第359話 悪魔退治のその後に

 後処理の人員に、ディリアンと2人の護衛を残し、シュリと国家主席はオーギュストに連れられて一足先に代々の国家主席の執務室へと戻ってきた。

 そこにはもう、倒れたリットと、彼を解放する残りの護衛2人の姿はなく。

 その代わりのようにたたずむ美女3人にシュリも国家主席も目を丸くした。

 だが、突如現れた人影に驚いたように目を見張ったのはあちらも同様で。

 お互い、驚きを隠さずに見つめ合い、先に動いたのは女性陣の方だった。



 「シュリ、無事だったのね! 心配したわ」



 そんな言葉と共にアガサがオーギュストの腕からシュリを奪い取り。



 「シュリ。大丈夫とは思っていたがちょっと心配したぞ」



 ジェスはシュリを抱きしめるアガサごと、ぎゅむっと抱きしめ。



 「私はシュリは大丈夫って思ってたけど、ちょっとだけ心配したわよ?」



 最後にフェンリーが、ジェスとアガサごとシュリを抱きしめ、シュリの頬に己の頬をすり寄せた。

 そんな女性3人とシュリの様子を、国家主席が目をぱちくりさせながら眺め、完膚なきまでに壊れた己の執務室の扉を見た。



 「……アレを直すのには、金がかかりそうだな」



 彼の目線を追ったオーギュストの言葉に、



 「悪魔と戦ったとは思えないほど部屋に被害はなかったからな。アレくらいは、まあ、ご愛敬だろう」



 苦笑しつつ、アウグーストが答える。

 そして改めて、シュリに絡みついている女性3人を見た。


 3人のうち、2人の顔は見たことがある。

 確か、[月の乙女]という傭兵団の団長と副団長だったはず。

 今回の騒動で、ディリアンは彼女達に隣国から助っ人を連れてくるよう依頼を出した。

 ということは、見覚えのない残りの女性が今回の件の本来の助っ人ということなのだろう。

 彼女も非常に力のある魔術師だという話で、冒険者ランクはS、現在の職業は隣国の王都で高等魔術学園の学園長をしているとか。

 名前は確か……



 「アガサ殿、だったか」



 ディリアンに教えられた、かつての学友だという今回の助っ人の名前を思い出し、つぶやく。

 小さくはあったが耳に届いたその声にアガサが顔を上げた。

 だが、アウグーストが進み出て自己紹介する前に、



 「アガサ。彼はアウグースト。この国の国家主席さんだよ」



 シュリが小声でそう教えているのが聞こえて、思わず口元に笑みが浮かんだ。

 近づいてくる彼を見て、流石に一国のトップを前にしてとる態度ではないと思ったのか、シュリから離れたアガサは優雅に一礼し、



 「アガサ・グリモルと申します。せっかくお呼びいただいたのにお役に立てず。遅参をお許し下さい」



 助っ人なのに肝心の場面にいなかった事を詫びた。



 「いや。あなたが遅かった訳ではなく、解決が早すぎただけだから、どうかお気になさらず。あなたが一緒にこの国に連れてきてくれた助っ人がとんでもない実力者だった、それだけのことだ。そういう意味で、我々はあなたに心から礼を言わねばなるまい。よくぞシュリを連れてきてくれた、と」



 アガサの言葉に、気にすることはないと首を振り、アウグーストは心からの感謝を告げた。

 シュリ到着以前の死者についてはどうにもならないが、彼が到着してからの死亡者は敵方の術者ただ1人。

 それ以外の者は、味方には全く被害が無く、悪魔の器にされてもう死んだものと思っていたリットの命も助かり、敵勢力も見事なまでに一網打尽に出来た。

 ノルド・ダルモンを筆頭に捕らえた大商人達は、抵抗する気力も根こそぎ奪われてしまったようで、彼らと共謀した他の者達も近く捕らえることが出来るだろう。


 よくぞここまで見事に解決できたものだと、アウグーストは心底感心していた。

 己がやったことなど、[音集めの魔道具]を権力に任せて持ち出したことくらい。

 それが重要だし必要だったんだ、とシュリは言いそうだが、シュリとシュリの悪魔がいなければ、それがあったところでどうにもならなかったことは明白だ。

 シュリのおかげで助かった。

 それがアウグーストの……いや、自由貿易都市国家首脳陣の正直な思いだった。



 「そちらは[月の乙女]のジェスとフェンリー、だったか? 2人にも感謝を。依頼料は上乗せしてディリアンに持って行かせるから期待しててくれ。それとは別に、明日は関係者や俺の支持者を集めて祝勝会をするつもりだ。君達にも参加して欲しい」


 「依頼料はありがたいですが、祝勝会、ですか?」


 「誘っていただいて光栄なんですが、そういう場に着ていくような服が……。ドレスとか、もってないですし」


 「ドレス、か。本来なら招いたこちらが贈るべきなんだろうが、今回は流石に用意する時間が無い。特にドレスコードを定めるつもりは無いし、申し訳ないが普段の服装で来てもらっても構わないだろうか。今回は、我が国の窮状を救ってくれた英雄をもてなし讃える為の内々の集まりだから、身分を振りかざすお堅い連中は呼ばないつもりだしな。それに、君達の他にも、今回護衛やらなにやらで協力してくれた他の傭兵団の代表にも声をかける予定だ。彼らにも、服装は普段どおりでいいと伝えておこう」


 「そ、そうですか……」


 「じゃ、じゃあ」



 着ていく服がないという理由で断ろうとしていたジェスとフェンリーだが、これ以上固辞しても無礼に当たると判断し、控えめに頷いた。



 「もちろん、シュリとアガサ殿にはぜひとも来て頂きたい。なんといっても、我が国を助けに来てくれた2人をもてなす場なのだからな」


 「ん~。私はなにもしてないからもてなしてもらうのは心苦しいんだけど。でもまあ、せっかくのお誘いだし、お断りするのも失礼よね? 一応念の為にドレスも何着か持ち込んでるし。私のドレス姿でシュリを誘惑するせっかくの機会だし」


 「「ド、ドレス!!」」



 アウグーストのお誘いに対するアガサの独り言に、ジェスとフェンリーが反応する。

 アガサはそんな彼女達をちらりと見て、



 「サイズがどうにかなりそうなら貸してあげるわよ?」



 にっこり微笑んだ。

 ジェスとフェンリーはぱっと顔を輝かせ、それからすぐに胸をなで下ろす。

 2人とも、場違いな格好でお呼ばれするのは、やはり気が進まなかったようだ。



 「良かったねぇ、2人とも」



 微笑ましい気持ちで、にこにこしながら声をかける。

 すると、そんなシュリにはっとしたように目を向けたアガサが、



 「流石にシュリのサイズのドレスは無いわね……」



 冗談なのか本気なのか、申し訳なさそうにそんなことを言ってきた。



 「僕にドレスは必要ないからね!? っていうか、僕、今すぐにでも帰ろうと思ってたんだけど」


 「「「え!? どうして!!」」」


 「え? だって、ジュディスからすぐ帰るようにって言われてるし」



 3人の勢いに若干押されつつ答える。

 ジュディスからは、悪魔退治の危険性よりむしろ事態解決後のパーティーとかそういう方を警戒しろと言われていたシュリは、その教えを忠実に守ろうとした。

 守ろうと、したのだが。



 「シュリは私のドレス姿を見ないで帰るなんて、そんな薄情なことは言わないわよね?」


 「せっかくアガサ殿がドレスを貸してくれると……でも、そうだよな。シュリは私のドレス姿なんて見たくないんだよな」


 「そんなこと無いわよ!? ジェス!! 私は見たいわよ!? ジェスのドレス姿!! シュリだって見たいに決まってるじゃない! ね? そうよね?? ねっ!!」



 3人の女性陣からの圧と、



 「主役が来ないでどうするんだ。ここは私の顔を立てると思って」



 この国のトップからの圧を無視することなど、シュリには出来なかった。

 いや、今この場にジュディスがいたなら、上手に角を立てず断ってくれたのかもしれないが、いないのだから仕方がない。


 断れないのは僕のせいじゃない、ジュディスがいないせいだから、と心の中でそっと言い訳をこぼすが、それをジュディスにぶつけることは出来ないと分かっていた。

 その言葉をぶつけたが最後、ジュディスは嬉々としてシュリにくっついて離れなくなるだろうから。



 「仕方ないなぁ。じゃあ、その祝勝会だけは参加するけど、他のパーティーとかに誘われても参加しないからね? 帰りが遅くなって怒られるのは僕なんだから」


 「わかった。その辺りの事は参加者に周知しておこう。本来なら、もっと大々的にもてなしたいところなんだがな……。でも、それはいやだろう?」


 「絶対やだ」


 「なんとなくそう言われそうな気がしたから、内々の集まりにしようと思ったんだ。極力シュリを煩わせないように参加者はちゃんと厳選する。ディリアンに相談しながら、な」



 アウグーストは大きく頷いてそう請け負い、リットを医者の元へ連れて行くため席を外していた護衛2人が戻ってきたタイミングでシュリ達を送り出した。

 明日の集まりの詳細は後で連絡する、そう告げて。


 そんなわけで。

 シュリ達4人は仲良く[月の乙女]の拠点へと向かう。

 来るときは急いでいたからオーギュストの反則じみた移動法を使ったが、帰りは真面目に歩いて帰る。


 外に出た後は、ジェスの馬に乗せてもらった。

 アガサはフェンリーの馬に同乗していたが、道中、後ろをついてくる馬からの2人のうらやましそうな視線がよーく刺さった。


 とはいえ、シュリが乗っていたのはジェスの前なので、2人の視線が本当に刺さっていたのはジェスの背中だと思うのだが、彼女は全く気にした様子もなく。

 ジェスは非常に幸せそうに、己の前に乗せたシュリを堪能していた。


 危ないからという理由でシュリのお腹に片手をまわし、ぎゅっと引き寄せ己に密着させ。

 時々頭のてっぺんにすり寄せられる柔らかいなにかはジェスのほっぺだろうし、頭のてっぺんをくすぐるなま暖かい空気はシュリの香りを堪能するジェスの息づかいなのだろう。


 そんな彼女の行為に気づいてはいたが、シュリは苦笑しつつも彼女の行動に口出しせずに口をつぐんだ。

 馬に乗せてもらってるんだし、まあ、いいか、と。

 そしてそのまま、運んでもらうのをいいことに、シュリは思考の海へと沈み込む。



 (えーっと、帰ったらジュディスに報告……は明日の方がいいか。何で今すぐ帰ってこないのか問いつめられそうだし。うん。明日の食事会が終わった後か、出発する前に連絡する事にしようっと。後は、明日着ていく服をオーギュストに相談して……。あっ、その前に、保護した奴隷の人達に会いに行かないと!)



 などと、シュリが色々考えている間にも、ジェスの馬は順調に帰り道を進んでいく。

 大事件を解決した後だが、さくっと解決したため、1日の終わりは遠く。

 やるべき事をやる時間は十分にありそうだ。

 とはいえ、夕ご飯前に終わらせるなら、それなりに急ぐ必要もあるだろう。


 帰ってちょっと休んだらすぐに動き出そう、と考えながら、シュリは頭をジェスの胸へと預ける。

 そして頭の後ろの心地いい弾力と馬の歩行の揺れを感じながら、しばしの休息を得るためにそっと目を閉じたのだった。


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