキーニア公爵が困った顔でそう言い、



 「私の天使は、そう容易に捕まえておける存在ではない気がしています。むしろ、自由の中にこそあの者の価値がある、と。私達に出来ることは、彼が喜ぶことを探り、誠意を込めてお礼の品を差し出す事だけ、ではないかと」



 皇太子も生真面目な顔で訴えた。



 「シュリはおそらく領地を与えても喜ばないでしょうし、高貴な娘を与えても喜びません。そういう贈り物は、むしろシュリをこの地から遠ざける結果となる。俺はそう思います。幸いな事に、ルキーニア家のファランとアズランはシュリと確かな友情を築いています。俺達はその友情が長く続くように陰から見守りつつも手助けし、シュリがこの地に気軽に訪れてくれるよう、し向けた方がいいでしょう」



 更に第三皇子の言葉を受け、皇帝は再び考え込んだ。

 領地でダメならなにを与えればいいのだろうか、と。

 しかし、考えてみたところでいい考えは思いつかず、皇帝は考えることを放棄して第三皇子に問いかけた。

 ならば、かの者に与える褒美はなにがいいと思うか、と。



 「押しつけではなく、シュリが心から望むものを。友が友に、真心を込めた贈り物を贈るように。シュリは幼いですが素晴らしい人物で得難い才能がある。今の友好的な関係を崩すべきではないと、俺は思うのです」


 「それは私もレセルと同じ意見です。我が天使……いや、シュリの心が帝国から離れ、敵対する事だけは避けなければいけない気がするのです。味方とすればこれ以上なく頼りになる人物ですが、敵になれば彼ほど怖い人物はいないのではないか、と。まあ、それ以前に、私はシュリに命を救われました。彼は私の命の恩人であり、大変好ましい人物だ。余程のことがないかぎり、私は彼と敵対したいとは思いません」


 「俺も、シュリとは友人として付き合っていきたいと思っています。この場にいない第四皇子も、俺や兄上と同じ意見でしょう」


 「スリザールもか。なるほどな。シュリナスカ・ルバーノという少年はかなり魅力的な人物らしい。だが、レセルファンよ。友人に贈り物をするように、とお前は言うが、私はかの者を知らぬのだぞ? なにを贈ったらいいかなど、分かるはずも無かろう」


 「そう、ですね。シュリは確か、王都で己の商売をはじめたといっていました。いずれは商都でも同じような店を出すつもりだとも」


 「ふむ。であれば、交易権や帝都での出店許可を与えるのが無難か」


 「おそらくは。少なくとも、迷惑に思われる事はないか、と」


 「ならば、その方向性で準備しておくか。宰相、その辺りの手配はお前に任せる」


 「はっ。お任せ下さい」


 「この程度の褒美であれば、お主等も文句は無かろうな?」



 皇帝の問いに、居並ぶ高位貴族達はざわめいたが、明確な反論は出てこなかった。



 「よかろう。だが、軽率なまねは慎むように。シュリナスカ・ルバーノへの無用な干渉は禁じる。彼が望んでそうするなら話は違うがな。彼は我が後継と我が息子達が認めた友人である。その事実を、心に刻み込んでおくよう、家族や友人にもしっかり申し伝えるように。この場にいない者達へも、後で通達を出しておくが、シュリナスカ・ルバーノへの無礼は、我が顔に泥を塗りつける行為と心得よ」



 しっかり釘を刺してから、謁見の間に居並んでいた高位貴族達を退出させると、その場には皇帝と皇太子、第三皇子のレセルファンと宰相のルキーニア公爵だけが残った。

 皇帝は、疲れたように深々と玉座に身を沈め、傍らに控える宰相の顔をちらりと見た。



 「まさかお前まで、シュリナスカ・ルバーノとかいう隣国の小僧の虜だとは言うまいな?」



 その言葉にルキーニア公爵はおっとりと微笑んだ。



 「小僧と呼ぶには、シュリは可愛らしすぎますよ。陛下も会えば分かります。我が娘と息子はもちろん最上級に可愛いですが、それに勝るとも劣らない愛らしさなのです。妻もすっかりお気に入りのようで、誘拐騒ぎの後は、あちらの別荘に入り浸りです。本当なら私も行きたいところなんですが、お許しは頂けません、よね?」


 「無理に決まってるだろう。この忙しい時に。しかし、我が妹までもが虜とは。恐ろしい子供だな」


 「恐ろしくなんてありませんよ。可愛いんです。陛下も早くシュリにお会いになってみればいいんです」


 「……ふん。褒美を与える謁見で遠からず会うことになる。それで十分だ」


 「そうですか? 可愛いんですよ? 本当に。一目見れば、皇太子殿下が天使、とおっしゃるのも間違いではない、とお分かりになると思うんですけれど」


 「しつこいぞ。下がって急ぎ諸々の手配を。細かい日程の調整もお前に任せる。決まったら、後で報告に来い」


 「は。お任せを」



 苦虫を噛み潰したような顔で命じると、宰相はくすくす笑いながら頭を下げ、謁見の間から出て行った。



 (まったく、幼い頃からの友人を側近になどするものではないな)



 などと思いつつむっすりしていると、



 「では、父上。私とレセルも下がります。なにかご用はありますか?」



 皇太子である長男が、そう声をかけてきた。



 「……特にない。健康になったとはいえ、少し前までは病弱だったんだ。あまり無理はするな。レセル、これまで同様、皇太子を頼んだぞ」


 「はい、父上。兄上が無茶をしそうなら俺がちゃんと止めます。お任せ下さい」


 「信用している。頼りにしているぞ」


 「全く、父上はレセルにばっかり頼るんですから。もっと私を頼ってくれていいんですよ?」



 皇帝の言葉に頼りになる三男が生真面目な顔で答え、長男はほんのりと唇を尖らせる。

 いい年をした男がなんて顔をしている、と思うのだが、愛しい女によく似たその顔にはなんだかその表情も似合って見えて、己の親バカさ加減に己でも呆れてしまう。



 「今までは病弱すぎて頼るより守ることしか考えられなかったんだ。だが、まあ、私が後継者に選んだのはお前だ、ヘリオール。ちゃんと頼りにしている」


 「なら、いいんですが。……父上?」


 「なんだ?」


 「オリアルドへの支援は、本当に禁止ですか?」


 「もちろんだ。決まっているだろう? ……少なくとも、最初の1年くらいは控えておけ。アレが本当に変わったのか、それとも見せかけだけなのか、見極めなくては」


 「そう、ですね」


 「しかし、お前も甘いな、ヘリオール。オリアルド達は、お前を亡き者にしようとしたのだぞ」


 「自分でも甘いとは思いますが、それでもやっぱりオリアルドは私の弟ですから。それに、私は死なずにこうして生きてますし」



 そう言ってヘリオールは笑う。

 しなやかな強さを感じさせるその笑顔に思わず見ほれた。

 我が息子ながら中々いい男に育ったものだ、と。



 (ま、まだまだ私には届かないがな)



 心の中でつぶやき、こっそりふん、と鼻をならし。

 退出していく息子達の背を見送った。見送りながらはっとする。

 そういえば、アマルファについての話を聞くのを忘れたな、と。


 でも、もうどちらも息子の背も見えず。

 そこまで急いで話を聞くほどの情報でもなかろう、と一旦アマルファに関する事は棚上げしておくことにした。



 「シュリナスカ・ルバーノか。一体どんな少年なんだかな」



 皇帝陛下にしてみれば、たかが飛竜1匹の事よりも、皇太子を救い、進行していた悪事をくい止めたその少年の方が余程重要だった。

 そんな皇帝が、放置していたたかが飛竜の情報に度肝を抜かれそうになるのは、まだしばらく先の話である。

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