第329話 高等魔術学園での再会③

 「ん~、シュリなら、まあ、ありかなぁ」


 「ん? ありって、なにが??」


 「あ~、いいの、いいの。こっちの話」



 首を傾げたシュリを、そんな言葉で誤魔化して。

 フェンリーはジェスの耳元に唇を寄せて、ささやいた。



 「ね、ジェス」


 「な、なんだ??」


 「シュリだったらいいわよ?」


 「だから、何の話だ?」


 「だからぁ」



 じれたように、だが笑いを含んだ声で言いながら、フェンリーはジェスの体をシュリの方へ向かせた。

 そうして強制的に好きな相手が視界に入り、反射的に頬を染めたジェスの耳元へ、再び唇を寄せた。



 「シュリと、私と、あんたと3人で3Pもありよね、って話。私も、シュリのことは嫌いじゃないしね」


 「ばっ!!」



 耳に吹き込まれたその言葉に、ジェスは耳を押さえてにんまり笑うフェンリーを見る。

 フェンリーは自分の方を見たジェスを見返し、



 「ば?」



 悪びれず首を傾げた。

 そんな彼女の脳天に容赦ない拳が落ちる。



 「ばか言ってるんじゃない!! シュリはまだ子供だろう!!」


 「っ!? いったあぁぁ……」



 ほんのり顔を赤くしたジェスの前で、フェンリーは両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 そんな2人を、シュリは目を丸くして見つめ。

 それから、ほんのり首を傾げ、



 「ジェス?」


 「な、なんだ?」


 「僕、もうそんなに子供じゃないよ?」



 聞き捨てならない言葉をわざわざ訂正した。

 その前の2人の会話の、3Pの下りを聞いてなかったが故に。

 それを聞いたフェンリーは、



 「ほ、ほらぁ! シュリもこう言ってることだし。今晩辺り早速……」



 懲りずにそんな事を言い出して、純情で真面目な面を持つ友人の羞恥心を刺激し、



 「ばか!! シュリの前で変なことを言うんじゃない!!」



 顔を赤くしたジェスの右ストレートをまともに受け止めて吹っ飛んだ。

 そんな2人の様子に、何となく色々察したシュリは、

 床に倒れてぴくぴくしているフェンリーの傍らにしゃがみ込み、その頭にぽん、と手を乗せた。

 そして、



 「フェンリー。えっちは身を滅ぼす、だよ。ほどほどにね?」



 もっともらしく、彼女に釘を指す意味でうんちくっぽい言葉を贈っておく。

 だが、シュリの打ち込んだ釘に効き目はなく、懲りないフェンリーは、



 「ええ~? 身を滅ぼす、じゃなくて、身を助ける、でしょ? シュリはまだ知らないかもしれないけど、アレほどいいものはないわよぅ? 今度、おねーさんがジェスと一緒に優しく教えてあげ……」



 唇をとがらせてそんな余計な事を言い出し、



 「いいからお前はもう黙れ!」



 額に青筋を浮かべたジェスに頭を容赦なく踏まれ。

 頭を踏まれたフェンリーの、微妙に嬉しそうな顔を見ながら、



 (人の性癖って、奥深いものなんだなぁ)



 と妙な感心をしてしまうシュリなのだった。


◆◇◆


 「そろそろ、届けていただいた手紙に記されていた依頼についての話に戻してもいいかしらね?」



 広めの4人席に場を移してゆったりと腰掛け、受付のお姉さんが持ってきてくれたお茶を一口飲んだアガサが、みんなの顔を見回してそう声をかける。

 その言葉に、



 「す、すまない。そうしてもらえると助かる」



 ジェスは身を縮めて答え、フェンリーは余計な事を言わずに黙って頷き、



 「ええ。かまわないわ。だけどその前に……」



 リリシュエーラもまずは頷き、それから優雅にお茶を飲むアガサの膝へ目を向けた。

 正確に言うなら、その膝にちょこんと乗せられている人物に。



 「シュリを膝に乗せるのは、交代制ってことでいいのかしら?」



 リリシュエーラの言葉に、頭上にあるアガサの唇が、



 「ちっ。目ざといわね」



 上品なおばあさんの見た目にそぐわない、そんな言葉を紡ぐ。

 ごくごく小声だったから、きっとシュリにしか聞こえなかっただろうけど。



 「こ、交代制か。わ、私も参加してもいいだろうか?」



 控えめにジェスが、シュリを膝に乗せたいと意思表示し、



 「あ、じゃあ、私も……」


 「お前は黙ってろ」


 「ハイ」



 追々して名乗りをあげようとしたフェンリーは、ジェスに瞬殺されていた。

 そんなわけで。

 シュリを膝に乗せるのは交代制、ということに決まったところで、話はようやく本題へ。

 高等魔術学園の学園長らしい真面目な顔を作ったアガサが、重々しく言葉を紡ぐ。



 「本日、傭兵団[月の乙女]の代表のお2人が、私宛の書状を届けてくれました。それは、自由都市連合国家で要職につく友人からのもので、その内容は私の想像の遙か上をいくものでした」


 「お友達は、アガサ……じゃなくって学園長に手紙を届けるために、わざわざ傭兵団を雇ったってこと?」


 「そうですね。自由都市連合国家で身を立てた彼にとっては、容易なことだったでしょう。とはいえ、ただの旧交を深めるためだけの手紙を傭兵団に託す事はしないでしょうけど。普段は大抵、冒険者ギルドを通した冒険者便か、鳥を使ったやりとりしかしていませんでした。それに最近はお互いに忙しくそんな交流すら途絶えがちだったんですよ。とにかく、そんな彼からの久々の手紙を持ってきたから会ってほしい、と傭兵団の方から申し入れがあったとき、きっと何か彼の手に負えないトラブルが起きたのだろうと思いました。それで、私に助けを求めてきたのだろう、と」


 「なるほど。で、その手紙はじっさいに助けを求めるものだったの?」


 「ええ。その点は、私が予想していた通りでした。ただ、そこに記されていたトラブルの規模が……」


 「アガサが……じゃなかった。学園長が予想していたより大きなものだったんだね?」


 「ええ。その通りです。シュリ?」


 「なぁに?」


 「私の事はアガサ、でいいですよ。学園長と呼んでほしい、と以前は言いましたが、あなたと私はもうすっかり仲良しですし、周囲の者もその事を知っていますから」


 「そう? いいの?」


 「ええ。アガサ、と。そう呼んで下さいな」



 小首を傾げたシュリに、老婦人なアガサがにっこり微笑んで見せる。

 そういうことなら、とシュリは頷き、



 「アガサがそれでいいならそう呼ぶね。で、アガサ。そのお友達からの手紙に書かれてたトラブルって、どんなのだったの?」



 話の先を促した。シュリの言葉にアガサも頷き、



 「悪魔です」



 簡潔に答えた。だが、少々簡潔すぎて理解が追いつかず、シュリは再び首を傾げる。



 「あくま?」



 なに? それっておいしいの? と言わんばかりに。

 そのタイミングでちょうど時間がきたのか、横からのびてきたリリシュエーラの手がシュリを己の膝へと誘った。

 アガサはそれを名残惜しそうに目で追い、だがシュリと目線をあわせて話すのもいいものだ、と己を納得させ、その先を続けた。



 「そう、悪魔です。友人の手紙には、自由都市連合国家の首脳部に悪魔が紛れ込んでいる、ような気がする、と」


 「紛れ込んでるような気がする?」


 「気配、というか匂いを感じられるようなんです。巧妙に隠されたかすかなものなので、人物の特定までは出来ないようなのですが」


 「えっと、それって普通の人でも分かるようなもの、なの?」


 「いえ。ただの人には無理でしょう。友人も、昔はこの高等魔術学園で学んでいますし、当時は私の良きライバルでした。ただ、魔術に精通しているからといって、誰もが魔の気配に敏感な訳でもないですが。友人は、その、私と同じく少々特殊な血筋なのです」



 特殊な血筋。その言い方でぴんときた。アガサのそのお友達も、アガサと一緒で魔の者の血をひいているのだろう。

 アガサは確か、お母さんが夢魔だったと言っていた。

 そのお友達が何者の血をひいているのかは不明だが、きっとそう言うことなのだろう。


 魔の血が混じろうとそうじゃなかろうと、悪いことをしなければいい人だし、悪いことをするなら悪い人だ。

 人間だからって、全員が善人とは限らないのである。

 そんな持論のもと、うんうんと頷きながら、



 「そっかぁ。それでアガサに?」



 さらっと先を促す。

 シュリの言葉にアガサは頷き、



 「ええ。もちろん魔術の腕もかってくれているとは思いますが、主な目的は魔を感知する力でしょう。私の方が彼よりも血が濃いですから」



 そう説明してくれた。

 アガサはハーフだが、彼女のお友達はそうじゃないということなのだろう。



 「でもさ、首尾良く見つけて暴いたとして、相手は悪魔でしょう? 悪魔って、強いんだよね??」



 脳裏に浮かぶのは、屋敷でせっせとレース編みをしているイケメン悪魔の顔だ。

 元王家のなんでも屋からの服屋さん、今はルバーノ家の執事長を務めるセバスチャンの証言によれば、彼はかなり力のある上位の悪魔なのだそうだ。


 今やすっかりレースフェチの下着マニア(作る方)なのだが、本当はとっても強いらしい。

 真剣な顔でレースを吟味する彼を見てると、全然そんな事は感じられない。

 むしろ、そこはかとなく漂う残念感のせいで、イケメンぶりもすすけている有様である。


 そんなレースフェチ悪魔はアレだが、普通の悪魔はきっと凄く強いに違いない。

 そんな場所へ、かつてはSランク冒険者として活躍していたとはいえ、冒険者の活動から遠のいて久しいアガサを、1人で送り込んでいいものなのか?



 (ん~。急いで連絡して、おばー様を呼んだほうがいいかなぁ? おばー様を装備してれば、大抵の荒事は気がつかないうちに終わっちゃうと思うんだけど)



 実の祖母を装備品扱いしつつ、心配そうにアガサを見上げる。

 それに気づいたアガサが、ほんの一瞬貴婦人の仮面を外して、いたずらっぽく目を輝かせた。

 そして、その唇に艶やかな笑みを浮かべ、



 「そうですね。そこまで己の存在を隠せる悪魔です。きっと強い悪魔でしょう。流石の私も1人では不安ですから、シュリ?」



 甘い声音でシュリの名前を呼んだ。



 「ん? なぁに??」



 普通の男であれば1発で骨抜きにされそうな声だったが、シュリは至って平常運転。

 可愛らしく小首を傾げ、むしろ周囲の女性陣の胸を甘くときめかせる。

 アガサのときめきゲージもかなりあがったが、そんな様子はかけらも見せず、再び上品な老婦人の仮面をかぶり直すと、



 「一緒に来てくれませんか?」


 「一緒に、って、僕が? 悪魔退治に?」



 シュリにそんな提案を持ちかけた。

 思いがけない申し入れに、シュリは目をまぁるくしてアガサを見上げる。



 「ええ。あなたがいてくれれば心強いんですが」


 「おばー様じゃなくて僕でいいの?」


 「ヴィオラは世に名の知れた|SS(ダブルエス)の冒険者ですからね。能力は申し分ありませんが、気軽に連れ回すには目立ちすます」


 「なるほど。そういうことなら、僕の方が適任かもしれないね~」



 シュリは頷き、だがすぐにその表情を曇らせる。



 「でも、学校がな~」



 勝手に休むわけにもいかないし、と困った顔をするシュリに、アガサが問題ありませんよ、と学園長の顔で微笑みかける。



 「王立学院のシュタインバーグ学院長には私からお伝えしておきましょう。自由都市連合国家に行くとなればもちろん国境を越えねばなりませんし、面倒な事にならないように一応国王陛下にも報告して許可を得ておいた方がいいでしょうね。そちらも私から話を通しておきますから、シュリは旅の準備だけ整えておいて下さいね? 目立ちたくありませんから、同行者は最低限に。出来れば1人か2人に抑えて下さい」


 「ん、わかった。じゃあ、1人だけ、連れて行こうかな」



 言いながら、脳裏にちょっと残念なイケメン悪魔の顔を思い描く。

 魔人の血をひくアビスとルビスの顔も浮かびはしたのだが、半魔の感知能力は、アガサだけで十分に事足りるだろう。


 物見遊山で旅するなら、愛の奴隷をみんな連れて行ってあげたいところなのだが、今回はシュリの不在をどうにかがんばって乗り切って貰うしかないだろう。

 とはいえ、前回、ヴィオラに旅に連れ出された時と違って、今回は事前に備える事も出来るだろうし。


 出発までの間に、なるべく彼女達の欲求を解消しておけば、どうにかなるんじゃなかろうか。

 とりあえず、追いかけてこないように、よーく言って聞かせる必要はあるだろうけど。

 頭の中でそんな算段をしていると、



 「ねぇ。私も連れて行ってもらえない?」



 リリシュエーラがそんな事を言い出した。



 「あなたは?」


 「リリシュエーラ。シュリの祖父……エルジャバーノと同じ里出身よ。王都にはシュリに会いに来たの」



 言いながら、彼女はシュリの体をジェスへ託した。



 「精霊魔法はそれなりに使えるわ。自分の身は自分で守れるし、役にも立てると思う」



 姿勢を正し、彼女は己をアガサに売り込む。

 アガサは目を細めて彼女を見つめ、それから小さく首を傾げた。



 「そう。シュリは魅力的だし、離れたくない気持ちは分かるわ。でも、あなたは今日、ここへはなにをしに?」


 「高等魔術学園の見学に。ここでは精霊魔法学の授業や、精霊魔法に特化して研究する研究室があるって聞いてたから」


 「入学希望、ってことかしら?」


 「ええ。でも……」


 「時期外れではあるけれど、入学を許可してもいいわ。今回、あなたを連れて行かない代わりに」



 教育者の顔でにっこり微笑み、アガサは選択肢をリリシュエーラに突きつけた。



 「入学をあきらめれば一緒に連れてってくれるの?」


 「そうとも限らないわよ? その場合は、連れて行くに足る実力があるか、テストさせて貰うわ」


 「入学をあきらめても、あなたを納得させる実力がなきゃ、連れて行っては貰えないってことね。まあ、自信がない訳じゃないけど」


 「自信があるのはいいことね。ただ、過度な自信は己を滅ぼすっていう事も学んだ方がいいわ。これからもシュリの側にいるつもりなら、ね」


 「自分の実力くらいは分かってるつもりだけど、でも、そうね……」



 迷う様子を見せるリリシュエーラに、



 「リリ、僕は大丈夫。すぐに帰ってくるから、リリはここで勉強しながら待っててよ」



 ジェスの膝の上から声をかけ、安心させるように微笑んだ。



 「アガサ。リリは努力家だから、きっとこの学園を代表するような精霊魔法使いになれるよ。だから、リリのこと、よろしくね?」



 更に、アガサにもきちんとリリシュエーラの事をお願いしておく。

 その言葉に、アガサも微笑み頷いた。



 「もちろん。我が校に受け入れるからにはしっかり面倒をみますよ。リリシュエーラ、どうしますか?」



 アガサの問いかけに、リリシュエーラはまだ迷っている顔を見せた。



 「僕も来年以降は魔術学園で授業を受ける事もあると思うんだ。その時は先輩として、精霊魔法学のことを色々教えてくれると嬉しいな」



 その背中を押すように、シュリは迷うリリシュエーラに言葉をかける。

 その言葉に、リリシュエーラは心を動かされたようだった。



 「私が、シュリの先輩?」


 「そうだよ。リリ先輩」


 「リリ、先輩。……悪くない響きね」



 リリシュエーラは満更でもなさそうにそう呟き、改めてアガサに向き直った。



 「今度の旅について行くのは諦めるわ。入学を、許可して貰えるかしら?」


 「ええ、もちろんよ。高等魔術学園へようこそ、リリシュエーラ。新たな優秀な人材を、心から歓迎するわ」



 アガサはにっこり微笑み頷いて、そしてリリシュエーラの手を取り握手をした。

 こうして、リリシュエーラの高等魔術学園への入学があっけなく決まり、シュリの旅立ちも決まった。


 入学したばかりなのにどうなんだろう、と思わないでもないが、擬態が暴かれて色々面倒事が起こりそうなので、ある意味ちょうどいいかも知れない。

 ちょっと時間をおけば、シュリに関する興味も薄れる(かもしれない)だろう。



 (まあ、きっとなるようになるよ。うん)



 シュリは自分に言い聞かせつつ、自由都市連合国家への旅路に思いを馳せた。

 愛の奴隷達への説明と説得、という目下の難題から、そっと目を反らしたまま。


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