第332話 あふれる想いと失恋と

明けましておめでとうございます。

今年も頑張って書きますので、この作品をよろしくお願いします。

あわよくばペースを上げたいと思ってはいるのですが、中々思うようにはいかず。

ゆっくりペースで大変恐縮ですが、気長にお付き合い頂ければ嬉しいです。

今年中か来年には完結を目指したいです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ジュディスの協力により、愛の奴隷達をどうにか説き伏せ、連日の甘い夜に少々疲れてきたある日。

 庭先の日溜まりでうっかりうとうとしていたシュリは、自分に近づいてくる気配に気づきつつも、どうしても目が開かなかった。


 疲れていたせいもある。

 だが、その気配の相手を絶対的に信じていたからでもあった。


 彼女はそんなことをしない。無条件に、なぜだかそう信じていた。

 彼女だって健全な年上の女の子だと言うことを、すっかりうっかり失念したまま。


 眠くて、眠くて、眠くて。

 近づく彼女の気配を感じながら、再び深い眠りに落ちていこうとしたその時、シュリの唇を熱い吐息と柔らかな感触が襲った。

 最初は遠慮がちに。

 次第にその重なりを深くしながら。


 まだ大人になりきらない少女の舌が、己の唇の隙間をこじ開けるように進入してくるのを感じながら、シュリは内心冷や汗を流していた。

 そしてそれと同時に、その口づけの年に似合わぬ巧みさに驚愕した。


 正直、同年代のアリスやミリシアとは雲泥の差である。

 姉妹の中では抜群の才能をみせるリュミスと比べても遜色はなく。

 フィリアは、まあ、あの恥じらいがいいので出来ればそのままでいていただきたく、比べる対象にはならないとしても、その年頃の女の子としては卓越した技術(?)を身につけていると言えた。


 シュリの中では、フィリアに近い立ち位置にいた彼女の意外な才能に、シュリは内心目を見開く。

 いつの間にこんな技量を身につけたのか!? いったい誰と!?

 ……と。若干やきもちに似た気持ちと共に。


 シュリと彼女は清い(?)仲なので、シュリを相手に練習したわけではない。

 まあ、シュリの認識の範囲内で、ではあるが。

 うっかりぐっすり寝ちゃってたりしたら、そこまでは責任は取れないけれど、流石にこれだけ激しいキスを受けても寝ていられるほど鈍感ではない、と思いたい。



 (じゃ、じゃあ、誰と!? タント……は絶対に無いとしても、他にキスが上手な人。はっ!? ま、まさか、シャイナとかルビスとか!?)



 仕事上、1番彼女と関わりが深い愛の奴隷2人の顔が脳裏に浮かぶ。

 シュリと同様、キス、という行為がすっかり日常化してしまっている彼女達なら、シュリの為にキスを上手になりたい、と熱心にお願いされたら受け入れてしまいそうな気がする。

 それにその方が、彼女に熱烈片思い中のタントと練習した、と言われるよりは現実的だ。


 彼女の将来の為には、彼女ただ1人を真剣に想ってくれるタントのような相手と恋をした方がいい、と心から思っているシュリだが、何事も理想と同じようにはいかないもの。

 彼女の想いは常にシュリの方を向いていたし、彼女にとってのタントは弟のような同僚止まりだった。


 でもせめて、彼女の想いを無闇に高める事がないように、不要な接触は極力避けていたつもりだった。

 とはいえ、彼女はシュリ専属という肩書きもあるので、不要な接触を避けるといってもたかが知れてはいたが。

 そんな訳で、シュリの出来る範囲でという注釈はつくものの、一応キキの気持ちを必要以上にあおらないように努力はしていたつもりだったのだが、一体なにをどう間違ってこの現状になってしまったのだろう。

 シュリは心の中でうーんと唸る。


 そんなシュリの内心の苦悩など知る由もなく、彼女のキスという行為への熱はどんどん増していく。

 耳を通して脳を揺さぶる幼くも甘い声に、流石にそろそろ何かアクションをおこすべきだろうか、そう思ったとき、



 「おい、キキ。なにしてんだ!? やめろよ!!」



 鋭い声と共に、キキの唇がシュリのそれから引き離された。

 寝たふりをしているからよく分からないが、その声はおそらくタントのもの。

 よりによって、と思わないでもないが、見られてしまったのだから仕方ない。

 さて、どうしようか、と思いながら、シュリはとりあえず、寝たふりのまま2人の会話に耳をすませた。


◆◇◆


 「なに考えてんだよ、キキ。貴族相手に勝手なことして。おこられるぞ!?」



 焦りと苛立ちを含んだ少年の声。

 気持ちは分かるけどもう少し落ち着け、と言いたい気持ちをぐっとこらえて寝たふりを続けるシュリの気持ちも知らず、



 「相手は貴族なんだぞ? 身分を考えろよ」


 「そんなの分かってる。でも、好きなの。無防備なシュリ様に勝手に触れる事がいけないことだって分かってても、どうしても我慢できないくらいに」



 シュリの頭の上で2人は言い争う。

 シュリが好き、その言葉がキキの唇からこぼれ、タントの気配が目を閉じてても分かるくらい尖った。

 そりゃあ好きな女の子が他の奴を好きだって言ったらいらっとするのは分かる。

 分かるけど、もうちょっと落ち着こう? そう言いたくて仕方ない気持ちを再びこらえ、シュリは目を閉じたまま時が過ぎるのを待つ。


 起き上がり、タントにアドバイスをするのは簡単だが、そうしたところでタントは素直に言うことを聞かないだろうし、キキの目の前でそれをしてしまうのは可哀想だ。

 たとえシュリのスキルのせいであるとしても、今この時、キキがシュリを想う気持ちは嘘じゃないのだから。



 「くそっ……そりゃ、キキの気持ちはバレバレだし、オレなんかお呼びじゃないって分かってるさ。分かってるけど」


 「タント?」


 「オレじゃ、ダメか?」


 「え……?」


 「頑張って仕事して、金稼いで、絶対にキキを幸せにする。キキだけを好きだって誓う。だから……」



 空気が、動く。

 たぶん、タントがキキを引き寄せて抱き寄せたんだと思う。

 キキの乱れた足音と、服と服が触れてこすれる衣擦れの音が聞こえたから。

 目をつぶってると、耳の感覚が鋭くなるんだなぁ、とそんなことを考えながら、目を開けたい衝動にあらがう。

 ちょっとくらい目を開けても気づかれはしないだろうけど、万が一、ということもある。

 今、この場で寝たふりがバレるのは流石に気まずい、とシュリは必死に寝たふりを続けた。



 「オレに、しとけよ」



 そんなシュリに気づくことなく、タントは言葉を続ける。

 非常に男らしい告白に、シュリの方がキュンとした。

 シュリだって、男の子に生まれたからには、一生に1度くらいはこんな告白をしてみたいと思う。

 思いはするが、周囲の女性陣はアグレッシブすぎて、そんな隙を与えてくれないような気もする。


 シュリが一言、男らしく告白したいから大人しくして欲しい、と言えばみんなすぐに大人しくなるとは思うが、事前に告知が必要な時点で、シュリの理想の告白とは大分かけ離れていると言えよう。

 やはり告白というものは、突然だからいいんじゃないかと思うのだ。

 まあ、その分、リスクだって付き物だが。



 「オレの方がキキを好きだし、オレの方がキキを幸せに出来る! キキは知らないかも知れないけど、そいつ、可愛い顔してすごい女たらしなんだぞ!? この間なんか、そこの木陰でジュディスさんと、キ、キ、キ、キスを……」



 キキの心をとらえるシュリの株をどうにかして下げたいのだろう。

 タントがシュリのちょっとエッチな悪行(?)をキキに密告する。



 (あ~、残念。さっきのとこまででやめとけば、凄くかっこいい告白だったのになぁ)



 タントの気持ちは分かるが、恋敵の悪口はかなりのマイナスポイントである。

 少なくともシュリ的には。

 まあ、でっち上げじゃない分まだましだとは思うが。



 (それにしても、この間のアレ、見られてたのかぁ)



 一緒にお庭をお散歩中に、ジュディスがどうにも我慢できなくなったらしく、木陰に連れ込まれて濃厚なのをかまされたのは事実である。

 見られて困るものでもないが、少々迂闊だったとは思う。


 孤児を見習いとして雇用している都合上、そういうことに興味津々のお年頃の子供達がうろうろしているのだから、もうちょっと気を使うべきだった。

 子供の情操教育的によろしくないのではないのだろうか。



 (今度、みんなにちゃんと注意をしておこう)



 キスを求めるのはいいが、きちんと時と場合と場所を選ぶように、と。

 まあ、言ったところで大して改善するとも思えなかったが。

 タントにのぞき見されていた事実にちょっぴり冷や汗を流しつつそんなことを考えていると、



 「え? 知ってるよ?」



 タントの告げ口を静かに聞いてたキキが、今更なにをいってるのか、と言うようにさらっとそう言った。



 「へ? し、知ってるってジュディスさんとこいつが、キスしてるって事をか?」


 「うん。知ってるよ? いつもの事でしょ??」


 「い、いつもの事……」


 (い、いつもの事……タントだけじゃなく、キキにまで見られてたとは)



 しかも、いつも、と言うことは、かなりの頻度でキキにそういうことをのぞき見られていたということじゃなかろーか。

 これは、キキの情操教育上、大変よろしくないのでは……と内心冷や汗を量産していると、



 「だ、だけど、こいつの相手はジュディスさんだけじゃないんだぞ!? 実は、シャイナさんとも、門番小屋の影でこっそり、その、キ、キ、キ、キスを……」



 タントはどうにかキキの気持ちを己に向けようと、再び告げ口を試みる。



 「あ、うん。それも知ってるよ? いつもの事だもん」



 だが、タントの願い叶わず、それもあっさり流された。

 むしろ、寝たふり中のシュリの方が、



 (あ、そっちも見られてたんだ……)



 本当に気をつけないと、と青少年の好奇心をちょっと甘く見過ぎていた事に冷や汗を流していたりする。



 「え、でも、2人だぞ!? 1人ならともかく、2人と……」



 キキの平然とした様子に驚愕したタントの純情丸出しの言葉に、シュリは寝たふりをしたまま小さくなる。

 2人じゃないんだよ、ごめん、と。


 だが、そんなシュリの実状は、専属の側仕えをしているキキは当然の事ながら知り尽くしており、彼女は今更なにを言ってるんだろうと言わんばかりの口調でタントに答えた。



 「えっと、お相手って訳じゃないけど、シュリ様のお情けを頂いてるのは2人だけじゃないよ? ジュディスさんとシャイナさんの他に、カレンさんでしょ、アビスさんにルビスさんでしょ……。婚約者のお嬢様方は当然だし、シャイナさんの話によると、他にもシュリ様のお情けを頂いている人は沢山いるって。それなのに私はまだ頂いてなかったから、どうしても我慢できなくて」


 (キ、キキには全部バレバレだったのか……)



 なんてこったと思いつつ、ほんのり薄目を開けて様子を見れば、恥じらうように頬を染めるキキと、それを呆然と見つめるタントが見えた。



 「い、頂いてないから、って。それって頂くようなもの、なのか?」


 「え? そうだよ? この間、シュリ様のお客様にエルフのお嬢様が来ていたでしょう? そのリリシュエーラ様とシュリ様がお話ししてたの。キスとか、そういうご褒美は専属の使用人にしか与えない特別なものだって。望まないなら無理にはしないけどってシュリ様は言ってたけど、その場にいたジュディスさんとカレンさんは、なくちゃ困るって」


 「せ、専属へのご褒美……」


 「そうなの。だから、ほら、わ、私もシュリ様の専属の側仕えだし、お願いしたら貰えるのかなぁって思って。お願いしてみようとはしたんだけど、こういうのって勇気がいるものなんだね。なかなか言い出せなくて。今日もお願いしようとしてシュリ様を捜してたら、余りに無防備に寝てたから。それで、つい、ね?」



 リリシュエーラとの話を聞かれていたという、その事実にシュリは驚愕する。

 あの時、シュリは確かに言ったのだ。専属の使用人だけは特別なんだと。

 あの場で、リリシュエーラを使用人にする申し出はきっぱり断ったからもう終わったものと安心していたのだが、まさかキキがあの話を聞いていたなんて夢にも思っていなかった。


 アレを聞かれていたなら、キキが自分も、と思ってしまっても仕方がない。

 キキだってシュリの専属の使用人であることに間違いはないのだから。

 他の5人と違って、愛の奴隷ではない、と言うだけで。


 リリシュエーラとの会話では、愛の奴隷云々と説明するわけにはいかなかったので、専属の使用人という言い方になってしまっただけなのだが、そんな事情をキキが知るはずもないし、簡単に説明しちゃえるものでもない。

 困ったなぁ、どうしよう、と内心うんうん唸っていると、



 「あのね、タント」



 シュリが結論を出す前に、キキが決意を秘めた声でタントに呼びかけた。



 「タントが私を好きって言ってくれるのは凄く嬉しかった。だけど、私にはやっぱりシュリ様しかいないみたい。小さい頃からずっとずっとシュリ様だけを好きだった。シュリ様の周りには魅力的な女の人がたくさん居るって分かってる。婚約者のお嬢様達だっているんだから、私が好きでいても無駄なんだろうなって。諦めないとって思ったよ? 身分も違うし、私なんかじゃ無理だからって。でも、どう頑張ってみてもシュリ様のいない人生なんて考えられなかった。それで思ったの。想いは叶わなくても、シュリ様を見つめ続けるだけでいいって。お役に立って、お側においてもらえれば、それだけで幸せだって」


 「キキ……それでいいのかよ? そんなのって……」


 「だからごめんね? タント。タントに想ってもらっても、私はその気持ちに応えられない」


 「そんなにそいつがいいのかよ? オレの1番より、そいつにとってのその他大勢の方がいいっていうのか?」



 きっぱりと引導を渡したキキに、タントの暗い声がすがりつく。



 (ちょ! キキをその他大勢なんて思ってないからね!? ちゃんとキキはキキとして、僕なりに大切に思ってるんだから!)



 人聞きが悪いことを言わないで欲しい、と心の中で文句をつける。

 まあ、心の中の反論なので、シュリの主張は誰にも届かなかったが。

 だけど。



 「違うよ、タント。シュリ様はちゃんと1人1人を見てくれてるよ? 私のことも他の人のことも、その他大勢、なんて思う人じゃない。私がちょっと調子悪そうにしてるだけで、すぐに気づいてくれる人なんだよ?」



 キキはそんなシュリの事をちゃんと分かってくれていたようだ。

 キキの反論に、ちょっぴりジーンとしていると、



 「でも、キキの気持ちには全然気づいてないじゃないか」


 (気づいてない訳じゃないんだよ。ただ、キキの将来を思うと、僕じゃない方がいいだろうなって思って、応えるべきか応えないべきか迷ってただけで)



 タントの反論に、あえて気づかない振りをしていたのだと、これまた心の中で反論する。

 ただ、まあ、キキの気持ちがここまで大きく育っていたことは少々計算外だったけど。

 本当なら、こうなる前にもう少し距離を置けたら良かったんだろうけど、結局のところ、彼女をアズベルグに止めおけなかった時点でもう詰んでいたのだろう。



 「そうだね。シュリ様は私を女の子として見てくれてないかもしれないけど、でもそれでいいんだよ。私はシュリ様の使用人だもの。使用人としてシュリ様のお世話をしてお側にいられるだけで、私は十分幸せだよ。だからタントも、私以外の女の子と幸せになって? タントは優しいし、お仕事頑張ってるし、きっとそんなタントを見てくれてる女の子はいっぱいいるよ。このお屋敷にだって、同じ年頃の女の子はいるし、みんな可愛いし」


 「……この屋敷の女達は、みんなシュリ様素敵って言葉しかいわねぇよ」


 「え!? え、えっと、じゃあ……ほら! タントと同じ孤児院の子達、とか」


 「孤児院の奴らだってそうさ。あいつが時々差し入れとか言いながらお恵みをくれるから、すっかりあいつの虜だよ。奴を賛美しないのがオレくらいだから浮きまくってるし」


 「そ、そうなんだ……」



 なんと言っていいか分からないようにキキが口をつぐみ、その場に沈黙が落ちる。

 そんな中、シュリはこっそり冷や汗を流していた。

 屋敷の使用人見習いとして孤児院の子を雇ってるし、たまに何か差し入れるくらいはいいだろう、とアズベルグにいた時のように気軽に数度足を運んだ程度。

 そのたった数度が、まさかそれほどの影響を及ぼしていたとは。



 (こ、今後は、孤児院に何かしてあげるときはタントや他の孤児の子達を通すようにしよう……)



 僕が前面に出るのは危険だ、とシュリはこっそり心を決める。

 接触を断てば、徐々に孤児院での影響は薄れる……はずだ。



 「え、えっと、あの……。お、女の子はこのお屋敷と孤児院以外にもいるから、その……。げ、元気出してね?」


 「ち……」


 「ち?」


 「ちくしょおぉぉぉ~~~!!」



 自分を振った当人から他の女の子をすすめられ、励まされ、なんだか色々と耐えられなくなったのだろう。

 様々な感情がこもった叫び声と共に、地面を蹴って駆け出す音が聞こえ。

 タントの気配が一気に遠ざかっていく。


 キキに悪気はないんだろうけど、タントには少々酷だったかもなぁ、と思いつつ、2人の間を裂く己の存在を思い、シュリはひっそりため息をこぼす。

 キキの、普通の女の子としての幸せを思って、自分以外の誰かと恋をして欲しいと思ったのは本当だ。


 でも、真剣にそう思うなら、もっと早くキキの側を離れるべきだったのだろう。

 それこそ、とらわれのキキを救い出し、孤児院で保護したその瞬間から。

 両親を失ったキキが父親を失った自分に重なり、孤児院で不自由なく過ごしているのかどうしても気になって訪ねたのが最初。

 こっそり見るだけのつもりが見つかってしまって、また来て欲しい、と望まれて断ることが出来なかった。


 そうして何度か会いに行くうちに、両親を失い、ひどい目にあってもなお、優しさと柔らかな空気を失わない少女に、シュリの方が癒された。

 その、欲望を感じさせない優しさに甘えてきたツケがこれなのだろう。


 もう、キキは、シュリの側から離れられない。

 キキの心に自重を知らないスキルが強制的に刻みつけた己の存在を、他の人間で上書きすることは不可能に近い。

 目を背けていたそんな事実に、ここにきてようやく目を向けることができた。

 その事実を噛みしめつつ、シュリはゆっくりと目を開く。

 そして、苦笑混じりにこちらを見つめるキキの目を、まっすぐに見つめ返した。



 「寝たふりをしていたでしょう? 困ったシュリ様ですね」



 ちょっと困ったような、でもどこまでもシュリを許してくれる優しい声音に、シュリはほんの一瞬目を伏せた。

 キキに恋を出来れば良かったのかもしれない。

 身分など関係なく、彼女のすべてを己のものにせずにはいられないような恋を。


 でも、シュリは未だ恋を知らず、キキに限らず、己に想いを寄せてくれる人たちへ返す想いを持たない。

 みんなを好きだし、大切にしたい、守りたい、幸せになってもらいたい、と思う気持ちは、十二分にありはするのだけど。


 でもその気持ちは、狂おしく焦がれる恋の気持ちではなく、家族に対するような気持ちに近かった。

 幼さの抜けない自分の気持ちが、自分を想ってくれる彼女達の、キキの望むものと違うことは分かっていた。

 分かってはいても、その気持ち以外に返せるものが、シュリの中にはまだなかった。



 「うん……ごめんね。キキ」



 寝たふりの事だけでなく、色々な思いを込めて、シュリはしょぼんと頭を下げる。

 そんなシュリをキキは優しく見つめ、



 「いいですよ。タントもいたし、目を開けにくかったんでしょう? 怒ってないから大丈夫です」



 柔らかく微笑んだ。

 それからふと思いついたように地面に膝をついて、ベンチに座るシュリを見上げ、



 「許してさしあげますから、ご褒美を頂けますか?」



 と、今度は悪戯っぽく笑う。

 シュリはちょっとだけ困ったようにキキを見つめ、だがすぐに諦めたように彼女の頬へ手を伸ばす。


 専属にはご褒美をあげる。

 その言葉を口にしてしまったのはシュリだ。


 キキもシュリの専属であることに間違いはなく、今更彼女だけを仲間外れにすることは出来ない。

 うかつな過去の自分を反省しつつ、キキの一生を受け入れる覚悟で、シュリは彼女の唇に己の唇をそっと寄せた。

 覚悟が重いと言われようがそういう性格なのだから仕方がない。

 触れるだけの口づけをして、様子をうかがうようにキキを見る。

 彼女は、初めてのシュリからのキスを反芻するように、指先で己の唇に触れ。

 それから頬を鮮やかに色づかせ、花がほころぶように微笑んだ。



 「ありがとうございます、シュリ様」



 心底うれしそうな彼女の声を聞きながら、キキを幸せにしてあげなきゃ、と使命感にも似た思いが胸の奥からわき起こる。

 それは、ジュディス達5人を愛の奴隷にした時にも感じた思いだった。


 普通の女の人が望む幸せは与えれあげられないだろう。

 結婚もしてあげられないし、彼女1人を愛すると誓う事もできない。

 けれどもせめて、自分の出来る限りで彼女を守り、大切にしよう。

 シュリはその思いを新たにし、キキの人生を引き受ける覚悟を決めた。



 「その、これからは、他のみなさんと同じようなご褒美を頂けるように、今までよりももっと、シュリ様のお役に立てるように頑張りますね?」



 言外に、みんなと同じくもっと大人なご褒美を、と望むキキの、清楚な色香にシュリは一瞬瞠目し、



 (出来ることなら、きちんとお嫁に出してあげたかったんだけどなぁ)



 往生際悪くそんなことを思う。

 でもすぐに、



 (あ~、でも、キキさんを僕に下さい、なんて誰かがのこのこ来ようものなら、世間一般の頑固親父みたいに、うちの娘はお前なんかにもったいない。顔を洗って出直してこい! って言わない自信はないなぁ……)

 そんなことを思い、今まで思っていた以上にキキを大事に思っている事を自覚して、自分のダメダメさ加減にこっそり肩を落とすシュリなのだった。


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