第330話 キャットテイルにて

 色々話を詰め、出発の日取りを決め、リリシュエーラの入学手続きと入寮手続きも終え。

 流石に今日の今日に入寮するのは無理だったリリシュエーラと、宿に帰るというジェスとフェンリーと連れだって高等魔術学園を出た。

 ジェスの、一緒に食事をしよう、とのお誘いに乗っかって、4人で夕暮れの街を歩く。


 彼女達の滞在する宿の食事が中々美味しいらしく、今日はそこで共に食事をする予定だった。

 なんでも、従業員も女性だけの、女性に親切な宿らしい。

 従業員も宿の女将も美人揃いなので、彼女達目当ての男性客も多いようだが、今はジェス達の傭兵団[月の乙女]のメンバーが滞在している事もあり、女性率が異様に高い状態らしい。

 そんな話を聞きながら歩いていると、なんだか見覚えのある道を歩いている事に気がついた。



 (あれ、この道って、確か……)



 そんな事を思いながら、きょろきょろ見回すと、進む先によく知る宿屋がその姿を現した。



 「ジェス達が泊まってるのって、キャットテイルだったんだね」


 「ああ。店主も従業員も女性だから、色々気楽だし、女性目線でサービスが行き届いていてな。うちの団員達もすっかり気に入ってるみたいだ。シュリはこの宿を知っていたのか?」


 「うん。知り合いがやってる宿なんだ。前に1度、泊まったこともあるし」


 「そ、そうなのか? じゃあ、あの美人な女将や従業員と親しいつきあいがあるのか?」


 「親しい、かどうかは分からないけど、店主のナーザは僕のおばー様の昔の仲間だし、ナーザの娘さんとも仲はいいよ? 従業員の人とは、この間1度会っただけだけど」


 「……そうか。シュリは美人な知り合いが多いんだな」


 「ん~、そうかなぁ。でも、そうかも。ジェスもフェンリーも美人だしね」



 ぽそりとこぼれたジェスの言葉に、シュリはなにも考えずに素直に返す。

 その言葉に、ジェスはほんのり頬を染め、フェンリーは「無自覚な女ったらしほど恐ろしいものはないわね」と半眼でシュリを見つめる。

 シュリと並んで歩くリリシュエーラだけはちょっぴり不満そうに唇を尖らせ、



 「シュリ、私は?」



 誰が見ても美しいと答えるほかない美貌で、そんな分かり切ったことを問いかけてくる。

 シュリは苦笑しつつ、リリシュエーラを見上げた。



 「もちろん、リリも美人だよ。リリを見て美人じゃない、なんて人いないよ、きっと」


 「他の人がどう思うかなんてどうでもいいのよ。シュリがそう思ってくれればそれで」



 リリシュエーラの熱のこもった眼差しを受けて、シュリは少しだけ困った顔をする。



 「リリだったらどんな素敵な男の人も選り取りみどりだと思うんだけどなぁ。僕みたいな子供じゃなくてもさ」


 「ほかのどんな人よりも、シュリが1番素敵よ! シュリ以上の人なんていないわ」


 「そうだな。シュリはいい男だ。年が若いからといって、そんなに謙遜しなくてもいいと思うぞ?」


 「そうね。堅物のジェスをこうも簡単にメロメロにしちゃったのは素直に凄いと思うわよ? こう見えてジェスは結構モテるし、今までどんな顔のいい男も、体のいい男も、ジェスを落とせなかったんだから」


 「め、めろめろって……。フェンリー、お前なぁ」


 「え? メロメロでしょ? それともなに? ジェスはシュリの事嫌いなの?」


 「き、嫌いじゃない。嫌いなはず、ないだろう?」


 「じゃあ、好き?」


 「まあ、好き、だと思う」


 「シュリが他の女といちゃいちゃしてたら切ないでしょ?」


 「そりゃあ……確かに。切ないな」


 「あわよくば、シュリに触りたいし触ってもらいたいし、ちゅーだってそれ以上の事だってしたいでしょ?」


 「そうだな。したいな……って、なに言わせるんだ!?」



 真っ赤な顔でジェスがフェンリーにつかみかかり、フェンリーはそれをひらりとかわすと、自分を見上げるシュリを盾にするように抱き上げる。



 「シュ、シュリを盾にするとは、卑怯だぞ!?」



 ただそれだけの事で、手も足も出せなくなったジェスの前で、フェンリーはシュリの耳元へ唇を寄せる。



 「ほら、ね? めろめろ」



 いたずらっぽくそう言うと、シュリの頬にそっと唇を押し当て、それから拘束を解いて地面へ降ろした。



 「ちなみに私もシュリが嫌いじゃない。むしろ好きな方かもね。女好きな私にそう言わせるなんて、結構な事なんだから」



 ふくっとしたシュリの頬を指先でつつき、フェンリーは笑う。

 そして再びシュリの耳元に唇を寄せると、



 「だから、3Pはいつでも歓迎よ?」



 小さな声でささやいた。その発言のせいでほんの少し前、ジェスにこっぴどく叱られたばかりなのに、と懲りないフェンリーにシュリは思わず苦笑する。

 そしてフェンリーは、そんな小さな声をも聞き逃さなかったジェスの拳を、再び脳天に受けるはめになるのだった。


◆◇◆


 ただ4人で一緒に食事をとるだけのつもりだったのに、気がつけば大宴会と言っても過言ではない規模になっていた。

 まずはナーザが、自分も混ぜろと言って加わり、帰宅したジャズが加わり。それに気づいた団員達が、自分達も混ざろうと部屋を出てきてわらわらと。


 そんな状況を楽しむシュリのお尻の下にはジェスの太股がある。

 どうしてもとお願いされ、断りきれなかった為だ。

 リリシュエーラはフェンリーとの飲み比べに負けて早々に酔いつぶれ、ナーザとジャズは忙しくなった厨房の手伝いに駆り出され。

 程良く酔ったジェスは大層ご機嫌で。

 シュリの頭を撫でたり、ほっぺたを触ったりと、他愛ない接触ではあるが、とにかくスキンシップが過剰だった。



 「んふふふぅ~。しゅりぃ。しゅきだぞぉ~」



 さっきは恥ずかしがって中々言えなかった言葉も、お酒の力で言いたい放題である。

 酔っぱらいってのはこんなもの、と達観しているシュリは、苦笑しつつもジェスの好きにさせていた。

 ジェスの酔い方など、まだまだ可愛い方である。



 (服さえ脱がされなきゃ、まあ、いっか)



 思いながらジェスに愛でられていると、



 「だ、団長があんなに心を許して酔っぱらうなんて」


 「団長って、年下が好きだったんだね。ちょっと年下過ぎる気もするけど。道理で普通の男になびかないはずだわ」



 周囲から、そんな声が聞こえてくる。

 このままだと、団長としてのジェスの評判に関わるんじゃなかろうか。

 そう思って、こっそりジェスの腕の中から逃れようとしたが、酔ってはいても歴戦の戦士のジェスがそれを許してくれるはずもなく。


 ここはヘルプが必要だ、と近くでお酒をちびちび飲んでるフェンリーへ目を向ける。

 ナーザとジャズは仕事をしていて、リリシュエーラは酔いつぶれているこの現状で、シュリが頼りに出来るのは彼女しかいなかったから。


 ここから救い出して欲しいと目で訴えるシュリに気づいたフェンリーは、ふむふむと何度か頷いた後、にじにじと近づいてきた。

 そして、シュリの視線の訴えをどう勘違いしたのか、



 「ん~、なになにぃ? 私とジェスに挟まれたいって、どれだけ贅沢なの? シュリだから許すけど、他の男なら潰してるところよ?」



 言いながら、フェンリーはシュリを間に挟むようにジェスを抱き寄せた。

 そんなこと言ってない、と突っ込む間もなく。

 結果、シュリは2人の豊かなお胸に挟まれ、世の男性の誰もが羨む状況へ陥る。


 が、実際に挟まれると結構苦しいものなのだ。

 恐らく、シュリの体が小さすぎるせいなんだろうけど。



 (つ、潰すって、どこを!? 物騒だな~。といっても、ある意味、僕も今、潰されてるけどね……)



 シュリが2人の間でひっそりアンニュイになってると、



 「にゃんら~? ふぇんりぃ?? にゃにすりゅんりゃあ?」


 「ん~? シュリが私とジェスのおっぱいに挟まれたいって言ってるからそうしてるのよ?」



 頭の上で聞き捨てならない会話が展開されて。

 言ってないよ!? と反論したかったが、みっちり挟まれていたせいで言葉にならず。

 むぐぐぅ~っ、と抵抗したら、



 「ぁん。こぉら、暴れたらダメ、でしょ? こすれちゃうじゃない」


 「はぁん……え、えっち、らな。しゅりは。れ、れも、しゅりならえっちれも、いいぞ?」



 頭の上から甘い声がダブルで聞こえたので、シュリはぴたりと動きを止める。

 これ以上はなんか危険な気がする。そんな己の危機察知能力に従って。

 だがしかし、事態はシュリを置き去りに進んでいく。



 「ふふ。ジェスの発情した顔、たまらないわね」


 「なにいうら!? わたひは、はつろうなんか、してな……んぅ」



 ジェスの言葉が不自然に途切れ、2組のおっぱいが暴れてもみくちゃにされる。



 「ふぇ、りぃ……んん。な、に、を……んぅ」



 漏れ聞こえるジェスの言葉に甘い声。

 唇と唇が奏でる水音に、シュリは何となく色々察した。


 そして思う。

 発情するのは大いに結構だが、僕を間に挟んで発情するのはやめて欲しい。


 抵抗しようとするも、抵抗しきれないジェスと、募る想いの分だけ存分に味わいつくそうとするフェンリーの攻防が、おっぱいを通して伝わってくる。

 誰か、どうにかしてくれないものか、と思うのだが、かいま見える周囲の様子から、それも無理だと悟る。


 [月の乙女]の戦う乙女達は、みんながみんな、自分達の団長と副団長の突然はじまったキスシーンを、固唾をのんで見守っていた。



 「副団長……いつかはやらかすと思ってたけど、とうとうやったかぁ」


 「仕方ないんじゃない? 酔っぱらいな団長、可愛かったもん。正直、私もちょっとくらっとしたし」


 「ちっちゃい子を間に挟んでやるレベルのキスじゃないと思うけど……いいの? アレ。あのまんまで」


 「いいんじゃない? 男の子でしょ? あれだけ極上のおっぱいに挟まれてつぶれるなら本望よ!!」


 「そうよ! 正直、代われるものなら代わりたいわ。あの団長と副団長のおっぱいよ? うらやましすぎる!」



 色々な意見と感想が聞こえてきて。

 結果、誰もシュリをこの状況から助けてくれないことを理解する。



 (結局、自分を救えるのは自分だけ、ってことか)



 シュリはふっと笑い、



 (ちくびマスターをなめんなよ!?)



 興奮しているためか、つんと自己主張をしている2人の敏感な部分を容赦なくきゅっと摘んだ。

 そして、絶妙な力加減で絶妙な刺激を加え。

 その結果。

 2人は甘い声と共に崩れ落ち、シュリはようやくおっぱいの呪縛から解放される。

 やれやれと思いつつ大きく伸びをし、それから、驚愕の眼差しを向けてくる傭兵のおねー様方を見上げ、



 「おねーさん達、僕はそろそろ寝る時間だから帰るね? ジェスとフェンリーの事、よろしく。介抱してあげて?」



 そう言って可愛くウィンク。

 気圧されたようにコクコク頷くおねー様方に微笑みかけ、立ち去りかけたシュリはふと足を止めて彼女達を振り向いた。

 そして。



 「あ、介抱ついでのいたずらはダメだよ? まあ、フェンリーならちょっとはいいけど、ジェスは介抱するだけにしてあげてね? ジェスは真面目だし、それにほら、そういうの、あんまり慣れてなさそうだしさ」



 そうしっかり釘を刺しておく。

 再びコクコクと頷くおねー様方を見回して、まあ大丈夫だろう、と納得したシュリは、別のテーブルにいるリリシュエーラの元へ向かった。



 「リリ? もう帰るよ? ほら、起きて」



 耳元で声をかけながら頬をぺちぺちするが、彼女が起きる気配はなく。

 抱えて帰ってもいいのだが、この場が宿であることを幸いに、リリシュエーラの事を任せてしまおうと考えたシュリは、その足を厨房の方へと向けた。


◆◇◆


 「儲かるのは歓迎だが、流石に疲れたな」


 「うん。忙しかったね……」


 「ジャズがいてくれて助かったわ……。本当に。オーナー、そろそろ従業員増やしましょうよ。流石に最近はお客さんも多いし、色々限界を感じるんですけど」


 「そうだな。流石にそろそろ募集をかけるか」


 「お願いします。昼と夜の食事時限定でもかまいませんから」



 厨房に入ると、客の注文が落ち着いた隙に休憩をとる3人の、そんな言葉が聞こえた。

 急に忙しくさせちゃって悪かったなぁ、と思いつつ近づいていくと、真っ先にナーザが気づいた。

 彼女は猫のようにしなやかにシュリに近づくと、その体を抱き上げて頬をすり寄せ、キスを落とす。



 「どうした? そろそろおねむの時間か? 私が、寝かしつけてやろうか?」



 悪戯っぽくも妖しくナーザが笑い、



 「ナーザに寝かしつけてもらうと、逆に寝かせて貰えなさそうだからダメ。それに、帰らないとジュディスが心配して乗り込んできちゃうし」



 シュリはきっぱりそれをお断りする。



 「それもそうだな。お前の従者はみんな揃いも揃って過保護な奴らだからなぁ」



 うなずきながら苦笑をこぼし、ナーザは素直にシュリを解放してくれた。

 そこへ遅ればせながらジャズが駆け寄ってきて、膝を落としてシュリをぎゅうっと抱きしめる。

 愛おしそうに頬をすり寄せ、それから名残惜しそうに離れるとシュリの顔を見つめた。



 「もう帰っちゃうの? あんまり話せなかったね」


 「今日は遅いし、帰らないとだけど、また別の日に遊びにくるよ」


 「ほんとに?」


 「うん。約束する」


 「じゃあ、今日は我慢する。気をつけて、帰ってね? あ、夜道は危ないし、送っていこうか?」



 変な人がいたら困るし、と心配そうにそわそわするジャズに、



 「大丈夫だよ。こう見えて、僕ってかなり強いんだよ? それに、ジャズに送ってもらったら、ジャズを1人で帰すのが心配になっちゃうでしょ?」



 くすりと笑ってそう返す。



 「でも、私は冒険者だし」


 「だぁめ。ジャズは女の子なんだから。それに、僕だって冒険者だよ? だから、1人で平気」



 言い募るジャズにそう言ってシュリは微笑む。

 好きな人から女の子扱いされた事実と、己に向けられた優しい微笑みに、ジャズは頬を赤く染め、



 「え? シュリ、冒険者登録してたの? ランクは?」



 だが、納得しきれないようでそんな風に問いかけてくる。



 「ジャズは? ナーザがSランクなのは知ってるけど」



 あえて質問に質問で返し、ジャズの返事を待つ。



 「私? 私はこの間Cランクになったばかりだけど……」


 「じゃあ、僕のほうがちょっぴり上だね。Aランクだし」


 「ふぅん、そっか。シュリはAランクなんだね……ってA!?」


 「だから、1人でちゃんと帰れるよ」



 でも、心配してくれてありがとう、とジャズの頭を撫でる。

 ジャズはシュリの冒険者ランクがあまりの衝撃的だったのか、思考停止状態に陥ってしまったようだ。

 目をぐるぐるさせて混乱している彼女をそっと放置して、シュリは少し離れた場所でうっとりとこちらを見つめている東方の料理人へと目を向けた。



 「サギリ?」


 「は、はいっ!?」



 名前を呼ばれて飛び上がった料理人に、シュリはにこりと微笑みかけ、



 「お料理、すっごく美味しかった。ごちそうさまでした」



 そう声をかけ、とてとてとサギリに歩み寄り。



 「そんなつもりはなかったんだけど、忙しくさせちゃってごめんね? 大変だったでしょ?」



 ちょいちょいと彼女を手招いて、シュリの傍らにしゃがんでくれた彼女の頭をねぎらうように撫でる。

 ふわぁ、と天にも昇るような顔をした彼女は、赤い顔で、もっと、とねだるようにシュリを見た。

 そんなおねだりに慣れきったシュリは、仕方ないなぁ、と微笑んで、撫で撫でタイムを延長する。

 頭を撫で撫でするくらいの事はお安いご用だ、とばかりに。

 ついでに時折、長いうさ耳をもふりもふりしながら。


 そうやってひとしきりサギリの頭を撫で倒し、そろそろいいだろうと手を離すと、すっかりとろけて潤みきった瞳がシュリを追いかけてきた。

 そのとろけ具合に、少しやり過ぎたなぁ、とちょっぴり反省しつつ、



 「たぶんもう注文も打ち止めだろうから、片づけられるところから片づけ始めても大丈夫だと思うよ? 今日は疲れてるだろうし、ゆっくり休んで? あ、ナーザに特別報酬も忘れずに要求するんだよ? たぶんくれると思うから」



 ね、とナーザを見上げれば、彼女は苦笑しながら頷いた。



 「良かったね! くれるって」


 「ふぇっ? くれるってなにを? ま、まさかシュリ君の初めて!?」



 頭を撫でられてぼんやりしてたのだろう。混乱して変なことを口走るサギリに、



 「違うよ。ナーザが今日がんばったご褒美に特別報酬を出してくれるって話」



 苦笑しつつ教えてあげる。



 「と、特別報酬……。な、なぁんだ。特別報酬か」



 嬉しいようながっかりしたような、微妙な表情を浮かべるサギリ。

 それを見ていたナーザが、



 「いらないならそれでもいいんだぞ?」



 悪戯っぽく問いかければ、オーナーのそんな言葉に、



 「い、いえっ! いります! 下さい!!」



 サギリが慌ててそう返し。

 その様子にナーザが笑い、ようやく現実に戻ってきたジャズがわけが分からずきょとんとした顔をし。なんとも言えずなごやかな空気がその場に満ちる。

 シュリは微笑ましくその様子を見守り、流石にそろそろ帰らないとジュディスに怒られるなぁ、と思った瞬間、酔いつぶれているリリシュエーラの事を思い出した。



 (そうだ! 帰る前にリリのこと、お願いしておかないと)



 はっ、としたシュリは、ナーザにリリシュエーラの部屋の確保と世話をお願いする。

 代金は、酔っぱらいリリシュエーラの世話の分も含め、ジュディス宛に請求して欲しいと伝えると、



 「宿代だけ、後で請求を回しておこう。彼女の世話でかかる手間賃は、そうだな」



 ナーザはそこで言葉を切ってシュリを見つめる。

 そして、



 「シュリの体で払ってもらうかな」



 周りに聞こえないようにシュリの耳元でささやいて、にんまりと笑った。

 その要求に、シュリはむぅ、と唇を尖らせ、



 「法外な要求は却下するよ? エッチなのもほどほどで」



 一応そう伝えておく。

 ナーザは目を細め、愛おしそうにシュリを見つめ、



 「ああ。相応な願い事を考えておくさ。ちゃんと、ほどほどのやつを、な」



 微笑んでそう答え、シュリの頬へキスを落とす。

 シュリは頷き、了承の意を伝え、



 「分かった。考えておいてね? じゃあ、流石にタイムリミットだし、僕は帰るよ」



 みんなに別れを告げると、今度こそ宿を後にした。

 宴会終わりの、死屍累々とした食堂を通るルートを避け、こっそりひっそりと。


 そんなシュリを3人並んで名残惜しく見送って。

 それからようやく、さて後片づけをと食堂に乗り込んだ3人は、揃って目をまぁるくした。

 そして、見事に酔いつぶれている麗しいエルフと、くったり倒れ伏している傭兵団の団長と副団長を取り囲み、誰が彼女達の世話をするかを争う団員達の混沌とした様子に呆れた眼差しを注ぎ。

 夜はまだまだ長そうだ、と示し合わせたように大きなため息をもらすのだった。


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