第357話 黒幕のもとへ

 自由貿易都市国家の大商人の1人、ノルド・ダルモンは今日も己の屋敷の地下に、悪巧みの仲間達を集めて計画の進捗についての話し合いをしていた。

 集まった顔触れは、商都で古くからの大店を営む由緒正しい大商人の血筋の者ばかり。


 彼らは皆、現国家主席による新たな政策に反発し、古き良き時代を取り戻すために立ち上がった同志だった。

 彼らこそ、現国家主席を打ち倒す為に、悪魔を召還した首謀者達。


 だが、高価な酒を飲み、禁制の魔薬を詰めたパイプをくゆらせる姿はただの快楽主義者にしか見えず。

 国家転覆をもくろんでいる集団には、とてもではないが見えなかった。


 そんな彼らの中に、1人だけ異色の男がいた。


 黒いローブに身を包み、フードですっぽりと頭を隠した姿はいかにも怪しい。

 恐らく彼が、大商人達の依頼を受けて悪魔を召還した魔術師なのだろう。

 呆れたように己の依頼人達を眺めながら、彼もまた勧められるままに酒を飲む。

 断ると彼らの機嫌を損ねることを、彼らに雇われてから今日に至るまでの間に、身にしみて学んでいたから。


 酒やら魔薬やら、様々な匂いの入り交じる部屋の片隅に固まって震えるのは鎖につながれた奴隷達。

 召還の際に使われた奴隷の死体はすでに片づけられ、そこにいるのは商人達が新たに買い求めて来た者達だ。


 この奴隷達は、悪魔が目的を達成して戻って来たときに与える成功報酬となる。

 決して悪魔の機嫌を損ねないように、悪魔の怒りを買わないようにと、そこにいる奴隷は状態がよく、若く身綺麗な者が多かった。


 当然の事ながら若い娘も多く混じっていて、酩酊状態の商人達は彼女達に好色な視線を向けている。

 だが、悪魔の供物に手を出した事がバレるのを恐れてか、実際に手を出す者はまだいなかったが。



 「時間はかかりましたが、あの忌々しい国家主席の首を刈るまで、あと少しですなぁ」


 「事を荒立てず、秘密裏に始末する為とはいえ、思ったより手間取りましたな」


 「確かに。こんな事なら、あの悪魔が最初に言い出したように国家主席の周囲の人間諸共、広範囲に殺しておいた方が良かったかも知れませんな。無関係の者の命を奪うのは心が痛いなどと、仏心を出したばかりにとんだことです」


 「国家転覆を謀るには、我らはいささか優しすぎるのかもしれませんなぁ」



 魔薬特有の、甘く退廃的な匂いの充満する部屋で、彼らは自分達の悪事を語りあい笑いあう。

 その言葉をこっそり聞く者がいるのでは、などとは欠片も疑わずに。



 「しかし、ダルモン殿。ご子息は良かったのですかな?」


 「お若いのに優秀な青年と、噂には聞いておりますが」


 「優秀だろうとなんだろうと、父親の言うことも聞けずに敵方に仕える者など、もう息子でも何でもない、というのが正直な本音ですなぁ。幸い、アレの下にも息子はおりますし、下の息子達の方が年が若い分扱いやすい。ですから、何1つ問題はありませんし、惜しいとも思いませんな」



 周囲の言葉に応え、ノルド・ダルモンは脂ぎったその顔にいやらしい笑みを張り付けた。



 「目的のためならご自身の息子の命すら犠牲にするとは、剛毅なことですなぁ」


 「そういう強さを持つダルモン殿だからこそ、次の国家主席にふさわしい。我々を率いて、古き良き自由貿易都市国家を取り戻して下され。正直、小生意気な成金共には腹が据えかねておりましてな」


 「あの国家主席のせいで、新興の大商人が増えましたからな。奴らのせいで、我らのような古参の大商人が肩身の狭い思いをせねばならぬなど、間違っておる!」



 酒と薬の力を借り、言いたい放題気分良く言い合う彼らは失念していた。

 世の中には、音声を閉じこめる魔道具が存在するという事実を。

 それらの魔道具の値は法外に高く、数も限られていたが、重要な話し合いや決まり事を記録するのに重宝するため、国で保有している国家は少なくない。

 もちろんこの国でも保有しており、国家主席、そして国の許可を得た者のみ使用できると定められていた。


 つまり、国家主席本人であれば、使いたいと思った時にすぐに持ち出して使える、ということだ。


 彼らは気づかない。

 いつの間にかこの場に、自分達以外の誰かがいること。

 自分達の終わりが近いことを、彼らは気づくことが出来なかった。


◆◇◆


 オーギュストの活躍(?)により、悪魔は無力化され、黒幕の正体も居場所も判明した。

 その時点で、シュリの仕事はほぼ終わった訳だが、かといってすぐに撤収、という訳にもいかないだろう。

 第一、時間をかけずに悪魔退治がすんだため、後から合流するはずのアガサやジェス、フェンリーもまだ来てないし。


 さて、どうしようかなぁ、とシュリは思案する。


 オーギュストに拘束されている悪魔の証言によれば、召還された場所はとある商人が所有している屋敷の地下にあり、そこは数人いる首謀者達の集会の場にもなっているとの事だった。

 [レーダー]を立ち上げ、悪魔が教えてくれた場所を確かめてみれば、今日がちょうど集まる日だったのか、複数の人間示す光点がそこに集まっている。

 1人1人の点をタップして確かめていくと、そこに示される情報は悪魔が吐いた名前と同じもの。

 そこに乗り込んで一網打尽にしてしまえばすっきりするなぁ、と思いつつ、シュリはディリアンの顔を見上げた。



 「ディリアン……さん」


 「……ディリアン、でいいですよ。呼び捨てで。敬語も不要です。公式の場でだけ、取り繕ってもらえればいいですから」


 「じゃあ、ディリアン」


 「……なんですか?」


 「黒幕の人達が都合良く集まってるんだけど、今から踏み込んで捕まえちゃう?」


 「例の、索敵に便利なスキル、ですか? どういう性能なのかきっちり詳細に聞き出したいところですが、無理でしょうからそれは諦めましょう。今から踏み込んで悪党共を捕まえられるのか、でしたね。捕まえるだけなら、まあ、出来るでしょう。ただ、そのまま拘束し続け、罪を問うには少々証拠が足りませんね」


 「えっと、彼らが召還した悪魔が証言しても?」


 「悪魔に証言させようとか、本当に規格外な子ですね、あなたは」


 「え? 悪魔って証言させたりしないもの!?」


 「まずしませんね。倒すだけでも大変なのに拘束して、なおかつこちらの言うことをきかせるなんて事、普通は出来る事じゃないですから。君と、君の悪魔が特殊なんです」


 「オーギュスト、だよ。ディリアンに名前があるようにオーギュストにも名前があるんだから名前で呼んであげて?」


 「……それは失礼しました。確かに、そうですね」


 「ま、僕も偉そうなこと言えないけどさ。彼のこと、あんまり名前で呼ばないし」



 シュリは苦笑しつつ、逃げられないようにオーギュストの魔力で作った縄でぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわまでかまされているピエロな悪魔の事を見た。



 「お前が名前を呼んでくれるなんてご褒美を、こんな奴に与えてやることはないぞ、シュリ」


 「ん? ご褒美??」



 すかさずフォローに乗り出したオーギュストの言葉に、シュリはこてんと首を傾げる。

 そんなシュリに、オーギュストは深々と頷いてみせた。



 「ああ。シュリに名前を呼んでもらえるなんて事、ご褒美以外のなんでもない。こんな豚悪魔にはもったいない」



 言いきって、オーギュストは容赦なく縛り上げられたブロディグマをぎゅむっと踏みつける。

 その瞬間、あふんっ、と何ともいえない鳴き声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


 そう自分に言い聞かせつつ、シュリは悶えているように見えなくもない悪魔からそっと目をそらせた。

 視線を逃した先で、再びディリアンと目をあわせたシュリは、



 「えーっと、悪魔の証言だけで弱いなら、今踏み込んで捕まえてもダメってこと、だよね?」


 「ええ。物証やちゃんとした人間の証人を揃えて、言い逃れできない状況を作って自白に追い込まないと。悪魔があげた名前は、1人を除いてみんな、力のある大商人のものですから、中途半端に追いつめて反撃をもらうのも痛いですし」


 「なるほどねぇ」



 頷きながら、シュリはう~ん、とうなり考え込む。

 かつて生きた世界にあったICレコーダーでもあれば、悪者の集いにこそっと乗り込んで悪事の暴露話を録音できて話は簡単なんだけどなぁ、とそんなことを。


 流石にこの世界に録音装置とかはないだろうなぁ、いやでも、マイクみたいな魔道具があるしもしかしたらあるのかなぁ、などと考えつつ、一応確認の為に口を開いて問いかけてみる。

 音を記録できる道具なんてないよねぇ、と。

 当然、ない、と返事は返ってくると思っていた。

 だが、



 「音を記録できる道具、ですか? ありますよ??」



 返ってきたのはそんな返事で。

 え、あるんだ!? と、逆にシュリの方が驚いてしまう。

 そんなシュリを微笑ましそうに、若干苦笑混じりに見つめ、国家主席その人が口を挟んできた。



 「音集めの魔道具は貴重で高価なものだが、国家間の取り決めや会談の記録に役立つため、保有している国家は多いぞ。確かドリスティアでも王家が保有しているはずだ。この国でも、代々の国家主席を所有者として国で保管している。必要であればすぐに用意させるが」


 「えっと、国で保管してるなら、許可とか必要なんじゃ」


 「国家主席以外なら、な」



 にやりと笑った顔が意外と子供じみていて、シュリは思わず目をぱちくりした。

 そんなシュリを面白そうに眺めながら、国家主席は緊急の連絡に使う為の魔鳥を飛ばす。

 急ぎ音集めの魔道具を持って来させるために。

 そして改めてシュリに問いかけた。



 「で? 我らが救世主殿の計画は?」



 問われたシュリは表情を引き締め、そして語り出す。

 己と己の眷属の常識はずれの能力を惜しみなく使った、何とも贅沢な計画を。


◆◇◆


 計画を語り終え、音集めの魔道具も届き。

 いよいよ実行、という段になって、誰が行くかという事で少々すったもんだがあった。

 シュリの計画では、最少人数……つまり、シュリとオーギュストと国家主席の3人で動く予定だったが、それにディリアンが待ったをかけた。

 やはり国のトップを護衛なしに連れ回すのは良くないらしい。


 オーギュストに確認したところ、連れて行く人数が増えると使う魔力も増えるがなんとかなるだろうとの事だったので、もう面倒くさいからこの部屋にいる人はみんな連れて行く事にした。

 ただ、リットは気を失ったままだったし、父親の悪事を暴く場に連れて行くのも気の毒なので残していく事に。

 後は、一応念のための護衛を2人残し、シュリ達は総勢6人で敵陣へ乗り込むことに相成った。


 といっても、乗り込むというほど勇ましいものではなく、オーギュストの空間転移で首謀者達のいる部屋の片隅にこっそり侵入し、まずは隠れたまま決定的な証拠になる話を録音する。

 証拠を手に入れたら後は、国のトップである国家主席の権力の力を借りつつ、悪者達を無力化する予定だ。


 予定の通りに行けば、特に大きな抵抗なく捕らえられるはずだが、往生際悪く反抗してくるなら、そのときはそのときのこと。

 ねじ伏せられるだけの戦力はあるし、彼らだけで無理ならシュリとオーギュストが力を貸せばいい。


 ちなみに、捕らえた悪魔は、決定的な証拠として持って行く。

 オーギュストの魔力の縄でぐるぐる巻きにし、これまたオーギュストの魔力の袋に詰め込んであり、後は運ぶだけ。準備万端である。



 「じゃあ、オーギュスト。そろそろ行こうか?」


 「そうだな。シュリは俺が絶対に離さないから大丈夫だが、他の連中は途中で離れないように注意しろ」


 「あ、じゃあディリアンは僕が掴むから、オーギュストは国家主席さんも運んであげて? で、残りの護衛の2人は、自分でオーギュストにしがみついてくれる?」



 シュリの言葉にみんなが神妙に頷く中、国家主席その人だけが苦笑とともに口を挟んだ。



 「救世主殿。その国家主席さんっていうのはやめないか? 是非アウグースト、と名前で呼んで欲しい。呼び捨てでいいし、敬語もいらないからな?」


 「じゃあ、お言葉に甘えてアウグーストって呼ばせてもらうね。だからアウグーストも、僕のことはシュリって呼んでよ」


 「分かった。そうしよう」


 「よし、決まりだね。えっと、みんな準備は出来た、かな?」



 アウグーストと笑いあい、それから他の面々の様子を確かめる。

 自分の手がディリアンをしっかり掴んでいるのを確かめ、オーギュストが国家主席を肩に担ぐのを見届け、護衛2人がオーギュストの細腰に遠慮しながらしがみつくのを確認し。

 シュリは大きく頷いて、オーギュストに目で合図する。

 それを受けたオーギュストの前に、黒い次元の裂け目が出現し。



 「じゃあ、いくぞ。離れるなよ?」



 そんなオーギュストの言葉を最後に、団子のように一塊になった6人プラス袋詰めの悪魔の姿は黒い裂け目の奥に消えた。

 彼らを飲み込んだ裂け目は、すぐに消えてなくなり。

 それを見ていた護衛2人は目を見張り、信じられないものを見たとばかりに顔を見合わせるのだった。


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