第422話 天使の舞い降りるとき⑦

 「ファラン、もう大丈夫だよ」


 「レセル兄様!!」



 彼の腕に飛び込むファランを、シュリは微笑ましく見守る。

 そして、



 「じゃあ、この荷物を下にいるジェス達に預けてからアズランを助けに行ってくるよ」



 2人だけにしてあげようと思ってそう言うと、



 「アズランを? それなら俺も行こう」



 レセルは即座にそう返してきた。



 「私も一緒に行きたいけど、私は邪魔よね。私はジェス達と一緒に兄様とシュリがアズランを連れてきてくれるのを待ってるわ」



 ファランも聞き分けよくそう言ってくれたので、じゃあそうしよう、と連れだって部屋を出た。

 もちろん、拘束されたオリアルドも引き連れて。

 階段を降りていくと、悪者が一掃されて広々とした空間に、膝を抱えて座るジェスとそれを必死に慰めている様子のエルミナ、狼形態に戻ってすやすやと眠るポチの姿が見えた。


 オリアルドは、己の味方が誰1人いない状況を目の当たりにして、もう助かる道はなさそうだと、静かに瞠目した。

 レセルファンはそんなオリアルドの背を押しながら、



 「シュリ。兵士達にこの男を引き渡してくるから少し待っててくれるか? すぐに戻るから」



 そう言って、外への出口へと向かった。

 シュリはその背中を見送り、ファランをジェスに預けておこうと、体育座りのジェスの元へと向かう。



 「ジェス、お疲れさま。エルミナも、レセルを連れてきてくれてありがとう」



 ジェスとエルミナを言葉でねぎらい、寝ているポチの頭をそっと撫でた。

 シュリの気配にジェスが顔を上げる。その目はなぜか涙目で、彼女を慰めていたエルミナも、ほっとしたようにシュリを見た。



 「しゅ、しゅりぃぃ……す、すまないぃぃ」


 「すまない、ってどうしたの? 何か困ったことでもあった??」



 慰めるようにジェスの頬を撫で、くすんくすん鼻をならすジェスが胸元から何かを取り出すのを待つ。

 彼女が慎重に取り出したそれをのぞき込むと、彼女が慎重に開いた布の中には粉々になった何かがあった。



 (ん~?? なんだ、これ??)



 内心つぶやき、首を傾げる。

 そんなシュリの困惑に気づかず、ジェスは続ける。



 「しゅっ、しゅっ、しゅりのくれたマスクが……こ、こんなことにぃ」


 「……どうやらシュリがプレゼントをしてくれたマスクが粉々になっちゃって落ち込んでるみたいなんだけど、どうにかならないかしら、これ」



 横から割り込んだエルミナの説明に、そう言うことか、と頷いたシュリは、



 (別にプレゼントって訳でも無かったんだけどね、このマスク。必要だと思ったからあげただけで。でも、そんなに喜んでくれてたなら、まずはマスクをどうにかしよう。で、ちゃんとしたプレゼントも後で用意してあげればいいかな)



 まずはマスクの破片を無限収納アイテムボックスに回収し、便利スキルで再び元のマスクを作り出すとそれをジェスの手の上に乗せてあげた。



 「え、これ」


 「ちゃんと直したから大丈夫だよ。僕のあげたマスク、大切にしてくれてありがとう、ジェス」



 正確に伝えるなら直した訳じゃないのだが、直したと伝えた方がジェスは喜びそうだったからそう伝えて微笑む。

 手の上の完全回復したマスクとシュリの笑顔に、ジェスの顔がみるみる輝いて、それを見ていたエルミナがほっと息をつくのが何とも微笑ましく、シュリはにこにこしながら2人の顔を交互に見上げた。



 「元気出た? なら良かった。じゃあ、僕はレセルと一緒に地下に捕まってるアズラン達を救出してくるから、ジェスとエルミナはここでファランの護衛をお願いできるかな?」



 そんな風に伝えると、ジェスは元気いっぱいに頷いて、



 「ファラン様の護衛だな!! ああ、任せてくれ。貰ったこの仮面に恥じない働きをしてみせる」



 なんだか妙に張り切った返事を返してきて、エルミナはそんなジェスを呆れたように見てから、



 「……ここは任せて。護衛も、ジェスの暴走管理も、きちんとやっておくわ」



 ちょっと疲れたようにそう言った。

 そんな彼女を労うように、シュリは彼女の肩をぽんぽんと叩いてから、



 「うん、よろしく。じゃあ、ファラン。アズランを助けてくるよ」



 ファランの手をジェスに、ではなくエルミナに預けた。

 そして、外から戻ってきたレセルファンと連れだって地下へと降りていった。



 「え? あれ? そこでどうしてエルミナなんだ?? ここは私の手にファラン様を預けるところじゃ……?」



 シュリからファランを預けられることを想定して用意した手をむなしく差し出したままのジェスをそのままそこに残して。


◆◇◆


 一応警戒しながら地下に降りたが、残った敵勢力が地下で待ちかまえている事もなく、1番手前にある部屋の中でアズランを見つけた。

 一応ドアに鍵はかかっていたが、ちょっとレセルの気をそらした隙に力業で壊してドアを開けると、正面のベッドの上に両手両足を縛られて転がされているアズランを見つけた。



 「シュリ!? ……それにレセル兄上まで!!」



 驚いたように声を上げるアズランが思っていた以上に元気そうなことにほっとしつつ、シュリはアズランの側に駆け寄った。



 「良かった。無事だね、アズラン。助けに来るのが遅れてごめん」


 「いや、僕はいいんだ。それよりファランを……」


 「ファランはもう助けたよ。敵も全部捕まえたから、もう心配いらないよ」


 「そうか。良かった。ファラン、大丈夫だったか? 何もされてないよな?」


 「うん、元気だよ。でも自分の目で確かめなよ。上の階でジェスと一緒に待ってるから」



 手足の拘束を外し微笑みかけると、アズランは頷いて立ち上がり、



 「それもそうだな。じゃあ、ファランの顔を見てくるよ。シュリとレセル兄上は?」


 「僕とレセルは他に捕まっている人とか隠れてる悪者がいないか確かめてから行くよ」


 「そうか。じゃあ、先に行ってる。シュリ、気をつけてな。レセル兄上もお気をつけて」



 ずっと縛られていたせいか、ちょっとふらふらする足取りではあったが十分に元気な様子で、アズランは部屋を出ていった。

 それを見送った後、シュリはレセルファンと頷きあって、残りの部屋をチェックしていく。

 次の部屋は仮眠用の部屋のようで、寝乱れた寝具が散乱していたが人の気配は無かった。

 だがその次の部屋には大きな檻があって、その中に、



 「しゅりぃぃ!! 待っておったのじゃ」



 まるで反省している様子のないにこにこ顔のイルルと、



 「レセル……会いたかった」



 レセルファンの顔しか眼中にない様子のアマルファがいた。



 「君は、あの時の……」



 アマルファの姿に目を見開くレセルファン。

 その彼に、



 「あの赤い方は僕の知り合いだから僕が回収するね。レセルはもう1人を……アマルファをよろしくね」



 シュリはてきぱきと指示を出しつつ、檻の鍵を壊してイルルの首根っこをつかんで引きずり出すと、後は若いお2人で、と言わんばかりにイルルを引きずってその場を後にする。



 「しゅ、ちょ、わ、妾が心配じゃったのは分かるがちょっと乱暴なんじゃないかの? シュリ? ちょ、ちょっと待て。尻……尻がこすれて。あ、もしかしてあれじゃな? シュリはこういう乱暴なのが好き……って痛いのじゃ。拳骨は酷いのじゃあぁぁ」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ、シュリ。アマルファ、って……え!?」



 シュリが意図的に漏らした情報に混乱しつつ、アマルファと2人で部屋に残されたレセルファンは、困惑した表情で檻の中の女性を見つめた。

 己の飛竜と同じ名前のその人を。



 「君もアマルファって名前なのかい? 俺の飛竜もアマルファって名前で……」



 どう話しかけていいか悩んだ末、おずおずとそう声をかける。

 だが、その言葉がすべて終わる前に、アマルファと言う名前のその女性がレセルファンの胸に飛び込んできた。

 抱きつかれ、反射的に抱きしめていた。

 その瞬間に感じた、何とも言えない安心感に、レセルは首を傾げる。

 仮にもこれだけの美人に抱きつかれて安心するっていうのは男としてどうなんだろう、と思いながら。


 でも、この何とも言えない安心感にはなんだか覚えがあった。

 それは何よりも大切な相棒であり愛おしい存在でもある己の竜の背にいるときと同じような感覚で、レセルはどうしていいか分からずに腕の中の女性を見下ろした。



 「あの……」


 「……ごめんなさい」


 「え?」



 腕の中の女性からの唐突な謝罪に、レセルは小さく首を傾げる。

 そんなレセルの顔を、腕の中の女性がまっすぐに見上げた。



 「ずっと、あなたをだましていた。あなたに真実を隠したまま、側にいた。レセルのことを、誰よりも大切だと思っているのに、ずっと本当のことを言えなかった」


 「本当の、こと?」


 「あなたのアマルファは私。レセルの側に居たくてずっと飛竜のふりをしてた」


 「飛竜のふり? じゃあ、君は……君の本当の種族は」



 反射的に問いかけていたが、答えは何となく分かっていた。

 下位の竜は人の姿を持たない。

 飛竜のように人の言葉を理解し、友として共にあれる竜もいるが、彼らが人の形態をとることはあり得ない。


 人の姿をとれる程の力を持つもの。

 伝説の物語の中では時折その存在を語られるが、実際に人の前に現れる事はほとんどないと言われている幻の種族。

 強大な力を持つ彼ら龍族は、神にも至る力を持つと言われている。

 特に、寿命を越えて長き時を生きる力を持つ上位古龍ハイエンシェントドラゴンはもはや神の域にいると言っても過言ではない、と彼らを語る物語の中には記されていた。


 人の姿をとれる竜。

 その時点で、アマルファは龍族なのだと言われているようなものだったが、それでも信じられないような思いで目の前の女性を見つめる。

 彼女がアマルファのふりをしてからかっているだけではないか、そんな思いを捨てきれずに。



 「私は風の龍の一族に連なるもの。飛竜は我ら風の龍に連なる下位の竜ゆえ、我らと姿が似ている。だから、あなたの誤解をそのままに、あの日から飛竜のふりをしてあなたの側にいる事を選んだ。でも、私ももうじき子供の時期を終えて脱皮の時を迎える。そうすれば、今でさえ周囲の飛竜より大きいと驚かれるこの体は更に大きくなるし、もう飛竜のふりはできないわ。だから、私は選択に迫られた。何もあかさずにあなたの前から居なくなるか、正体を告げて本当の私をあなたに受け入れて貰う努力をするか」



 だが、レセルファンのほのかな希望はすぐさま否定された。

 目の前の女性は紛れもなく彼のアマルファで、龍の一族に連なる尊い身であると。



 「ねえ、レセル。あなたは私を受け入れてくれる? 飛竜ではなく、風の龍としての私を」



 困惑するレセルファンを、アマルファは祈るような思いで見つめる。

 その一途な瞳は、彼が何よりも愛し大切にしてきたいつものアマルファのものだった。

 ごくり、と唾を飲み込んで、レセルは乾ききった口を開く。



 「君は……。君はそれでいいのかい? 風の龍という尊い身でありながら、俺の元に留まってしまって。君には帰る場所があるんじゃないのか?」



 レセルの言葉に、アマルファは緩やかに首を振った。



 「あなたと共にあることを選んだ日から、私の帰る場所はあなたの居る所になった。でも、明らかに飛竜ではない私があなたの側にあることは、あなたに面倒ごとを運んでくるかもしれない。もし私の存在があなたの迷惑になるなら、私は……」



 確かに、困ったことも起きるだろう。

 飛竜とは明らかに違う、更に上位の存在であると一目で分かる彼女がレセルファンの傍らにある、ということは、周囲にトラブルを引き寄せるに違いない。

 そんな素晴らしい龍ならば、皇帝陛下か皇太子殿下に献上すべきだ、と声高に迫る愚かな帝国貴族達の顔が目に浮かぶようだ。


 だが、それは出来ない。

 彼女はレセルのもので、レセルもまた彼女のものなのだ。

 引き離されることを、許容することなど出来ない。

 このまま彼女を手放し、離ればなれになることも。



 「側にいてくれ」



 彼女の腰を抱く手に力を込める。



 「……レセル?」


 「アマルファ、どんなことからも君を守ると誓う。人の悪意からも、人の尽きぬ欲望からも。だから、どうか俺の側にいてほしい。これからも、ずっと。これからは主従ではなく、友として」


 「いいの? 本当に?」


 「ああ。ただ、時々はこれまで通りに俺を乗せて飛んでくれると嬉しい。君の背に乗って大空を駆けるのが、俺は本当に好きなんだよ」


 「レセル……」


 「あ、君が嫌なら無理しなくていいんだよ? ただ、君の気が向いたときで……」


 「私も、あなたと空を駆けるのは幸せだわ。いつだって、あなたの望むままに私を使って。今までと変わることなく」


 「それで、いいのかい?」



 おずおずと、遠慮がちに問う彼が愛おしかった。

 彼の胸に頬を当て、十分に力を抑えて彼の体をぎゅうっと抱きしめて。



 「もちろん。……大好きよ、私のレセル」



 アマルファは幸せそうに微笑むのだった。

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