第331話 説得、そして
リリシュエーラや愛の奴隷達の授業参観を受け、ジェスと再会した日の翌日。
学校が休みな事を幸いに、シュリは朝から悩みに悩んでいた。
なにを悩んでいるのか。
目下のシュリの悩み事、それは、昨日高等魔術学園でアガサから依頼された件について。
依頼を受けることはもう決めていたが、問題はそれをシュリ命の愛の奴隷達にどう伝えたらいいだろう、という点だ。
依頼が近場の事ならこれほど悩む事はないのだが、この依頼、場所が国内じゃない、と言う点でまずハードルが高い。
国内の依頼じゃないと言うことは、まず移動だけでもかなりの時間をとられる、と言うことだ。
更に、依頼の内容も中々にハードで。
政治中枢に紛れ込んでいる悪魔を探し出して、あわよくば討伐を、というもの。
悪魔の知り合いは1人しかいないし、戦闘的な能力を一切見たことがないので何とも言えないが、古今東西、悪魔というものは凶悪な生き物というのが一般常識だと思う。
たぶん、強いのだろう。
いや、きっとものすごく強い生き物のはずだ。
シュリの知る悪魔は、日々レース編みの技能習熟に忙しくて、全く危険な感じは受けないが。
そんな、恐らく危険な生き物であろう悪魔を探してやっつけるとなると、それにだって時間はかかるだろうし、そう考えるとトータルでどれだけ時間がかかるのか。
恐らく、移動時間含め、1ヶ月ではすまないんじゃないだろうか。
まあ、その辺りはもう少し少なく見積もって伝えるつもりではあるけど。
「1ヶ月、かぁ」
言葉にすれば大したことない日にちのように思えるが、実際に体感するとなるとかなり厳しいのではないだろうか。
前回、シュリが愛の奴隷と離れて過ごした時間は1、2週間程度。
状態異常こそおこさなかったが、正直かなりきつかった、と後に彼女達から聞かされた。
本当は5人とも連れていければいいのだが、隣国からの依頼だし、連れて行く人数は最小限で、とアガサからは言われている。
2人くらいまでなら、という事だったが、2人だけ特別扱いする方がまずい気がするのだ。
それに、2枠のうちの1つは、レース好きの悪魔を連れて行くつもりでいるし。
どうしようかなぁ、シュリは眉間に可愛らしくしわを寄せて悩むが、悩んだところで依頼を蹴るという選択肢はない。
結局は腹を決めて愛の奴隷のみんなに話す他ないし、どんな文句が吹き出そうとも、我慢してくれ、と言うしか無いのである。
なんかいい方法無いかなぁ、と往生際悪く考えるが、そう簡単に名案が降ってくるはずもなく。
シュリは諦めて、まずはジュディスの元へ向かうことにした。
◆◇◆
「高等魔術学園の学園長から、悪魔退治の依頼への同行を求められた、と。場所は、自由都市連合国家、ですか」
「う、うん。そうなんだ」
「国外、ですか。でしたら確かに、あまり大人数を連れて行く訳にはいきませんね。悪魔関連の依頼ですから、オーギュストを連れて行くというシュリ様のご意見にも頷けます。いいんじゃないでしょうか?」
「え? いいの??」
「もちろんです。シュリ様が何でダメと言われると思っていたのか、むしろそちらが気になります」
「えっと、だって、隣の国だし、移動に時間がかかるし……」
「そこはイルルに乗って行ってしまえばいいのでは? 彼女なら、他の面々もまとめて運べるでしょうし、近場の森から夜に出発すればそれほど目立たないと思います。それでも不安なら、シュリ様の精霊の力を借りて目くらましをしておけば万全でしょう」
「で、でも、イルルの事がバレちゃうよ? アガサとか、[月の乙女]のメンバーとか」
「アガサ様がシュリ様の秘密を無闇に吹聴するとは思えませんし、その[月の乙女]とかいう傭兵団も、まあ、大丈夫じゃないかと。女性だけの傭兵団なんですよね? 話を伺った様子だと、要の団長と副団長はほぼシュリ様に落ちているでしょうし。まあ、シュリ様の女が大量生産される危険性だけがネックですが、それももう今更ですしね」
「い、今更……。そ、そぉかなぁ?」
「そうですよ。現実を見たくないシュリ様のお気持ちも分からないでもないですが。あ、一応念の為、口止めだけはしておいた方がいいでしょう。そうすれば完璧です」
「うん……分かった」
シュリはしょんぼり肩を落として頷く。
でも、すぐにはっとしたように顔を上げて、
「でも、相手は悪魔だし。対処するのに時間がかかるかも……」
一応そう主張してみる。
だが、それでもジュディスの余裕の表情は崩れなかった。
「まさか。シュリ様がわざわざ出向くのに、そんな事態が起きるはずもありません。オーギュストという悪魔側のアドバイザーも同行する事ですし、瞬殺ですよ。間違いありません」
「そ、そぉかなぁ? 悪魔って、強い生命体だと思うんだけど」
「別に悪魔が弱っちぃと言っている訳じゃありません。シュリ様が圧倒的に強い、と申し上げているだけです。ジュディスはシュリ様を存じておりますし、それ以上に信じておりますから」
絶対的な信頼を込めた眼差しを受け、シュリはちょっとくすぐったい気持ちになりながら、照れ隠しのように頬をかく。
「じゃあさ? ジュディスは僕がどのくらいで帰ってくると思ってるわけ?」
「そうですねぇ……」
シュリの質問にジュディスはしばし黙考し、
「移動が片道2日程度とみて往復で4日。事態の収拾にかかる時間は、余裕をみて3日として。恐らく、1週間もあれば足りるのではないでしょうか」
「ええぇぇ~? 1週間~?? ちょっとタイトすぎるんじゃない?」
ジュディスの事は信じてるけど、流石にそれは無理でしょ、と微妙な顔をするシュリを見つめ、クスリと笑った。
「シュリ様でしたら大丈夫ですよ。ただ、もし誤算があるとすれば……」
「あるとすれば?」
「事態解決の感謝の宴を発端に、シュリ様に目を付けた皆様が連鎖して開く宴に捕まって身動きが出来なくなる可能性もないわけでもない、という事でしょうか」
「え~? まさかぁ」
「まさか、とお思いですか?」
己の秘書の懸念を笑い飛ばそうとしたシュリを、ジュディスがじっと見つめる。
どこまでも真面目なその眼差しに、シュリはちょっと不安になる。
そう言う事態も、もしかしたらあるかもしれない、と。
そんな主の変化を敏感に察知したジュディスは、分かっていただければ結構です、と微笑み、愛しい少年の頬を優しく撫でる。
「お帰りを心からお待ちしてますから、出来るだけ早いお帰りを。それをジュディスに約束していただけるなら、他の子達への説明と説得は、私にお任せ下さい」
「もちろん、約束はするけど……いいの?」
「ええ。シュリ様のお役に立てるのが、ジュディスの幸せですから。お任せ下さい。ただ……」
「た、ただ?」
「出発までの数日の十分な睡眠時間は保証出来ませんが」
「あ~、それは……うん。仕方ないよね」
5人、いるしね……と、シュリはあきらめの境地で苦笑する。
そんな主を甘く見つめ、
「ご理解が早くて大変結構です」
非常に満足そうに微笑んだジュディスは、
「では、がんばる秘書に、早速ご褒美を所望したいのですが?」
そんなおねだりをしながら、愛しくて仕方ない主に問答無用で顔を近づけていくのだった
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お読み頂いてありがとうございました。
今年もこの作品を読んで頂いてありがとうございました。
来年も頑張って、少なくとも今のペースは保ち続けたいと思います。
みなさま、良いお年をお過ごしくださいね。
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