第328話 高等魔術学園での再会②
3人へのプレゼントは、平等かつ無難にシュリの瞳の色の石をあしらったネックレスを贈った。
好きな色のものをあげようと思ったのだが、まずジェスが、
「あの、私は、出来ればシュリの瞳の色のものがいいな。そうすれば、ずっとシュリが側にいてくれる気持ちになるだろう?」
そんなことを言い出し、はっとした顔をした残りの2人も、シュリの瞳の色がいいと主張し。
石の色を変えれば同じデザインでいいかと考えていたのだが、石の色が同じとなるとまるきり同じデザインというわけにもいかず。
まあ、全く同じでもきっと文句は無かっただろうけど、シュリは石のカットや土台の彫金部分のデザインを微妙に変えて、彼女達3人にそれぞれ贈った。
この時のシュリは気づいてなかったが、この後、シュリを想う近しい女性から悉く同じものを求められ。そのデザインに苦慮して、最初の時に同じデザインで妥協していれば、と後悔する事になる。
よく考えれば分かることだと思うのだが、この時のシュリにはそれを予測する事は出来なかった。
そんなわけで。ほくほく顔の3人と、それをにこにこ見上げるシュリを少し離れた場所で腕を組んで見守って(?)いたフェンリーが、
「それにしても。こんな小さな子と一体どこで知り合ってたのよ?」
解せない、と言わんばかりにそんな質問をぶつけてきた。
確かに普通に考えたら、別の国を拠点に傭兵団の団長をしているジェスと、王都で学校に通っているシュリが出会う可能性など、ほぼないといっていいだろう。
フェンリーの疑問ももっともである。
そんなフェンリーの質問に、ジェスがあっけらかんと答えを返した。
「ん? ああ。そうか。まだ言ってなかったか。シュリとは、ゴブリン騒動の時に出会ったんだ。私が己の無謀さで危機に陥ったとき、飛び込んできて助けてくれたのがシュリなんだ」
「え? ゴブリン騒動って、あんたがゴブリンとヤってヤってヤりまくったって言ってた、アレのこと!?」
「ああ、そうだぞ。私が、ゴブリン共を殺って殺って殺りつくしてやったあの時のことだ」
ジェスが巻き込まれたゴブリン騒動について、微妙に誤解したままのフェンリーは驚愕の表情をその面に浮かべる。
彼女の誤解に全く気づいていないジェスは、微妙な言葉の食い違いにも気づかずに大きく頷いた。
「えっと、じゃあ、ゴブリンキングとヤったっていう華奢な少年、っていうのは……」
「ああ。シュリの事だ」
「うそ、でしょ?」
「いや、本当だぞ? こう見えて、シュリは凄いんだ。フェンリーも見たらびっくりするだろうな」
「そ、そりゃあ、びっくりするでしょうね。そんな小さな体でゴブリンキングとヤった、だなんて。ちょっと体が心配よね」
「ん? 危なげなく殺りあってたぞ?」
「あ、危なげなく。そ、そう。柔軟なのね」
ごくり、と生唾を飲み込みながら、フェンリーは驚愕の眼差しをシュリのお尻に注ぐ。
「ん~? そうだな。結構アクロバティックな動きもしてたし、柔軟なんだろうな、きっと。正直、凄かった、としか言いようがない」
なにも分かっていないジェスはシュリを全体的に見ながら返した。
あの時の、縦横無尽に戦うシュリの姿を思い出し、ほんのり頬を染めながら。
そんなジェスの恥じらいの表情を見ながら、
「ア、アクロバティック……」
(無数のゴブリンをヤり尽くしたジェスが赤くなるくらいスゴかった、ってこと、なの!?)
フェンリーの誤解は深まるばかり。
そんな2人の会話に、シュリが苦笑しつつ入り込んできた。
「ジェス。そんなに持ち上げないでよ。僕1人で戦ってた訳じゃないでしょ。ジェスが一緒だったから安心して背中を預けられたし、だから自由に戦えたんだよ?」
「シュリにそう言ってもらえて光栄だ。シュリと共に戦えた事は、私の一生の誇りだよ」
「だから、ほめすぎだってば」
微笑みあうシュリとジェスを見ながら、
「戦う……なるほど。直接的な表現が恥ずかしいから隠語でって訳ね」
フェンリーがうんうん頷く。
それから改めて、明らかに幼いシュリの体を上から下まで眺め、表情を曇らせた。
そして、どこかでジェスの恩人に会うことがあったら渡そうと求めておいたソレ用の軟膏を取り出して、
「シュリ、これ」
そっとシュリの手に握らせた。
「えっと、プレゼント?」
手渡された小さな容器に首を傾げつつ、シュリはそのふたを開けて中身を見てみる。
そこにはどろっとしたクリーム状のものが入っていて、
「ん~と、ハンドクリームかなにか??」
シュリは更に首を傾げた。
フェンリーはその様子にちょっと胸をほっこりさせつつ、
「違うわ。あそこ専用の傷薬よ」
ズバリその用途を告げる。
「あそこ??」
だが、シュリはぴんとこなかったらしく、あそこってどこだろう? と首を傾げるばかり。
「わざとなのか天然なのかは分からないけど、可愛いからまあいいわ。ねえ、シュリ。私も今まで結構やんちゃしてきたし、あそこも試したことがあるから、その気持ちよさも知ってるわ。そっち系の友達もいないこともないし。でもね、シュリはまだ若い……っていうか、こんなに小さいし、無理はダメよ。いくら気持ちよくても、ゴブリンキングのモノじゃ大きすぎよ。若い内はまだ良くても、いつか後悔する時がくるわ、きっと。まずはせめて、自分の指とか滑らかな素材の細長いなにかとかでしっかり慣らしてからじゃないと……」
「な、慣らす?? え、えーっと。フェンリー? 一体なんの話??」
「専用の道具がほしいなら、ソレ専用の道具を売ってる店を紹介してあげるから。何だったら、一緒に行って選んであげるし」
「専用の道具……」
「ええ。シュリのお尻にあうサイズを一緒に探してあげる。あんなの、大ききゃいいって訳じゃないんだからね?」
「お尻に、あう、サイズ……」
ここまで来ると、流石のシュリにもフェンリーがなにやら盛大な誤解をしている事が分かってきた。
ジェスの方を見るときょとんとしているから、彼女はまだなにも気づいていないらしい。
彼女の鈍感力はシュリ以上のようだ。
ゴブリンキングがどうとか、とフェンリーは言っていたから、きっとジェスがゴブリン退治の話をした時に何らかの誤解が生じたのだろう。
「男の子なのに男を好きってことを気にしてるの? 大丈夫よ! そんな人はいっぱいいるから。私もどっちかと言えば女の方が好きだし、いま惚れてるのも女よ。同性を好きだって困る事なんてないわよ」
フェンリーが己の誤解のままにそんなことを言い出した。
己の性癖をさらけだしてまで、シュリを気にしてくれるのは嬉しいが、シュリのお尻はきちんと初めてを守っているし、恋愛対象もちゃんと女性(なはず)である。
前世は女性だったが、今は男の子。
いつか時が来たら、ちゃんと女性といたす覚悟は出来ている。
お尻の初めてを散らす予定など、現段階では全くないのである。
そんな思いを新たにし、きっぱりとフェンリーの誤解を解こうとした。
が、それより早くフェンリーの言葉に反応した人物が3人もいた。
「「「シュ、シュリが同性愛……そんな、まさか」」」
3人は揃ってそんな言葉を口にし、そのあまりの衝撃に、よろりとよろめいた。
老婦人なアガサが両手でその口元を覆い、
「……これは一刻も早く女の良さを教えてあげないといけないわね。早速今夜にでも夜這いをかけて……」
小さな声でそんな呟きを漏らし。
「急いでシュリを男から奪い返さないと。今日はきちんと体を清めて、シュリのベッドに潜り込んで添い寝を……。で、できればそれ以上も……。大丈夫。覚悟は出来てるもの!!」
リリシュエーラは大胆な妄想に頬を染め。
「た、確かに。あのゴブリン騒動の時、シュリは半裸の女性達を前にしても冷静だった。女性に興味が無かったから、なのか!?」
ジェスは誤解を深めた。
シュリはそんな3人を、早く誤解を解かないとなにかヤバい、とちょっと慌てた顔で見回して、
「みんな、落ち着いて! 僕の話を聞いて!!」
まずはそんな言葉でみんなの注目を己に集めた。
全員の視線が集まったところで、まずは己の心を落ち着けるように小さく咳払い。
そして、
「こほん。えっと、フェンリーは何か誤解をしてるみたいだけど、まず第1に……」
「「「だ、第一に……?」」」
「僕のお尻は無事だから!!」
かっと目を見開き、言い放った。
「無事、ということは未通、ってことでいいのかしら?」
そのシュリの主張に対して、上品な老婦人の仮面が剥げかけたアガサが、みんなを代表して質問をぶつけてきた。
その質問に、シュリは迷うことなく頷く。
「未通だよ! 少なくとも変なモノを入れた覚えはありません! 加えて……」
「「「く、加えて?」」」
「僕は女の人が好き! ……たぶん」
「たぶん~?」
「断言はしないのね……」
「じゃあ、男性に目覚める可能性も……」
「ん~、きっとシュリは両刀なんじゃない? 私と一緒ね」
曖昧なシュリの発言に、女性陣がざわめく。
これはいかん、とシュリは慌てて再び口を開いた。
「たぶん、じゃなくて絶対! だって僕、おっぱい好きだもん!!」
慌てたせいで、うっかり己の性癖までさらしてしまった。
だが、まあ、よしとしよう。
「ふふ。やっぱり男の子ね。形も感度も大きさも、自信はあるわ!」
「そう。シュリはやっぱりおっぱいが好きなのね。そこまで大きくないけど、小さすぎもしないと思うのよね。それに、ほら! 大ききゃいいってものでもないって言うし!!」
アガサとリリシュエーラは自分のおっぱいを見下ろしてなんだか嬉しそうな顔してるし。
「う、う~ん。他人のものと比べたことがないからどうなんだろうな、私の胸は。まあ、普通だとは思うんだが……」
「そうね。わかるわ! おっぱいはいいわよね!! あ、ちなみにジェスのおっぱいは、いいおっぱいよ? 大きさは程良いし形もいいし、綺麗な色をしてるしね。まあ、感度はまだチェック出来てないけど」
ジェスは困惑顔だったが、フェンリーの褒め言葉に一瞬顔を輝かせた。
しかし、すぐにはっとしたような顔をしてフェンリーを問いつめた。
「そ、そうか!! って、フェンリー。いつの間に私の胸を観察してたんだ!?」
「え? ほら、部屋は一緒の事が多いし、一緒にお風呂に入る事もあるし、着替えだって大概一緒じゃない?」
「なるほど。確かに。だが、感度のチェック、っていうのは、流石に冗談なんだよな?」
「え、本気だけど?」
「え?」
「だって、私、ずっとジェスを狙ってたし」
「狙って?? え??」
「ジェスは鈍感だから気づいてないけど、うちの団は多いわよ? 女同士のカップルも、密かにジェスを狙ってる子も。私も、まあ、モテはするけど、ちゃんとジェスに操をたててるから、そこは安心して」
「お、女同士?」
「そうよ? 同性同士の恋愛に、ジェスは偏見あるほう?」
「いや、別に、恋愛の形はそれぞれ自由だと思っているが。だが、その、フェンリーはいつから私を……?」
「え? 初めて会ったときから、だけど? ま、いわゆる一目惚れってやつよね~」
「初めて、って。じゃ、じゃあ、何年も? どうして言ってくれなかったんだ!?」
「だって、言って関係が壊れても困るし、言ったら絶対に一緒のお風呂に入ってくれないだろうし、おっぱい丸出しで寝るなんて油断もしてくれなくなるだろうし。好きって言っても、あわよくばエッチできたらなぁってくらいの軽いやつだし。好きって言ってダメだった時の方がダメージ大きいなぁって思って」
「いや、でも、その……。私に操をたててたんだろう?」
「あ、それ? 大丈夫。団員には手は出してないって意味のやつだから。外ではちゃんとそれなりに欲求不満は解消してるわよ? 1人でするにしても、おかずは定期的にジェスが提供してくれるし。今回のゴブリンのも、かなり有用だったけど、私の誤解だったのよね?」
「誤解?」
「ほら、ゴブリンとヤったってやつ。シュリのは誤解だったって分かったけど」
「いや、ゴブリンは殺ったが……。殺る……。ヤる? も、もしかしてお前が言ってるのは性的な意味での!?」
「やっと気づいた? 最初からそっちの意味で聞いてたんだけど、ジェスはそうは受け取らなかったみたいね」
「じゃ、じゃあ、あれか!? お前は、私がゴブリンと、その、性的な意味でやらかした、とそう思っていたのか!?」
「ん? そうよ??」
「ずっと!?」
「ええ。今の今まで、ゴブリンの集団を性的な意味で再起不能にした恐ろしい女だと思ってたわ」
「な、なんてことだ……」
ようやく己がどんな誤解を受けていたか気づいたジェスはそのまま床に膝をつき、崩れ落ちた。
それから、はっとしたように一般的な親友だと思っていた相手の顔を見上げた。
「フェンリー、お前……。私を好きだと言ったくせに、誤解とはいえ、私がゴブリンと性行為をしたと聞いて心は痛まなかったのか?」
「ん~、流石の私も、あんたがゴブリンに無理矢理犯されたって聞いたらこんなに落ち着いていられなかったと思うわよ? 実際問題、あんたから直接事情を聞くまでは、あんたを犯したゴブリンのアレを引っこ抜いて全身を寸刻みにして殺してやろうって思ってたし。でも、あんたはゴブリンはヤりつくしたってあっけらかんと言うし。まあ、いま思えば、そんな眉唾な話を簡単に信じちゃった辺り、私も動揺して冷静じゃなかったのかもね。おかずとしては随分お世話になったけど」
「おかずって、お前なぁ」
ジェスは毒気を抜かれたように呟き、肩を落とす。
そして、は~っと大きく息をついて立ち上がると、悪びれた様子のない友人の様子に苦笑を浮かべた。
フェンリーは、そんな彼女の、いつもとあまり変わらない様子にちょっとだけほっとしたような表情を見せ、それから大げさに肩をすくめて見せる。
「あ~あ。でもこれでジェスと一緒にお風呂に入れなくなっちゃったわね。部屋も別々だろうし。失敗したわ」
冗談混じりの声音でそう言う彼女の横顔は、少しだけ寂しそうだった。
そんな彼女を見ながら、
「なにを言ってるんだ。今更ほかの奴と同室なんて面倒くさいじゃないか。風呂だろうと着替えだろうと、今まで散々見られてるんだから、それこそ今更だろうし」
そう言って、ジェスは少し照れたようにそっぽを向く。
「かといって、1人部屋も寂しい気がするし、経費もかさむしな。仕方ないからお前はこれからも私と同室だぞ? 悠々自適な1人部屋を満喫出来なくて悪いがな」
1人部屋は寂しい、それがきっとジェスの本音だろう。
フェンリーの隠された気持ちと性癖を知ってしまったところで、今まで築いた友情が全てなくなる訳ではない、と言うことだ。
ちょっと複雑な気持ちはあったとしても。
「ジェスは優しいね」
そう言って見上げると、
「どんな奴だろうと、フェンリーは友達で仲間、だからな。その気持ちはそう簡単には変わらない。そういうことだ」
ジェスはそう言って苦笑した。
そんなジェスを、フェンリーは感動したように見つめ、それからいたずらっぽくにやりと笑う。
「いいの? そんなこと言って。どうせバレちゃったんだし、これからはガンガン狙っていくわよ?」
冗談めかしたその言葉に、
「狙ってもいいが、無理だぞ? 性癖がどうのって訳じゃなく、その、今は気になる相手がいる、からな」
ジェスは真面目にそう答え、シュリの方へちらりと視線を投げた。
それに気づいたシュリが、なぁに、と首を傾げると、ジェスの顔は一瞬で耳まで赤くなり、
「な、なんでもない」
そう言って、明らかになんでもなくない表情を見せる。
鈍感なシュリはいつもの如く察しが悪かったが、フェンリーの目には明らかだったようで。
はは~ん、とジェスの恋する乙女の顔を横目で見て、それからシュリの顔をじっと見た。
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