第356話 悪魔契約、そして
「契約……正直、忘れていたな」
「え? ちょ……」
「契約? それって必要なの??」
「ま……」
「俺はすでにお前の眷属だし、必要ないとは思うが」
「まさか……」
「するとなにかいいことがある??」
「うそ、だろ……」
「まあ、ないわけではないな。契約を交わせばお前から魔力が供給されて、俺が強くなるぞ」
「まじ、かよ……」
「あ~、精霊契約みたいな感じかなぁ? 正直、強さは十分な気がするけど、オーギュストがしたいならしてもいいよ?」
「お前ら、契約、してねぇの!?」
「シュリがいいというなら、しておきたい。力はあって困るものじゃないしな」
「こんだけ強えぇのにまだ契約してないなんて、どんだけ反則だよ!?」
ブロディグマが驚愕の叫びをあげる。
その気持ちは分からないでもないが、精霊と同様の契約が悪魔とも必要だなんて知らなかったんだから仕方ないじゃないか、とも思う。
そんなのは常識だ、と突っ込まれそうな気もするが。
まあ、契約するのが普通なら契約しておいた方がいいのだろう。
オーギュストが契約したいと言うのなら、シュリの方から断る理由はない。
「いいよ。んじゃ、ちゃちゃっと契約しちゃおっか」
「ちょ、おい!」
「いいのか? じゃあ、条件を決めよう」
「おい、こら!」
「条件??」
「俺の声、聞こえてんだろ!?」
「ああ。精霊の契約と違って、悪魔の契約には互いを縛る条件が必要だ」
「無視、すんじゃねえ!!」
「条件かぁ。そうだなぁ。オーギュストはどんな条件にするの?」
「そこはやっぱ魂だろ? こんだけ極上の魂が目の前に……」
「キスだな。1日1回は絶対だ」
「ってキスかよ!?」
「魔力補給って事?」
「いや、そこは魂だろ!? 普通は。魔力補給なんて他の方法でいくらでも……」
「いや、ただのキスだ。恋人にするような、出来るだけ濃厚なのがいい」
「ってか、魔力補給ですらねぇのかよ!?」
言葉の間に挟まるブロディグマのつっこみが地味にうるさい。
でも、とりあえず今はオーギュストとの契約を詰める事の方が大事なので、無視の方向性で進める。
「キスかぁ。ま、いっか。オーギュストがそれでいいなら」
「いいのかよ!? このマセガキが! うぎゅっ!?」
「……シュリへの暴言は許さん。それで、シュリはどうする? どんな条件でもいいぞ?」
「いてぇぞ、くっそぉ。やりたい放題やりやがって」
「条件かぁ。そうだなぁ。これって、僕がオーギュストにするお願いって考えでいいんだよね?」
「お願いだぁ? このガキ、どんだけお気楽な頭……ってぇ! いてーって!!」
「……そうだな。そう思ってくれていいぞ。なんでもきいてやる。お前の願いなら、なんでもな」
「くそぅ。頭が割れるかと思ったぜ……。味噌が漏れたらどうすんだよ。ったく、人の体に縛られんのも考えもんだな。体がもろいからとにかく痛え」
オーギュストから甘く問われ、シュリはしばし考える。
とりあえず、悪魔の入れ物になっているリットのこめかみからちょっぴり流血が見られたので、中の悪魔がこれ以上オーギュストを怒らせないで欲しいなぁ、と思いつつ。
「そう、だなぁ。じゃあ、自分の命も大事にすること!」
「はぁ?」
「自分の命も大事に? それが条件……シュリの願いか?」
「はあぁ?」
「うん、そうだよ?」
「はあぁぁぁ??」
「本当に、それでいいのか? 他にもあるんじゃないか? 例えば、人を殺すな、とか」
「殺さねぇでどうすんだよ!? 悪魔が召還される時は普通、殺したい奴がいるときだろ!? 俺、なんか間違ってる!?」
ブロディグマという悪魔がわかりやすく混乱しているが、その混乱をただしてやる義理もないのでとりあえず放置する。
そして、オーギュストの頬に手を添えて、油断なく悪魔を見張るオーギュストの瞳が自分の方を見るように促した。
「オーギュストが意味もなく人を殺すとは思ってないから、そのお願いじゃ意味がないでしょ? それより僕は、僕や僕の大切を守ろうとするオーギュストが自分を後回しにすることが心配だよ」
オーギュストの瞳を見つめ、自分の言葉が浸透するのを待つ。
「僕や僕の大切なものを守るって言ってくれるオーギュストの気持ちはうれしいけど、それと同じくらい自分も大事にして? 僕のために」
「シュリ」
「オーギュストも、僕の大切なもの、なんだよ?」
うっとりと見つめ返され、ちょっと言い過ぎた? とも思うが、オーギュストにはこのくらい言わないと伝わらないだろうと思い直し、
「だから僕のオーギュストも大切にしてあげて」
そう言いきった瞬間、
「分かった。契約完了だ。愛してる」
愛の言葉とともに速攻で唇を奪われた。
あ、やっぱりちょっと言い過ぎだったかも、と思ったが後の祭り。
唇を割って入ってきた舌が情熱にまかせて暴れるのを受け止めながら、シュリは目だけで周囲の様子をうかがう。
国家主席さんは呆気にとられたようにぽかんと口を開き、ディリアンはなんだか諦めたような遠い目をしている。
護衛の人達もどんな反応をしていいか分からないような顔をしているし、オーギュストに顔面を捕まれたままの悪魔は、なんだかわなわなしていた。
(うん、なんとなく分かるよ、その気持ち)
思わず共感しそうになったのを、
(いけない、いけない、相手は悪い悪魔なんだから)
と己を戒めつつ、終わらないキスをお受けしていると、とうとう限界がきたのだろう。
「てめぇら。俺が大人しくしてりゃあ、ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、いい気になりやがって!! もう許せねぇ!!」
そんな叫びとともに、リットの中からつぽんっ、と何かが飛び出した。
悪魔っぽい見た目の……というか、小太りのピエロのような生き物(?)が。
得体の知れないモノが飛び出した瞬間、オーギュストが掴んだままのリットの体からくたりと力が抜け、それに気づいたオーギュストは流石にキスを中断して、リットの体を床に横たえる。
オーギュストの腕の中から抜け出したシュリは、とととっとリットのそばに駆け寄り、その呼吸を確かめた。
弱々しいが息は、ある。
魂はまだ食べてないというブロディグマの言葉は嘘じゃなかったようだ。
シュリはほっと安堵の吐息を漏らし、オーギュストの指で傷ついたリットの顔へ反射的に舌をはわせる。
血のにじんだ傷や痣になった部分を子犬のようにぺろぺろ舐めて、その傷がなくなるのを確かめ、ふ~っと額を拭った瞬間、周囲の何ともいえない視線に気がついた。
やっちまった、と思わず内心冷や汗を流す。
すべての視線が痛いが、中でもオーギュストの視線の刺さり具合がハンパない。
変な発言をされる前に無難な説明で煙に巻こう、と思ったのだが、一足遅かった。
「……俺も男の姿に戻ればシュリに舐めてもらえるのか?」
「男だから舐めた訳じゃないからね!? ただ、リットが怪我してたし、怪我させたのは僕のオーギュストだし、その傷を治療するのは飼い主としての責任っていうか……」
頭の悪い発言を繰り出してきたオーギュストに反論しつつ、若干の説明を加える。
すると、それを聞いたディリアンがすすす、と近づいてきた。
彼はリットの側にかがみ込み、シュリが舐めて治した傷を検分して、ふむふむ頷く。
「舐めて治す、という習慣は獣人族の間の民間療法ですが、それは気休めのようなもの。実際に傷を治せる行為ではないと、以前読んだ文献にはありましたが……治ってますね、これは。見事なまでに」
これはどういうことなんでしょうか、と目で問われ、シュリは困ったように目を泳がせる。
正直に話すか誤魔化すか、迷ったのはほんの一瞬。
誤魔化しきれない、と判断し正直に話すことにした。
例えば、舐めて治したのは気のせいで、治療の魔法を使いました、と誤魔化したとしよう。
その場合、今後治療を頼まれた時に困ることになる。
治療系の魔法が使えないシュリは、魔法をつかう振りをしつつ、実際に治すために相手を舐めなければならないわけで。
そうなると、治癒魔法を使いながら相手を趣味で舐める変人さん、というレッテルを張られかねない。
だったら最初から、舐めるのは治療行為とばらしてしまった方が傷は浅いだろう。
「えっと、ですね~……。僕、治癒系の魔法の代わりに[癒しの体液]ってスキルを持ってまして……」
「[癒しの体液]ですか。初めて聞くスキルですね」
「ちょーっと変わり種のスキルみたいで。そんな強い効能じゃないので、そこまで役に立たないんですけどね~」
あはは、と笑いながら役に立たないアピールは忘れずにしておく。
「舐めると傷を治せるスキル。興味深いですね……」
言いながら、何かを探すように周囲を見回したディリアンは、せっかく本性を現したのに存在をガン無視されてわなわなしている悪魔な小太りピエロの黒光りする凶悪な爪に目をとめた。
「ちょっと失礼」
そう断って、恐れる様子すら見せずにピエロの手を取って、その爪で己の手を傷つける。
そしてその手をすかさずシュリに突きつけた。
「さ、舐めて下さい」
「ええぇぇ~?」
「そんなに嫌そうな顔をせずに、私の知的好奇心を満たして下さい。ちゃんとお礼はしますから」
お礼は別にいらないのだが、たぶん断りきれないと判断したシュリは、諦めの表情でまだ血の流れる傷口に舌を伸ばした。
「くっ。こそばゆいですね。……おや、もう痛みがひけてきました。これはなかなか」
すぱっと切られた傷は思ったより深くなく、何度か舐めただけできれいにふさがった。
それを確かめ顔を上げると、治癒された己の手をまじまじと見つめた後、
「思っていたより効果が高いですね。これは興味深い。シュリ、2、3ヶ月ほど、あなたの体……いえ、スキルを調べさせていただけませんか? あなたの望むままの報酬を約束しますよ?」
そんな申し出をされた。
「え? ヤですよ」
人体実験など冗談じゃない、と即座に断る。
っていうか、この人、今の状況を分かっているのだろうか。
今も斜め上くらいに悪魔がぷかぷか浮いているというのに。
「そう言わずに。快適な待遇を確約しますから!」
言い募るディリアンを半眼で見つめ、
「これ以上しつこくするなら、オーギュストとアガサを連れて今すぐ帰りますけど?」
半ば本気でそう告げる。
とはいえ、自分がいなくなった後、悪魔退治にかり出されるだろうジェスやフェンリーの事を思うと、おそらく実行は出来なかっただろうが、そんなことを知らないディリアンには効いたようだ。
「くっ。そうきましたか……。これ以上は悪手ですね。仕方ない。諦めましょう」
しぶしぶ引き下がったディリアンを追い払って、改めて悪魔を見上げると、なぜかオーギュストと悪魔がごしょごしょと内緒話をしている場面を見てしまい、シュリは目を丸くした。
なぜかオーギュストは、しきりに悪魔の手を己の胸元へ誘っており、オーギュストの好みのタイプってアレなのかな、とシュリは首を傾げる。
ついさっきもオーギュストから愛の言葉を頂いたばかりだというのをさくっと記憶の彼方に押しやり、好奇心のまま2人が交わす愛の睦言に耳をすませた。
「だから、遠慮はいらん。ここをぶすっと一突きに、だな」
「ばっ、ばかやろー!! んなこと言っておいて、後で倍返しにするつもりだろぉ!?」
「そんなつもりはないから安心しろ。お前はただ、思い切り俺を切り裂いてくれればいい。なに、少しくらいやりすぎても死んだりしないから、遠慮なくやってくれ」
「し、信じられるかぁ!!」
でも、聞こえてきたのは思っていたのとは全く違うバイオレンスな内容で。
シュリの首はさらに深く傾げられた。
シュリはとてとて歩き、オーギュストの足下へ行き、注意を引くようにくいくいと服の裾を引っ張る。
「えーと。どうしてオーギュストはわざわざ切り裂かれようとしてるのかなぁ?」
「傷があるとシュリに舐めてもらえる事実が判明したから、俺にも傷があればシュリに舐めてもらえるかと思ってな」
シュリの質問に、さらりと答えるオーギュスト。
耳に届いた頭の悪いその答えに、シュリは額を押さえてため息をつき。
「オーギュスト……」
「なんだ? シュリ」
「僕、僕のオーギュストを大切にするようにって言ったよね!?」
「そう、だな?」
「僕に舐めてもらいたいからって、無理に傷を付けようとするのもだめって事だからね!?」
「なっ!? そ、そうなのか!?」
「そうだよ!! もうっ」
「シュリに舐めてもらえばすぐ治るからいいんじゃないか??」
「ダメに決まってるでしょ!!」
頬を膨らませ、わかりやすく怒ってみせると、オーギュストは目に見えてしょぼんとした。
「でも、だが、無理に傷つけるのがダメだとしたら、俺はどうやってシュリに舐めてもらえば……」
オーギュストはどうしても、なにがなんでもシュリに舐めてもらいたいらしい。
舐められるって、そんないいものか? という疑問はあるが、感じ方は人それぞれ。
オーギュストがどうしてもって言うなら仕方ないか、とシュリは心を決めた。
「そこのブロディグマと背後の黒幕をどうにかできたら、ご褒美で舐めてあげるから!!」
そのシュリの言葉を聞いた瞬間、オーギュストの目がきらりと光った。
伸ばした手で即座にブロディグマの首を掴んで床に引き倒すと、その胸に手を押し当て、
「ブロディ?」
その名を呼んで婉然と笑う。
「親しげに呼ぶんじゃねぇよ!? 俺とお前は友達でも何でもねぇだろうが!!」
優しげな声音で名を呼ばれ得たブロディグマは、じたばたしながら叫んだ。
だが、どれだけ暴れても押さえつけるたおやかな腕はびくともしない。
「お前を喚んだのは誰だ? お前と契約した悪者の名前を今すぐ教えてもらおうか」
「ぐっ……」
「素直に答えれば、こちらだけで許してやる。そうでなければ……。ずる賢いお前なら、言わずとも分かるだろう?」
容赦なく首を締め上げたまま問う。どうする? と。
実のところ、この場でブロディが頷かなくとも問題はない。
悪魔召還の痕跡はそう簡単に消しされるものではなく、オーギュストであればそう時間をかけずに見つけ出せる。
それでもやはり、1番手間暇をかけずに黒幕へ到達するなら、ブロディグマの自白が1番効率的だ。
目的を果たせば、たとえ時間がかかろうともシュリは褒めてくれるだろうし、ご褒美もくれるだろう。
だが、最上級の結果を出してこそ、最高のご褒美を堂々と受け取れるというものだ。
オーギュストはそう考えた。
そしてその考えのもと、至高の結果へ到達する為に、迷わず行動を開始した。
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